ISILを支持し、イスラーム国家樹立を宣言したボコ・ハラムは、街を襲撃するなどしてナイジェリアの北東部で支配地域を拡大している。いったい今、西アフリカで何がおこっているのか。ナイジェリアと周辺各国の関係や、ボコ・ハラムとISILの関連性に迫る。2015年2月9日放送 荻上チキ・Session22「ボコハラム」をめぐる西アフリカ情勢より抄録(構成/山本菜々子)
5つの国
荻上 ゲストは、三井物産戦略研究所国際情報部 中東・アフリカ室主任研究員の白戸圭一さんです。今日はボコ・ハラムについて伺っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
白戸 よろしくお願いします。
荻上 ナイジェリアだけではなく、周辺国であるベナン、カメルーン、チャド、ニジェールの計5か国が協力して、ボコ・ハラムの掃討に向けて連携すると発表されています。アフリカはL字を逆にした形をしています。そのくいっとまがった西側の部分に、この五か国は固まっていますよね。ナイジェリアが周辺国に助けを求めた形になったのでしょうか。
白戸 そうですね。もともとボコ・ハラムはナイジェリアの組織ですが、それ以外の周辺国にも影響が及んでいる状況です。
この5つの国の中で、ナイジェリアの経済規模は圧倒的です。ナイジェリアはアフリカで一番大きな経済力を持った国で、兵士の数でも8万人いると言われています。次に多いチャドでも2万5千人ほどですから、兵力も大きい。ところが、一番、国力もあり軍事力もあるナイジェリアが問題に対処できないということで、周辺国が協力しています。
荻上 それぞれの役割や軍の位置づけはいかがでしょうか。
白戸 ナイジェリアは、軍事予算も多く、兵員の数も多いのですが、ボコ・ハラムの問題に適切に対応できていません。軍が弱いのではなく、住民が軍に反発し、非協力的であるために、効果的な掃討作戦が展開できないのです。ナイジェリア軍によるボコ・ハラムや活動地域の住民に対しての過剰な暴力があるために、住民が軍に協力したがらないのです。
ボコ・ハラムを支持している人は、イスラーム社会にほとんどいませんが、だからと言って、ボコ・ハラムと戦っているナイジェリア軍を支持できるかというと、そうではない。そういう問題があるのです。
荻上 この5つの中でチャドの軍隊が強いと伺いました。
白戸 チャドは長い内戦の歴史を経験している国ですので、実戦経験が豊富です。ただし、ナイジェリアの例でわかるように、ボコ・ハラムを一時的に撃退できても、軍事作戦が最も適切な解決方法なのどうかは別の問題です。
荻上 力と力の問題で語れないからこそ、紛争やテロの問題につながっていますからね。ボコ・ハラムといえば、女子生徒を誘拐した事件が大きく話題になりました。彼らが強姦や人身取引をしているという話も聞きます。その辺りはどうなっているのでしょうか。
白戸 正直なところ、「わからない」ですね。女の子ですので、レイプの問題があると推測されますが、全員が解放されたという情報もないし、そもそもどうなったのかも分からないわけです。
ナイジェリア政府も正確な情報に基づいてどこに少女がいるのかとか、救出するためにどうしたらいいのかを十分に計画してきた形跡がありません。
だから、少女に関しては、「どうなっているのか分からない」というのが正確な言い方だと思います。いまは、憶測による、様々な流言がひろがっている状況です。
地形図が日替わり・週替わり
荻上 ここから、ボコ・ハラムについてもっと詳しくお聞きしたいと思います。まず、リスナーのメールを紹介します。
「ボコ・ハラムの勢力範囲はどのあたりなのでしょうか。」
白戸 ボコ・ハラムが生まれたのはボルノ州の州都であるマイドゥグリです。2002年に誕生してから、現在はボルノ州、周辺の2つの州、カメルーンの北部チャド湖の南側に広がっています。
荻上 国をまたいで広い範囲で拡大しているのですね。それは、なぜでしょう。
白戸 ポイントは「カヌリ」という民族にあります。ボコ・ハラムの被害が及んでいる地域はカヌリの人たちが住んでいます。いま、ボコ・ハラムのトップである、アブバカル・シェカウはカヌリ人です。ですから、構成員にはカヌリの人々が圧倒的に多いのです。アフリカはご存知の通り、植民地時代に引かれた線が国境になっています。国をまたいでも同じ民族がすんでいるのが一般的です。
メディアでは、ボコ・ハラムの「イスラーム過激派」という性格に関心が集まっています。ですが、それは、ボコ・ハラムが持っている複数の性格の一つにすぎません。実際には複雑で重層的な性格を持った組織です。いま起きているテロや紛争も、世界のイスラーム過激派と連動して起こしているという単純なものではありません。そこに解決に向けた難しさがあります。
荻上 宗教だけの問題なのではなく、地域性や民族の問題も同時に考えないと見えてこないんですね。
白戸 間違えてはいけないのは、その地域にいる人が全員カヌリかといえば、そういうわけではありません。カヌリの人たちもいれば、「ハウサ」「フルベ」という民族もいます。ただ、リーダーがカヌリの出身なものですから、その民族的なツテを使って構成員をリクルートしています。
荻上 ボコ・ハラムは、攻撃したり戻ったりするのを繰り返していて、正確に勢力範囲を「ここだ」と言うことは出来ないと聞いたことがあります。
白戸 そうです。面のようにその領域を抑えているわけではないんです。まだら模様をイメージしていただければと思います。ある村を政府軍が制圧し、またその村をボコ・ハラムが取り返し、ということが繰り返されています。
荻上 地形図が日替わり・週替わりで変わっている。
白戸 小さい村の村落のレベルでみれば補足しきれないくらい日常的に変わっています。
荻上 拠点となっているマイドゥグリの近くは国境が入り組んでいますよね。だから国境を言ったり来たりできるのかと感じました。この地域における国境の役割はどの程度なのでしょうか。
白戸 日本人は島国に住んでいて、国境を超えるのは大変なことだというイメージがあります。ですが、アフリカにおいては国境近くに住んでいる人が朝早く牛を連れて、パスポートもなく隣町に行くことがごく普通に行われている。
人々のアイデンティティが国家に帰属しているというよりは、何語を話す何人であるかが重視されます。ですので、国境をあまり意識しません。検問所やフェンスはほとんどないですし、彼らにとって国境を超えることに特別な意識はないと思います。
ボコ・ハラムとはどのような組織なのか
荻上 そもそも、ボコ・ハラムに限らず、どんな人がどこに移動するのか、各国も把握できる状況ではない。国家の線引きが重視されない地域事情があるのですね。さて、ボコ・ハラムはどのような目的で設立されたのでしょうか。
白戸 ボコ・ハラムは、イスラーム教の考え方を使って世直しをしたいと考える人が集まって2002年につくった組織です。
Boko はハウサ語で「西洋の教育」を意味し、Haram とはアラビア語で「罪」の意味である「西洋の教育は罪」という意味です。ボコ・ハラムは通称で、本来は「宣教及びジハードを手にしたスンニ派イスラーム教徒としてふさわしき者たち」という名前をもっています。
彼らは、「ナイジェリア社会はヨーロッパの支配によって持ち込まれた西洋の知識、技術に基づいていて、腐ってしまった」と捉えています。彼らは、イスラーム主義の厳格な適用によって、腐敗したナイジェリア社会を正していくことを目指しています。結成当初は、テロ組織ではありませんでした。
荻上 どんどん変容していったのですね。ボコ・ハラムはどのような組織なのでしょうか。
白戸 ボコ・ハラムを考えるときには、3つの組織を思い浮かべて欲しいと思います。一つ目は日本の暴力団。2つ目は1970年代初頭に学生運動をやっていた人たちが過激化した極左テロ組織。3つ目はオウム真理教です。この3つをイメージすると分かりやすいかと思います。
ボコ・ハラムがイスラーム原理主義組織として立ち上がった時には、「腐敗した世の中をただしたい。格差の問題を解決したい。そのためにイスラーム教の教えを忠実に実践する組織にしたい。」と考えていました。やがて、その目的のために暴力を使うようになり、武装宗教集団になっていくのが、2007-9年ごろです。
なぜそうなるのか。オウム真理教や連合赤軍を思い浮かべてください。たとえばオウム真理教の事件があった時代、日本は物質的には満たされていましたが、精神的に満たされないと考えた人たちが、オウムに傾倒していった。
その一部が、自分たちの主張を理解させるために暴力を使い始め、組織化したテロを行うようになります。連合赤軍も左翼思想が純化され、テロ化していきました。ボコ・ハラムもそういった形で過激化していったのです。
そして、ボコ・ハラムは2009年に、ナイジェリア警察によって厳しく取り締まられました。創設者で初代指導者だったモハメド・ユスフは捜査当局による私刑(プライベート・リンチ)で、正式な裁判の手続きを得ずに、殺されてしまいました。そこで、ナンバー2だったアブバカル・シェカウが組織を引き継ぎます。
アブバカル・シャカウは自らの出身民族のカヌリの若者を組織にリクルートし始めました。失業して社会に不満を持っていたり、刑務所から出てきたばかりの若者などがターゲットです。カヌリの人々は1000年ほど前に、この地域で王国を組織していたことがあります。こうした若者たちに「我々カヌリ人は長年、不当に抑圧されてきた。だから王国を復活させれば、抑圧から解放される」などともちかけ、要員に勧誘するのです。
イスラーム過激主義組織という性格は、ボコ・ハラムという組織の複雑な性格の一面でしかありません。この組織は複数の性格を持った犯罪集団であり、社会に対して漠然とした不満を持っている若者を引きつけているのです。
荻上 そういった意味でも、ISILとの類似点がありますね。
白戸 そうですね。カヌリという集団にはもともと王国がありました。西洋的な国境の線引きに違和感を持ち、その王国の復興を目指している意味では、ISILの活動と似ている部分もありますね。
荻上 ボコ・ハラムはどのくらいの人数で活動しているのでしょうか。
白戸 何人いるのかは分かっていません。アメリカの国務省では1000人ほどだとみていますが、多い方は1万人ほどと推定しています。数ははっきりしていませんが、10~30人ほどのコアメンバーが意思決定機関として存在しており、それぞれのコアメンバーが自分の下に自分の部隊を持っている。
ですから、日本の大きな暴力団をイメージして欲しいのですが、大きな暴力団の中には直径組長がいて、彼らはそれぞれ組をもっていますボコ・ハラムもそういう構成になっています。
幹部の中には、イスラーム主義を実践していきたいと考えている人もいますし、カヌリ人のナショナリズムに傾倒している幹部もいる。銀行強盗や少女拉致を専門にして身代金を得ようとか、資金源の確保に力をいれている人もいます。そういう連合体です。
荻上 そうなると、統一の原理で語るのは難しいですね。
白戸 そうですね。おそらく本人たちも混乱しているところがあります。ISILのようになりたい、だから色んなメッセージを送って自分たちはイスラーム主義を実践しようとしている、と宣伝している。でも、やっていることは残虐行為です。民間人を殺し、拉致しています。それで支持が得られるのかというと、大いに疑問です。
荻上 イスラームの名を借りて、やることは遠く離れている。
白戸 アメリカの国務省のレポートを見ていると、現地でボコ・ハラムを支持しているイスラーム教徒なんて5%いるかいないだろうかだと書かれています。そうなると国家なんて樹立できる状況ではない。軍事支配だけが先行して、行政的な組織体系はほとんど未確立です。ボコ・ハラムが何を求めて、どこに行こうとしているのか、当の本人たちにもよく分かっていないと思います。
荻上 一方で、5%も支持がある。カルト的な性質を保持していくためには、十分な支持率ですよね。
白戸 残念ながらそうなんですね。
荻上 教えを忠実に守っているのか、誘拐ビジネスを行っているのか。どちらの側面もあるのでしょうか。
白戸 コアメンバーの中でも考えが異なっているのですが、2009年にテロ組織化する前の時代の方が、イスラーム教の教えに忠実な人たちが多かったと思います。今の方が誘拐をして身代金を取るとか、そういった現実的な性格が強い。
荻上 そうなると、抑えが効かなくなってくるのではないでしょうか。
白戸 例えば、日本の社会には「暴力団はいけない」と共通理解があります。しかし、暴力団に加入する人はゼロにならない。必ず構成員は確保されています。ボコ・ハラムも同じです。
日本のヤクザとボコ・ハラムの違いは、そういうムーブメントが起きた時に、日本では警察が機能します。あまりにも手が付けられない状態まで暴力団が拡大する前に、彼らは摘発される。
でも、ナイジェリアの場合はそうしたガバナンスが機能しないのです。当局は正確な情報に基づかずに過剰に軍事的に対応し、ボコ・ハラムに関係の無い人まで殺害して、逆に国民の反発を買ってしまう。結果として、ボコ・ハラムを抑え込むことができない。
日本の場合だと、暴力団などの組織が大きくなり、手を付けられなくなる前にどこかでいろんな歯止めがかかります。でも、ナイジェリアではその抑止力がない。現状は、ナイジェリアに特殊な暴力集団があるということではなくて、どこの人間社会でもありえる暴力集団をコントロールする制度や仕組みがナイジェリアでは働いていないということなのです。