障害があろうと無かろうと、子育ての基本は、子どもに好かれることが最優先だと思っています。
この考えに変えてから、息子はかなり落ち着きました。
それでもたまにパニックは起こすけど、私を好きで信じてくれているので、まず確実に落ち着かせることが出来る自信がつきました。
しかし、妻は、それがまだとても難しいようです。
まあ、仕方ないと思います。
私は、家族全員の雰囲気作りに主に心を注げばいいのだけれど、妻は、日常生活を予定通り回さなければという、ある意味軽い強迫観念があるように感じます。
完ぺき主義でもあるので、私が家事を手伝うことを嫌がります。
妻の気持ちはわかります。
精神的に、私より重い責任感を背負っているのでしょう。
しかも、妻は、行動が心に忠実という特性があります。悪い意味で、嘘がつけない。演じることが出来ない。
なので、どうしても息子に当たりが強くなってしまいます。
息子を愛していることに疑う余地はないのですが、人は、それをそのように表現されないと、愛されていることを認知できません。
「親だから子どもを愛していて当然だろう。そのくらい分かれよ。」という理屈は全く通用しないのです。
なので、どうしても、息子は妻とは心の中でどこか一線引いているように思えます。
んー、よろしくない。
よろしくないんだけど、どうしようもない。
妻は、息子に対して、私のようには振舞えない。
これは妻の特性だから変えようがない。
なんとか言葉を選びながら促そうとしても、とたんに思考停止し、なにも喋らなくなってしまう。
7つの習慣で考えると、妻を変えようと働きかけることは間違ってるんだよな・・・。
まず、私が変わらないといけない。
息子と妻の関係をより良くするために、私はどう変われば良いのだろう・・・?
息子が英語スクールに行くのを嫌がった。
理由は、発表で間違ったときに笑われたり馬鹿にされたりするから、とのこと。
ということをスクールに相談してみた。
さすが客商売、ちゃんとしたマニュアルはあるのだろう。
数回、息子の授業風景を観察していただいた。
その結果・・・
男の子ばかりのクラスなので、誰が誰にというわけでなく、全体的に荒い雰囲気はある。
息子は少し自信がなさそうなところがあるから、そういうところも笑われる原因かも。
息子だけが言われているわけではないので、気にし過ぎ。
どうしても耐えられないのなら、クラスを変えることも考えてみては。
とのこと。
はい、予想通りのご回答です。
どうしても集団を見なくてはいけない組織なので、まずはこういった対応をして相手が納得すれば万々歳。
食い下がったら、おそらく次の手もあるのだろう。
組織的な円満解決。
当然といえば当然。
分かる。到底納得できないご回答だけど、そうするしかないことはすごく分かる。
かといって、スクール側の主張を息子に押し付けるつもりは全くない。
私たち夫婦の方針
息子の言うことは100%信じる。
息子を我慢させない。
英語スクールを責めない(お願いはするかもしれないけど)。
笑ったり馬鹿にしたりした(かもしれない)子を責めない。
これはブレてはいけない。
さて、7つの習慣に基づき、まずは息子の気持ちと希望の理解に徹した。
今まで一緒に頑張ってきた仲間なのでクラスを変わるのは絶対にイヤ。
パパはいつも「間違うことは良いことだ」と言ってるけど、それなのに馬鹿にされるのがイヤ。
なるほど・・・
馬鹿にされてるのに一緒に頑張ってきた仲間だというのは矛盾してそうだけど、そこは否定せずにそのまま受け止める。息子はとても優しい子なんだ。
とにかく、クラスを変える選択肢はとりあえずは消えた。
「間違うことは良いことだ」という私の話を信じてくれていることはとても嬉しい。その信じていることを否定されたこと、もっと言うならば、大好きなパパを否定されたことが息子にとってつらかったのだろう。
(たぶん)分かった。
ここで息子に、「気にし過ぎだよ」とか「もっと自信を持ったら」なんて提案は絶対にしない。
そんな提案したって、息子が理解できるわけないから。
私の息子だけじゃないと思うよ。定型発達の子だって理解できないと思う。
子どもを変えようとしても、変えられるわけがない。
変わるべきは大人。
つまり、息子が気にしなくなるように、息子が自信を持つように、私たち親がもっと変わらないといけないことに気付いた。
絶対的な自己肯定感
愛されたい人から無条件で愛されている・理解されている・守られているという確信があれば、たとえ誰に何と言われようとも大抵のことはスルーできるようになる。
我慢して無理をして耐えるのではなく、何事も無かったかのようにスルーできるようになる。
そのために、私たち親が変わる。
息子を抱きしめ
「よくパパの言うことを信じてくれた。お前は正しい。大丈夫。パパとママは100%お前の味方だ。誰に何と言われようともお前は間違ってない。」
と言った。
そしたら息子が
「ほんとにそうかなあ?でも、そう言ってくれて嬉しかったよ」
と言ってチューしてきた。(口にだよ・・・www)
これで上手くいくかはまだ分からない。
それでも無理なら、英語スクールをやめさせる。
今まで私たち夫婦は、息子に、「友達と仲良くすることはとても素晴らしいことだ」と、息子が友達の家に遊びに行ったり、友達が我が家に遊びに来ることを手放しで喜び、そういう息子を褒めていた。
発達障害児はいじめの対象になりやすい。そうならないようにという願いからだ。
しかし先日、ちょっと考えをあらためないといけないと感じたことがあった。
自由奔放な子どもたちの社会、いじめでは決して無いけれど、どうしても当たりの強い子はいる。
その子が悪いわけではないけれど、その当たりと同じ圧で返せないような子は、人知れずストレスを感じることがあるだろう。
どっちが悪いわけではないけれど、なんか合わない。といった状況。
どうやら息子は長い間その状況に耐えていたらしい。
私たち親が、友達と遊ぶことは素晴らしいことだと言い続けていたせいで、息子は、いじめられているわけではないけれどごく一部の合わない友達に対するストレスを、無意識下で、無いものとして封じ込めていたっぽい。
つまり、友達にストレスを感じる自分が間違っている、と思ってたらしい。
良かれと思ってやってたことが、ああ、これはなんか危険だなあ、、、と妻と話し合いました。
そして、息子に、友達は素晴らしいけど、どうしても合わない子もいるかもしれない、そういったときは、けんかせず、無理もせず、うまく距離をおいたほうがいい、と教えました。
いやあ、実際、この辺のさじ加減が難しい。定型の子なら上手いこと理解してくれるのかもしれないけど、0か100か傾向の強い息子にどう説明したらいいか、ものすごく言葉を選びながら教えました。
それから数ヶ月、今でも息子はいろんな友達と遊んでいますが、その中で、嫌だったことを私たちに話してくれるようになりました。
これは、とても嬉しいこと。
友達に対する嫌な気持ちは、「絶対悪」ではない。
11月3日に息子が受けた小学生テストの結果が帰ってきました。
国語は、平均よりちょっと良いぐらい。
算数は、上位1割に入るぐらいでした。
やっぱ算数は得意だな。
一緒に答え合わせをしたら、コツさえつかめばまだまだ上位を狙えそうな手ごたえを感じました。
息子は次もやるきです。
楽しみだなあ。
息子が幼稚園年少で英検を受けたとき、分からないことにパニックになって途中で受験を放棄したことがありました。
その後、事あるごとに、「出来なくても最後までやることが大事」「間違えることは悪いことではない」「正解する問題より、間違える問題にトライするほうが素晴らしい」と教えてきました。
今回、小学生テスト受けてみる?と聞いたら、詳細も聞かず「受けてみる!」とのことで
11月3日、近所にある塾に送っていきました。
もちろん試験官は全く知らない人だし、知ってる友達もほとんどいなかったのですが、国語と算数を受けてきて、飄々とした表情で出てきました。
「難しかった、満点は無理と思う」と笑顔で言って、どんな問題が出たか楽しそうに教えてくれました。
私も、「おおー、良い問題に出会ったねー、良かった。よく頑張ったね」と、テストが難しかったことに残念なそぶりは微塵も見せず、息子の頑張りを労いました。
我が息子のことながら、とても良い傾向だと思っています。