- 特集 ポストFUKUSHIMAのエネルギー戦略
- 原発放棄は短・中期的にとる政策ではない
- 地政学の視点からエネルギー問題を再考する
- [2011.11.25] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |
資源に乏しい日本にとって、エネルギーの安定供給の確保は、国家の存立を左右する重要な課題。「原子力発電に対する不安と怒りが渦巻く中でも、日本にとって何が必要かを冷静に考えなければ」と話す十市氏がエネルギー戦略を考察する。
脱原発と反核運動に一線を
もちろん、今回の福島第一原発の事故は日本だけではなく、世界の問題でもある。特に近年、世界的にブームになっていた「原子力ルネサンス」という動きに対する、大きなブレーキにならざるを得ないだろう。
特に欧米先進国では、近年、地球温暖化対策を進めるうえで、原子力は選択肢の1つとして重要な手段だという再評価が進んできた。
ドイツも、2010年10月には原発延命を決め、イタリアでも新設に向けた新たな動きがあった。しかし、今回の事故でこれらの動きには完全にブレーキがかかり、ドイツ、スイス、イタリアでは、再び脱原子力へと政策転換が行われた。
それに対して、フランスやアメリカ、イギリス、ロシアなどは、安全対策を強化して、引続き原子力発電の利用を進める政策を堅持するとしている。
一方、新興国では、これから経済が成長するうえで電力が必要だという国については、原子力を開発したいという大きな流れは基本的に変わらない。中国、インド、最近ではアラブ首長国連邦も、サウジアラビアも、東欧のチェコやポーランドなども、原子力開発を進めようとしている。安全に対する配慮をもっと強化しないといけないという認識は高まったが、原子力推進との方針は変わっていない。
衝撃度という意味では、やはり日本が最大だ。原子力発電の「安全神話」が崩れたことは、現実の問題として認める必要がある。
欧米の例で見ると、スリーマイル島、チェルノブイリでの事故から、原子力再評価の動きまで、20年から25年はかかっている。福島第一原発の事故から、再び日本社会が原子力に対し冷静な判断ができるようになるまでに、現実論として、同じぐらいの長い年数が必要になると考えるべきだろう。
特に、今回の事故の日本にとっての影響は、原子力発電技術の安全性への不安が高まったこと、国の安全規制体制や電気事業者への信頼感が失われたこと、情報提供の仕方や、規制者である原子力安全・保安院と推進者の資源エネルギー庁が同じ経済産業省の下にあることへの不信感など、多岐にわたる。今回の事態を受けて、原子力安全・保安院と内閣府にある原子力安全委員会を統合し、環境省の管轄下に置くことが決まったが、これらの社会的な信頼の喪失は深刻なもので、回復までには相当な努力と年月が必要となるだろう。
今の状況を見ていると、広島・長崎の被曝体験からきた反核の主張と、原子力の平和利用に対する脱原発の動きが連動し始めている点にも、注目する必要がある。原子力の平和利用と核兵器はまったく異なるものだが、放射線に対する不安が高まっていることから、この2つを結びつけて、原子力エネルギーの平和利用そのものを否定しようという動きが一部で起きている現実は認めなければならない。
不可欠な国民合意形成
最後に、もう一度、日本で原子力発電を今後どう考えるべきかに戻りたい。私の結論は、原子力の選択肢を放棄することは、電力供給の不安定化、料金の高騰、CO2削減も非常に難しくすることにつながるため、短・中期的にはとるべき政策ではないということだ。
日本のエネルギー政策の要件は、非常に多様化、多元化しており、1つだけを選ぶことはできない。供給の安定確保がベースで、経済性および低炭素性、それに安全性、自然災害に強いことが必要だ。
ただし、長期的な視点に立てば、エネルギーの安定供給という目標は常に高い優先順位を付与されなければならない。特に、電力は21世紀においてさらに重要なエネルギーになるという意味で、常に安定供給を考えなければならない対象だ。
原子力をどう扱っていくかという問題は、まだこれからいろいろな議論があると思うが、まず何よりも、福島第一原発の事故の原因究明を徹底的に行い、短期、中期、長期に分けて科学的な知見に基づいた安全対策をとる。これは国際的にも、国内の特に地元に対しても説得力のあるものでなければならない。
また、単に科学的な安全の問題ばかりではなくて、心理的にも安心という感性の問題をクリアしなければならない。
日本では、2010年6月に閣議決定した「エネルギー基本計画」で、20年までに9基、30年までにはさらに5基、合計14基以上の原子力発電所を新増設し、稼働率も国際的な水準に上げていこうという構想を持っていた。
地球温暖化対策の中心的な政策で、具体的には、30年までに1990年に比べてCO2を30%減らすという目標を達成するために、原子力発電を発電量の53%、再生可能エネルギーについては、大規模な水力発電を入れて現在の9%を21%にしようというもの。これによって、電力の安定供給と同時にCO2を大幅に削減する大きな絵を描いていた。この計画の実現は、今回の事故で極めて難しくなった。
今後、10年、20年を展望すると、少なくとも原子力の依存度を高めるのは難しい。だが、現在、30%弱の発電量の比率を、2030年でも20%程度に維持することを目標にして、そのための国民的な合意形成が必要だと考えている。
過去においては、日本は資源がなかったがために非常な成長を遂げたという一面もある。資源が乏しいために、いかに資源を効率的に大事に使うかという省エネルギーの技術が発達した。オイルショックの後、すごい勢いで産業構造の転換が進んだ。今後は、再び省エネルギーが問題解決の大きな柱の1つになるのは、間違いない。
その一方で、ここに来て、世界的に資源の壁が高くなった。中国をはじめとした新興国の経済発展で奪い合いが始まり、資源が無尽蔵ではないことがより強く意識されるようになった。しかも環境問題という制約が出てきており、選択肢がかなり限られてきた。日本にとってはこれまでになく厳しい環境に曝されるようになった。
その時、今回の原発問題が加わったのである。日本全体が今、経済的に非常な停滞の中にあり、日本企業の国内生産の拠点自体が国際的な競争力を失っているその時に、さらにこの問題が起きた。そういう観点から、日本にとってエネルギー政策のあり方は非常に重い意味を持っている。経済をできるだけ悪い方向に加速させないように、どうすべきかを十分考慮した政策を打ち出す必要がある。
今は、福島第一原発の事故に対する不安と怒りが渦巻いている中で、冷静な議論を行うことは容易ではない。しかし、それでも、日本と日本人の将来にとって、何が必要かを、ねばり強く考えなければならない。今こそ、近代の日本がどのように発展を遂げてきたのかを思い起こすべきである。
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(財)日本エネルギー経済研究所顧問。1945年生まれ。東京大学理学系大学院地球物理コース博士課程修了。理学博士。(財)日本エネルギー経済研究所主任研究員、米国 マサチューセッツ工科大学(MIT)エネルギー研究所客員研究員、(財)日本エネルギー経済研究所専務理事(最高知識責任者)・首席研究員などを経て現職。主な著書に『21世紀のエネルギー地政学』(産経新聞出版、2007年、第28回エネルギーフォーラム賞普及啓発賞受賞)『石油−日本の選択』(日本能率協会マネージメントセンター、1993年)、『第3次石油ショックは起きるか』(日本経済新聞社、1990年、第11回エネルギーフォーラム賞優秀作受賞)、『石油産業 シリーズ世界の企業』(編著、日本経済新聞社、1987年、第8回エネルギーフォーラム賞受賞)など。