芸術文化の都として知られる…20世紀を代表する思想が生まれ時代を切り開く人材を輩出してきました。
パリには世界各地からさまざまな分野の学問を学びに若者たちが集まってきます。
そんなパリの一角に2006年に創立された新しい学校があります。
21世紀のエコノミストを養成するため国と民間企業が資金を出し合って運営している新しいタイプの高等教育機関です。
創立僅か8年で数々の名門大学と肩を並べ経済学部の国際ランキングで7位に浮上しました。
その創立に関わり初代校長を務めたのが気鋭の経済学者トマ・ピケティ教授です。
ピケティ教授は研究仲間たちと15年以上の歳月を費やし300年にわたる世界各国の税務記録を収集してきました。
これらの膨大なデータを基にピケティ教授は所得と富の格差や資本主義の法則を明らかにしようとしたのです。
「アメリカでは所得の上位1%が国全体の総所得の3/3を占有している」。
ピケティ教授のこのリポートが「ウォール街抗議運動」の理論的な支えとなりました。
ピケティ教授の研究の集大成「21世紀の資本」はアメリカで50万部を超えるベストセラーを記録。
今世界15か国以上で翻訳され経済学の本としては異例の反響を呼んでいます。
世界各国に招かれ多忙なピケティ教授。
その合間を縫って学生たちに講義を行っています。
富が富を生み格差が格差を生む現代の資本主義。
不平等の問題にピケティ教授が切り込みます。
経済の事はよく分からないと済ませてしまうのは安易すぎます。
自分の意見を持つべきだし経済の問題を他人任せにしてはいけないのです。
日本は国際的な視点からすると極めて興味深いケースです。
所得や富の分配の問題は日本で将来もっと深刻になるでしょう。
将来のために自分の考えを深め多少の時間を費やしてもこの講義に耳を傾けてもらう価値はあると思います。
第5回はいよいよ21世紀の不平等の実態に迫ります。
ピケティ教授が指摘する資本収益率「r」は経済成長率「g」よりも大きいという歴史的事実。
労働者の賃金の伸びは資産が生み出す収益には及ばない。
この問題を考える上で重要になってくるのが相続資産の問題です。
現代では相続によって受け継がれる資産の大きさはどれほどになるのか。
世襲型資本主義の実態をピケティ教授が明らかにします。
では始めよう。
今日は相続資産の問題について話そう。
最近超資産家や所得数十億ドルの億万長者が増えている。
それについては後で触れる事にして相続資産が長い目で見てどう変化したかを考えよう。
さしあたりフランスのデータで見たいと思う。
フランスが特に興味深い国というわけではないがたまたま古くからの資産のデータがそろっているからだ。
フランス革命は完全な理想社会を作り出す事には失敗したが少なくとも資産に関するデータだけは作り出したというわけだ。
いわばフランス革命が相続税を生み出したわけだがそれは当時としてはとても普遍的なものだった。
フランスには他の国には見られない1800年ごろからの富の蓄積に関する膨大なデータがそろっている。
これはフランスで毎年の相続資産の総額がどれくらいのものか国民所得における割合を見たものだ。
19世紀には毎年国民所得の20%から25%という巨額の資産が相続されていた。
その巨額の資産が2つの世界大戦のあとに激減した。
現在それは15%ほどで19世紀の水準には及ばないが徐々に上昇しつつある。
相続資産の国民所得に対する割合は20%ないし25%の水準から戦後4%を下回る水準へと大きく低下した。
毎年の相続資産の総額は1910年から1950年までにに縮小し1950年から60年辺りで底を打つ。
50年代は相続資産がほとんどない時代だった。
2つの大戦を通じて相続資産が消滅した事は衝撃的でさえある。
相続資産の推移は1940年代から50年代に一時的に減少しその後回復してきている。
これはどう説明できるだろうか。
遺産を受け取る側。
つまり相続人の平均年齢はどうなっているんだろう?平均寿命は19世紀の約60歳から21世紀現在の80歳から85歳にまで延びてきた。
よって相続人の平均年齢も高くなっている。
昔は30歳ぐらいで相続していたものが今では50歳近くになっている。
ここで数値が下がっているがこれは第一子をもうける時期が遅くなる傾向がある事と生前贈与が増えているためだ。
これは極めて重要だ。
死亡相続など全ての事がこれまでより遅くなっている。
相続が遅くなるとその分だけ人生設計を立てる必要が出てくる。
30歳で相続していた時代とは違い50歳で相続するならそれまでの間自分の生活を自分で賄わなければならない。
寿命がどんどん延びるとともに相続する時の年齢は大幅に上昇している。
しかしそうがっかりしなくてもいいだろう。
なぜなら今では生前贈与という形での相続が増えているからだ。
生前贈与は相続の高年齢化を事実上相殺している事になる。
生前贈与を行う平均年齢は死亡する10年から15年前なので年齢的には大した違いではないが死亡時の遺産の額には影響を及ぼす。
大きな違いではないが無視できるほど小さくもない。
これは死亡時に相続する資産の平均資産に対する割合だ。
赤は生前贈与を考慮した場合黄色はそれを含まない割合だ。
生前贈与を含むと数字が膨らむ。
生前贈与の割合は19世紀にも大きくそれはしばしば持参金の形で結婚の際に男女問わず子供に分与された。
実は今では19世紀以上に持参金は大きな比重を占めている。
それは持参金という形はとらないが結婚の際などに住宅を購入する資金を親が援助したりするという形でなされている。
子供がバカンスで海外旅行へ行きたいと言っても親はお金を出さないね。
しかし家を買うとなると話は別で10万とか50万ユーロポンと出す。
そりゃ出してくれない場合もあるかもしれないけどね。
いずれにせよ生前贈与は大体結婚の前後で行われる。
今日でも資産格差が依然としてあるが19世紀ほど極端ではない。
100年前と比べれば多くの人が多かれ少なかれ相続するものを持っていると言える。
生前贈与の上昇はとても大きいものになっている。
いくつかの数値を見てみよう。
生前贈与を含めなければ120%含めれば220%。
これはどういう意味だろうか。
平均寿命は80歳前後だが亡くなる際に保有している資産は国民1人あたりの資産保有額に対してほぼ120%となっている。
という事は平均より20%多く持っていたという事だ。
だがこのカラクリは生前に資産のおよそ半分を贈与した結果にすぎない。
相続資産に生前贈与を含めるとその割合は220%になるからだ。
つまり120%の倍近くだ。
半分近くが生前贈与されていると見ていいわけだ。
相続の問題を語る上でこの変化は重要だ。
生前贈与を無視してもぬけの殻になった死亡時の遺産だけを見ると相続の実態が全く理解できない事になるからだ。
だから生前贈与を勘定に入れる事は極めて重要だ。
先ほど見た毎年の相続資産額の増大には生前贈与も大きく関わっている。
年齢と資産の構成を注意深く見てみよう。
もっとたくさんのデータがある。
いくつかの年を取り上げてみよう。
これはフランスの年齢別資産構成の表だ。
全ての数字をその人たちが50歳代の時の平均資産の割合で示してある。
なぜ50代かというと別に私が50代に特別な思いを持っているからではない。
50代は人生で一番資産が大きくなる時期で多くは自ら蓄えた資産であるという意味で比較対照として適切な年齢と思えるからだ。
20代30代を見てよう。
お金持ちというのは相続によってのほほんと暮らしている人が多い。
80代90代のお金持ちはといえば別に会社を興したりあくせくしているわけではない。
ところが50代のお金持ちは自らの仕事自らの会社で富を築き上げている場合が多い。
そのおかげで経済も活発になるというわけだ。
他にもここからいくつかの事が分かる。
19世紀を通じて資産は高齢者により多く集中していた。
1912年のこの257%という数値があるがこれは80歳で亡くなった人々の資産は50代の平均保有資産の2倍半の大きさであったという事を意味している。
60代で亡くなった人は50代を58%上回っていた。
年齢別の資産額の傾斜が急な事が分かると思う。
第一次世界大戦が起きるまで資産格差は拡大を続け年齢別資産の構成も上昇した。
2つの世界大戦の衝撃によって状況は一変した。
このころになると80代や90代で亡くなった人の資産額は50代の平均資産の62%しかない。
他の年代もみんなそうだ。
こうした変化はひとえに両大戦がもたらした衝撃によるものだった。
第二次世界大戦中に高齢者だった人は資産を戦時国債で持っていて戦後のインフレーションで資産価値の目減りを経験した。
そうした人たちは資産を回復する間もないまま僅かな資産しか残さずにこの世を去った。
1950年から60年ごろの相続資産の減少の一端はこの事に原因がある。
歴史的に見てこの時期は唯一例外的に高齢者が中年の人たちよりも相対的に貧しかった時代だったと言える。
1940年ごろまだ40代だった人たちは戦争で多くを失ったがその後資産を挽回するための時間的余裕があった。
戦後もしくは戦争中にうまく立ち回って資産の再構築を図った人もいた。
だがより高齢の人たちにとってそれはかなわなかった。
これが2度の世界大戦の衝撃が年齢ごとの資産構成を激変させた理由だ。
1947年以降高齢者が相対的に多くの資産を持つ時代が徐々に舞い戻ってきた。
2010年の80代の人々の平均は134%となっている。
50代の人々よりも34%多く資産を保有しているという事を意味している。
しかもこれは既に資産の半分を生前贈与した残りだという事だ。
生前贈与はここには含まれてはいない。
生前贈与分を入れると120%や130%などではなく200%を超えるだろう。
戦後の資産の量的な回復と高齢化のすさまじさは1人あたりの相続資産の額だけを見ていても分からない。
相続資産の大規模な拡大と高齢化が絡み合って進んできた事が重要だ。
フランスでもそうだが本当に裕福な人は高齢者が多いよね。
そうした人々は莫大な資産を相続した人もいるしそうでない人もいる。
今何も相続せず自力で家を買うというのはよほどいい給料をもらっていないかぎり大変だ。
相続資産の重要性が再び増してきたと言える。
これが総資産に占める相続資産の割合だ。
19世紀にそれはとても高い水準で80%から90%だった。
これが戦後大幅に低下した。
1970年でもまだ総資産に占める相続の割合は40年代から60年代までの状況を引きずっていた。
かなりのタイムラグがあったがようやく相続資産の総資産に対するシェアが回復してきた。
現在は移行期とも言える時期だ。
ベビーブームの世代があと10年か20年で残念ながら亡くなると相続資産の割合はかなりの大きさになったりするからだ。
資産の蓄積には時間がかかるので長い目で見なければならない。
この事は相続税の問題を考える時に重要だ。
相続税に対する人々の考え方は2世代3世代で大きく変わる。
親たちが一生懸命働いて蓄えた資産であればそれに対して多額の税金をかける事は好ましくないと考えるだろう。
親たちはそれを相続して得たわけではないし既にたくさんの所得税も払っているとね。
ではその資産が相続された時にどの程度課税されるべきか。
高い相続税を拒否する人もいるが同じ家族が2世代にわたってその資産を保有するとそれに対する多少の課税はやむをえないと見なされる。
資産に対する考え方は第1世代第2世代第3世代と下る中で変化する。
資産に対する考え方が変わるためには長い時間がかかるものだ。
相続資産の額はほぼ19世紀の水準に戻りつつあるが相続資産の上位集中は19世紀のレベルには達していない。
現在でも数十万ユーロから100万ユーロぐらいの資産を相続する人々がたくさんいる。
結構な金額だがその程度の資産では仕事を辞められるほどではない。
辞めたところで生活はかなり苦しくなるだろう。
まあそれなりの金額ではあるけどね。
19世紀には仕事をしなくていいほどの相続資産を受け継ぐ金持ちはごく少数だった。
今はそれなりの額を多くの人々が相続するという時代でそこがかつてと大きく違う点だ。
これは今日の格差がある意味で弱くなったと言えるが別の意味ではもっと強くなっている。
いわば不平等の新しい形態だ。
つまり能力によって相続資産を築いた層が広がっているが別の面ではその対立がより一層激しくなっている。
これがどうなるかを簡単に見るために私が本の中で「ラスティニャックのジレンマ」と呼んだものを説明しよう。
それはつまり所得最上位1%の職業に就くか資産最上位1%の配偶者を得るかによってどう生活に差が生まれるかという比較だ。
19世紀にはその人の生活水準が平均的な生活水準の何倍になるかという物差しがあった。
それによると所得最上位1%の職業に就いた場合の生活水準は平均のおよそ10倍だった。
不平等は当時も今もあまり差がないので労働所得だけを見ると違いは少ない。
最上位1%の賃金は現在総賃金の5%から6%なので平均賃金の約10倍から12倍になる。
もしも相続資産の最上位1%という事になると巨額の資産を自分の家族もしくは配偶者の家族から受け取る事になる。
だから最上位1%の資産家を配偶者にする事こそが19世紀の時代支配的な戦略だった。
これはバルザックの「ゴリオ爺さん」を読んだ人には分かると思うがヴォートランという男がラスティニャックという青年に吹き込んだ戦略だ。
良い職に就くよりも資産を持った伴侶を探せという事だ。
当時は確かにそうだった。
バルザックは統計データなんて持っていたわけではないがそれは誰もが知っている当たり前の事だった。
いつ生まれたかによっても違ってくる。
もしも1910年20年30年あるいは40年に生まれていたとしたらまた違ってくる。
その時代の人々は1950年代から70年代に相続を受ける世代なので受け継ぐ資産がほとんどなかった。
こんな事は歴史上初めての事だったかもしれない。
彼らにとっては良い結婚相手よりも良い仕事を探す事の方が生活のためには重要だった。
道徳的な判断は別にして生活水準の点だけで言うと良い大学を出て最上位1%の職業に就く事が良しとされた。
私は1970年代生まれだからそれがよく分かる。
だけどみんなは80年代か90年代生まれだろうからどっちが有利かは微妙なので判断は難しい。
不平等を測るもう一つの指標はその年齢層のどの程度の割合が生涯労働所得に匹敵する額を遺産として受け取っているかを見る事だ。
これがそれぞれの年齢層ごとの割合だ。
17世紀から19世紀の初めに生まれた各世代のうち下位50%の人々の生涯労働所得の平均に相当する相続資産を受け取っている割合は10%ほどだった。
その後この割合はずっと低くなっている。
現在少し高くなって12%から13%だ。
この推計も不完全だがおよその大きさは正確だと思う。
この数値の意味するものは何か。
80年代生まれの12%90年代生まれの13%というのは何を表しているのか。
下位50%の層の所得は最低賃金と大して変らない。
ほんの少し多いけどね。
彼らの50年分の賃金となると大体80万ユーロぐらいだ。
それが店のレジ係などの仕事をして最低賃金を積み重ね生涯に稼ぐ所得だ。
12%というのは人口の12%が少なくとも70万ユーロから80万ユーロという金額を相続するという意味だ。
確かに私たちの周りには50万ユーロ60万ユーロあるいは100万ユーロといった遺産を親から相続している人がいるね。
この程度の金額では仕事を辞めて悠々自適というわけにはいかない。
実際こうした人たちの大半は仕事を続けている。
通常何も相続しない人よりもいい大学に行って稼ぎのいい仕事に就くケースが多い。
このレベルの遺産は仕事を辞められるほどではないが下位50%が生涯かけて稼ぐ所得には匹敵する。
これは不平等は能力の差に基づくものであるという戦後の通念に反するものだ。
対立の構図はこれまでと異なる。
これまでは巨大な資産を持った少数のエリートとそれ以外の対立だった。
しかし現在はむしろ生活様式の異なる大きなグループ同士の対立と言うべきものだ。
資産上位10%とか12%というのは大資産家とは言えない。
それでも数百万人もいるけどね。
資産所有の下位50%は数千万人で上位10%より数的にはもちろん大きい。
しかし政治的あるいは社会全般への影響力という点では利害が異なる巨大なグループだ。
不平等の構図は過去と現在とでは異なる。
どちらが良いとは言えないが異なる事は事実だ。
戦後一時期の不平等の均衡状態とも違う。
理解してもらいたいのは私たちのような普通の人間でも資産が全くないわけではなく10万ユーロとか30万ユーロぐらいはある。
100万ユーロ数十億ユーロといった資産家だけが資産を持っているのではないという事だ。
そういう超大金持ちについては後ほど話す。
まあそう大した話ではないけどね。
重要な事はその事が持つ効果だ。
それは資産を保有する層に人口の広範な部分が含まれるという事だ。
これはフランスだけの事か他の国でもそうなのか。
諸外国特にドイツイギリススウェーデンなどのデータを見るとフランスは比較的全体を代表しているように思える。
特に長期的には世界全体の人口増加が停滞していくとますます全体の動きを典型的に示すようになるだろう。
これはつまり毎年の遺産総額を押し上げる事を意味する。
日本やドイツ中国など人口減少が起きている国では2030年には相続がバルザックの時代のパリどころではないぐらい重要となるだろう。
このところフランスでもドイツでもイギリスでも国民所得に対する相続資産の割合が上昇している。
イギリスは特に生前贈与が十分に報告されていないし他の国でも生前贈与は捉えにくい場合が多い。
その点でデータが不十分ではあるがイギリスの生前贈与もフランスと同じような傾向であるとすればイギリスもフランスと同様の上昇を示すだろう。
こうした比較は極めて便宜的で不完全だが毎年の相続資産額の上昇がフランスだけの問題ではない事は明らかだ。
少し前に中国を訪れたが上海や北京などの都市部では不動産を相続する問題がとても重要だという。
あれだけ不動産価格が上昇すると農村部やあるいは資産のない家族の出身者で自分の稼ぎしか頼るもののない人は都心で不動産を持つのは本当に困難だ。
だから相続資産の長期的変化の研究で明らかにされたメカニズムや教訓は各国にとっても重要な意味を持つ。
…とはいえ相続の問題は国によって同じように展開するわけではないだろう。
なぜなら人口動態や制度譲渡性の資産や年金資産の重要性などが国によって違うからだ。
年金制度を維持するための負担額の割合が小さい国では老後に自己資産を取り崩さなければやっていけない可能性が高い。
年金資産がたくさんあれば売り払える資産があまりなくてよいという意味ではない。
年金基金が潤沢な主要先進国では総資産も多くそれを海外に投資さえしている。
実際には国内投資に偏るケースもあるが対外投資と国内投資の両方に保有資産は分散される。
年金資産が大きければその分譲渡資産の蓄積が少なくなるかもしれない。
こうした問題についての研究がもっと行われるべきだと思う。
資産についてはこれまでの議論では十分に捉えきれていない。
というのもこれまでの議論は極めて国単位に限定して見てきたからだ。
資産不平等の研究を一国レベルで論じる事はますます難しくなりつつある。
特に政策の問題を論じようとすればもっとグローバルな視野が求められる。
国単位ではなくグローバルな視野で行われるべき研究ははるかにたくさんある。
だから国際的な次元の議論をしよう。
まず初めに私が強調した資本収益率「r」と経済成長率「g」の関係を表すメカニズムだ。
資本収益率「r」と経済成長率「g」の差が大きくなるのは世界的に人口増加率が低下し資本収益率が上昇するためだ。
各国が投資を誘致するために課税引き下げ競争を行ったり資本集約的な技術を導入する事によって資本収益率が長期的に高くなる。
こうした動きが強まれば世界的に資産の不平等が強まる事になる。
もう一つ大事な事は今日のグローバルな資本市場では資産の規模によって資本収益率が大きく変わるという事だ。
これまで私たちは資本収益率「r」が一律でみんな同じ資本収益率で資産を運用すると想定してきた。
完全競争モデルの想定ではそうだ。
しかし現実の世界ではそのような教科書で言われている完全な資本市場のように物事は進まない。
完全な資本市場とはどんな資産規模でも同じように高い資本収益率が得られるというものだ。
つまり1万ユーロを銀行に預けるとすると翌日には銀行がそのお金を高い収益率の中国やブラジルの投資に回す。
すると更に翌日その高い収益率に応じて利子を受け取る事ができるというわけだ。
まさに教科書のモデルだね。
現実の世界ではそうはいかない。
もしもあなたが1万ユーロを銀行に預けたとする。
インフレ率があるから実質で見るのは難しいが大体フランス定期預金の金利は0.75%かせいぜい1%そこらだからインフレ率より低い。
少額の預金だとほとんど利子はつかない。
しかし大きな資産を持つ場合にはもっと高度な金融商品に投資できるしその場合の収益性ははるかに高いだろう。
みんなが同じ収益率で投資すると想定する事には無理がある。
それはあくまで標準的な資本の完全市場のモデルで言われている事にすぎない。
私たちはそうしたモデルと手を切るべき時に来ているのではないか。
暗黙の前提としてきたものが現実の世界では本当にそうなのかを見極めるべきだ。
ここで2つのデータを紹介しよう。
「フォーブス」という雑誌の長者番付と大学の基金のデータだ。
この大学基金のデータはとても価値がある。
少なくとも大学自身が公表している財務諸表から大学ごとの基金運用の実績分散投資や収益性の違いが分かる。
「フォーブス」の長者番付に出てくるような人々はあまり透明性があるとは言えない人々だ。
実際彼らがどんな利回りで投資しているのかなどは分からないからこれは大変興味深いデータだ。
しかしどう解釈したらいいか難しいところもある。
「フォーブス」がどうしてこんな情報を入手できたのか。
いずれにせよ資産の事を知るために「フォーブス」などを手がかりにしなければならないのは残念な事だ。
本来はEurostatやIMFがそのような情報を開示すべきだ。
だがIMFなど国際機関の刊行物のどこを見てもそのような情報はない。
むしろ先進国の政府やIMFなどは国際的な資産移転の情報開示に反対してきた。
そうした情報開示なしに資産の公式統計などできようがない。
これまで銀行情報の開示に反対していた人も含めて多くの人々が今それを求めている。
資産の動きの透明化には程遠いがしかるべき策を考えねばならない。
私たちは臨機応変で利用できれば税務署のデータでも相続税の記録でも何でも利用する。
ここでは「フォーブス」や大学基金のデータを最大限利用している。
まず「フォーブス」のデータを見てみよう。
これは1987年から2013年までの世界の資産10億ドル以上の億万長者の人数だ。
1987年は「フォーブス」がこのデータを初めて発表した頃だ。
これは億万長者の総資産額で単位は10億ドルだ。
こちらの軸がその規模を表している。
こちらは人数だ。
「フォーブス」によると億万長者は200人弱から1,500人に増えている。
これだけではインフレも考慮されていないので何とも言えない。
インフレが起こるとその時期の経済の名目の規模も同様に拡大する。
名目資産も増えるのでそれだけで億万長者の数が増えるからね。
こうした制約もあるので私は少し工夫して民間総資産のうちどれだけを億万長者たちが占めているのかという割合を求めその変化に着目した。
それがこの曲線だ。
これは成人人口1億人あたりの億万長者の数でこれも上昇している。
これだけではまだ十分ではない。
それは総人口や総資産の変化は考慮できたとしても1人あたりの実質的な資産の上昇は分からない。
なぜなら総資産の平均値が上昇しているので今の億万長者は例えば1987年に億万長者であった人ほど相対的には裕福ではないという事になる。
だから人口の一定の部分がどれだけの資産シェアを持っているかを追跡する事が正攻法ではないかと考えた。
これが2,000万分の1の富裕層の資産シェアだ。
人口は毎年変動するがそのうちの2,000万分の1のシェアの変化を捉えるとこうなる。
資産分配の格差が固定的だとして考えてみる。
そのシェアは0.3%から0.9%へと上昇している。
割合としてはそう大きくない。
ここから分かる良いニュースは資産の99%はウルトラリッチではなく資産の10億ドル以下の人々が保有しているという事だ。
私たちは資産シェアの0.3とか0.9%ならまだ大した数字ではないまだ1%にも満たないと思いがちだ。
だが1,000万ドル5,000万ドル1億ドルといった人々の資産の変化を見なければならない。
彼らを含めると富裕層が保有する世界の資産の割合はもっと急ピッチで増えている事が分かるだろう。
富裕層はマクロ経済のレベルでも目に見えてシェアを拡大するだろう。
そうなるまでに時間はかかるけどね。
そうなってほしくないと思うかもしれないがそうなるだろう。
興味深い事にこのグラフが言わんとする事は別の形で表れている。
それはこれらのグループの資産が拡大する早さに見て取れる。
その意味するものは資産の平均的な実質増加率だ。
これは先ほどのグラフの実質増加率の平均の数字をまとめたものだ。
実質的とはインフレ部分を差し引いたという意味だ。
資産分配の最上位1億分の12,000万分の1といった層の平均資産を示している。
この層はこの30年間実質的に年率6%から7%で資産を増やしている事が分かるね。
同時期に世界の平均資産の伸び率は2.1%にすぎない。
所得の伸びは更に低く1.4%だ。
上位の保有資産は平均の3倍から4倍の早さで膨らんでいる。
ここで重要な点が2つある。
一つはこの時期の世界のGDP成長率は3.3%だったという事。
こうした…世界的な成長が続いている最大の理由は人口増加がまだ終わっていないからだ。
国連の推計によるとある時点で人口増加率はゼロになるそうだがまだそこには至っていない。
ヨーロッパだけでなくアジアでも高齢化が進み人口増加率は現在1.5%ほどでおかげで世界の成長率の半分以上をどうにかキープしている。
人口増加率はとても大切な要因だ。
特にアメリカとヨーロッパの成長率を比較する時など両者のギャップの大半は人口増加率の差で説明できる。
アメリカの人口は1%で増加しているがヨーロッパはゼロ日本はマイナスだ。
人口増加を考慮し世界の1人あたりのGDPつまり1人あたりの所得の伸び率を求めると年率1.4%だ。
1人あたりの資産は所得よりも早く増加する。
資産の増加率は世界平均で2.1%だが上位の資産保有者はその平均の3倍から4倍という早さで世界経済の成長率をはるかに上回る。
2つ目は社会の流動性に関するものだ。
「富の分配にありつく新たな起業家がたくさん出てくるし社会は流動的だから大丈夫」と言う人がいる。
しかしこの見方は現実を説明できない。
確かに階層間の流動性はかなりある。
新しい起業家が絶えず生まれ1987年と2013年とでは人が入れ替わっていく。
1億分の1の上位層はかつてのそれと同じ人々ではない。
1987年の「フォーブス」の億万長者の多くは日本人だった。
もはや誰もその名前を覚えていないがね。
今日ではアメリカやメキシコ中国の人が多い。
全体の時期を通してある程度の流動性というのは常にある程度あって入れ替わりが絶えずある。
けれどもそうした出入りが多かれ少なかれ相殺されて世界の資産の分配にはある種の均衡が生み出されている。
ある人は浮かび上がりある人は没落するのだが平均すると上位層の資産の平均増加率はほぼ一定で推移している。
新たな起業家が登場し流動性が極端に高まる場合がある。
毎年ニューフェースが出てきたりするけれど実際はそんなに多くはない。
しかしこうした議論は流動性を過度に強調しがちだ。
たたき上げの起業家もいるが相続による資産家もたくさんいる。
ロレアルの元社長リリアンヌ・ベタンクールなどはその最たるもので彼女は1990年から2010年にビル・ゲイツに負けないくらい資産を増やしている。
みんなビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの方が資産を増やしていると思うかもしれないがベタンクールも同じぐらいだ。
起業家もいれば相続による資産家もいる。
天然資源や石油で儲けている国の富豪もいる。
彼らは何か新しいアイデアを思いついたとか発明したというわけではない。
資産を受け継ぎそれが勝手に増えていっただけだ。
実際の流動性は一般に言われるほど極端ではない。
毎年新顔の起業家に上位層が全て置き換わったとしても上位層の資産が平均の3倍で成長する事の理由にはならない。
もちろんこのような成長は永遠には続かないだろう。
ある均衡から他の均衡へと無限に移動し続け最後には世界資産の億万長者への集中度が100%になる事も理論的には想定される。
上位の資産グループの膨張の理由を理解したいと思っても「フォーブス」のデータでは分からない。
データの信頼性が低く大ざっぱで対象とする人々が少ない。
資産の形態は実にさまざまで新たな起業家の資産もあれば資産を相続する場合もあるし産油国の富豪の地位を引き継ぐ場合もある。
いろんなパターンがあるのでそれらをひとまとめにするのは至難の業だ。
次の大学の基金のデータだがこれは大規模な金融資産の運用の実態投資の規模の問題がクリアーに表れているので大変面白い。
もちろんそれ以外の要因も働いているが少なくともそれらの効果がとてもよく理解できる。
この大学の基金に関するデータは「フォーブス」のデータよりもはるかに質が高い。
独自の基金を持つ全米800余りの大学を網羅している。
その総資産はなんと4,000億ドルにも達する。
1大学あたりで計算するとその平均資産額は5億ドルになる。
世界の億万長者の資産と比べればはるかに小さいものだが投資戦略の詳しい内容が分かる。
我がパリ経済学校の基金のデータは残念ながらここにはない。
というのもここの基金の規模はあまりにも小さすぎてアメリカの大学とは比較にならないからだ。
この基金の表から何が分かるだろうか。
まずここからアメリカの大学が基金の運用でどれほどを稼ぎ出しているかが分かるね。
数字は1980年から2010年の平均だ。
ご覧のとおり850の大学の収益性の平均値はとても高く8.2%だ。
これはインフレ分を除き更に管理コストを差し引いた残りの実質的な収益率だ。
ファンドの管理費用などは全て差し引いたものでこれほどになる。
もし私たちが銀行に行って同じだけの金利を欲しいと言っても相手にされないよね。
確かにこの数値には景気が良かった時代の収益性も含まれているのでこれが今後数十年間も続くとは言い難い。
今後はもう少し小さくなるだろうがそれにしても高いにはちがいない。
この表の面白いところは基金の規模が大きいほど収益性も高いという事だ。
平均で8%だが小さいところでは6%だ。
パリ経済学校は1億ドル以下だから4〜5%になるだろうか。
規模の大きいところは10%だ。
なぜ収益率が高いのか。
まず第1にこうした大学は利回りの低いアメリカ国債などには手を出さない。
中国やサウジアラビアなどアメリカ国債をせっせと買う国があるがハーバードやイエールは1ドルたりともアメリカ国債に投じていない。
何十年もそうだ。
とても悪い投資先だからね。
アメリカの大学が何に投資するかというともっと複雑な金融派生商品商品デリバティブやプライベートエクイティー未公開株などだ。
それだけではない。
彼らは更に資金管理のアドバイザーに多額の報酬を支払う。
ハーバード大学の場合だと基金の規模が300億ドルから400億ドルでその0.3%を管理コストとして使うだけでも約1億ドルになる。
これで資産管理のすばらしいチームを雇い入れる事ができる。
本当にコストはかかるが1億ドルもあれば優秀なチームを雇える。
そのおかげで収益率は8%とか6%とかではなく10%になるのだから0.3%は惜しくはないわけだ。
もともと1億ドルしかなければ1億ドルをマネージメントに支払うなんて到底できない。
もしあなたが10万ユーロ持っていて親戚の誰かに投資のアドバイスを受けたとしても恐らくうまくいかないだろう。
投資の運用にはスケールメリットつまり規模の効果が重要でこの点でも目をみはるものがある。
比較してみると面白いがまずこのメカニズムは何も世界の大口の資産の運用だけの問題ではない。
個人の資産は大学の基金とはまるで異なるが個人でも自分で事業を興して豊かになる人がいる。
個人の資産の変動についてもこの話から得られる教訓はなくはないのだ。
規模の効果は個人の資産にとっても存在しなぜある程度資産のある人は働かなくても極めて高い利回りで資産を増やすのかが分かるというものだ。
この事とアメリカの大学に対して行われる個人の寄付とを比較してみるのもまた面白い。
個人の寄付についてはおかしな話が多いがしばしば億万長者たちがとてつもない慈善心を発揮して莫大な寄付を教育機関や医療機関はたまた自分の母校の大学に対して行う事があるよね。
とてもすばらしい事でもう税制など要らないのではないかとさえ思いたくなるが実は寄付金の割合には誇張された部分が多少ある。
これを見るためのデータがある。
これも大学自身が公表しているものだ。
ハーバード大学の場合同じ期間を通じて大学になされた寄付の年平均は基金全体の僅か数%だった。
基金の収益全体と比べるとそれはごく僅かな金額でありそれ自体は重要ではない。
確かに数%は小さい額ではないが運用益と比べればごく僅かだ。
なぜハーバードやイエールやプリンストンの基金がこの20年で10倍にもなったか分かるかな?1990年にそれは20億ドルか30億ドルといった規模で当時も最大だったが今や10倍に膨れ上がり300億から400億ドルだ。
それは個人の寄付が寄せられたためではない。
個人の寄付は僅か5%以下金融収益が95%で圧倒的だ。
寄付の重要性を言う人がいるがデータから見るとそうではない。
何かこれについて質問はあるかな?この事はまた次回議論しよう。
2015/03/30(月) 01:10〜02:05
NHKEテレ1大阪
パリ白熱教室選 第5回▽世襲型資本主義の復活〜19世紀の格差社会に逆もどり?[二][字]
ピケティ教授が語る「21世紀の資本」。第5回は世襲型資本主義の復活がテーマ。富が独占され相続資産として受け継がれた19世紀。現代は、再びあの格差社会に戻るのか?
詳細情報
番組内容
ピケティ教授がひも解く「21世紀の資本」。第5回のテーマは世襲型資本主義の復活。一部に富が独占され、全体の90パーセントが相続資産として受け継がれていた19世紀。莫大な資産が生み出す収益は労働者の賃金の伸びをはるかに上回り、資本収益率は常に経済成長率よりも大きいという歴史的事実をピケティ教授は指摘する。その結果、現代においても富が富を生み、不平等が拡大する19世紀の格差社会が戻りつつあると分析する
出演者
【出演】パリ経済学校教授…トマ・ピケティ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – その他
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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