- 特集 ポストFUKUSHIMAのエネルギー戦略
- 原発放棄は短・中期的にとる政策ではない
- 地政学の視点からエネルギー問題を再考する
- [2011.11.25] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |
資源に乏しい日本にとって、エネルギーの安定供給の確保は、国家の存立を左右する重要な課題。「原子力発電に対する不安と怒りが渦巻く中でも、日本にとって何が必要かを冷静に考えなければ」と話す十市氏がエネルギー戦略を考察する。
排除できない原発
福島第一原発事故の後、ドイツやイタリアが脱原子力に政策転換をしたから、日本も脱原子力政策をとるべきという議論が強まってきた。しかし、ドイツやイタリアと日本を同じに論ずることはできない。ヨーロッパ大陸、アメリカ大陸では、陸続きの国境を越えて、送電線、天然ガス・パイプラインのネットワークがつながっている。一国ではなく、EU全体、北米全体でエネルギーの安定供給が可能かどうかが問題なのである。
日本は島国で、海外からのエネルギーネットワークはつながっていない。また、エネルギー自給率という点では、純国産である地熱、水力、太陽光、風力などは残念ながら4%程度とわずかである。原子力もウランが100%輸入。ただし、使用済み核燃料を再利用すれば準国産エネルギーといえるが、それを入れても18%で先進国の中で一番低い。
長期的に自給率を上げていくには、省エネルギーと再生可能エネルギーの利用・拡大に最大限取り組んでいく必要がある。
だからといって、原子力発電の選択肢は要らないというのは、正しい議論とは思えない。現在、電力供給量の約30%の比率を占めている原子力発電を、供給の不安定な再生可能エネルギーで置き換えるのは困難である。原子力は、一度、燃料を挿入すると数年間、そのままで発電を続けるなど、安定供給という面では優れている。やはり原子力発電の選択肢を排除するわけにはいかない。
日本の規則では、原子力発電所は、13ヵ月ごとに定期検査に入るため運転を休止する。原発の安全性への不安が払拭されない中、地元自治体が原発の再稼働に同意しない状況が続けば、定期検査が終わっても運転を再開できず、2012年5月には、国内の全基が停止することになる。
もし、そうなった場合に、どういう影響が出るのかを当研究所で試算した。
全基止まったら、短期的には、東日本だけではなくて西日本でも、電力需給が相当に厳しくなることは言うまでもない。
経済的にはどうか。すべての原発が運転再開できなければ、その発電量のほとんどは、従来の火力発電所で、石油、天然ガス、石炭を焚き増すか、あるいは、天然ガスタービンを新設することで緊急避難的に代替することになる。その場合、12年度の燃料費が、10年度に比べて約3兆5000億円増えることになる。もし、そのコストが電気料金に転嫁されるとすれば、1キロワット毎時で約3.7円の値上がりとなる。電気料金の上昇が最も影響するのは製造業であり、先ほどの試算を産業用の電気料金に当てはめると、約36%の値上がりになる。
産業空洞化の加速
それでなくても、電力供給の不安定化によって日本の産業の空洞化がかなり加速している中で、さらに電気料金が値上がりするとなると、製造業は海外に出ていかざるを得ないことになる。
その火力発電の燃料である化石エネルギーであるが、日本は今後ともほぼ全量を輸入に依存せざるを得ない。特に天然ガスは、これから相当増やしていかざるを得ない。一方、急成長を遂げる中国やインドなどの新興国は、世界中でエネルギー資源の確保に奔走しており、日本との獲得競争も激しくなっている。このような中で、石油、天然ガスの生産地域である北アフリカ、中東諸国では民主化運動が広がっている。この地域の政治的な不安要因は、構造的にこれからもまだずっと残るし、いつどういう形で噴出するかも予測できない。
原油価格も、1バレル100ドル近いところで高止まりをしている。今、サウジアラビアが何とか持ちこたえているのは、100ドルという価格で豊富な石油収入をテコに、安く国民に住宅を提供したり、若者の雇用対策など国民の不満を抑える対策に取り組んでいるためだ。原油価格が下がると、途端に社会不安が広がる恐れがある。
これからも中東産油国の政治的安定化のためのコストが必要であり、原油価格は高水準が続く可能性が高いだろう。そのような中、福島第一原発の事故の結果、世界的に脱原子力が広がれば、天然ガスへのシフトが一段と進むことになる。
3.11までは、世界的に天然ガス市場は供給過剰であった。しかし、日本の大震災と原発事故の影響で、当面は発電用に天然ガスを大量に使わざるを得なくなったことで、天然ガス供給が買い手市場から売り手市場に一挙に大転換をしつつある。
ロシアも世界最大のガス資源国でもあり、3.11後、いち早く日本にガスの供給を行うと表明した。天然ガス資源国は、急速に政治的に有利なポジションを持つようになり、国際的な影響力を強めつつある。特にロシアの立場が強くなったことで、日本との北方領土問題などにも影響が波及しつつある。
さらに、中国が今、豊富な資金力を背景に、大変な勢いで国を挙げて世界各地で資源の確保に動いている。これから、天然ガスシフトは世界の大きな流れとなるが、ほぼ全量を輸入に依存している日本が、いかに安定的かつ合理的な価格でLNGの調達を行えるかが新たな課題となっている。
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(財)日本エネルギー経済研究所顧問。1945年生まれ。東京大学理学系大学院地球物理コース博士課程修了。理学博士。(財)日本エネルギー経済研究所主任研究員、米国 マサチューセッツ工科大学(MIT)エネルギー研究所客員研究員、(財)日本エネルギー経済研究所専務理事(最高知識責任者)・首席研究員などを経て現職。主な著書に『21世紀のエネルギー地政学』(産経新聞出版、2007年、第28回エネルギーフォーラム賞普及啓発賞受賞)『石油−日本の選択』(日本能率協会マネージメントセンター、1993年)、『第3次石油ショックは起きるか』(日本経済新聞社、1990年、第11回エネルギーフォーラム賞優秀作受賞)、『石油産業 シリーズ世界の企業』(編著、日本経済新聞社、1987年、第8回エネルギーフォーラム賞受賞)など。