NNNドキュメント「オウム20年 未曾有のテロ 終わりなき闘い」 2015.03.30


ここにあの男が収監されている
若い頃は柔道に熱中
やがて狂気の集団をつくり上げたオウム真理教の教祖…
1995年
首都東京を狙い化学テロを起こした
今も沈黙を続ける松本死刑囚は一体何がしたかったのか
現場で指揮した警視庁の幹部は…
(山田さん)彼は日本制覇世界制覇まで狙っていた。
ただ1人自供に追いつめた検事は…
(宇井さん)戦争に巻き込みたかったんじゃないの?
事件から20年
証言者が今明かすオウムとの攻防
(下川)あ〜ここですね建物自体は全然変わらないですけどね。
そうですねやっぱりこう中からのぞいてる信者がいたりとか。
今から20年前
ここにオウム真理教の東京総本部があった
新入社員だった下川にとって初めての現場だった
一切の事件を否定している…?ええ!ええそうです…。
やはり教団は殺生しちゃいけないということでゴキブリが結構いたんですけれどもそのゴキブリを瓶に入れて信者達が出て来て外に捨てに来るんですよね。
あんな大事件を起こしたオウム真理教っていうのがまぁなかなか結び付かない部分もありましたけれども。
松本智津夫死刑囚は…
その頃から空中浮遊神秘体験などをうたっていた
1987年には宗教団体オウム真理教となった
精神世界に引かれた多くの若者達が入信
最大で1万人以上を集めたとされる
そして救済のためなら人を殺してもよい…という教えを説くようになった
1989年11月横浜
信者を取り戻す相談に乗っていた坂本弁護士一家3人をオウムは殺害した
1994年6月長野
オウムを担当する裁判官を標的にした松本サリン事件
暴走を続けるオウム
そして…
東京でも事件が発生
オウムに入信した妹を脱会させようとしていた假谷清志さんを拉致した
ようやく警視庁が動く
假谷さんには大変気の毒ですけどもね假谷さん事件の捜査を通じて初めてこれはオウムの犯行だということが断定できそして裏付けもできた。
逮捕監禁罪でその後令状を取りながらオウムを攻めて行った。
オウムへの一斉捜索は3月22日と決めた
しかし…
(サイレン)
一斉捜索の2日前オウムは捜査をかく乱するために東京の地下鉄にサリンをまいた
警察の動きは漏れていた
今からオウムの捜査をどうしようかという作戦会議をしておるところにそういう一報が入りましてね。
だから3人ともすぐにですね「うわっこれはねサリンだな」と。
はっきりしないうちからサリンの恐れがあるから無防備のまま近づいたりしないように…ということを言って警視庁管内全部にそれを流してましたね通信指令本部は。
サリンを警戒していたのに東京のど真ん中にまかれたのだ
あっすいません。
・ちょっとすいません…・・ちょっと悪いけど勘弁してよ・
なぜ警察はオウムの暴走を止めることができなかったのか
入社以来警察取材を続けて来た下川は…
宗教法人という一種の隠れみのの中にあるオウムに対してなかなか簡単に踏み込むことはできなかったんですね。
当時は各県警ごとの横の繋がりもほとんどありませんでしたしその同じ警察の中でも例えば刑事と公安といった部署ごとの縦割りも今よりも強くて情報共有や捜査協力がうまくできずに警視庁を中心とした大掛かりな捜索には踏み切れなかったんですね。
松本死刑囚の逮捕には地下鉄サリン事件からさらに2か月かかった
午前5時半捜査員が突入する
山田さんはある覚悟を決めていた
第6サティアンに行って抵抗があったら拳銃を使用します。
(インタビュアー)山田さんが言われた…?そうそうそうそう。
ちゃんとねもう一発で逝く所を狙って撃ちますからと言ったら一課長が「うんいい撃ってもいい。
ただし何があっても麻原だけは撃たないでくれ」…と言われましたね。
山田さんはその日現場の指揮官として捜索に当たった
なかなか松本死刑囚を見つけられない
(アナウンサー)山田理事官が中心となって捜査員と打ち合わせをしていました。
いろいろな面で難航しているものとみられます。
実は2週間前ある異変に気付いていた
(牛島さん)…みたいな話はしたことはあるんですね。
それをですねでまぁ…。
これは発見直後の写真
壁の奥にヘッドギアを着けた松本死刑囚の頭が見える
高さ50cm奥行き3mほどの隠し部屋に潜んでいた
捜索開始から4時間後ついに発見した
割った所を大きく広げて下ろしてそして私が「麻原か?」って聞いたら「はいそうです」と。
逮捕状を読んで麻原に手錠を掛けるんですが僕は牛島君に手錠を掛けさせようと思って「牛島君!」って呼んだんですよ。
松本死刑囚は警視庁まで移送された
(リポーター)後部右側に紫色の修行服を着た麻原代表の姿…。
東京までの2時間松本死刑囚のすぐ前に座った牛島さんはあることを思い付いた
(牛島さんの声)一番下が無間地獄で…。
逮捕後雑談には応じていたが事件については何も話さなかった
そうした中ただ1人自供に追い込んだ検事がいる
ごめんください。
失礼します宇井さんこんにちは。
今回初めてテレビ取材に応じた…
(インタビュアー)弟子に割となすり付ける感じではなかったんですか?いや〜なすり付けてたね。
「私は目が見えませんから」とか。
「優秀な弟子ですからそれぞれが考えてやったことでしょう」と。
当初は弟子のせいにしていたが逮捕からおよそ5か月後なぜか1つの事件だけ自供する
1989年に起こした坂本弁護士一家殺害事件
殺害現場にいた教団幹部から松本死刑囚に坂本さん夫婦だけでなく幼い子供がいると電話で報告が入った
早川から電話があったことは言った。
事前に。
(インタビュアー)それに対しては何と…?
(インタビュアー)何でポアしろと命じたとか含めて…。
いややっぱりねあの…子供を1人残しておくのはふびんだと思った。
うん…だからポアしろって言った。
(インタビュアー)それは自供してるわけですよね?そうだね自供だよね。
これは日本テレビが松本死刑囚逮捕の翌年に入手した供述調書
…と記されていた
そして直筆の署名
(インタビュアー)語り始めるきっかけみたいなのは何かあったんですか?まぁ破防法だよね。
「破防法で教団つぶれるぞ」って言ったら「教団はつぶさないでください」って。
(インタビュアー)そのつぶさない代わりにある程度認めますっていうようなニュアンスだったんですかね?そうそう。
通称破防法
暴力主義的な破壊活動を行った団体を解散させる効力を持つ
松本死刑囚はこれを恐れたのだという
しかしこの直後話をしたことは間違いでしたと切り出し撤回
二度と事件について語ることはなかった
裁判では意味が分からない言動を繰り返す
弁護側は精神的に病んでいて責任能力はないと主張したが教団の弟子達の証言から裁判所は13の事件の首謀者と認定し死刑判決を下した
その後事件の真相を語らぬまま死刑判決が確定する
地下鉄サリン事件から11年後のことだった
獄中の父に会いたい
実の娘が面会に訪れた
これから父の面会の申し込みをしようと思っています。
かつて教団内でアーチャリーと呼ばれ父親から特別に愛されていた
その父親が逮捕された日のことを聞くと…
警察がガチャって開けて来て「麻原を見つけたから靴を出せ」…って言ったんですね。
「いや靴なんてないよお父さんこんな所にいないもん」って言ったら警察が「じゃあはだしでも連れて行くぞそれでいいんだな」って言って来て。
逮捕から9年後拘置所の父と再会を果たしたのだが…
(インタビュアー)会ってみてどうだったですか?う〜ん…。
何かこうむなしさが残りましたね一番初め会った時に。
マネは難しいんですけど「うんうんうんうんハハハハハ」とかっていう感じ。
あとはですねこんなことをよくやってましたね。
すっごいさするんです。
(インタビュアー)へぇ〜。
(麗華さん)ものすごいスピードで…。
(インタビュアー)30分間…?こうやったりこうやってたりとかって…。
(インタビュアー)ずっとですか?ずっとですね。
麗華さんは面会した時の父の様子を自らの著書の中でつづっている
「再会した父はまるで壊れた人形でした」
(インタビュアー)すごくショックを受けられたんですよね?当然ね。
絶望ですね。
父と会って何があったのか父がホントに事件にかかわったのか聞こうって。
父と会えば全て変わるんじゃないかって。
また生きる目的を見つけられるんじゃないかって思ってたのはうん…。
この時父とは全く言葉を交わすことはできなかった
(インタビュアー)あなたの父親が事件を指示した…ということについてどう思いますか?指示をしたと裁判で言われていることは分かってます。
でもう裁判も終わってしまって。
「指示を出したんだろう」と恐らく日本中の方がそう思っていると思うんですけど。
父が語るまでは父の関与については保留し続けようって思ってます。
(インタビュアー)保留というのは?分からない。
指示を出したかもしれないし出してないかもしれない。
(時報)黙とう。
未曽有のテロを起こしたオウム真理教
当時教団にいた麗華さんが振り返る
潜水艦とかホバークラフトあとは気球みたいなのありましたかね。
何か思い付きじゃないですかねつくろうって。
(インタビュアー)思い付き?うん。
海底都市をつくるぞとかってそういう話も出てましたけども。
(インタビュアー)はぁ〜。
想像の世界と現実の世界の区別がついてないというか…。
(インタビュアー)中で…?うん。
幼いですよね。
(インタビュアー)高学歴集団っていうイメージがありましたけどね。
高学歴というのは私は全く違うと思ってるんですけど。
いい大学を出て中退した人も結構いましたよね。
中退なので高校生と変わんないじゃないですか。
(インタビュアー)その幼さっていうのが何か教団を動かしたっていうふうな考え方はできるんですかね?幼さっていうのは大きいと思いますね。
やっぱりうん…。
幼いのにあんなに教団を大きくすべきじゃなかったっていう。
無責任だと思いますね。
教団を率いた松本死刑囚の目的は何だったのか?
サリンのプラントがありましたよね。
すごいサリンのプラントが。
あれが完成すると50t100tのサリンが出来たというんですね。
彼は日本制覇世界制覇まで狙っていた。
考え方の桁が違う。
恐ろしい宗教だと。
戦争に巻き込みたかったんじゃないの?聖者になりたかった男だよね。
そして現在オウムとの戦いは終わったのか?
・アレフの施設の中に入って行きます・・子供が入った!・
オウムの後継団体アレフの施設に若者が次々に吸い込まれて行く
北海道
そして埼玉でも
・若い人が…・・20歳代30歳代でしょうか・・女性もいますね・
多くは20年前の事件を知らない若い世代
すみません日本テレビなんですが地下鉄サリン事件から20年たちますけど事件のことどうお考えでしょうか?・次々と降りて来ます・
彼らは何を求めているのか
これは2013年公安調査庁が撮影したアレフ施設内の写真
祭壇の中央に飾られているのはあの男
浪江での酒蔵再開をめぐり揺れ動く思い
震災は兄弟の絆も壊してしまうのか
じゃ何で来たの?原発の事故あって何にもねぐなって…。
2015/03/30(月) 00:50〜01:20
読売テレビ1
NNNドキュメント「オウム20年 未曾有のテロ 終わりなき闘い」[字]

未曾有のテロ・地下鉄サリン事件から20年。事件を起こしたオウム真理教とは何だったのか。当時の捜査幹部、取材記者、松本智津夫死刑囚の娘らの証言から事件を検証する。

詳細情報
番組内容
未曾有の無差別殺傷テロ・地下鉄サリン事件から20年。事件を引き起こしたオウム真理教とは一体何だったのか。教祖だった松本智津夫死刑囚は何をしたかったのか。医者や科学者という優秀な若者は、なぜ犯罪に手を染めたのか。警察はオウムの暴走を食い止めることはできなかったのか。当時、捜査の最前線でオウムと闘った捜査幹部、取材にあたった記者、松本死刑囚の娘らなどの証言から、あらためて事件、そしてオウムを検証する。
出演者
【ナレーター】
山崎岳彦
制作
日本テレビ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
ステレオ
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