社会
時代の正体〈79〉 ヘイトスピーチ考〈下〉 吹きすさぶ排斥感情【記者の視点】=報道部デスク・石橋学
多摩川河川敷で中学1年生の男子生徒が殺害された事件を引き合いに外国人排斥が叫ばれたヘイトスピーチ・デモ。終了後、私は主催者である50代の男性の背中を追った。確かめたいことがあった。「きょうのデモは何が目的だったのですか」。男性は、こちらの姿を見定めるや声を荒らげた。「付いて来るなって、この朝鮮人記者が」
デモを批判した記事が気に障ったのか、顔を合わせるたび「捏造(ねつぞう)記者」などとののしられてきた。この日も男性はデモの目的を尋ねる私に「おまえみたいなカスがいなくなるためだ」と語気を強めた。
なおも「主張したいことを分かりやすく説明してもらえますか」と問うと、人通りに届かせるように声を張り上げた。
「これが反日朝鮮人のやり口だよ。ブロックしたり、おどかしたり、ストーキングしたり、ああ、これだから朝鮮人は嫌だ」
「在日朝鮮人」という決めつけ、対話を遮断する振る舞いにとりつく島がなかった。
■弱 さ
「在日!全国で日本人狩り」「まず外国人犯罪を取り締まれ」の文字もプラカードに揺れたデモの列を目で追い、県立高校教諭の笹尾裕一さんは息をのむ思いだった。
「子どもたちに聞かせたくないと思った。外国人なら傷つくし、日本人であっても、外国人は差別されてもよい存在なのだと思いかねない」
ここ川崎市川崎区が地元。差別デモがあると知り、居ても立ってもいられなかった。
戦時中は軍需工場、戦後は高度成長を支えた工都に在日コリアンは数多く集まった。市内の高校で教え、出自を隠さねばならない在日の子どもたちが直面する差別を知った。繁華街で働くニューカマーも次第に増え、日本語ができないその子どもに勉強を教えるボランティアに携わるようになった。
出会ってきた一人一人の顔を思い浮かべ、デモが攻撃しているのは他者への敬意、つまり互いの民族性や文化を尊重するという地域での積み重ねでもあると感じた。
一方、嫌悪だけではない感情も湧いていた。
既視感があった。
「初めて目にする人たちという感じはしなかった。ひょっとしてデモ隊の中に教え子がいるかもしれない、と」
過激で強い言葉を発する人ほど、弱い。強い言葉は弱さを覆い隠すための見せかけにすぎない。
「他者を虐げることで自分より下に位置付けられる存在をつくり、いまの立場から浮かび上がろうと必死にもがいている。そういう子どもたちをたくさん見てきた。デモの参加者も同じように弱い存在なのだろうと思った」
もちろん、だからといって差別をしていいという理由にはならない。
「デモでは殺人事件を引き合いに出していたが、事件には必ず背景がある。それを無視して容疑者の少年の母親が外国人だということに原因を求め、非難している。そうすることで自分たちとは違う存在だと確認したいからだ。そうであるなら、日本人であるというだけで自分を正当化できる。依(よ)って立つところがもはや日本人であるというところにしかなく、しがみつくしかないのだろうが」
■情 念
デモの喧噪(けんそう)が去ったJR川崎駅前から多摩川に沿って歩く。木造住宅や低層のアパートが軒を重ね、昭和の面影をとどめる街並みが広がる。
容疑者の少年が家族と暮らした一軒家は大通りから1本奥へ入ったところにあった。
ブロック塀に赤い文字で落書きがしてあった。
〈フィリピンに帰りたい〉
母親の出身国を指し、揶揄(やゆ)しているようだった。
落書きに向けてカメラを構えていると、自転車にまたがった老人が話し掛けてきた。
「母親だけじゃない。父方のばあさんは朝鮮人なんだ。ろくなもんじゃない。でなきゃ、事件後もここに住み続けられるはずがない」
なぜ祖母の出自を口にしたのかと聞くと男性は「(容疑者の少年は)それだけ血筋が悪く、残虐性があるということだ」と答えた。
85歳。鉄工所に勤めた。職場には在日朝鮮人が多くいた。「腹黒くてな。さんざだまされた。どうだまされたかは言えないけどな」。けんかをして睾丸(こうがん)を片方つぶされた、とも言った。「もっとも俺もやり返したけどな」
そもそもなぜ少年の家庭のことに詳しいのか。「週刊誌に出ていただろ。少年の父親が取材に『うちのばあさんは韓国人だ』と答えていたぞ」
数時間前、数キロ先で行われたデモの光景が重なった。「朝鮮人」と「犯罪者」を隔てる境界線のあまりの低さ。路地裏、それも軒先で発せられた「朝鮮人はろくなもんじゃない」と街中に揺れたプラカードの「在日!全国で日本人狩り」の叫び。「よく住み続けていられるな」は「朝鮮人をたたき出せ」に通じている。
18歳の少年が中学1年生を殺害するという事件をきっかけに古井戸の奥底から噴き出したような差別意識。それを裏打ちする暗い情念を地域で抱えてきた男性は薄い笑いをつくった。「普段は何でもないような顔をして接していても、腹の中じゃあよく思っていないのさ」
後日再訪し、インターホンを鳴らすと少年の父親は短く答えた。
「うちのばあさんは朝鮮人じゃない。日本人だ」
■排 他
ヘイトスピーチを行う集団は突如姿を現したわけでも、排斥の叫びはデモが行われる街中だけに響いているわけではない。
重なる光景は人々の善意からものぞいていた。
事件から1カ月余たった日曜日の午後、男子生徒の遺体発見現場の河川敷に人の姿は絶えなかった。一人、また一人と花束を手向け、線香をたき、手を合わせていく。
花畑のようになった花束の小山に添えられた手紙に目が留まった。
〈主犯の男(もう、とっくに名前もわかってるんだけどね)に極刑が下れば文字通り地獄行き。もし仮にそれを免れたとしても、奴(やつ)ら3人にこの先、まともな人生、幸福な一生は絶対あり得ない(中略)更生だの社会復帰だの、絶対にそんなこと許してはいけない〉
〈犯人、許さない あってはならないことだった。犯人たちは絶対許されない。死刑でも足りない。同じ目にあって殺されるべきです。何をいっても虚(むな)しいけれど、あなたの死は社会が生かしていく〉
〈殺されてからでは間に合わないということだ 加害者は未然に拘束しなければ防げない〉
少年の名前と住所が記され、顔写真まで印刷された1枚にはこうつづられていた。
〈みんなで殺(や)れば怖くない!! 8年後にこいつが娑婆(しゃば)に出てくるという。みんなでなぶり殺しにしよう〉
憎悪を超え、恐慌にも似た叫びが河川敷にいま、ごうごうと吹きすさぶ。
【神奈川新聞】