2010年6月 3日
文法項目の習得順序
ボツワナ英語の記事に関連して「ともちゃん」から
過去完了形と過去分詞を教える場合
1.過去完了形を先に教える方が、生徒の理解が早い。
2.過去分詞を先に教える方が、生徒の習得が早い。
3.上記どちらの方法でもなく、文法の教え方を根本的に見直すべき
といったことで、果たして、現在の○年生にはこれを教えるといった順序、そのやり方が学習の阻害にならないか、こういったことは、既に分析済みで何か学問として体系化してはいないのか」を聞きたいというご要望がありました。
これを見てぱっと思い出したのが、だいぶ前に出たNewsweekで、その週のタイトルは、「英会話の科学:最新研究が明かす英語学習のウソとホント」でした。2003年5月21日号です。
特に印象に残ったのが、ハワイ大学マノア校のマイケル・ロングという人のコメントで、結論は、「言葉は自分が行いたいタスクと関連づけて学ぶべきだ」「ほかの教科のように学問の対象として学ぶと、教室の外の現実社会でうまく使えない」というもの。ただ、個人的にはこのコメントの前段部分に引かれました。いわく
多くの学校で行われているような「今日は水曜日だから過去分詞」というカリキュラムに、ほとんどの人は脳が対応できないという。「人は自分の内部に組み込まれた順番に沿って学ぶものだ」とロングは言う。「どんなカリキュラムを押しつけても、この順番を変えることはできない」
そうか、予め人には内在的な授業計画(シラバス)とでも言うべきものがあるのかと、妙にあとを引きました。そういった下地があったものですから、やっぱりそうかと感じたのが、Keith Johnson の An Introduction to Foreign Language Learning and Teaching で紹介されていた、R. Brown と言う人の研究。三人の子供たちがどういう順番で単語の変化形をおぼえていくのかを追ったところ、共通して一定の順序で習得していることがわかり、どうやら内部化された学習プログラムがあるようだという結論でした。
もう少し詳しく調べると、英語を母語とする子供たちが文法項目をどういう順序で覚えて行くのかを一定期間観察して、Brown は、以下のような順序があることが認められるとしています。(ちなみに、これは別の研究でも跡づけられています。de Villers, J.G., & de Villers, P.A. (1973). “A cross-sectional study of the acquisition of grammatical morphemes in child speech.” Journal of Psycholinguistic Research, 2, 267-278.)
現在進行形を表す -ing 形
↓
複数形を表す -s
↓
不規則動詞の過去形
↓
所有格を示す -'s
↓
Be動詞(本動詞としての)
↓
冠詞
↓
三人称単数現在形の -s
↓
Be動詞(助動詞としての)
出所:Brown, H. D. (2000). Principles of Language Learning and Teaching 4th Edition. New York: Addison Wesley Longman Inc.
これに触発されて、Dulay と Bart は共同研究を通じて、どうやら学習者には以下のような学習の順番が組み込まれているようだと発表しています。(彼らの関心は、Brown と異なり、英語を第二言語として習得している子供たちで、最初の研究報告では、スペイン語を母語とする子供300人を対象とし、2度目の報告では、母語がスペイン語と中国語である子供250を対象としています。 Dulay, H., & Burt, M. (1973). “Should we teach children syntax?” Language learning, 23 (2), 245-258; Dulay, H., & Burt, M. (1974). “A new perspective on the creative construction process in child second language acquisition”. Language learning, 24 (2), 253-278.)
複数形を表す -s
↓
現在進行形を表す -ing
↓
Be動詞(本動詞としての)
↓
Be動詞(助動詞としての)
↓
冠詞
↓
不規則動詞の過去形
↓
規則動詞の過去形を表す -ed
↓
三人称単数現在形の -s
↓
所有格を表す -'s
以上の例はいずれも子供が対象ですが、おとなの場合でも同様の学習順序が認められると報告されています。(Larsen-Freeman, D. (1976). “An explanation of the morpheme acquisition order of second language learners.” Language learning: A journal of applied linguistics,
26 (1), 125-134.)
また、Makino という研究者は、日本人中学生 777名を対象に穴埋め問題を使って、こうした文法項目の学習順序を調べ、結論として Bart & Dulay の順序は概ね確認できるとしています。Source: Makiono, Takayoshi (1979). "English Morpheme Acquisition Order of Japanese Secondary School Students." JACET bulletin (10), 21-46.
一方、臼井恭弘『外国語学習の科学』(岩波新書)は、日本人の場合、所有格の -'s を会得してから複数の -s という順序をたどるし、また、冠詞の習得順序も遅いとした上で、「欧米で出されている第二言語の教科書をみると、いまでも文法項目の普遍的な習得順序を強調したものが多いのですが、実際はかなり母語の転移によって左右されることを知っておくべきでしょう」としています。(巻末の参考文献を見ると、ひとりの日本人少女の英語習得プロセスを研究して複数形や冠詞の習得に時間がかかることを指摘した Hakuta 論文には触れていますが、700名以上の中学生を対象としている Makino 論文への言及がなく、どうなんだろうと、ご本人に見解を確かめたくもなります)
いずれにしろ、最初の「ともちゃん」の質問に戻って言えば、この種の文法項目の習得順序の研究においては、簡素化するために、形態素(三単現の s、過去形の ed、現在進行形の ing、過去分詞の en、複数形の s、所有格の s、比較級の er、最上級の est)に焦点が合わせられており、過去完了と過去分詞とどちらが習得しにくいかといった視点からの研究が不足しているものの、ひとまず一定範囲の文法項目に絞って言うと、どうやら一定の習得順序があると言えそうです。
そうは言っても、このように習得上「自然の順序」があるとして、その順序にしたがって教えた方がいいのかについては、まだ定説がないようです。したがって、わが国の学習指導要領を見ても、もともとが大綱を定めるにとどまり、詳細を教科書会社や現場の教員に委ねるという姿勢を取っていることもあり、何をどういう順番で教えた方がいいといったことにまでは踏み込んでいません。
そうは言っても、各種研究を通じて、日本人の場合、どうやら英語学習者にとり「普遍的な難所」である三単現の -s に加え、日本語特有の事情から来る複数形や冠詞の習得に手間取るのは間違いないようですから、その分、教える方も、順番をあとまわしにするとか、問題意識を持ってもらうための練習問題を工夫するといったことを考えても良さそうなものです。
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色々と教えていただき本当にありがとうございました。早速、ニューズウィーク読んでみます。
>>わが国の学習指導要領を見ても、もともとが大綱を定めるにとどまり、詳細を教科書会社や現場の教員に委ねるという姿勢を取っていることもあり、何をどういう順番で教えた方がいいといったことにまでは踏み込んでいません。
そうなりますと、現場の人間の力量がものをいうということで、「英語教員の英語力」や、http://club.japantimes.co.jp/blog/fukushima/index.php?itemid=938&catid=15 に書かれていることを合わせて考えると、先生への高望みではなく、むしろ各種研究の成果を合わせて 「教師(英検2級保有者程度)の手引き書」等の補足があるほうがよい気がしますね。
とはいえ、「I think...は控えめに」で、口語について取り上げたにも関わらず、「論文の英語」で盛り上がっているところを見ると、なかなかそういったことは、研究者に取り上げてもらえない気もします。
[返信]
もちろん、おっしゃるとおり現場の人間の力も大事ですが、やはり国自体が英語について見識をしっかり持って欲しいところです。一両日中にとりあげますが、英語で「話す」ということについての見解からしてピントが外れているように思え、不安です。
- ともちゃん
- 2010年6月 4日 18:51
白井先生が昨年の論文でMakino論文等も踏まえ、やはり母語の影響が強いことを示されています。ご存知かもしれませんがご参考までに。Hakuta論文は形態素習得順序の普遍性に対する反例として有名なので取り上げられているだけではないかと思います。
Luk, Z. P., & Shirai, Y. (2009). Is the acquisition order of grammatical morphemes impervious to L1 knowledge? Evidence from the acquisition of plural -s, articles, and possessive 's. Language Learning, 59(4).721 - 754
http://www3.interscience.wiley.com/journal/123189821/abstract?CRETRY=1&SRETRY=0
[返信]
それは知りませんでした。ありがとうございます。それにしても、SLAを専門とされている方(おそらく)が読んでくださっているとは光栄です。
- mrkm_a
- 2010年6月 3日 09:32
>>一両日中にとりあげます
楽しみにしています。
>>ピントが外れている
その政府指針の英語のできる日本人という定義がおかしいと言うことでしょうか?
[返信]
「ピントが外れている」というのは、文科省がイメージする、英語で「話す」ことの内容ないし定義がコミュニカティブ英語で言う「話す」と内容的にずれていることを指しています。