リフレ派の幻想①:実質賃金は永遠に上がらない
百歩譲って、国民の大半がリフレ派と同じ期待形成をするとしましょう。さらに日銀のコミットメントによって、予想インフレ率が上昇したとしましょう。その場合、貨幣的要因が実物的要因へ影響を及ぼす経路の存在が、リフレ派の論理にとって最も問われるところです。果たして如何なる経路で需給ギャップは埋まるのでしょうか。「予想インフレ率の上昇が、日銀のシナリオ通りに実体経済へ影響すること」がリフレ政策の第二の成立要件なのです。
仮にインフレ予想が2%に高まった場合、人々は経済行動をどのように変えるのでしょうか。代表的なリフレ派の理屈を見てみましょう。需給ギャップを埋めるためには、民間の消費および投資(設備投資と住宅投資)が増えなくてはなりません。先ずは消費から。「将来のインフレを予想する人は、現在の消費を増やす」とリフレ派は論じます。モノの値段が上がる前に買ってしまおうと皆が思うはずだと言っているのです。一種の駆け込み需要です。確かに、消費税率の上がる前に駆け込み需要はありました。しかし、その後はどうでしょう。消費は落ち込みました。現在も低迷しています。これを反動減と考える学者やエコノミストが多いのですが、それだけではありません。物価が高くなったために、以前より需要が減少しているのです。需要法則に従っているのです。
インフレは一回限りの物価上昇ではなく、継続的な物価上昇を意味します。今後ずっとインフレが続くと予想する人は、リフレ派の理屈から言えば、買いだめのできる日用品はできるだけ現在購入するということです。しかし、来期以降はどうなるのでしょうか。日用品の需要は減少し、生鮮食料品をはじめとする他の商品も価格上昇のため需要が減少します。需要の低迷によって逆にデフレ圧力がかかってしまうのです。これを回避するにはインフレと同率かそれ以上の名目賃金(正確には名目賃金「率」ですが煩雑さを回避するため省略します。名目賃金を時給と考えてください。実質賃金も以下同様)の上昇が必要になります。
それではリフレ政策によって名目賃金はインフレ率以上に上昇するのでしょうか。リフレ派は、予想インフレ率が上昇した場合、将来の実質賃金が下落するため企業は雇用を増やすと論じています。ここは企業の利潤最大化行動の理論に基づいていますので新古典派のパートです。そのとき循環的失業者(一般にリフレ派は非自発的失業者とは言いません)がいれば、彼等が全員雇用されるまで名目賃金は上がらないが、失業率は改善すると言っています。すなわち完全雇用に至るまで実質賃金は下がったままなのです。さらにリフレ派は「完全雇用状態に達して尚、労働需要の超過があれば、初めて名目賃金は上がり始める」と続けるのです。
しかし、完全雇用状態において労働に対する超過需要が存在するという想定は新古典派ではあり得ません。なぜなら、新古典派の論理では労働の需給一致点で均衡実質賃金率が決定され、その際の雇用量が完全雇用水準となり、そこから離脱する誘因は内生的に存在しないからです。それゆえ、そうした想定はリフレ派独自のものでしょう。今度はケインズ的な労働市場の出番です。
さて、名目賃金が上がりだしたとして、上昇幅はインフレ率を超えるでしょうか。超えれば実質賃金が上昇しますので、2%インフレ下においても人々の暮らし向きは改善します。しかし、残念ながらそうはなりません。企業にとって名目賃金の上昇は予想インフレ率一定の下では実質賃金の上昇を意味します。それゆえ、その新たな予想実質賃金の下で最適化(利潤最大化)を図るためには以前より雇用量を減少させる必要があります。それが新たな最適雇用量となります。その最適雇用量が完全雇用以下である場合、名目賃金は上がりませんから実質賃金は永遠に上昇しません。
それでは最適雇用量が完全雇用以上である場合は、どうでしょうか。確かに、この場合、名目賃金は上昇するでしょう。しかし、同時にそれは実質賃金の上昇を意味しますから最適雇用量は減少しなければなりません。その新たな最適雇用量が依然として完全雇用以上である場合、名目賃金は上昇しますが再び実質賃金も上昇しますので、さらに最適雇用量は減少します。この過程が続くとどうなるのでしょう。結局、最適雇用量と完全雇用が一致することになります。その場合の名目賃金は、当初と比べて2%以上上昇しているでしょうか。残念ですが、このケースもそうはなりません。名目賃金は2%上昇するのが精一杯なのです。
リフレ派は、予想インフレ率が2%に高まることで実質賃金が下がり雇用が増えると考えています。しかし、生産技術を一定と仮定したとき、もしも名目賃金が2%上昇すると実質賃金はインフレ予想が高まる前の水準に戻ってしまいます。それは結局、雇用量が元の水準にまで減少することを意味します。リフレ政策をする前に戻るのです。元の水準が完全雇用以下であれば、リフレ政策をしてもしなくとも同じことになります。人々の暮らし向きも同じ水準です。もしも最適雇用量が完全雇用水準にとどまるとしたならば、実質賃金はリフレ政策発動前よりも低くなければなりません。すなわち名目賃金の上昇は2%以下でなければならないのです。
以上より明らかなように、「リフレ政策によって実質賃金は下落する」と結論づけられるのです。すなわちリフレ政策を実施すると人々の暮らし向きは悪化することになるのです。一言で言えば、リフレ政策は「雇用量と実質賃金のトレード・オフ関係(逆相関関係)」に立脚したものであり、リフレ派の理屈からは雇用増と実質賃金上昇という二兎を追うことはできません。リフレ政策単独では実質賃金を上げられないのです。そのため別の政策手段が必要になってくるのです。安倍政権下で実施されている政労使間の協議における賃上げ交渉であるとか、効果は甚だ疑問ですが、労働生産性を向上させるとするネオリベ派の成長戦略に頼らざるを得ないのです。ここでもリフレ派の二階建て構造が見て取れるのです。
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