世界遺産インドゴアの大聖堂。
去年ここで日本人なら誰でも知っている戦国時代の有名人の遺体が公開されました。
棺の中で眠るこの人物は…歴史の教科書でおなじみあのフランシスコ・ザビエルです。
「いごよく」広がるキリスト教でおなじみ1549年のキリスト教伝来。
この時宣教師として日本にやって来たのがザビエルです。
でもこの人…ザビエルの生まれた家を訪ねてみると知られざる過去が明らかに。
なぜ彼は日本へ来たのか?そこには運命の出会いがありました。
時は戦国時代鹿児島に上陸したザビエルは戦乱の中京の都目指して布教の旅を始めます。
このバケモン言葉をしゃべりおった!言葉や風習が全く違う異国の地で寒さや飢えに襲われるザビエル。
そんな彼を救ったのは…日本を旅した最初の西洋人フランシスコ・ザビエル。
驚きに満ちた大冒険の物語です。
ザビエルの生まれ故郷スペイン北東部のバスク地方。
中世から続く勇壮な「牛追い祭」で知られています。
ザビエルの実家はこのバスクでも有数の観光名所になっています。
それがこちら。
1,000年の歴史を持つ古城…石造りの重厚な城の中には今もザビエルゆかりの品が残されています。
こちらは13世紀に作られた…ザビエルはここで城主の息子として多くの人々の祝福を受けて生まれました。
5人きょうだいの末っ子だったザビエルは家族の愛情を一身に受け何不自由のない幸せな子供時代を送ります。
ところがザビエル6歳の時一家を悲劇が襲います。
ナバラ王国は隣国スペインの攻撃を受けて滅亡。
混乱の中父は病に倒れ命を落とします。
その後ザビエル家は没落の一途をたどりました。
フランシスコザビエル家の運命はあなたに懸かっています。
いいですね。
はいお母様。
落ちぶれたザビエル家を再興させる。
それが幼いザビエルに課された使命でした。
当時ヨーロッパの貴族の多くは騎士として主君に仕え軍人として手柄を挙げる事で出世を目指しました。
しかし主君を失ったザビエルは学問の道に進みます。
勉強して大学で学問を修めれば位の高い聖職者になる事ができます。
大司教にまで出世すれば貴族に匹敵する富と権力を持つ事も夢ではありません。
専攻は哲学。
これは教会で出世するためには欠かせない学問でした。
そんなザビエルに転機が訪れます。
大学の寮に一人の転入生がやって来たのです。
今日から君と相部屋になるロヨラだ。
よろしくな。
男の名前は…ザビエルと同じバスク地方出身の貴族でした。
戦争で脚を負傷し軍人の道を諦めた…引っ越してくるなりザビエルに思いがけない事を言いだします。
フランシスコ一緒に海の向こうへ布教の旅に出よう。
世界は広い。
バスクの片田舎で一生を終えるだけが君の人生か?はるか東にある国々を見たいと思わないか?当時は大航海時代の真っただ中。
コロンブスがアメリカ大陸に到達しポルトガルの船がインドに着いて30年余り。
人々の間で読まれていた書物には首なし人間や犬頭人間。
鳥の王様に武器を持ったサルのような人間などまだ見ぬ東の国の不思議な様子が描かれています。
こうしたものに触発され…心の声はるか東の国か…。
そんなところに行くなんて考えた事もなかったな。
ザビエルはロヨラの言葉に驚かされます。
その後もことあるごとに説得を続けるロヨラ。
心の声本当に教会で出世するだけが私の人生なんだろうか?そして3年半が過ぎたある日の事。
分かった。
僕も仲間に入れてくれ。
フランシスコよくぞ言ってくれた!27歳で…当時の航海は命懸け。
僕の行く手にはとんでもない困難が待ち受けていたんだ!出発した僕の船は赤道まで来たところで風がぱったりやみ1か月間立ち往生!猛烈な暑さの中渇きと病で多くの人が亡くなってしまった。
ようやく風が吹いて「動ける!」と思ったら…インドと正反対の南アメリカに着いちゃった。
逆向きの風を待って大西洋をもう一度横断。
モザンビークまでやって来たところで…僕は熱病にかかって生死の境をさまよったんだ。
なんとか持ち直して再出発できたのは半年後。
目的地インドのゴアに着いたのは…はぁ〜やれやれ。
当時ゴアには貿易商や船乗りなど…布教は順調な滑り出しを見せました。
行くさきざきで多くの人に洗礼を施す事に成功します。
毎週みんな集まってお祈りして下さいね。
はい。
はい。
村から村へと旅をして1万人以上に洗礼を施したと記録されています。
あまりにたくさん洗礼をして腕が上がらなくなりそうだ。
ところがしばらくして同じ村を訪ねてみると…。
人々は洗礼を受けた事を忘れ神への祈りを行っていませんでした。
一体なぜだ?心の声なぜ誰も神の教えに関心を持ってくれないんだ…。
(鐘の音)そんなある日。
ザビエルが教会で結婚式を執り行っていた時の事。
突然扉が開き一人の男がザビエルに向かってまっすぐに歩いてきました。
男は見慣れない姿の東洋人。
一体何者?すると男は…。
私は故郷で人を殺めてここまで逃げてきました。
私の罪は許されますか?あなたの名前は?アンジロー。
日本から参りました。
ザビエルが出会った人生最初の日本人。
それは…ザビエルとアンジロー。
2人の出会いはこのあと歴史を大きく動かす事になるのです。
ようこそ「歴史秘話ヒストリア」へ。
今宵の主人公フランシスコ・ザビエル。
皆さん一度は教科書で御覧になった事があると思います。
ザビエルといえばまず思い浮かぶのはやっぱりあの髪型という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
頭のてっぺんをそったあのスタイルは「トンスラ」といって修道士である事を示す髪型です。
イエス・キリストがはりつけにされた時…でもザビエルを描いた他の絵を見てみると…トンスラではありません。
こちらも違うようですねえ。
これらの絵は全てザビエルが亡くなったあとに描かれたもの。
ザビエルが初めて出会った日本人アンジロー。
彼は自分が犯した罪に苦しみひどく思い詰めていました。
(アンジロー)
私は故郷でつまらないいさかいを起こしてしまいました
おいちょっと待てそこのやつ。
急いでおったのだ。
悪気はなかった。
なんだとこの野郎!何をするんだ!何だ腰抜け!腰抜け?やるのか?ハハッ何だこれ。
飾りか?この野郎!やめないか!うわっ…!
私がその者を斬ったのは物のはずみでした。
すぐ逃げたのですが追っ手がかかって故郷にいられなくなり…
訳あって追われておる。
かくもうてくれぬか?
行く当てのなかった私はたまたま泊まっていたポルトガル船に飛び乗りました
心の声私はさほどの罪を犯していない者の命を奪った…。
取り返しのつかない事をした…。
良心の呵責に苦しんでいたその時あなたに会う事を勧められたのです
私の罪は許されるのでしょうか?アンジロー。
神はたとえ罪人であっても分け隔てなくお救いになられます。
私もあなたのために共に祈りましょう。
これまでの行いを悔い改めればあなたは必ずゆるされます。
たとえ罪人であっても救われる。
だから一緒に祈ろうと言うザビエルにアンジローは深く心を打たれたと伝わります。
その翌日からザビエルの生活は一変します。
おはようございますザビエル様。
神のお話をお聞かせ願えませんか?もっと神の教えについて知りたいと朝から晩までザビエルに質問をぶつけてきます。
アンジローのなみなみならぬ好奇心の強さにザビエルは興味を持ち始めます。
アンジロー日本人は皆あなたのように読み書きができるのですか?簡単なものならばかなりの人々が。
誰もがあなたのように知識を求めるのですか?新しいものには皆大いに興味があります。
おお!「私はこれまでで最も好奇心あふれる民に出会いました。
それは日本人です」。
そしてザビエルは決断します。
アンジロー私はあなたの国へ行きたい!どうか力を貸して下さい。
日本でなら理想の布教が実現できるにちがいない。
ザビエルとアンジローは日本に到着。
アンジローの生まれ故郷薩摩桜島の程近くに上陸しました。
早速町へ出て布教を始めます。
この時ザビエルが説いた神の教えは大変ユニークなものだったと言われます。
実際にその様子をのぞいてみましょう。
ミナサマ…「ダイニチ」とは大日如来という仏様の事。
ザビエルは毎日広場で……と呼びかけていたと記録されています。
ザビエルはキリスト教の神「デウス」を日本人になじみのある「大日如来」に置き換えて説明する事で文化の壁を乗り越えようとしたのです。
他にも「観音菩薩」や「極楽浄土」など日本人に分かりやすいように「聖書」の言葉を次々と仏教用語で説明したと考えられています。
あの南蛮人の坊さんは大日さんの事をおっしゃってるんか。
ザビエル上人の話を聞いてると何か極楽に行けそうな気がしてくるのう。
ザビエル様なんて優しそうなお方!ザビエルたちは天竺つまりインドからやって来た仏教の一派「天竺宗」と呼ばれ日本人に親しみをもって受け入れられます。
ザビエルはゴアへ喜びの手紙を送っています。
「我らの親友アンジローの故郷では皆が私を歓迎し熱心に神の話を聞いてくれました。
この国の人々は物事の理を知りたがります。
ある時『地球は丸い』と話して聞かせたらそれはどういう事かと質問攻めにあいました。
これほど知識欲のある国民を見た事がありません」。
日本に来て1年。
信者も順調に増え100人を超えた頃。
突如思いも寄らない事態が起こります。
ザビエル様!島津様が神の教えを説いてはならぬという御触れを出されました!心の声なんだって!?それはザビエルの人気を妬む者の差し金でした。
天竺宗は御仏をかたった偽物じゃ!説法をやめさせよ!急速に広がりを見せるキリスト教に…心の声大名ににらまれてはこれ以上布教を続けるのは難しいかもしれん…。
アンジロー私は都へ行きます。
島津よりも偉いという帝に布教を認めてもらいましょう!なんとザビエルは島津氏を飛び越えて…おっしゃる事は分かりますがあまりにむちゃな…。
この時日本は戦国時代のただ中。
…といった名だたる戦国大名が各地で激しい戦いを繰り広げていました。
心の声戦乱の世だからこそ救いを求める人が大勢いるはずだ。
私は行かなくてはならない!アンジロー薩摩の仲間たちの事くれぐれも頼んだぞ。
ご息災で!アンジローアディオス!目指すは遠く離れた京の都。
日本に長期滞在した初めての西洋人となったザビエルは戦国時代の日本人の姿を観察しヨーロッパへ逐一手紙で書き送っています。
「日本人は牛や馬などの家畜を食べず魚や少量の米麦と野菜を食べています。
それなのに人々はとても健康で長生きをしている人がたくさんいます」。
「私たちは挨拶の時抱擁を欠かしません。
しかし日本では違います。
どうも作り笑顔で挨拶をするようです」。
西洋とは全く違う食生活や礼儀作法にザビエルは随分と驚かされたようです。
そして「歴史秘話ヒストリア」。
京の都を目指し長い旅に出たザビエルには当時の日本の厳しい現実が待ち受けていました。
天文19年秋。
船の目的地は九州北部の平戸。
南蛮貿易でにぎわっていた町でした。
ザビエルたちはここから徒歩で都を目指します。
道中民家に泊めてもらい托鉢で食料を入手しながら都まで。
およそ600キロの道のりを数か月かけて踏破する予定です。
一行はザビエルと後輩修道士のフェルナンデス鹿児島で最初に洗礼を受けた日本人ベルナルドのたった3人。
戦国日本の旅は想像以上に過酷なものとなりました。
「たくさんの盗賊が横行していましたがそれについては事細かに話すつもりはありません」。
12月。
一行は山口にさしかかりました。
ここで厳しい冬がザビエルたちを襲います。
防寒の用意もなく着の身着のままだったため…あっ!変なやつがおるぞ!化け物の顔じゃ!わしらが退治してやるぞ!「私たちの身なりを見た子供たちは目をみはり石を投げつけてきました」。
心の声あぁ…耐え難いほどの空腹だ。
もう一歩も動けない。
一行はついに力尽きます。
その時でした。
あんた方どうなさった?大丈夫か?たまたま通りかかった人が声をかけてきました。
我らは僧侶にて都へ向かう者にございます。
都!?はあ〜そりゃ大変だ…。
芋でも食うかい?カタジケナイ。
なんと見かねた村人が食べ物を分けてくれたのです。
うまい!貧しくとも困った人には手を差し伸べる。
そんな人々との出会いにザビエルは元気を取り戻します。
「この国の人々は皆貧しい暮らしをしています。
でも貧しさを恥とは思っていません。
彼らは誇りを大切にして生きています」。
瀬戸内の港町岩国では…。
おっ?誰だ?そなたたちどうされた?なんと都まで歩く所存か?おお…それは難儀な!よかろう我らについてこられよ。
そうされよそうされよ!親切な侍の一団の申し出で…カタジケナイ!おお…分かった分かった。
分かり申した。
更に船旅の途中でも幸運が…。
堺に着かれましたら日比谷様のお屋敷にお行きなされ。
知らない町で困らないよう…堺に到着してザビエルがその家を訪ねてみると…。
そこは堺でも指折りの大金持ち…どうぞお楽に!今日は殊の外冷えまする。
さあさあ火にお当たり下され。
カタジケナイ!長旅で疲れきった一行を待っていたのは心のこもったおもてなしでした。
「この国の人々は私にとても親切にしてくれます。
このように善良な人たちは他にいないのではないでしょうか」。
薩摩を出て4か月。
たくさんの人々に支えられ…しかしそこで…荒れ果てた都の姿でした。
当時の都は戦乱によって多くの建物が焼失。
焼け出された人々が通りにあふれていました。
治安も悪化し略奪も横行。
ザビエルが頼みの綱だと考えていた…それでもザビエルは御所を訪ねますが何のつてもない一行は門前払い。
「この国には一人の帝がいますが各地の大名たちは彼の命令を聞かず争いを続けています」。
その後…豊後の地を治めていたのは南蛮文化やキリスト教に理解のある…これはザビエル殿。
遠路はるばるようこそお越し下された。
ザビエルは義鎮から大歓迎を受けました。
心の声この地で一から布教を始めよう。
心機一転ザビエルは布教を再開します。
義鎮の後ろ盾もあって僅か1か月の間に100人近い信者が集まりました。
心の声義鎮公をはじめ人々の理解があるここ豊後を拠点にすれば神の教えを確実に広められるだろう。
そのためにはもっと多くの宣教師が必要だ。
ザビエルは再び義鎮のもとを訪ねます。
義鎮様私は布教の仲間を連れてくるため一度日本を離れようと思います。
なんとも名残惜しいがザビエル殿くれぐれも息災で過ごされよ!はい。
来年8月にはたくさんの仲間と共に戻ってまいります。
またお目にかかれる日を楽しみにしております。
それから1年後。
ザビエルは旅の途中病に倒れ命を落とします。
46歳でした。
再び日本に戻り神の教えを説くという夢がかなう事はありませんでした。
ザビエルは日本を離れたあとこんな文章を残しています。
日本を初めて旅した西洋人フランシスコ・ザビエル。
2年3か月の大冒険を支えたのはたくさんの心優しい日本人たちとの出会いでした。
今宵の「歴史秘話ヒストリア」。
最後は…そんなお話でお別れです。
鹿児島市の公園にザビエルとそれに寄り添う2人の日本人の像があります。
ザビエルを日本へ導いたアンジローと共に都へ旅したベルナルド。
2人はその後数奇な運命をたどりました。
ザビエルとの約束で薩摩に残ったアンジローはキリスト教を嫌う島津氏から激しい迫害を受けます。
ふるさとを追われたアンジローは海賊船に身を投じ東シナ海で命を落としたと伝わります。
一方ベルナルドはザビエルと共に海を渡りました。
ザビエルの死後…3年の歳月を経てたどりついたのはローマ。
史上初めて日本人としてローマ法王との謁見を果たしたベルナルドには人々から惜しみない賛辞が贈られました。
しかしザビエルが日本を去って70年後江戸幕府による徹底的なキリシタン弾圧が始まります。
この時…それから…大阪府茨木市の山あいの民家から一枚の絵が発見されます。
それがあの…この絵は隠れキリシタンの一族が人知れず受け継いできたもの。
厳しい弾圧の中それでも人々はひそかに信仰を守り続けました。
その時心の支えとなったのがこのザビエル像です。
日本を愛したフランシスコ・ザビエルはその死後も彼を慕う人々をずっと見守り続けていたのです。
2015/04/01(水) 22:00〜22:45
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア▽ザビエル 戦国を行く〜知られざるニッポン 3万キロの旅〜[解][字]
戦国時代、史上初めて日本を徒歩で旅した西洋人フランシスコ・ザビエル。鹿児島から京都まで、つらく厳しい旅路の中で、ザビエルは日本人の心の優しさに感激する。
詳細情報
番組内容
今から460年前、史上初めて日本を徒歩で旅した西洋人がいた。宣教師フランシスコ・ザビエル。スペインから遠く離れた東洋の島国にやってきたザビエルは、2年3か月もの間、日本に滞在。帰国するときには、こよなく日本を愛する男になっていた。ザビエルに一体どんな出会いがあったのか?そして未知の国ニッポンで何に驚き、何に感動したのか。誰もが知っている有名人ザビエルの教科書には載っていない友情と冒険の感動物語。
出演者
【出演】ヴァンソン・ジリ,【キャスター】渡邊あゆみ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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