2015年04月02日
山岸一雄さん…
「大勝軒」の山岸一雄さんが、4月1日に80歳の生涯を閉じました
2007年3月「東池袋大勝軒」が幕を閉じた
あの最後の日、僕はお店を訪れた
長蛇の列が店の周りを覆い尽くし
僕はやむなく諦めた
いつか食べたいと思っていた「特製もりそば」
半世紀近く愛されたあのお店の最後のシーンを
焼き付けただけで
終わってしまった

昭和36年
東池袋に店を
その前の年に結婚した最愛の奥さんと一緒で始めた
最初は「中華そば」、巣鴨拘置所と池袋郵便局と競馬新聞ホースニュース社への出前が主だった、らしい
脚の静脈瘤手術のあと
お店に立つ時間を少なくして
それでも
お店を愛する人たちに支えられていたから続けられたという

来るものは拒まずという姿勢で
弟子は数知れず
長野市内にもあるよね
山岸さんはこう言ってた
「味は常に変わる。一年の間でも、一日の間でも微妙に味は変わる。だから、その変化を感じて、自分の味に変える、調整していく能力をもちなさい。」
僕の人生にも必要…
そして
2008年1月「南池袋大勝軒」が開店
復活!
店主は一番弟子の飯野氏
お店には山岸さんがにこやかにお客さんを出迎えていた
こちらには、何度か訪問させていただきました

僕は

2013年7月にこのドキュメント映画を観ました
山岸さんが「最も愛した」ものはラーメンじゃなく
奥さんだったこと
奥さんと一緒にラーメンを作っていた時だったこと
この男の生きざま
カッコいい
南池袋大勝軒で食べた「特製もりそば」と
お店の前で挨拶できたこと
宝物です
ありがとうございました。
合掌
2007年3月「東池袋大勝軒」が幕を閉じた
あの最後の日、僕はお店を訪れた
長蛇の列が店の周りを覆い尽くし
僕はやむなく諦めた
いつか食べたいと思っていた「特製もりそば」
半世紀近く愛されたあのお店の最後のシーンを
焼き付けただけで
終わってしまった
昭和36年
東池袋に店を
その前の年に結婚した最愛の奥さんと一緒で始めた
最初は「中華そば」、巣鴨拘置所と池袋郵便局と競馬新聞ホースニュース社への出前が主だった、らしい
脚の静脈瘤手術のあと
お店に立つ時間を少なくして
それでも
お店を愛する人たちに支えられていたから続けられたという
来るものは拒まずという姿勢で
弟子は数知れず
長野市内にもあるよね
山岸さんはこう言ってた
「味は常に変わる。一年の間でも、一日の間でも微妙に味は変わる。だから、その変化を感じて、自分の味に変える、調整していく能力をもちなさい。」
僕の人生にも必要…
そして
2008年1月「南池袋大勝軒」が開店
復活!
店主は一番弟子の飯野氏
お店には山岸さんがにこやかにお客さんを出迎えていた
こちらには、何度か訪問させていただきました
僕は
2013年7月にこのドキュメント映画を観ました
山岸さんが「最も愛した」ものはラーメンじゃなく
奥さんだったこと
奥さんと一緒にラーメンを作っていた時だったこと
この男の生きざま
カッコいい
南池袋大勝軒で食べた「特製もりそば」と
お店の前で挨拶できたこと
宝物です
ありがとうございました。
合掌
Posted by 店主がお at 06:00│Comments(2)
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この記事へのコメント
私も今日、新聞で知りました。
池袋のお店は、一度行ってみたいと思っています。
ご冥福をお祈り致します。
池袋のお店は、一度行ってみたいと思っています。
ご冥福をお祈り致します。
Posted by がんじいに
at 2015年04月02日 08:13
今朝新聞見てビックリ。
一度も伺えなかったですが、あの味はずっと引き継がれていくでしょう。
凄い方です!
長野県の誇りです。
(o^∀^o)
合掌
一度も伺えなかったですが、あの味はずっと引き継がれていくでしょう。
凄い方です!
長野県の誇りです。
(o^∀^o)
合掌
Posted by 海老の焼き麺好き at 2015年04月02日 12:12