様々なテーマに挑んできた47歳は成長出来たのか?
硬い!
いつかまたお会いしましょう
カメラが捉えた暗殺劇
1972年12月7日
独裁者の妻が襲われた世紀の瞬間
マニラで行われた式典
カメラは捉えた
華やかな式典が一瞬にして惨劇の舞台となる
周囲をうかがいながら男が壇上へ
左手の袖の中に隠し持っていた刃渡り40cmはある大きな刃物
大統領夫人が白昼堂々襲われるという衝撃の事件は、一部始終フィリピン全土に生中継された
犯人はその場で取り押さえられ、射殺
夫人は、全身に11か所もの傷を負ったが一命は取り留めた
当時、フィリピンの大統領だった夫・マルコスは独裁政権を樹立
妻・イメルダは夫の権力を使い私腹を肥やし華やかな生活を謳歌していた
それは、まさに大統領夫人の座を利用した華麗なる浪費
6000着ともいわれる洋服にブランドバッグ、香水
中でも外国製高級靴のコレクションは3000足ともいわれ同じ靴を2度履く事はほとんどなかった
この靴2足で当時のフィリピン国民の平均年収にあたる
イメルダはフィリピン国民の犠牲のうえに夢の城を築き上げていた
そんな彼女に独裁者に反対する国民の怒りの矛先が向けられたとみられている
現在、85歳になったイメルダ
今も議員として、フィリピンの政界で生き抜いている
1974年8月15日
大統領の両親が襲われた世紀の瞬間
亡き母の38回忌
焼香に現れたのは…
彼女は、2度の暗殺事件により父と母それぞれの命を奪われている
運命のその日ソウルの国立劇場では日本からの開放記念日である光復節の祝賀行事が行われていた
この時命を狙われていたのは…
当時の韓国大統領、朴正煕
その決定的瞬間をカメラが捉えていた
その時、朴大統領は演説中
夫人の陸英修は右奥の椅子に座っていた
異変に真っ先に気付いたのが警護のセキュリティポリス
セキュリティポリスは大統領に向かってきた犯人に応戦
犯人の銃弾は外れすばやく演壇の影に隠れた朴大統領は難を逃れた
この勇気ある突進が危機を救った
だが、同時にそれは悲劇を招いていた
この時、応戦され焦った犯人がもう1発放った銃弾が大統領夫人の頭部に命中
犯人はその場で取り押さえられた
夫人はすぐに病院に運ばれた
ところがこの緊迫した状況の中…
朴大統領は、その場に残り演説を続けた
夫人は、5時間40分に及んだ手術もむなしくその日の午後7時48歳で、この世を去った
この時、朴槿恵統領は22歳だった
韓国全土が悲しみに包まれた
犯人は何者なのか?
実行犯の名は文世光、22歳
日本から韓国に渡った在日韓国人だった
日本で暮らしていた文を大統領暗殺へと走らせたものは一体なんだったのか?
そこには、国家ぐるみの陰謀が渦巻いていた
異例ともいえる早さで犯人・文に死刑が執行された
文は、朴大統領暗殺は金日成主席の指令だったと供述
朝鮮総連にだまされたと言い残し死刑台へと消えていった
韓国政府が公開した資料によると…
実は、文世光は土台人と呼ばれる北朝鮮の協力者だった
文は、大阪湾に停泊していた北朝鮮の万景峰号の船内で…
凶器の拳銃は大阪市内の派出所から盗み偽造パスポートで韓国に入国
そして当日、警備員は正装し、日本語を話す文を日本の高官だと思い込んだ
そして招待状を持たない文を会場に入場させてしまったのだ
この事件以降、北朝鮮は在日韓国朝鮮人や日本人を工作員として使えば韓国を揺さぶるのに効果的と考え日本人拉致が本格的に始まるきっかけになったとされる
1980年に原敕晁さんを拉致した北朝鮮工作員・辛光洙は在日韓国朝鮮人らに対韓国工作や日本人拉致への協力などをさせていたという
そして北朝鮮の工作員を日本人化し大韓航空機爆破事件を起こし日韓関係を分断する策略にもつながったといわれている
この事件で、妻を亡くしながら間一髪、暗殺を免れた朴大統領。
だが…
ソウルにある中央情報局の秘密宴会場で頭部を銃で撃ち抜かれ殺された
61歳だった
犯人は金載圭。
KCIA部長
大統領が信頼する側近だった
KCIAとは北朝鮮のスパイの摘発と朴政権に反対する勢力を監視する事を目的とした大統領直属の情報機関
朴大統領の向かいに座っていた金が、大統領に近付き右耳の後ろ50cmの至近距離から銃撃した
歌手やモデルなども出席し大統領をもてなす晩餐会で金は、大統領に叱責された恨みで暗殺に至ったとそう供述している
両親を、ともに暗殺によって失った、朴槿惠大統領
だが、その負の連鎖は彼女自身にも襲いかかった
地方選挙遊説中に暴漢に襲われた
カッターナイフで切り付けられ60針を縫う傷を負った
朴槿惠大統領は事件後、こう決心したという
1981年10月6日
戦争の英雄が襲われた世紀の瞬間
この日、エジプト・カイロでは第四次中東戦争の戦勝を記念する軍事パレードが行われていた
現場にはテレビ中継のスタッフも同席
その瞬間を生々しく捉えていた
突如、パレード中の車から4人の軍人が飛び出しスタンドに向かって次々と機関銃を乱射
異常事態に気付いた警備部隊が反撃
思わぬ銃撃戦に現場は騒然となった
パレードのトラックが大統領の観閲席前に停止し乗車していた暗殺隊は大統領の観閲スタンドへ進みながら、銃を乱射
人々は大統領の周囲に椅子を投げ銃弾から守ろうとした
しかし、病院に運ばれたもののサダトは死亡
他にも銃弾を浴びた出席者は多数
11名の命が失われ28名が負傷した
実は、このパレードでは火器使用は規制され武器は持ち込めないはずだった
だが、この日武器チェック担当士官がメッカ巡礼で不在。
その隙を狙っての犯行だった
犯人はイスラム原理主義の過激派ジハード団に所属する軍人たちだった
サダトは、なぜ自国の兵士に殺されたのか?
犯行グループの動機は1979年、アメリカの仲介でサダトが、イスラエルと結んだ和平条約にあった
エジプトが単独でイスラエルと講和した事がパレスチナのアラブ人同胞への裏切りと受け取られ第四次中東戦争を戦ったアラブ諸国とイスラム教徒の強い反感を招いた
そして、イスラエルを敵視するイスラム原理主義グループの軍人たちがサダト暗殺を実行したのだった
実は、サダト自身イスラエルとの和平の直後から暗殺を予期していた
サダト大統領によって宿敵イスラエルとの間に開かれかけた平和への扉は再び閉ざされ現在も、アラブ世界は泥沼の戦いが続いている
1983年10月9日
暗殺で国と国とが対立した世紀の瞬間
現在のミャンマー。
ビルマの首都・ラングーン
人権運動家アウンサンスーチーの父アウンサン将軍
ビルマ建国の父が眠る墓地で事件は起きた
これは、アウンサン廟の正面近くにいたテレビカメラが撮影した映像
次の瞬間カメラが捉えたのは…
この爆発で命を狙われたのはビルマを訪問中だった当時の韓国大統領全斗煥だった
果たして、大統領の安否は?
なんと、偶然にも到着の遅れによって難を逃れていた
だが、ひと足先にすでに現地に入っていた現職閣僚4名の命が爆発によって奪われた
墓地が一瞬にして変わり果てた姿になった、この事件
韓国側、ビルマ側合わせて21名が死亡
負傷者は47名に上った
爆発は、屋根裏に仕かけられた加害範囲、半径100mにも及ぶ遠隔操作式、クレイモア地雷によるものだった
クレイモア地雷は起爆すると、爆発により中から数百個の鉄球が扇状の範囲に発射される対人地雷
大統領の命を狙ったのは何者なのか?
全大統領は、こう宣言した
韓国国内は悲しみに包まれた
その感情はやがて怒りへと変貌する
一方名指しされた北朝鮮は…
ビルマ建国の父が眠る墓地で起きた事件
韓国大統領を狙った卑劣な爆破テロ
多くの死傷者を出したが大統領は難を逃れた
そして、こう宣言した
一方、名指しされた北朝鮮は…
こうして、双方の言い分は真っ向から対立
しかし、真実は2日後に明らかとなった
実行犯が逮捕されたのだ
そして、彼らの国籍は…
更に、犯人2人の証言から先にやってきた韓国大使の車を全大統領が乗ったものと勘違いし仕かけた爆弾を慌てて作動させた事が判明した
一体なぜ、北朝鮮は爆破テロを起こしたのか?
発端は2年前
ソウルオリンピックの開催が決定した事にあった
実は、1983年の事件当時米ソ冷戦の影響により韓国と北朝鮮はともに国連に加盟していなかった
韓国にとってオリンピック開催は自国を国際的にアピールするチャンス
ビルマにも参加を呼びかけていた
それに対し、北朝鮮はこのままでは外交的に孤立するという危惧を抱いた
そこでオリンピック開催を妨害するため大統領暗殺の爆破テロを起こしたとみられている
この事件を受け、ビルマ側は建国の父であるアウンサン将軍の墓をテロに利用したと憤慨。
北朝鮮との国交を断絶した
1984年10月12日
鉄の女が狙われた世紀の瞬間
イングランド南部のリゾート地ブライトン
その海岸沿いのグランド・ホテルで爆弾テロ事件が発生した
午前2時54分
6階で突如、爆発が起きその下の5つの部屋が崩壊
階下の部屋がことごとく潰された
爆弾テロは、1階に宿泊中のある人物を狙ったものだった
建物を崩壊させたのは時限装置付きのダイナマイト13kg
後に判明した計画では大量のダイナマイトを629号室のバスルームの床下に設置
爆発の威力で、階下の5つの部屋の床を次々と崩壊させ1階に泊まっているサッチャー首相を部屋ごと押し潰し殺害するつもりだった
ところが首相は、深夜にもかかわらず別の部屋で、スピーチ原稿を作成中だったため、難を逃れた
しかし、このテロにより財務長官をはじめ議員や、その家族などが死亡
合計5名の命が奪われ34名が負傷する大惨事となった
サッチャー首相は誰に狙われたのか?
イギリスの高級ホテルで起きた大規模な爆破テロ
狙われた鉄の女・サッチャー首相は間一髪、難を逃れた
犯人は翌朝、明らかになった
ある組織が犯行声明を出したのだ
IRAとはイギリス連邦に属する北アイルランドを分離しアイルランド統一を目指す武装組織
イギリス政府に対しこれまで、幾度となく武装テロを仕かけてきた
その手口はほとんどが爆弾を使ったもの
だが、命を狙われた翌日鉄の女と呼ばれたサッチャーは予定どおり党大会を開きこう言った
このあともIRAとイギリス政府の間では暗殺、報復、爆弾テロなど暴力の応酬が1980年代から際限なく続き毎年100名から200名の死傷者が絶えなかった
IRAが武装解除を宣言する2005年を境にその対決が、ようやく減少の方向に向かっている
その8年後の2013年4月8日
鉄の女・サッチャーは脳卒中のため87歳で、この世を去った
今から20年前の1995年3月30日
ここ日本でも警察のトップを標的にした衝撃のテロ事件が起きた
長官が撃たれた!救急車を呼べ!
3発の銃弾を受けたのは国松孝次警察庁長官
全国22万人の警察官のトップを狙った前代未聞の暗殺未遂事件
犯人像は1つの方向に突き進んでいった
犯行直後テレビ朝日にかかってきた1本の脅迫電話
それはオウムからの犯行声明ともとれるものだった
そして突然、犯行を自供した男
彼は、なんと現役の警察官
しかも、元オウム信者だった
犯行に使った銃を捨てたという、神田川では大捜索が行われた
しかし、54日間にわたり川底までさらっても銃は出てこなかったのだ
教団の幹部たちも取り調べたが全員が完全否定
オウムの犯行ではなかったのか?
あの上祐氏を直撃した
2010年警察の威信をかけた大捜査もむなしく事件は迷宮入りに
あまりに不可解な謎を残した世紀の未解決事件
実は、警察はオウムとは無関係な1人の男も追いかけていた
事件の闇に葬られたもう1人の重要容疑者だ
拳銃を使った凶悪犯罪を数々起こし謎のスナイパーと呼ばれていた
そうなんだな!?
しかも、中村は長官を狙撃したのは自分だと認めていたのだ
なぜ、警察は自供までした男を逮捕出来なかったのか?
20年にわたりこの事件を追い続ける記者テレビ朝日、清田浩司
我々記者としてもですねやはり真相を解明したいと。
いくら時効を迎えたといってもですね何か新しい真実がないのか。
番組では、昨年中村犯行説の真相を明らかにするため別の罪で服役している84歳の中村本人に取材を申し込んだ
確認ですが国松長官狙撃の犯行について今も認めていらっしゃいますね?
これが中村が送ってきた手紙だ
計10通、60枚以上の便箋に几帳面な文字がギッシリと並んでいる
そこに書かれていた言葉
私が長官狙撃の実行者である事は絶対の真実であると断言します
そして、中村は自らが真犯人だという決定的証拠を伝えてきたのだ
それは犯人に使った銃について
中村は、手紙の中でアメリカにあるウェザビーという店で拳銃を買ったと書いていた
そこで、前回我々は現地へと飛んだ
清田:ここがウェザビーの本社です。
本当に、ウェザビーという名の会社が存在した
ここで、中村は犯行に使われたものと同じ銃を確かに購入していたのだ
更に犯行当日の行動についても詳細に答えている
逃走に使った自転車をある場所に放棄したというのだ
それは、川の音という名前の喫茶店だった
そこで、清田記者が当時のオーナーに確かめてみると…
中村の証言は全て裏付けられていったのだ
彼こそが真犯人ではないのか?
今回、我々は中村犯行説を更に裏付ける極秘の捜査資料の入手に成功した
そこから明らかになったのは銃を手に、革命を目指した男の壮絶な半生
それは、まさに孤独なテロリストというべきものだった
更に、今回捜査当局が保管していた中村の所持品110点が12年ぶりに返却された
清田:通帳が結構何通もありますね。
大量の預金通帳を発見
清田:金額を見ると300万円あまり。
こちらが100万円あまり。
そして、こちらが200万円あまりとなっています。
一体、どうやって活動資金を集めていたのか?
更には、こんなものまでも
実は中村は、秘密の武装組織を結成していたのだ
長官狙撃事件は彼らが仕かけた謀略だった
清田:あ!あれですかね。
清田記者は、中村と共犯者がアジトとして使っていた家を突き止めた
そして今回、共犯者たちの存在にも迫っていく
この男が長官狙撃の共犯者なのか?
次々と暴かれる真実
中村犯行説が確信へと変わっていく
数ある未解決事件の中でも最大の謎といわれてきた国松警察庁長官狙撃事件
今夜はその独占スクープ第2弾
長官狙撃事件が起きた1995年
それは、激動の年だった
1月17日兵庫県淡路島を震源としたマグニチュード7.3の巨大地震が発生
6400人もの死者が出る大災害だった
3月20日、東京の地下鉄で猛毒の神経ガスサリンがばらまかれた
その2日後の3月22日オウム真理教に対する強制捜査が始まった
地下鉄サリン事件などへの関与が疑われていた
そして1995年3月30日
世紀の未解決事件が起きたのだ
その日、東京は朝から、冷たい雨が降っていた
午前8時半頃、1人の男性が出勤のため自宅を出ようとしていた
何が起こるか、わからないから気を付けるように。
じゃあ、いってくる。
全国の警察を指揮する警察官のトップだ
この時、オウム真理教への強制捜査を始めたばかりで長官自ら家族へも注意を促していた
しかし、自身はSPを付けていなかった
警察官が警察官を守る事に昔から違和感を抱いていたからだ
これは犯行現場、アクロシティの地図
国松長官はEポートに住んでいた
外には長官専用車両が待機
更に、最低限の護衛として警備車両が1台と私服警官1人が警戒に当たっていた
この日もいつもと同じように長官専用車両が早めにマンションに到着
秘書官はゴミ箱の中身をチェックするなど周囲の安全を確かめていた
しかし、離れた物陰にテロリストが潜んでいた事に気付く事はなかった
おはようございます。
国松:おはよう。
何も知らない国松長官が下りてきた
そして、8時31分事件が起きる
秘書官は反射的に国松長官の体に覆いかぶさった
しかし、狙撃者はわずかな隙間を狙う
3発目も国松長官に命中
秘書官は、必死で植え込みの陰に長官を引きずり込んだ
4発目は当たらなかった
そして、狙撃者は自転車で走り去っていった
狙撃の状況を振り返ると国松長官は歩いていたところを…
いきなり背中から打ち抜かれた
そして前に倒れたところで…
2発目を足に被弾
更に仰向けになったところを…
右大腿部に3発目を浴びたのだ
秘書官によれば狙撃者は20m以上も離れた建物の陰から発砲してきたという
犯人は、相当な射撃技術がある者だった
事件現場に、警察官たちが駆け付けてきた時には全てが終わっていた
3発の銃弾を浴びた国松長官は病院に担ぎ込まれ緊急手術を受けた
輸血の量は10リットルにも及んだ
この大量出血には訳があった
それは犯行に使われた銃と銃弾だ
アメリカのコルト社が製造するパイソン
ニシキヘビという名前を持つ銃だ
その特徴は命中精度が極めて高いうえに強力な銃弾を発射出来る事
それは、車のドアを貫通するほどの破壊力を持つ
更に、国松長官の体から発見された銃弾も普通ではなかった
先端が潰れ、まるでマッシュルームのような形をしている
これはホローポイント弾と呼ばれる先端がくぼんだ特殊な銃弾の特徴だ
通常の銃弾は先端が、とがっているため体を直線的に貫通していく
しかしホローポイント弾は…
体内に入ると先端部分が傘が開くように広がり直径が倍近くまで膨らむ
それだけ、殺傷能力が高い弾が使われたのだ
長官殺害への強い執着がうかがえる
しかし、国松長官は何度も心肺停止に陥りながら一命だけは取り留めた
生き抜く事でテロには屈しなかったのだ
警察のトップが狙われる前代未聞の事件だったわけですけど。
これは、平沢さんはやっぱり、警察の関係者としてこれは、ものすごいショックな出来事であるわけですよね。
そうですね。
普通だったらこれは絶対防がなきゃならないわけで。
それがなぜ防げなかったんだろうと。
清田:前回8月に放送したんですけれども。
実はその国松元長官ご本人からはがきを私宛てに、いただきまして。
この番組を見てくださったと…。
清田:そうですね。
「番組、拝見致しました」「ご熱心な取材で見応えのある番組に仕上がっていたことに敬意を表します」と。
「事件というものはあがってナンボ」「あがらなければいろいろと言われます」「内容については種々感想もありますがまあ、申さずにおきましょう」とこんな感じで書かれていまして。
平沢:この事件は日本で起こった事件ですけども世界的に大きな反響を呼んだ事件なんです。
ですから世界が注目してるわけです。
ですから、私はね、もちろん時効には、なったんですけども事実はどうだったのかっていうのはぜひ、警察は明らかにしてもらいたいなと思います。
どこまで迫れるんでしょうかね。
1995年に起きた国松警察庁長官狙撃事件
警察に対する挑戦とも思えるテロに威信をかけた大捜査が始まった
当初、オウム真理教の犯行が疑われた事もあり解決は時間の問題と思われていた
しかし、教団幹部ら全員が完全否定
捜査は迷走していく
すると思いもよらぬところからもう1人の重要容疑者が浮かび上がってきたのだ
それは、年老いた孤独なテロリスト
武器を手に、本気で革命を起こそうとしていた
私が今、立っていますのは大阪医療刑務所の前です。
現在、こちらには警察庁長官狙撃事件の真犯人とみられる男が別の事件で刑に服しています。
その男の名前は中村泰。
長官狙撃を自供しながらも逮捕される事がないまま現在に至っています。
中村泰、84歳
銃を使った凶悪犯罪を3件起こしている
現在、刑務所に服役中の男だ
長官狙撃事件の重要容疑者でもあった
中村が捜査線上に浮上したのは長官狙撃事件から7年8か月後の2002年11月22日
きっかけは名古屋の銀行で起きたある事件だった
駐車場に現金輸送車が到着
そこへ突然…
警備員:なんだ、お前は!警備員:どうした?
マスクと帽子で顔を隠した髪の長い男が警備員を銃撃
5000万円が入ったバッグを奪い、逃走した
しかし最初に発砲された警備員は果敢にも、犯人を追跡
羽交い締めにしたのだ
警備員:お前…。
こうして、強盗殺人未遂で現行犯逮捕されたのは身長160cmほどの小柄な老人だった
中村泰。
1930年、東京・新宿生まれ
東京大学教養学部を中退
殺人や強盗などの前科があった
中でも警察が注目したのは1956年に中村が、東京・三鷹で起こした警察官射殺事件
銀行を襲おうとした際に職務質問してきた警官を撃ち殺したのだ
中村は、冷酷な殺人者だった
これは今回、我々が新たに入手した名古屋の事件の捜査資料だ
逮捕直後に撮影された中村の写真
ふてぶてしい態度でカメラをにらみ付けている
所持品からは、2丁の拳銃と70発以上もの銃弾が発見された
更に捜査員たちを驚かせたのは異常なほど銃の扱いに長けていた事だ
その身のこなしから特殊な訓練を受けている事がすぐにわかったという
つまり普通の犯罪者ではなかったのだ
しかし、逮捕直後の中村は取り調べに対し多くを語らなかった
なんとか言ったらどうなんだ!
愛知県警は中村の素性を調べるため大規模な捜査を展開した
中村の周辺、洗ってたら不審な事が1つわかりました。
なんだ?何者かが、中村の弁護士宛てにいろいろなものを送り付けてるんです。
中村に荷物を?捜査員:ええ。
そこで、捜査員たちは荷物の運送ルートをさかのぼり送り主を突き止めた
来ました。
あいつか?捜査員:ええ。
男の名前は木村武夫、64歳
大阪市内で経営コンサルタント会社を運営する人物だった
これは、実際の木村の写真
かつて拳銃を使った殺人事件を犯し刑務所に服役していた事がわかった
木村が服役していたのは千葉刑務所です。
ここには、同時期に中村も服役していました。
2人が刑務所で接触していた可能性があるな。
ええ。
こうして中村の共犯者と思われる男が浮かび上がってきたのだ
捜査員:木村さんだね。
警察の者だ。
あんた、中村泰って知ってるだろ?知らないよ、そんなやつ。
しらを切っても無駄だ。
礼状がある。
家宅捜索させてもらうぞ。
おい。
木村:待ってくれ!待ってくれ!中村に関係のありそうなものは全て押収しろ。
捜査員たち:はい。
木村は、明らかに動揺し顔は青ざめていたという
捜査員が部屋を捜索すると金庫を発見
木村に開けさせた
すると、その瞬間…
捜査員:おい。
今、何隠した?見せてみろ!何も隠してねえわ!捜査員:嘘つけ!ポケットが膨らんでるぞ。
いいから出せ!
袋の中から出てきたのはひと粒のカプセル
中には、猛毒である青酸カリが入っていた
木村は服毒自殺を図ろうとしたのだ
中村と木村は名古屋の現金輸送車襲撃以外にも何か重大な犯罪に関わっている
捜査員たちはそう直感したという
更に調べを進めるため2人がアジトにしていると思われる別の家にも家宅捜索へ向かった
しかし…
捜査員:どうした?具合が悪いのか?捜査員:おい、大丈夫か?大丈夫か、おい!車を止めろ!止めろ!
突然、心筋梗塞を起こして死亡したのだ
もともと心臓に持病を抱えていた
木村と中村の共犯関係の真相はその死とともに闇に消えていった
木村の死に衝撃を受けつつも捜査員たちはアジトの家宅捜索を始めた
すると、驚くべきものが出てきたのだ
それは国松警察庁長官に関する大量の資料だった
更に中村や木村が契約していた貸金庫を捜索すると…
捜査員:えっ?なんだ、これは。
16丁の拳銃の他マシンガンや手りゅう弾などとんでもないものが見付かったのだ
戦争でもおっぱじめるつもりだったのか?
大量の銃器が発見された事で長官狙撃事件など、他の凶悪犯罪への関与を調べるため警視庁刑事部や大阪府警なども捜査に加わった
捜査員:中村貸金庫、見させてもらったぞ。
あの大量の武器はなんだ?他にも、何か事件を起こしているだろ。
国松長官狙撃事件について関わっているんじゃないのか?国松長官を撃ったのはお前か?捜査員:答えるんだ!
国松警察庁長官狙撃事件から9年
74歳になった中村は少しずつその真相を語り始めた
それは我々に宛てて送ってきた10通の手紙の中にも書き記されていた
チェ・ゲバラに憧れて目指した革命戦争
結成した秘密組織特別義勇隊
そして、長官狙撃についてはコードネームをハヤシという共犯者と2人で起こした事件だと告白していたのだ
こうした証言をもとに中村の数奇な人生に迫っていく
1930年に生まれた中村は父親が南満州鉄道に勤めていたため幼少期を旧満州で過ごした
時は、日中戦争の真っただ中
身の回りには武器がゴロゴロしていた
中村は、10歳頃から銃を撃っていたという
中村:「悲惨な戦禍を体験した事で一般常識を超越した活動もしなければならないという思いが心奥に育っていった」
戦争の激化から1940年に日本へ帰国
旧制水戸高校に入学した
その頃、中村が通っていたのが愛郷塾という名の私塾だった
ここでは愛国心や同胞愛などの思想が教えられていた
当時、高校生だった中村はここである人物と出会っている
塾を主宰していた橘孝三郎
昭和を代表する政治運動家の1人で極端な愛国思想で知られていた
国家転覆を狙ったクーデター五・一五事件に塾生を率いて参加
事件では一人一殺のスローガンのもと時の首相、犬養毅が暗殺された
橘も9年間を獄中で過ごした
国民一人ひとりが自らの利益や、身の危険を顧みず不正義を一掃しなければならないのだ。
中村は、橘のもとで大義のために生きる志士的な生き方を教えられたという
1949年東京大学教養学部に入学
担当教授から、ノーベル賞をもらえる頭脳と呼ばれるほど優秀だったという
しかし、中村は学生運動に、のめり込む
大学は、2年で中退
警察と衝突し、武器を手にした暴力革命を志し始めたのだ
1956年、26歳の時活動資金を作るために銀行強盗を計画
しかし、犯行当日…
警察官:すみません。
ここで何してるんですか?免許証を見せてもらっていいですか?
偶然、若い警察官が職務質問をしてきた
すると、突然…
中村は、この警官射殺事件で無期懲役の判決を受け20年近くを獄中で過ごす事になる
刑務所を出たのは45歳の時
この頃、中村はある人物に夢中になっていた
原書で、その人生を読むために獄中でスペイン語を習得していた
憧れの人物は革命家チェ・ゲバラ
アルゼンチンに生まれた医者だったが独裁政権下のキューバを解放するため武器を手に立ち上がった
フィデル・カストロとともに革命を成功させたキューバの英雄である
その後もアフリカや南米に渡り39歳で処刑されるまで世界に革命戦線を広げた男
その鮮烈な生き方に強い衝撃を受けたのだ
中村:「わずかな数の人間でも機会を得れば一国の運命を変えられるのだという実例を同時代人として見ていた」
中村は自分もゲバラになると決めた
しかし、熱い思いはあっても先立つものがなかった
刑務所を出たばかりで活動資金がなかったのだ
そこで、中村が目を付けたのが先物取引だった
先物取引とは、金や石油などの変動の大きい商品を売買するもの
リスクもあるが成功すれば大儲け出来る
少ない元手で稼ぐにはこれしかなかったのだ
売値は、いくらだ?銀行員:500というところですかね。
わかった。
じゃあ、全部買いで。
銀行員:そうですか。
ありがとうございます。
ノーベル賞をもらえるとまでいわれた頭脳で価格の変動を予測。
売り買いを繰り返したという
中村:「ある年度には取り頭、つまり多くの顧客の中で最も収益を上げた人物といわれた」「総計すると、ほぼ1億円ほどは稼ぎ出していたかと思います」
更に中村は、服役中に学んだ印刷の技術を生かし戸籍謄本を偽造
他人になりすましてパスポートなどを手に入れた
そして満を持して向かったのが中米のニカラグア
内戦を起こしていたサンディニスタと呼ばれる革命軍に義勇兵として参加する事にしたのだ
しかし、中村が現地に入った時には休戦状態となり革命戦線に加わる事は出来なかった
ゲバラになる事が出来なかった中村はいつしか年老いていったという
だが、革命への熱が冷めたわけではなかった
1980年代後半アメリカに渡り本格的な軍事訓練を受け始めた
50代になり、体力が衰えた分射撃の技術を身に着ける事にしたのだ
そして中村は、アメリカで運命的な出会いを果たす
ハヤシ:すいません。
あなた、日本人の方ですよね?そうですけど。
いや、すごい射撃技術でしたね。
ビックリしました。
男の名はハヤシ
後に、長官狙撃事件の共犯者となる人物だ
お互いガンマニアだった事もあり出会ってすぐに意気投合したという
ニカラグアの革命戦争なら俺も参加しようと思った。
ただ、やめたよ。
どうして?ハヤシ:俺たちは日本人だ。
革命を起こすなら、外国ではなく日本で起こすべきなんじゃないか?
革命と愛国の精神で共鳴した2人は秘密工作機関として特別義勇隊なる組織を結成する計画を立てた
中村とハヤシのもとに複数の人間を支援者として加え人民を苦しめる不当な勢力と戦う少数精鋭部隊を目指したのだ
そして、中村はアメリカで少しずつ武器を購入していった
武器は、全て分解しバッテリーチャージャーの中に隠して、日本へと密輸した
それを、日本で再び組み立て新宿にある貸金庫などに保管していたのだ
きたる日に備えて
90年代、日本に戻っていた中村の目の前に現れたのがあの、オウム真理教だった
危険なカルト集団のように思えた
オウム真理教…。
すると、1994年6月
長野県松本市でサリンが散布されるテロが発生
オウムによる犯行だとにらんだ中村とハヤシは教団を打倒すべく特別義勇隊としてある作戦を立てる
サリンを作っている第七サティアンを爆破しよう。
中村:「オウムの化学兵器テロを阻止するため上九一色村の化学兵器工場第七サティアンを武装襲撃する計画だった」
2人は爆破用のダイナマイトを入手
防毒マスクなどの装備もそろえて、準備を進めた
しかし、そんな中あの地下鉄サリン事件が起きたのだ
我々が、第七サティアン爆破にもたついているから地下鉄サリン事件が発生したんだ。
我々の責任だ。
中村:待て!そもそも、オウム事件が立て続けに起きていながら放置していた警察の責任は大きい。
なぜ、警察は早く強制捜査を行わなかったんだ!
いつしか、2人の怒りは警察へと向かっていった
そして…
やつらに責任を取らせよう。
標的にしたのは警察のトップ、国松警察庁長官
国松警察庁長官狙撃事件の実行犯を名乗り出た、中村泰
その動機について手紙で、こう語っている
中村:「松本サリン事件という前兆を知りながら地下鉄サリン事件を防止しなかった日本警察の責任を糾弾する」
その標的になったのが警察のトップである国松孝次警察庁長官だった
更に、長官狙撃をオウムの仕業に見せかける事でオウムを徹底的に制圧しなければ自分たちの命が危なくなると思い知らせ教団への捜査を進めさせる作戦だったという
アメリカで射撃訓練を積んできた中村にとって20m先の長官を撃つ事はたやすい事だったという
狙撃後は銃をスポーツバッグにしまい自転車で逃走
あらかじめ決めておいた喫茶店の前に自転車を放棄してハヤシが用意した車に乗り換えた
ハヤシ:うまくいったのか?中村:任務完了した。
そして、現場から離れたのだ
犯行に使った銃や銃弾を処分するため事件の2週間後、伊豆大島に向かう船に乗り込んだ
銃や銃弾を太平洋に沈めたという
中村の計画が成功したかどうかはその後の警察による捜査を見れば明らかだった
中村の語った壮大な物語に捜査員たちは言葉を失った
中村の語っている事は本当なのだろうか?
今年3月供述を裏付けるためのものが中村から清田記者に送られてきた
12年前にアジトから押収された証拠品だ
捜査機関が保管している4000点もの中から110点が先行して返却されたのだ
今回、中村の許可のもと特別に見せてもらう
清田:これは…。
防毒マスクですね。
そこにあったのは軍隊が使用する本格的な防毒マスク
更に…
清田:防弾チョッキですね、これ。
銃撃戦に備えていたんでしょうか。
防弾チョッキまで用意していたようです。
これは、レーザーを使って距離を測る事の出来る特殊な双眼鏡
肉眼では見る事の出来ないレーザーを被写体に向け照射
跳ね返って戻ってくるまでの時間から距離を測定する事が出来るのだ
長官狙撃事件の現場でも使用したのだろうか?
他の段ボールも開けていくと…
清田:使い古した眼鏡とですねいろんな銀行の預金通帳。
出てきたのは30通もの預金通帳
現金はほとんど引き出されていた
先物取引の報告書を発見
驚くのは、その金額だ
清田:金額を見ますとこちらは300万円あまり。
そして、こちらは100万円あまり。
そして、こちらも200万円あまりと100万円単位での入金が繰り返されています。
中村は本当に、1億円も稼いでいたのだろうか?
我々は経済評論家で、先物取引に詳しい川口文武氏に聞いてみた
70年代から…70後半から80年代前半にかけて上がったわけですよ。
当時、日本は高度経済成長の時代
金などの価格もうなぎ登りで上がっていた
中村が1億円稼いでいる可能性は十分あるという
その他にも、偽造IDを作るためなのだろうか
さまざまな眼鏡で変装した写真などが見付かったのだ
表情も少しずつ変えているのがわかる
今回の証拠品だけとっても中村の証言にはかなりの信憑性があるのだ
更に、警察はある押収品に目を付けていた
それは、中村が犯行当日に使っていたバッグ
今から20年前の1995年に起きた国松警察庁長官狙撃事件
警察官のトップを狙った前代未聞のテロだった
この捜査を任されたのが警視庁公安部だ
公安部はカルト集団や思想犯など特殊犯罪の摘発を任務とする組織
当初からオウムによる犯行を疑うが証拠がつかめないまま行き詰まりを見せていた
そこへ、途中から捜査に加わったのが刑事部だ
刑事部は殺人や殺人未遂などの凶悪犯罪を取り扱う事件捜査のスペシャリスト
名古屋で起きた現金輸送車事件をきっかけに中村泰に注目していた
ここからオウム犯行説と並行して中村犯行説の捜査が本格化していく
中村の供述を1つ1つ裏付けに走った刑事部の捜査員たち。
中でも注目したのは秘密の暴露と呼ばれる犯人しか知り得ない情報でした。
それを、警察が立証出来れば逮捕に直結する
中村の秘密の暴露
最大の注目は犯行当日に使ったバッグ
中村は長官狙撃の時に使用した銃を運ぶためのバッグについて詳しく供述していた
これが、そのイラストだ
色は濃い青色で正面にUSAの文字が書かれているという
そこで、捜査員たちはアジトから押収した4000点の証拠品を1点1点、調べていったのだ
これじゃないですか?捜査員:見せてくれ。
捜査員:間違いない。
これだな。
捜査員:ちょうど銃が収まるような大きさですね。
それを洋服やカバンから検出出来れば犯行の決定的な証拠になる
中でも、残渣は拳銃そのものに大量に付着している
もし、中村が銃をバッグにしまったとすればそこに大量の残渣があるはずなのだ
そこで、刑事部は研究所に鑑定を依頼
結果を待つ事にした
鑑定の結果がきました。
捜査員:よし。
鑑定の結果中村のバッグからは射撃残渣が検出
更に火薬成分を分析したところ犯行に使われた銃弾と同じメーカーのものである事もわかったのだ
やはり、中村こそが長官狙撃事件の真犯人ではないのか
中村の秘密の暴露2つ目は長官車両の変更
事件の1週間前から国松長官が住むマンションの偵察を繰り返していたという中村とハヤシ
長官は毎日、同じ車で出勤する事を確かめていた
しかし…
どういう事だ?
ある日突然、車種は同じだが違う車に変更されたというのだ
刑事部が調べたところ中村が指摘した、その日確かに、車両が変更されていた
3つ目の秘密の暴露は遺留品
中村は、捜査をかく乱するためあるものを現場に残した
狙撃地点の足元に北朝鮮のバッジと3mほど離れたところに韓国のウォン硬貨を置いたと供述した
これを、捜査資料と照らし合わせたところその位置がピッタリ一致したのだ
4つ目の秘密の暴露は拳銃の加工
中村は、狙撃をする際に銃床と呼ばれる銃を安定させるための肩当てを着けたと供述していた
これは、中村が実際に描いたそのイラスト
銃床は、40cmもある長いものだった
実は、目撃者の中に犯人は、傘のように長いものを持っていたと証言する者もいたのだ
5つ目の秘密の暴露は逃走に使った自転車
中村は、捜査員に対し犯行当日の逃走経路を詳細に伝えていた
600m離れたところにある喫茶店の横に自転車を放棄
共犯者ハヤシが運転する車に乗り換え、逃げたという
その喫茶店は既に閉店していたがオーナーだった男性は当時の事をよく覚えていた
中村の証言した場所で当時、不審な自転車が見付かっていたのだ
清田:自転車は、いわゆるママチャリっていうか…。
清田:いじってなかった…。
北川さん:いじってなかったよ。
中村の身長は160cmほど
女性用に乗っていても不思議ではない
むしろ乗りやすかったはずだ
秘密の暴露6つ目は貸金庫の開扉記録
中村は、国松長官を狙撃した銃コルト・パイソンを犯行2日前に、新宿にある貸金庫から取り出し犯行後は、すぐにまた戻したと供述した
そこで、刑事部が貸金庫の開扉記録を取り寄せたところ…
確かに事件の2日前の3月28日と事件当日の3月30日に金庫が開けられていた
中でも、注目すべきは犯行当日の9時26分という時間
中村が供述した逃走経路に従い実際に時間を計測してみた
事件が起きたのは8時31分頃
そこから自転車で移動し600m離れた喫茶店に着くのが4分後の8時35分
そこで、車に乗り換え大通りを、およそ4km走り西日暮里の駅へ向かうと時刻は8時50分
そこから山手線、内回りに乗り新宿駅に着くのが9時10分
駅のすぐ目の前にある貸金庫には9時26分に悠々間に合う
こうして中村の秘密の暴露は1つ1つ裏付けられていったのだ
更に今回、あの共犯者ハヤシの存在にも迫っていく
中村の秘密の暴露、7つ目は犯行に使った銃の入手ルート
中村は、アメリカにあるウェザビーという店で銃を購入したと供述した
そこで、我々が現地へ飛んで確かめてみると…
清田:ここがウェザビーの本社です。
確かに、ウェザビーという会社が存在した
そして、中村は、ここで犯行に使われた銃と同じものを購入していたのだ
凶器である銃の裏付けが取れた事で中村捜査班は一気に色めき立った
ある刑事部幹部は…
刑事部幹部:「中村の秘密の暴露は本物だ」「長官狙撃事件は中村以外あり得ない」「200%真犯人だ」石原:秘密の暴露という話が出てきました。
今のVTRを見たらこれは、確かに実行犯じゃないかなって思うんですけれども決定的な証拠がないっていう。
松尾:コインやバッジの置いた場所までっていうとそれは信憑性があるなってやっぱり思いましたね。
確かに可能性としてはあるのかなっていう感じしますけどあくまでも日本の場合は法と証拠に基づいて積み上げていくわけで直接的に間違いなくやったっていう証拠は何もないんですね、まだ。
疑わしきは罰せずですから。
大澤:これは、やっぱり最大の物証というのは使われた拳銃と弾です。
それが出てくる事が大事ですから。
あの協力者を特定して彼から供述があれば一種の決め手になったのではないかって気がします。
清田:推測になってしまいますけれどもその同志であるハヤシに渡してる可能性もあるので…。
銃は海に捨てたとしかいえない。
あと、あの所持品の数々かなり不気味な…。
ちょっと普通の人が持ち合わせないような。
ガスマスクに防弾チョッキ。
石原:防弾チョッキ、手袋、眼鏡偽造写真みたいな。
なんか、中村という人間のものすごい闇の深さみたいなもの…。
後藤:感じますね。
石原:中村がアジトにしていたとされる場所に清田記者が潜入取材。
中村犯行説の裏付けにもなり得る共犯者の存在に迫ります。
今から20年前に起きた国松警察庁長官狙撃事件
警視庁公安部は、当初よりオウム真理教による犯行を疑うが証拠をつかめないでいた
その一方で、刑事部は中村泰から自供を引き出しその裏付けまで取っていったのだ
刑事部は中村の逮捕状請求に向け一気に動きだす
しかし、意外なところから待ったがかかったのだ
当時捜査関係者を取材していたジャーナリスト鹿島圭介氏によればそれは警察内部の圧力だったという
具体的に言うと、どこからどんな圧力というか力が働いたんでしょうか?
公安部が推し進めてきたオウム犯行説を守るために刑事部の中村犯行説は認めないというのだ
更に…
鹿島:そうでなかったらそこの捜査は進まないという風にハードルを高く上げてしまったんですね。
共犯者を捕まえない限り中村は逮捕させないというのだ
そこで、捜査員たちは共犯者ハヤシを特定するため中村を厳しく取り調べた
お前を逮捕するためにはもう1つだけ確固たる証拠が必要だ。
そろそろ共犯者ハヤシについて話してくれないか?それだけは出来ない!同志を売るような卑劣なまねだけは絶対にしない。
ハヤシについて全部話すんだ。
ハヤシとは一体、何者なんだ?
中村は事件そのものについては話しても共犯者ハヤシに関しては頑なに供述しなかった
そこで、捜査員たちはハヤシの情報を求め中村の関係先を聞き込みして回った
すると、ハヤシらしき人物を見たという目撃者が数人だけ見付かったのだ
中でも最もハッキリ覚えていたのは近畿地方にある、中村のアジトの近所に住む女性だった
スタッフ:住所だとこの辺りですね。
スタッフ:多分、住所からするとあちらが、中村たちがアジトにしていた住宅です。
中村は、長官狙撃事件以降ここに1人で暮らしていた
近所付き合いはなく誰も家の中に入れないようにしていたという
しかし、近くに住む主婦が中村以外の男性がアジトにいるところを目撃したのだ
それがハヤシだと目されていた
主婦の証言をもとに再現してみる
すいません。
洗濯かご、取らせてください。
家をのぞくと中村と、もう1人、男がいた
洗濯かごを拾い帰ろうとすると…
もう1人の男が、愛想よく話しかけてきたというのだ
関東弁で、会社の重役のような雰囲気があったという
警察はこの主婦の目撃証言を重要視
男の似顔絵を作成する事にしたのだ
これは、主婦への取材をもとに番組が独自に作成したもの
刑事部はこの男を追いかけた
その捜査はアメリカにまで及んだ
かつて、中村とハヤシが通っていたと思われる射撃場などを回り聞き込みをかけたのだ
エクスキューズミー。
ウィーアージャパニーズポリス。
この男を見た事が…?
捜査員たちの執念の大追跡により有力な情報が集まったという
ありがとう。
その結果ハヤシと思われる実際の人物3人にまで絞り込んだ
事件発生から14年
中村逮捕まであと一歩のところまできたのだ
しかし…
2010年3月30日
国松警察庁長官狙撃事件から15年
警視庁は中村泰を逮捕する事なく捜査を終結させた
これは、時効会見で発表された14ページにも及ぶ捜査結果
なんと、そこにはオウム真理教に対するこれまでの捜査の詳細が書かれていた
立件する事が出来なかったにもかかわらずオウムの組織的犯行と一方的に結論付けていた
前代未聞の事だった
これには、多くのメディアや識者が疑問を投げかけ批判の声が集中した
刑事部の元幹部も…
200%真犯人と呼ばれた男中村泰はこうして、未解決事件の闇へと消えていったのだ
今月20日、東京・丸の内
ある場所へ向かう大物政治家の姿が
元国務大臣、石井一
年に一度、必ず集まるメンバー。
すでに30年
年を経るごとに参加者は減り今年、5人の平均年齢は78歳
立場こそ違え、それぞれが38年前に立ち会った世紀の瞬間
それは…
事件が起きたのは1977年9月28日インド上空
アテンションプリーズ。
本日は、日本航空472便にご搭乗いただきまことにありがとうございます。
当機は、ただいまインド上空を通ってタイ・ドンムアン空港へ向かって飛行中です。
犯人は、日本人85名を含む乗員・乗客151名を人質にバングラデシュのダッカ空港に緊急着陸
日本政府への要求は…
身代金600万ドルおよそ16億円と勾留中の同志9名の釈放
犯人との交渉は難航
犯人側は日本政府との交渉を一切拒否
ハイジャック機が着陸したバングラデシュ政府も主権を主張
自分たちが交渉すると譲らない
日本政府は人質を取られたうえ要求も突き付けられバングラデシュ政府を介してしか犯人と交渉出来ない状態に
犯人に屈してテロリストや殺人犯を釈放してしまうのか?
人命か?法律か?
絶体絶命の人質151名
抵抗する者は、容赦なく制裁を加える犯人たち
血も涙もない冷酷なテロリスト
一体、何者なのか?
ジャパニーズ・レッド・アーミー、日本赤軍
この、うら若き女性が最高幹部の重信房子
当時32歳
明治大学で始めた学生運動から後に、世界中を震撼させるテロリストとなった
もう1人の最高幹部27歳の若さで死亡した奥平剛士その弟、奥平純三、当時28歳軍事委員の丸岡修らが主要メンバー
20代から30代の高学歴の若者が中心となっていた国際過激派グループ、日本赤軍
反資本主義などを掲げ世界各地で暴力革命を起こそうとしていた
その悪名をとどろかせたのがイスラエルでのテロ事件
1972年5月イスラエル・テルアビブのロッド空港
日本赤軍の3名が突然、一般旅行者などに無差別に銃を乱射
26名が死亡73名が重軽傷
日本人が外国で起こしたテロ事件
1972年当時テロリストが無差別に一般人を攻撃する事は前代未聞だった
この時、首謀者の1人奥平剛士は、手りゅう弾で自殺
現在、世界各地に惨劇を巻き起こしている…
自爆テロの第1号といわれている
1973年には日本赤軍の丸岡修らが…
リビアへ着陸後なんと、機体を爆破
幸いにも、乗員・乗客は避難していて、死者はなかったが一歩間違えれば大惨事になっていた
日本赤軍にとって人の命ほど軽いものはなかった
この頃日本の航空会社として唯一の国際線を運航していた日本航空は日本赤軍に頻繁に狙われていた
航空会社も警戒していた
だが、犯人たちは更に狡猾だった
アメリカ人の人質から殺害すると宣告
人質の命を優先
犯人の要求を全てのむ事を決定
それは超法規的措置といわれた
事件発生から3日目羽田空港
事態は、大きく動いた
テルアビブ空港乱射事件で自爆テロをした、奥平剛士の弟
活動資金のために銀行などを襲撃した赤軍派・城崎勉
更に、三菱重工や三井物産など旧財閥系企業に爆弾テロを敢行連続企業爆破事件の女性テロリスト2名
東アジア反日武装戦線大道寺あや子
同じく東アジア反日武装戦線の浴田由紀子
強盗殺人事件の仁平映
泉水博
彼らは、獄中で日本赤軍の幹部と親しくなったという
そして、151名の人質解放の大役を任され戦場に行く思いでダッカに向かった1人の男
人質救出作戦が始まった
6名の釈放犯と現金16億円とを引き換えにダッカでの人質全員解放が絶対の使命だった
しかし…
バングラデシュのナンバー2マムード司令官は人質の一部をダッカで解放する方針で交渉
両者の意見が対立する中石井が、ついに犯人と直接交渉
実際の映像がある
そして、想定外の事態が…
バングラデシュでクーデターが発生
反政府軍が空港に押し寄せた
事件発生当時ハイジャックの対応に政府の要人が空港の管制塔に集まっていた
そこを反乱軍が狙い、襲撃
更に彼らは身代金の16億円も狙っていた
石井の目の前で銃撃戦が繰り広げられた
人命救助の現場が突然、戦場となった瞬間だった
人の命は地球より重いという言葉が空しくさえ思える現実
犯人との交渉を記録した100時間に及ぶ実録音声が残されている
過激派テロリスト日本赤軍に立ち向かった1人の政治家、石井一
日本が、世界が注目した緊迫の134時間
事件が起きた1977年。
昭和52年は…
プロ野球巨人の王貞治選手が偉大な記録を打ち立てた年
通算756号のホームラン
世界新記録を達成
一方、日本経済は続く好景気
ヨーロッパ旅行がブームになっていた
主要都市を観光するツアーが2週間で、およそ50万円
現在の価格にして、80万円
そして、1977年9月28日運命の日を迎えた
フランス・パリ発の日本航空472便
かつての冷戦時代ヨーロッパと日本の間にあるソ連上空は、飛行出来なかった
日本航空472便の航路はヨーロッパ南回りと呼ばれパリから、ギリシャ・アテネ
エジプト・カイロ
インド・ボンベイ
タイ・バンコクなどを経由し最終地点が東京・羽田空港
合計50時間の長旅だった
実は、この航路中東や東南アジアを回るため多くのハイジャック事件が発生
当時は不運の中東コースとさえいわれていた
不運のルートを通る日本航空472便
旅行者のほかビジネスマンなど世界各国の人々が搭乗していた
女性2人旅の本田さん姉妹
新婚旅行でヨーロッパを訪れたカップル
コックピットには…
コックピットはいつにも増して緊張感に包まれていた
前日マレーシアのクアラルンプールで日航機が墜落
乗員・乗客79名のうち34名が亡くなるという大事故が起きていた
パイロットの間では飛行機事故は連鎖するとよく言われていた
日本航空472便は安定した飛行で日本を目指していたがインドのボンベイで事態は急変
一般乗客に紛れテロリスト5人が乗り込んでいた
アテンションプリーズ。
本日は日本航空…。
インドのボンベイを離陸して12分
当機は、ただいまインド上空を通ってタイ・ドンムアン空港へ向かって飛行中です。
悲鳴とともに機内は暴力によって支配された
実は2年前、マレーシアで日本赤軍が、アメリカ大使館とスウェーデン大使館を占拠する事件を起こしていた
実行犯奥平純三と日高敏彦は後にヨルダンで拘束され日高は、取り調べ中に獄中自殺
同志・日高への弔いと日本で拘束されている幹部を奪還する目的だった
自分たちの正義を振りかざし従わぬ者は容赦なく粛清する日本赤軍
乗員・乗客151名を人質に機内は完全に乗っ取られた
その間、わずか数分
その時の緊迫した機内の模様を1人の日本人の乗客が記録していた
そこには犯人の様子が描かれていた
4人が覆面、1人は覆面なしでハンチングをかぶっていたという
覆面マスクにサングラス
身長は168cmほど
この覆面男は160cmくらい
この男は、159cmと細かく身長が記されている
そして、唯一顔を隠していない男
今回の事件のリーダーと思われる
更に日本航空のメモ用紙に記されたいくつかの番号
これは犯人グループの暗号だった
犯人たちは、互いに10番、40番などと番号で呼び合い日本語と英語で座席の交換を命じた
男性客を窓際に座らせ通路側は女性だけにした
こうしておけば、男たちの突然の抵抗に対抗出来る
レッド・アーミーと名乗り凶暴な犯行が海外にまで知れ渡っていたテロリスト集団
日本赤軍と聞いただけで恐怖のあまり誰も抵抗出来なかった
乗客のメモにはコックピットに1人残りの犯人は通路に均等に配備され動きに無駄がなくかなり訓練を積んでいるとあった
更に、財布や指輪など宝石類も差し出すよう命じた
インド人女性にパスポートの回収を命令
これには、犯人たちにとって重要な目的があった
顔と名前を確認されたのはジョン・ガブリエル
アメリカの銀行家である彼はこのあと人質の中でもキーマンとなる
ガブリエル氏は、アメリカカーター大統領の友人
日本政府が見殺しに出来るはずがない
1年前から犯行を計画していた日本赤軍はガブリエル氏が乗る、この472便に狙いを付けていた
窓のブラインドを全て下ろし外界を完全に遮断
日本赤軍による人質支配は計算され尽くしていた
手荷物は1つ残らず没収
非常口にカバンのバリケードを作った
犯人たちが命令するのは常に、力の弱い女性だった
その卑劣な行動に我慢出来ない者もいた
顔面を20回以上殴られたという
止めに入ったパーサーも殴られ出血
耐え切れず立ち上がった外国人女性にも容赦なく制裁が加えられた
乗客たちの長く苦しい戦いが始まった
日本航空が記者会見を行った
前日クアラルンプールで起きた墜落事故への対応の真っただ中だった
時の総理大臣は福田赳夫
まだ、官邸にも詳しい情報は入っていなかった
そんな福田首相は後に、歴史的な決断を迫られる事になる
ついにハイジャック機の行方が判明
バングラデシュの首都ダッカ
当時、バングラデシュはパキスタンから独立して8年
世界の最貧国の1つだった
インフラの整備が遅れ人々は苦しい生活を続けていた
バングラデシュ政府は着陸を拒否
だが、上空を旋回していたハイジャック機は燃料切れで緊急着陸
ただちにバングラデシュ当局が出動
日本航空472便を完全に包囲
武装した兵士も配備され日本赤軍とにらみ合いが続く中一触即発の緊張感が一気に高まる
日本赤軍は自爆を恐れていなかった
どのように持ち込んだのか現在も不明だが、機内には…
3つの爆弾がセットされた
迫りくる恐怖の中…
バングラデシュ・ダッカの気温は34度
湿度75%
熱帯特有の暑さに、機内は…
気温48度
風呂でも熱すぎるくらいの異常な温度になっていた
まさに地獄を体験した生き証人たちは…
更に機体のエンジンを止めたのでエアコンが動かない
極限状態の中死の恐怖が忍び寄っていた
死んだ方が楽になると考える者もいた
1977年9月28日
日本航空472便がハイジャックされバングラデシュのダッカ空港へ緊急着陸
エンジンを切りエアコンが利かなくなった機内の温度は48度
人質の中には、死んだ方がましと自暴自棄になる者も
いつ、パニックになってもおかしくない極限状態
エアコン車とは…
自家発電の冷暖房装置を積んだ空調車でグランドクーラーと呼ばれている
送風のホースで、機内に冷たい空気を送る事が出来る災害時の移動空調車としても活躍している
そんな中…
アメリカ人の妊婦が異常を訴えた
女性:プリーズ…。
アーユーオーケー?犯人:お願いします。
犯人に従う事に抵抗はあったが医師としての使命感から苦しんでいる人を放っておけなかった
エジプトのカイロに出張
その帰り道、ダッカでハイジャックに遭遇
かつて、1970年に起きたよど号ハイジャック事件では救援機に乗り医療活動をした経験がある
現在、東京・丸の内の病院で院長を務める穂苅医師にダッカ・ハイジャック事件当時の話を聞いた
穂苅医師はエアコン車の到着があと30分遅れたら死者が出る状況だったという
管制塔が騒然となった
犯人たちは、日本政府とは一切交渉しないと宣言
カメラはその様子を捉えていた
バングラデシュの政府高官が管制塔に集まる
日本政府と犯人との間をつなぐ難しい仕事
その交渉役に任命されたのはバングラデシュ空軍マムード司令官
エリートパイロットだった彼は国民から、ベンガルの鷹と呼ばれバングラデシュナンバー2の座にいた
このあと、134時間にわたり日本赤軍と交渉する事になるマムード
そのやり取りは全て記録されていた
番組は、100時間に及ぶ実録音声を入手
犯人の肉声が、これだ
日本赤軍との交渉について軍人のマムードは覚悟を決めていた
現地の日本大使館員が駆け付けても…
下がってろ!
決して、日本側に交渉させなかった
マムード司令官は、この事件を新興国のバングラデシュが無事、解決する事で自分たちの存在を、世界にアピール出来ると考えていた
日本政府に交渉の権利はない。
世紀の瞬間ダッカ日航機ハイジャック事件
東京の首相官邸に日航機ハイジャック対策本部を設置
政府への情報は全て外務省から入ってくる
犯人側は、9人の仲間の釈放と身代金600万ドル。
これは全て、100ドル紙幣で要求しております。
夜中の0時までに要求をのまなければ乗客を1人ずつ殺害するとも通告してきております。
重苦しい空気が漂う
福田法務大臣は服役中や勾留中の犯人の釈放を断固拒否
三井警備局長も犯人の釈放には応じない姿勢を崩さなかった
回答期限の0時まであと30分
日本政府はまだ何も決定出来ずにいた
ところが、犯人側は回答期限を午前3時まで延期すると伝えてきた
バングラデシュの現場では…
ハイジャック犯との交渉はマムード司令官を経由
24時間態勢でハイジャック機を監視している管制塔の明かりが消える事はなかった
犯人の要求の中に日本政府が確認したい事が1つあった
通訳:大使が一度交信したいとおっしゃっておりますが。
マムード司令官は一度、マイクを譲ってくれた
日本大使の、ヨシオカだ。
公安事件と直接関係ない刑事犯2人の釈放を求めるのはなぜか?
日本赤軍とは関係ない殺人事件の犯人、仁平と泉水
だが、犯人は何も答えない
団結、マムードだ。
日本政府に交渉の権利はない。
ただ、要求を承諾すればいいだけだ。
最初に指名されたのはアメリカ人銀行家ガブリエル氏だった
彼は、アメリカのカーター大統領の友人
もしもの事があれば日米関係に影響が出る
バングラデシュ・ダッカ
日本航空472便が日本赤軍にハイジャックされて半日
機内は地獄のようになっていた
犯人:先生、お願いします。
人質の中には赤ちゃんや妊婦もいていつ死者が出てもおかしくない状況が続いていた
ハイジャック犯が日本政府へ突き付けた要求は身代金16億円と同志9名の釈放
16億円は今でいうと、およそ30億円
犯人が交渉の切り札に使ったのがアメリカ、カーター大統領の友人ガブリエル氏
犯人は午前3時に回答がなければ、処刑と宣告
日本政府は極限状態にあった
事件発生から16時間30分
日付が変わって9月29日午前2時
福田首相は決断した
マムードが福田首相の決断を伝える実際の音声がある
もう1つの要求は、日本政府に大きく、のしかかった
夜通し、会議を続ける対策本部
犯人9名の釈放は極力阻止というあいまいな方針で決まった
今回の場合、服役中勾留中の犯人を釈放する事は司法権と刑罰権に反する
会議は紛糾した
日本赤軍が最後通告を突き付けた
またも、アメリカ人銀行家ガブリエル氏を交渉のカードに使った
1人、別室で思案をめぐらせていた福田赳夫首相
夜を徹して会議は続いたが意見はまとまらず決断の時がきた
福田首相は、決断した
記者:今度の決定について心境はいかがですか?
人命優先。
事件発生から、わずか1日で犯人の要求をのんだ
「法治国家、悲しい譲歩」と新聞が伝えるなど日本中で議論が分かれた
首相の決断を受け東京拘置所では逮捕勾留中の犯人に出獄する意思があるのか確認が始まった
犯人の要望では…
9人の釈放を望んだが3名が拒否
日本赤軍幹部・奥平純三など6名が釈放される事に
事件発生から25時間。
9月29日午前11時45分
日本政府の意向を聞いたダッカでは…
病人や妊婦体調の悪い5名を解放
更にハイジャックから丸1日
犯人はようやく食事を受け入れた
用意された食事は…
与えられた水は…
一方、犯人たちは持ち込んだビスケットのみを口にした
水も、乗客に毒見をさせてから飲む
差し入れに睡眠薬などが入っていないか徹底的に用心していた
滞りなく計画を進めていく鍛え抜かれた日本赤軍
犯人たちの要求は受け入れたものの人質を無事に救出できる保証はまだなかった
ついに日本政府が動いた
事件発生から37時間。
9月29日午後10時39分
首相官邸にある男性が呼び出された
石井君、すまんな。
やってくれるか?
身代金16億円と犯人の釈放とを引き換えにダッカで人質を全員救出する使命を受けた運輸政務次官・石井一当時43歳
ハイジャックなどの事件が起きた時民間航空会社を監督する運輸省のナンバー2運輸政務次官が現地へ行くことが通例となっていた
過激派組織・ISの事件のように拉致・人質事件なら外務省が担当
ハイジャックシージャックならば国土交通省が担当する事になっている
通常、監督各省のトップが日本で指揮を執りナンバー2が現地で指揮を執るという
英語が堪能な石井は期待されていた
当時のインタビューがある
「いつ帰ってくるの?」という妻の声に返す言葉はなかった
帰ってこられるかさえわからない
人質救出のため、この時すでにある覚悟を胸に決めていた
歴史的な日を迎えていた
超法規的措置により服役中、勾留中の犯人が6名釈放される
カメラはその世紀の瞬間を捉えていた
葛飾・小菅の東京拘置所から羽田空港まで密着する報道陣
諸外国からは、テロリストを輸出するのかと批判されたが151名の人質の命には代えられなかった
午前3時、ダッカへ移送される身代金も羽田空港へ
外務省の職員によって運ばれる16億円
6万枚の100ドル紙幣
この黒いバッグ3つに分けられ機内に持ち込まれた
更に、交代要員のパイロットなど日本航空関係者、30名政府関係者、20名
長期戦を見込んでいたのか食料は、およそ5トン分
そしてついにカメラは捉えた
物々しい警備に囲まれ出国の審査を終えた釈放犯6人
いよいよ彼らも、機内へ
超法規的措置によりダッカへ移送される釈放犯
いずれも凶悪犯罪を犯した6人
日本赤軍幹部・奥平純三28歳
彼の奪還が、ハイジャックの目的の1つともいわれている
自爆テロ第1号の奥平剛士の弟
連続企業爆破事件の大道寺あや子、28歳
いずれの釈放犯も武道の心得のある刑務官4人に囲まれダッカまで送られる
同じく、連続企業爆破事件の浴田由紀子、26歳
資金調達のため銀行を襲撃した赤軍派・城崎勉、29歳
本来、日本赤軍とは関連はないが獄中で同志となり指名された2人
強盗殺人の仁平映、31歳。
泉水博、40歳
この6名がダッカへ向かう
日航・朝田社長を含む総勢100人
最後は、赤軍との交渉責任者石井一、43歳
日本赤軍を相手に人質151人全員を救出するためダッカへ飛び立った石井一
そこには、想像を超える試練が待っていた
石原:スタジオには当時、運輸政務次官を務め日本の政府の代表として現地に入られた石井一さんにお越しいただきました。
よろしくお願いします。
石井:こんにちは。
首相官邸に実際に呼ばれてあんな形で任命されたと。
国会の仲間がねお前、行く気はあるのかと。
行ったら、命はないぞと。
そんな事、言われますとねじわじわ、じわじわ、胸に迫ってくるものがありましてね。
しかし、だんだん、やっぱり政治家ですし、男ですからね行ってやれるだろうかと。
自問自答が始まるわけですよね。
そういう事に、もだえながらね官邸へ入りましたよ。
時の福田内閣の決定。
そういうものを皆さんは当事者でいて、どういう受け止め方をされてたんですか?石井:それは、日本人というのはみんなものすごくいい人々なんですよ。
石井:こういうのがね世論の大部分だったと私は、思いますね。
福田総理も、面持ちは苦しそうな顔をして決断したといいますがもう、腹の中は最初からねそうせざるを得ないと。
これが日本の世論だと。
そういう空気だったと私は思いますね。
石井団長率いる派遣団がダッカへ到着する前日
ハイジャックから2日
機内に、緊急事態が発生
日本航空の嘱託医師穂苅正臣
なんと、エジプト人の女性がコレラにかかっているという
コレラとはコレラ菌を病原体とする感染症
下痢や嘔吐の症状がみられ脱水症状で死に至るケースもある
当時の日本では現在のエボラ出血熱のように海外でコレラ感染の疑いがあると空港で厳しくチェックしていた
穂苅医師は、当時エジプトのカイロでコレラが流行している事を知っていた
閉鎖された機内では瞬く間に感染が広がる恐れがある
エジプト人夫婦はすぐに機内から出された
穂苅医師の指導でお酒のアルコールで消毒を試みた
隣に座っていた日本人の姉妹は感染を疑われ頭から酒をかけられたという
日本航空のスタッフはたらいにウイスキーを入れ人質全員の手を消毒
集団感染を恐れた赤軍はトイレを徹底的に消毒
1つを閉鎖した
頭からウイスキーをかけられた妹は気分が悪くなり、外へ出された
コレラ騒動で2度目に解放されたのは5人
機内には人質141人と犯人の5人
この事件の5年前日本赤軍は、イスラエルの空港で銃乱射事件を起こしロビーにいた人を無差別に攻撃
死者26名負傷者73名のテロを起こした
主犯格の奥平剛士は手りゅう弾で自殺
日本赤軍は死を恐れないテロリストだった
更に今回、奥平剛士の弟純三が釈放されダッカへやってくる
最高幹部・重信房子率いる日本赤軍
奥平剛士、亡きあとは弟・純三が実質的なナンバー2
リビアで日航機を爆破した丸岡とダッカで合流すれば何が起こってもおかしくないそういう状況だった
派遣団の団長・石井一
まだ、遺書を書いていない事をふと思い出したという
1934年神戸で誕生した、石井一
幼い時から国会議員になる事を夢見ていた彼はアメリカのスタンフォード大学で政治学を学び1969年34歳の若さで初当選
国会議員として歩み始めた
日本からバングラデシュ・ダッカへはおよそ8時間
石井一率いる派遣団の到着をバングラデシュの放送局が伝えていた
事件発生から73時間
現地時間の午前11時27分
救援機がダッカに到着
この様子をバングラデシュの交渉役マムード司令官が日本赤軍に知らせた
この時、ハイジャック犯は初めて、ブラインドを上げる事を許可した
犯人:皆さんブラインドを開けて上空を見てください。
日航特別機が来ました。
73時間ぶりに日を浴びた
人質をはじめ、誰もがこれで助かると思っていた
救援機はハイジャック機のいる滑走路の反対側に待機。
その距離2700m
人質救出作戦はここから一気に現実のものとなる
石井は、到着してすぐ管制塔へ向かった
彼に与えられた使命はダッカでの人質全員解放
マムード:オーケー。
わかった。
その件は慎重に進めている。
ミスター・マムード?
マムードと犯人のやり取りを初めて聞いた石井は愕然とした
映像には、このやり取りを聞く石井の姿がある
なんと、マムードは日本政府が求めるダッカでの全員解放ではなく部分解放で話を進めていた
日本政府からの使命を帯びている石井
一歩も譲る事は出来ない
石井の前には乗り越えなければならぬ大きな壁があった
石原:部分解放か、全員解放かいきなり石井さん、着いた時に、もう事態は進展してたわけですね。
石井:それはですね私が着いた時には80時間3日以上経ってたんですよ。
その間にね…。
石井:バングラデシュは血を出さずに飛ばしたいと。
それ一途なんです。
だから、赤軍の機嫌を損なわないようにおだてて、おだてて引っ張っとるわけですから。
ってやってるんですね聞いてたら。
それから、乗客の方はね、もう危害を加えられんとこうと思ってゲリラに対して、もう完全に服従になってるものですから。
バングラ政府との激しい闘争になるわけですよ。
赤軍の作戦は部分解放
最終目的地まで人質を連れていかなければ撃墜される危険がある
一方、国の威信をかけたマムード司令官は一滴の血を流す事なく飛び立たせたい
赤軍とマムードは人質の部分解放で意見が一致
首相官邸では…
記者:全員釈放にのってこないみたいですね。
記者:そうするとねこのまま、ずっといくとかなり、人質たちもくたびれてるわけですけどね。
福田:60時間でしょ?記者:そうすると向こうの方の59人ですか?釈放でもってやむを得ないという断を下す場面もあるわけですか?記者:簡単にはいかない?福田:簡単にはいかないです。
記者:当面は、とりあえずそうすると、粘って全員釈放?福田:そりゃそうだよ。
どうもご苦労さんです。
政府の方針は、あくまでダッカでの人質全員解放
しかし、赤軍の作戦には交渉の余地がない
またもやカーター大統領の友人ガブリエル氏を切り札に使ってきた
バングラデシュ・ダッカの石井は…
管制塔のテラスにスタッフを集めていた
これが、当時の実際の写真
交渉は思うように進まない
蒸し暑い熱帯の気候
疲れは、すでにピークだった
日本政府とのやり取りは管制塔の1本の電話のみ
はい、わかりました。
失礼いたします。
団長。
なんと言ってきました?
それは、人質全員解放に向けて犯人との交渉の政府案だった
しかし、釈放犯6名とバングラデシュ政府要人を身代わりに人質全員解放するなど実現不可能なものばかりだった
犯人の最後通告は人質59名だけの解放
それから、すでに1時間半
全員解放の道はないのか?
石井は1人、決断を迫られる
詰め寄るマムード。
しかし、石井は部分解放を受け入れる事が出来なかった
午後5時30分
アメリカ人の銀行家ガブリエル氏の処刑まであと10分
ついに石井は自ら、直接交渉する事を決断
マムードが部分解放を譲らない以上犯人と話すしか道はなかった
間に立っていたマムードは石井の熱意に動かされた
ハイジャック犯と石井の初めての直接交渉
石井の交渉は火に油を注ぐ形となった
マムードは、必死に犯人たちに呼びかけたが…
日本航空472便は多くの人質を連れたまま飛び立とうとしていた
わかりました。
ガブリエル!
ついに、日本赤軍が残忍な牙をむく
犯人との直接交渉に失敗した石井
ハイジャック機が離陸の体勢に入るが…
マムードの部下が車で進路を妨害
追い詰められた赤軍は何をするか、わからない
現場に緊張が走る中ギリギリのところで離陸を阻止
直ちに、マムードが犯人たちに呼びかけた
最後の決断を下す時が来た
ついに、石井は日本赤軍の要求を受け入れた
釈放犯6人、身代金16億円と人質の交換は6回に分けて行われる事になった
2700m離れている救援機とハイジャック機の間は護衛付きの車で移動
まず、連続企業爆破事件の大道寺あや子と5億円
引き換えに人質10人を解放
続いて、浴田由紀子と人質10人
城崎勉と5億円で更に10人
強盗殺人犯の泉水と人質10人
同じく強盗殺人犯の仁平と6億円で更に10人
犯人の要求をのみ日本政府が用意した釈放犯残す1人は…
奥平純三だけになった
彼を手放せば、交渉の主導権は完全に犯人たちに移る
そして、機内には82名の人質が残される
石井は、日本から来た関係者をバルコニーに呼びある決断を告げた
人質全員を解放するための最後の手段
日本政府の代表者である自分たちが身代わりになる
命懸けで自分の任務を全うしようとした
石井を含めた政府関係者5人と82名の交換
しかし、赤軍はその提案を拒否
石井に残された切り札は日本赤軍の幹部・奥平純三
日本赤軍の実質ナンバー2
機内にいる丸岡より立場は上と推測された
石井は、奥平に交渉を持ちかけた
石井が近付いても奥平は落ち着き身じろぎひとつしなかった
奥平は、石井を見ると席を1つずらした
日本赤軍ナンバー2の奥平に賭けた
自分の命をかけた願いにさえ奥平は答えない
そこで、石井は…
初めて、奥平が笑った
ホンマかい。
奥平:もうひとつ頭がよくなかったから甲南高校に行ってたんと違います?
この時、石井は奥平と心が通った、そう思った
そこで、こう切り出した
別れのあいさつがきっかけとなり奥平は無言のまま立ち上がった
石井は、常に冷静で心を開かない奥平の姿にそら恐ろしさを感じたという
こうして奥平は同志のもとへ向かった
石井の願いは彼に届いたのか
その頃先に解放された女性の乗客がダッカ市内のホテルに到着
ハイジャック事件発生から87時間もの間機内に閉じ込められていた
誰もが死を覚悟したという
管制塔が、混乱の中で一時の落ち着きを取り戻していた
そして、誰も想像すら出来なかった悲劇が…
管制塔が反政府軍に襲撃された
現政府を倒そうとするクーデターが発生
日本赤軍に対応するため政府の要人が空港に集中していたところを狙われた
石井の目の前で戦闘が始まった
この世紀の瞬間に立ち会った人物がいる
管制塔の様子を撮影しようとカメラのスタンバイをしていた時だった
反政府軍の襲撃に遭遇
命からがら現場から逃げ出した
人質救出の現場で起きた予想もしなかったクーデター
多くの死者が出たが2時間ほどで収まった
だがまだ予断を許さない状況だった
この戦闘でマムード司令官は負傷
その後、管制塔の指揮は彼の部下のジェラールが執った
混乱の中石井は最後の確認をした
残り82人の人質と自分を入れ替えるという交渉
石井の最後の説得が功を奏し更に多くの人質が解放された
そこにはあのガブリエル氏の姿が
残るは29人の解放
石井は最後まで諦めていなかった
だが、思わぬ事態が起こる
16億円の身代金を積んでいるハイジャック機は反政府軍の標的になる危険をはらんでいた
ラーマン大統領が離陸の命令を出した
石井:お願いします!
石井の命がけの交渉は決裂
日本航空472便は人質29名を乗せダッカを飛び立った
その一報を受け東京の外務省はハイジャック機の受け入れ先探しに奔走
承諾してくれたのは…
アフリカのアルジェリア
まずは、クウェートで給油
人質7名解放
シリアでは食料を補充
人質10名を解放
最終到着地アルジェリアでは残りの人質19人が全て解放された
アルジェリアまで行った乗客の大山さんが貴重な写真を持っていた
犯人たちがアルジェリア政府に投降
車で連行されるところだという
アルジェリアの空港に並ぶ2機の日航機も捉えていた
ハイジャック機と後を追ってきた石井率いる政府の救援機だ
134時間ぶりに自由を得た人質19人
そこにはあの穂苅医師の姿もあった
穂苅医師は、今でもあのハイジャック機のチケットを大切に持っていた
ダッカでの解放に失敗人質となった方々が抱くであろう怒りを、石井は覚悟していた
ありがとうございます!ありがとうございます!
誰もが命がけで任務を全うした石井を称えたのだ
1977年10月4日
ダッカ日航機ハイジャック事件
全員無事に帰国した世紀の瞬間
石井に笑顔が戻っていた
石原:まだ思い出しますか?あのダッカの…。
石井:もうだいぶ前ですから忘れかかってたのにこんなの見たら…。
こうして、まだね…。
今回、我々はオウム真理教信者が保有していた重要な物証を独自入手
それは信者が作成した教団ビデオと麻原の説法テープ
その数、実に200本
そこに映し出されていたのは…
信者を食い物にする恐るべき手口
浮かび上がったのは知られざるオウムの金をめぐる闇
巨額資金の裏に隠されたオウム究極の錬金術
その鍵を握る元信者に独占インタビュー
死んじゃったんですね、人が。
独自入手した映像
そして、追跡取材から次々と明らかになるオウム真理教驚愕の実態に迫る
オウムの莫大な資金源の基礎となるのは信者からのお布施
その布施という行為の意味を麻原は、こう説いていた
布施こそ、来世によりよい世界へ生まれ変わるための最良の方法だとして教祖自ら信者に呼びかける
麻原の呼びかけに応じるかのように信者たちは、次々と自らの資産を教団に捧げていく
これはより多くの布施をした者が表彰される様子を捉えた貴重な映像
支部のある県ごとに金額が発表されていく
司会:金沢からお越しの方お立ちください。
布施をした側が花束を贈る奇妙な光景
これこそ、麻原が作り上げたオウムの異常な関係性だ
更に、式が進むにつれ布施の額は上がっていく
司会:名古屋支部からお越しの方お立ちください。
こうして、巨額の資金が麻原に吸い上げられていった
更に、我々は、信者が布施をする内容を書かされる布施リストも入手した。
そこには…
土地や家屋などの固定資産に加え…
銀行預金や株式も布施の対象に
更に、テレフォンカードや切手1枚に至るまで文字どおり、全財産を信者から奪い取っていたのだ
オウム真理教の金への執着
教団ビデオには更なる実態が映し出されていた
これは、教団内で開発・販売していた健康グッズ
なんと、教祖自ら実演
その効果的な使用法を解説していた
麻原:床に足を伸ばして座り両足を、本体と片側の2本のロープの間に入れる。
本体と2本のロープの間にひざを入れる。
ひざとひざの間をやや広くする。
更にビデオの中でかぶっている装置
麻原が広告塔となって資産増大を狙ったものだ
こちらは、オウムのトレードマークともなっていましたヘッドギアでPSIと呼ばれるものです。
ちょっと中を見てみますとご覧のようにたくさんの電極が付いています。
教祖・麻原の脳波と同調出来るという事で1か月間の貸し出しで100万円となっていました。
ある信者によりますとこちらのヘッドギアで教団は、20億円もの資金を集めたといいます。
その一方小さな売り上げも見逃さない
この映像はオウムが経営していた飲食チェーンうまかろう安かろう亭
信者たちを無報酬で働かせていた
驚くのは、メニュー
当時、教団が唱えていたハルマゲドンに引っかけたのか丼に春巻きをのせたハルマゲ丼なるメニューまで出されていたという
更に、これは教団が行っていたイニシエーションの料金表
実は、これ麻原のつかった風呂の残り湯
それがなんと、1リットル10万円で売られていたのだ
更には血のイニシエーションという麻原の血を飲む儀式がなんと100万円
こうして吸い上げた金は一体、どのくらいになるのか?
教団を知り尽くしたオウム真理教元最高幹部上祐史浩氏が当時の教団資産について口を開いた
しかし、教団の暴走はこれで終わりではない
オウム真理教の資金源最大の闇
その核心を知る元オウム信者の独占インタビューに成功
なんと、LSDと思われる違法薬物製造の実験台にされたというのだ
今回、実名、顔出しで我々の取材に応じてくれた
宗形さんは1988年、二十歳の時にオウム真理教に入信
その後、わずか4か月で出家を決めたという
16歳で父を亡くし心にポッカリ開いた穴
それを、信者たちとのコミュニケーションが埋めてくれる気がしたのだという
しかし、入信6年目宗形さんが受けたのは秘密の修行
それは、衝撃的なものだった
何をするんですか?イニシエーション開発のための秘密のワークです。
その場所で、宗形さんは薬物の入った点滴を受ける
あなたは、尊師の事をどう思われたのですか?
朦朧となった意識の中さまざまな質問をされたという
これが、数か月も続いた
死んじゃったんですね、人が。
その時に、それもあとから知って。
という事は…。
更に、翌年、宗形さんはより恐ろしい修行を受ける
元信者・宗形さんが受けたオウム禁断の儀式
それは、キリストのイニシエーションと呼ばれる特別な儀式。
1回100万円もするものだった
ではイニシエーションを始めます。
これは、尊師のエネルギーを注入した飲み物です。
尊師が…。
すぐに飲んでください。
一同:はい。
この液体の中に教団が開発した違法薬物が入っていたのだ
宗形さん:それで、何これ?って思って、ビックリして。
更に、このキリストのイニシエーションとセットで行われる修行がある
48度の熱湯に15分つかる事を強制されるのだ
体のエネルギーを高めるためとしていたが…
実は薬物を抜くためだったとも考えられている
元最高幹部、上祐氏もこのイニシエーションを過去に2回受けた事があるという
この偽物の神秘体験をした信者は教団への信仰をいっそう深め布施を増やしていく
そんな、からくりがあったというのだ
なぜ教団は、そこまでして金集めに走ったのか?
教団を知り尽くした上祐氏はその鍵となる男の名を挙げた
村井秀夫氏。
大阪大学大学院で物理学を研究
その経歴を買われ教団の科学技術部門のトップとなる
サリン事件を先導した人物だ
これは後に押収された武器の映像
海外から密輸したと思われるバズーカ砲など70点以上
しかし、村井氏は武装化のためより破壊力のある兵器の開発を考えていた
失礼いたします。
その計画のために毎日のように麻原のもとに通っていたという
尊師、お話があります。
麻原:どうした?実は、レールガンという、非常に強力な兵器があるんですが。
音速のスピードが出る幻の兵器として多くのSF映画にも登場する
2016年、米軍が世界で初めて実用化に動きだす
その実際の映像だ
ミサイルを、はるかに上回るマッハのスピードで200km先の標的を撃ち落とす事が出来る
当時は、SFの世界の幻の兵器だったレールガン
村井氏は、教団武装化のためこのレールガンの開発を本気で進めていた
マッハのスピードが出るはずです。
いいですね。
では、試してみてください。
しかし簡単に作れるはずもなく…
あれ?村井:どうして出来ないんだ!尊師が必要だとおっしゃってるんだ!一同:はい!
更に、村井氏は教団に集まった巨額の金を教団武装化の資金にして恐るべき計画を推し進めていた
君たちには、これから科学のワークをやってもらいたい。
教団の防衛のために化学兵器を作ってもらいます。
一同:はい。
その時、集められたのは教団内の科学部門のエキスパートたち
第1工程まで進んだので次へ移りましょう。
はい。
村井氏の指示のもと炭疽菌、青酸ガス、VXガスそして、サリン
多くの生物化学兵器が製造されていく事になる
そして地下鉄サリン事件から2週間後教団の関与が取り沙汰される中外国人記者クラブでの村井氏の発言が大きな波紋を呼んだ
なぜ、いち宗教団体がこのような大金を手に入れる事が出来たのか?
世界中から疑惑の目が集まったのだ
地下鉄サリン事件からおよそ1か月
捜査の一挙一動に日本はおろか世界が注目していた
その取材のため東京・南青山のオウム真理教総本部前に多くの報道陣が集まっていた
世紀の瞬間を目撃したのはテレビ朝日のカメラマンとして現場に詰めていた贄田英雄
贄田は、現場に不審な動きをする男がいた事を今も鮮明に覚えている
これが、その男の映像
当日、午前中から現場で何かを待ち構えていたという
東京総本部前にオウムの幹部が戻ってきた
村井氏である
報道陣に囲まれ手前の地下通路から本部へ入ろうとする
しかし、なぜか扉には鍵がかかっていた
別の入り口から建物に入りろうとする
その時だった
待ち構えていた男が、村井氏に持っていた包丁を突き立てたのだ
カメラマン・贄田が捉えた映像
それは血に染まった凶器の包丁
村井氏は直ちに病院に搬送されたが深さ13cmに及ぶ傷が致命傷となり6時間後に出血多量で死亡した
逮捕されたのは自称・右翼団体に所属する男
一体なんのために、そこまでの殺意で犯行に及んだのか
当初義憤に駆られてやったと供述
しかし、裁判では一転暴力団の男に指示されたと主張
ところが名指しされた暴力団員はまるで関係がないと真っ向から否定
裁判で無罪となる
実行犯の男は懲役12年の実刑
出所後、義憤に駆られて単独でやったとしたのだ
二転三転する事件の背景
村井氏殺害、実行犯の裁判
その判決の中で裁判長が口にしたのは異例ともいうべき言葉
村井氏刺殺の背景には裁判の中でも明らかにならなかった謎がある
2015/03/29(日) 18:57〜23:35
ABCテレビ1
世紀の瞬間&未解決事件 4時間半スペシャル[字]
世界と日本の重大事件!その裏にあったスクープ!
▽ダッカハイジャック…134時間の全記録!
▽国松長官狙撃事件に続報!…「真犯人」獄中告白!「決定的証拠」入手!
詳細情報
◇番組内容
【国松警察庁長官狙撃事件に続報!】
2010年、未解決のまま時効を迎えたこの事件。獄中で自らが「真犯人」だと告白した男、中村泰。前回の放送に引き続き「中村犯人説」の真相に迫る!
資金源は?逃走や犯行を手伝った共犯者は?銃撃に使った銃は本当に海に捨てたのか?テレビ朝日取材班は6箱に及ぶ証拠品を独自入手!そこに入っていたのはガスマスクをはじめ「決定的な証拠」だった!
◇番組内容2
【ダッカ日航機ハイジャック事件にスクープ!交渉全記録を入手!】
1977年、日航機が日本赤軍5名によりハイジャックされた。85名の日本人が人質に。犯人グループの要求は身代金600万ドル(当時の16億円相当)と、凶悪犯9名の釈放。134時間に及んだハイジャック。その時、機内は?その時、政府は?その時、管制塔は?事件に関わった人物を直撃取材!犯人グループとの生々しいやりとり134時間の全記録を緊急入手
◇出演者
【MC】石原良純
【ゲスト】後藤謙次、平沢勝栄、大澤孝征、石井一、八塩圭子、松尾依里佳
◇おしらせ
☆番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/seikinoshunkan/
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
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