イスラエルはユダヤ人の国であると規定されている。ユダヤ人とは預言者モーセ(モーゼ)に率いられてエジプトを脱出し、約束の地カナンに戻ったユダヤの民の子孫であり、ローマ帝国に反乱して追放され、世界に離散した民だと信じられている。しかし、イスラエルの歴史家シュロモー・サンドさんは「ユダヤ人という民族は存在しない」という。
――過激な本ですね。
サンド いえ、政治的には過激ではありません。私は歴史分析によって「(現在の)ユダヤ人に聖書のユダヤの民とつながる起源はない」とユダヤ人というアイデンティティーを否定しました。その点では過激です。
――聖書の記述は事実ではないと書かれていますね。
サンド イスラエルでは普通の学校で聖書の物語を宗教としてではなく、歴史として教えます。モーセの「出エジプト」は紀元前13世紀とされます。しかし、考古学の発掘の結果、そのころのカナンはエジプトの支配下にあったことが分かっています。「出エジプト」はなかったのです。私がそれを知ったのは12年前です。衝撃でした。
考古学的発掘によってダビデやソロモンの時代とされる紀元前10世紀に、強大な王国が存在したという証拠は何ひとつ出ていない。エルサレムは小さな村に過ぎなかったことが分かっています。
――ユダヤ人の追放も否定しています。
サンド ユダヤ人はユダヤ人追放を誰もが事実として信じています。しかし、それを記した歴史書は一冊もないのです。ユダヤ考古学の研究者に質問しました。彼は「追放ではなく破壊に伴う移民だ」というのです。しかし、大量な難民が出たことを示す記述はないのです。本のなかで「追放の発明」として書きました。
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テルアビブ大学歴史学教授。
1946年、オーストリアの難民キャンプで生まれる。
48年、2歳で両親とともにイスラエルに移住し、テルアビブ大学で歴史を専攻。
84年からテルアビブ大学で現代ヨーロッパ史を教える。
著書に「スクリーンに見る20世紀」「言葉と土地――イスラエルの知識人」。