あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県塩釜市 内海勝さん」 2015.03.30


復興には住民同士のコミュニケーションも大事ですからね。
なんでコントなんでしょうね。
演劇ですから。
みんなコント作ってるわけじゃないですから。
違うのね。
え〜「東北発☆未来塾」!
(塾生たち)次回も見てね〜!すっげぇ稽古してる。
(笑い)
(テーマ音楽)宮城県塩釜市桂島で消防団の団長を務める…住民たちと協力しお年寄りたちを全員高台に避難させました。
松島湾に浮かぶ桂島です。
人口はおよそ300人。
津波で全体の半数以上にあたる60軒近くの住宅が全半壊しました。
しかし犠牲者は一人も出ませんでした。
あの日内海さんは自宅で激しい揺れに襲われます。
住民の半数以上は65歳以上の高齢者です。
高台への避難には車が必要不可欠でした。
しかし道路は倒れたブロック塀などで塞がっていました。
避難のためには車1台分の道幅を確保する必要がありました。
内海さんたちは崩れた塀を手作業で片側に寄せます。
そして地震から15分後には高台へと続く1本の避難路が確保されたのです。
すぐに団員で手分けをしてお年寄りたちの避難を始めます。
消防団員の内海洋倫さんはある老夫婦の家に向かいました。
目の前は海。
そのまま残せば2人の命はないと洋倫さんは説得を続けます。
洋倫さんはその後ほかの家にも立ち寄り更に3人のお年寄りを乗せて高台に避難させました。
島民たちが避難したのは丘の上にある廃校となった小学校でした。
桂島の区長内海粂蔵さんはここで避難してくる人々の顔ぶれを見てまだ家に残っている人はいないか確認を続けていました。
10メートルを超える大津波が襲ったのはお年寄りたちの避難が完了して間もなくの事でした。
2015/03/30(月) 23:20〜23:25
NHKEテレ1大阪
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県塩釜市 内海勝さん」[字]

東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県塩釜市の桂島で消防団長を務める内海勝さんは、団員とともにお年寄りを避難させ、1人の犠牲者も出すことなく島を守りぬいた。

詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県の松島湾に浮かぶ塩釜市桂島で消防団の団長を務める内海勝さんは、区長や他の団員と協力してお年寄り全員を高台に避難させ、1人の犠牲者も出すことなく島を守りぬいた。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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