2014年4月 3日
(続)なぜコロケーションは重要なのか
英語の勉強をする人たちは,普通、文法、そして単語に力を入れますが、単語を覚えるに当たり、単語帳形式で言葉をばらばらに覚える傾向があります。しかし、take と decision をそれぞれ覚えることより、take a decision という固まりを単位として覚えた方が、つまりコロケーション即ち定型的な組合せの中で単語を覚えて行った方が効率がいいというものでしょう。そもそも、言葉を使う場合、一般に、ある単語を単体で使うことは少なく、もっぱら他の言葉と組み合わせて使うわけで、しかも、組み合わせのしかた自体、決まっていることが多いからです。実際、専門家の中には英語が使われる場合、およそ7割以上がこういう組み合わせではないかと見ている人がいるくらいです。
例えば、日本語でも殺人は「犯す」もので、任務は「遂行する」と決まっているわけで、英語でも commit a murder、perform a task と組み合わせが決まっており、commit も perform も本質的な語義は carry out なのに互換性がありません。これは動詞+名詞の組み合わせの例ですが、形容詞+名詞でも同じで、monumental ignorance (途方もない無知)とは言うのに、「測り知れない才能」を言うのに、monumental brilliance と言ったりはしません。これを言うなら、dazzling brilliance (まばゆいばかりの才能=すばらしい才能)になります。そうかと思うと、強めるための sheer は、ignorance, brilliance のいずれにも使えるからやっかいです。
★ コロケーションはすらすら話せるための条件
こういったコロケーションとか連語の学習者にとっての効用は、頻出するコロケーションの会得が、ネイティブ並みのスピーディーなコミュニケーション、つまりつっかえたり、言い淀んだりせずに、すらすらと話せるようになるための早道であることにあります。
このことにつき、LTP Dictionary of Selected Collocations の編者である James Hill は
Teaching Collocations という Michael Lewis がまとめている論文集の中で、こう説明しています。
Collocation allows us to think more quickly and communicate more efficiently. Native speakers can only speak at the speed they do because they are calling on a vast repertoire of ready-made language, immediately available from their mental lexicons. Similarly, they can listen at the speed of speech and read quickly because they are constantly recognising multi-word units rather than processing everything word-by-word. One of the main reasons the learner finds listening or reading difficult is not because of the density of new words, but the density of unrecognised collocations. コロケーションのおかげでわれわれは思考のスピードを上げ、より効果的なコミュニケーションをおこなえる。ネイティブもすぐ使える言い回しの膨大なコレクションが脳内の辞書にあり、それをすぐ引き出せるからこそあのようなスピードで話せるのだ。同様に、普通に話している人のスピードに付いて行くことができ、素早くものを読めるのも、間断なく、複数の単語から成っている固まりをそれと認識できるからだ。個々の単語をひとつずつ処理しているわけではない。学習者がリスニングやリーディングで苦労する大きな理由の一つも、新語の多さよりも、むしろ知らないコロケーションの多さに帰する。
これは Hill だけが言っていることではなく、 Pawley と Syder という、この方面でよく引用される研究者たちも、ネイティブがネイティブらしく話すというのも、記憶の中にこうしたコロケーションがたくさん用意されているからであり、当初はコロケーションを構成する個々の単語がばらばらに記憶されるかも知れないけれど、その後は、一つの固まりとして何度も記憶されるのではないかと説明しています。
フランス語学習者がフランス語圏での滞在経験でどう変わるかを研究した調査でも、こうした推理は裏づけられています(Towell, R., Hawkins, R., & Bazergui, N. (1996). The development of fluency in advanced learners of French. Applied Linguistics, 17 (1), 84-119)。この研究によると、Before and After で何が大きく違ったか、つまり、すらすらと話せるようになった要因としては、使えるひとつながりの固まりが大きくなったからだとしているのです。
Ellis という研究者は Language knowledge is collocational knowledge.(言葉を知るというのは、コロケーションを知ることだ)とまで言っているぐらいで、ともかく、コロケーションの学習がボキャブラリー習得の核心部分だと言って差し支えないと思います。
★ コロケーションを重視しない学習指導要領
ところで、これほど大事なコロケーション、学校英語ではどうなっているのかなと、学習指導要領をのぞいてみたところ、驚くべきことに、大して関心を示していません。例えば、平成20年版中学校学習指導要領を見ると、
(3) 言語材料
(1)の言語活動は,以下に示す言語材料の中から,1の目標を達成するのにふさわしいものを適宜用いて行わせる
で始まり、そのあと、
ア 音声、イ 文字および符号、
と来て、
ウ 語,連語及び慣用表現
となっています。ここで言う「連語」がコロケーションのことですが、連語を含めて取り上げるべき内容がこう列挙されています。
(ア) 1,200語程度の語
(イ) in front of,a lot of,get up,look forなどの連語
(ウ) excuse me,I see,I'm sorry,thank you,you're welcome,for exampleなどの慣用表現
ご覧のとおり、コロケーションへの言及は「in front of,a lot of,get up,look forなどの連語」と、たったこれだけで、拍子抜けします。
ちなみに英訳があったので、見ると、こうです。
C. Words, collocations and common expressions
(a) Approximately 1,200 words
(b) Collocations such as "in front of," "a lot of," "get up," "look for," etc.
(c) Common expressions such as "excuse me," "I see," "I'm sorry," "thank you," "you're welcome," "for example," etc.
コロケーションに対する扱いを見ると、要するにコロケーションを格別重視する姿勢ではありません。単語や慣用表現と同列におき、しかも、例示するだけにとどまっています。自分だったら、何をもってコロケーションないし連語といい、学習する上での効用は何かを説明してから、頻繁に使われるものを必須表現として列挙することでしょう。
★ 教科書でのコロケーションの扱い
学習指導要領自体、コロケーションを格別重視していませんから、教科書の方も当然、おざなりです。
これは実証研究でも裏づけられており、Taeko Koya "A Comparison of Verb-Noun Collocations Collected from Revised High School English Textbooks in Japan(早稲田大学大学院教育学研究科紀要別冊11号-2 2004年3月)という論文によると、6種類の高校英語の教科書につき、take a decision といった動詞+名詞の組み合わせをどう取り上げているかを調べたところ、(1)どういったコロケーションを取り上げ、教えるべきかにつきコンセンサスがないため、教科書によって何を、どう取り上げるかが違っている。(2)ネイティブが頻繁に用いるコロケーションは何かという問題意識がうかがわれない。(3)取り上げているにしても、学習効果を考えて重要なものを繰り返し登場させるといった配慮が見られないとのことです。
中学校での英語教育の目的は「英語を通じて,言語や文化に対する理解を深め,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,聞くこと,話すこと,読むこと,書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う」ことにあるとされていますが、コロケーションを軽視しているようでは、とてもコミュニケーション能力の基礎を養えません。
以前、取り上げたことがありますが、高校英語の教科書は学習語彙の取扱いという点でも問題を抱えています。すなわち、Spectrum(桐原書店)、Milestone(啓林館)、 Unicorn (文英堂)という三つの高校英語教科書を比較した Charles Browne の論文 "Japanese HIgh School Textbooks: Help or Hindrance?" によると、低頻出の難語がなんとテキストの58%も占めており、使う可能性の低い単語までも知っておけという態度です。
語彙水準が偏っていることは、基本2,000単語だけでどこまでこれらの教科書の単語がカバーされているかを見てもわかります。ネイティブの書いたテキストでは、通常 85% がこの種の単語で占められているのに、上記3種の高校英語教科書は、以下のような割合になっています。英語としてきわめて特異なテキストから成っていると言わざるを得ません。(出典は明治学院大学のCharles Browne 先生が2008年に発表されている"Optimizing EFL Vocabulary Learning with IRT and Online Technology" )
Spectrum 71%
Milestone 78%
Unicorne 79%
Browne 先生は、高校英語の教科書が基本単語を軽視していることを指して、こう要約しています。
Many, many words from 1000‐2000 are never taught... 頻出1,000から2,000の単語のうち、とうとう教わらずじまいという単語が実に多数にのぼっている。
(この結果、大学生66人に基本2000単語のテストをしたところ、合格点である80%以上を取れたのがたったの5人ということにもなり(Browne, C. (1996). Japanese EFL textbooks: How readable are they? WorkingPapers in Applied Linguistics, Temple University Japan, 8 , 28-41)、また、サンプル数1万を超える調査でも、3,000単語超というかなりの語彙力を備えている学生でありながら、もっとも重要な頻出最上位 2,000単語中400以上の単語の知識を欠いている例がしばしばだと報告されています)
しかもこの問題は高校英語の教科書だけの問題ではなく、東京外国語大学の投野先生のグループが2008年の5月に発表しているこ「アジア各国と日本の英語教科書比較」では、わが国の小中高の英語教科書が「他国の教科書に比べて基本語グループの割合が低い」と指摘されています。
学習語彙の何たるかがわかっておらず、コロケーションの重要性もわかっていない人々が作る教科書で英語ができるようになると期待する方がおかしいわけで、こういった分野も事業仕分けの対象にしてほしいものです。
★ コロケーションを勉強するために
学習語彙の扱い、なかんずくコロケーションの扱いを見ると、わが国の学校英語や出版物には期待できそうもありません。ここは自学自習ということになりますが、お勧めは以下のテキストです。
English Collocations in Use (Cambridge University Press)
好評だったのか、欲が出たのか、その後、
English Collocations in Use Intermediate
English Collocations in Use : Advanced
の二冊が出ています。ま、Michael McCarthy先生の著作ですから、間違いはないことでしょう。
この他、こういうのもあります。
Key Words for Fluency
Check Your Vocabulary for Natural English Collocations: All You Need to Improve Your Vocabulary
いずれにしろ、同じ本を何冊か買って,間違えなくなるまで練習することです。水泳やテニスと同じで、読んで、フムフムと納得している程度では、まず使いものになりませんし、時間の無駄に終わってしまいます。
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Comments
以前、「東西抄」を紹介いただきありがとうございました。「スープを食う話」のところはとても面白かったです。このエッセイを読みながら、以前読んだ本の中に、よく「soupには、drinkではなくeatとなる」と紹介されていたことを思い出しました。この本が出典なのかもしれないと思ったのですが、それよりもこの文章の中で一番落としてはならないことは、一番最後に書いてあることと思います。私なりの解釈をするとすれば、他民族(他者)への配慮なくしては、何事も成り立たないということでしょうか?
[返信]
『東西抄』、個人的には「二つの世界観」の章が一番印象に残りました。その後、鈴木秀夫の「森林の思考・砂漠の思考」を読み返し、やっぱりねとの思いを深めました。
- ともちゃん
- 2010年5月17日 21:47
教員は英語が出来るからコロケーションの重要性も知っているしコロケーションを重視した授業や試験をすることも出来るでしょう。こういった「工夫」ははやり指導要領外なのでしょうか?
私は英語ではなく数学を、私学の大学で教えていますが(理学部出身でCPEに合格できたのもこういう身の上だからです)、私学の学生が相手となると、定理の証明を追って理解することが大事だと学生に言って、板書で定理の証明をやれば、授業アンケートで袋叩きにされるのが現実です。同じように私学でコロケーション重視の授業をしても授業アンケートで袋叩きにされるということもあり得るのでしょうか?
[返信]
たしかにコロケーションをやっても、受験英語の邪魔になれば学生側から批判されてもおかしくないと言えそうです。
ただ、その前に、「教員は英語が出来るからコロケーションの重要性も知っているしコロケーションを重視した授業や試験をすることも出来るでしょう」とある点、果たして「英語は教員が出来る」のだろうか、「コロケーションの重要性がわかっているのだろうか」と、二つの疑問が湧きましたので、ブログネタにさせていただきます。ありがとうございます。
なお、ひょんなところで「CPE仲間」に会えて、うれしく思います。これを縁にどうぞよろしくお願いします。
- t.a.
- 2010年5月16日 23:27
上に投稿したものです。
日向さんからいただいた返信を読んだら、ふと、「ひょっとして、日本の腹切りなんかperform suicideって表現されるのでは・・・」と思い、googleしてみました。ありました。133件。
だから、日本人がこの言い方をすると、「おー、ゼン表現だー。」なんて誤解するアメリカ人もいるかもしれませんね。なんでも、「ゼン」で済ましてしまう人が多いので。
[返信]
「ゼン」で何かわかってしまう気になったり、人を煙にまいたりする傾向っていつ始まったんでしょうね。本のタイトルに Zen and...の多いこと。
ちなみに、Oxford Collocations Dictionary で引けば、suicideと組合わさる動詞は、commit, attempt, contemplate とわかりますが、この辞典、けっこう電子辞書に入っているのに、みなさん、言われるまでそのことに気づかずだったりします。このことから、いかにコロケーションが人の意識にのぼらないかがよくわかります。
- Yumi
- 2010年5月14日 03:37
和英辞典を逐語的に引けば「英作文」が出来るとウソを教え続けている学校英語は犯罪的だとさえ思います。これじゃあ生徒が「abandon=諦める」式の暗記から抜け出そうとも思わないですよね。私は今でも単語カードを作っていますが、一番大きなサイズのを見つけて、例文・例句と併せて記入しています。
逐語主義と学校文法的に正しければ良いという発想がセットになって、「普通はどう表現するのか」というところから大きく逸脱していると思います。
また、標準的な英和辞典でも、例句が貧弱なような気がします。先日のアップル株のエントリーにもあったように、質も悪いようですし。先生ご紹介のコロケーションの本、チェックしてみます。
[返信]
結局、教える方も英語がどういうものかをしっかり把握しないまま、独自の英語観に立って教えるのがいけないのだと感じています。
それにしても工夫をこらした単語カードというのはすごいですね。頭が下がります。
ちなみに英和辞典の中では、『ロングマン英和』がまともです。
- 元ハノイ市民
- 2010年5月13日 22:47
本当にそうですね。そのような方法で英語を学んでいれば、どれだけ時間が節約できただろう、と思います。
今でも、日本の学校の英語教育が私の時代(大昔)とさほど変わっていないのだとしたら、それは教えている側の人たちの中に、本当の意味で、英語習得で苦労した人が少ないからなんでしょうね。
たとえば、perform suicideって言ったとしても、とりあえず相手は意図はくんでくれるでしょうから、会話はそれなりに続いて、本人は問題に気づきもしない。あるいは、その程度で充分だと思っているとか。
あ、自分の英語の未熟さを棚に上げてだらだらと書いてしまいました。English Collocations in Use : Advancedに興味がありますが、結構高いので、本屋で中身をチェックしてみるつもりです。
[返信]
perform suicide はもっともらしくて、一瞬、何かそういうフォーマルな言い方があるのかと錯覚してしまいました。そのあたりがこわいですね。通じてしまうのが。コロケーションは。
- Yumi
- 2010年5月13日 14:49
コロケーションが重要なのは、単に単語を覚えるのではなく、単語の使い方やつながりを学んで、ライティングやスピーキングで自在に使いこなせるようになるのに必要だからです。アクラリーズという英語学校の学長をされている植田一三氏は、日本人の英語学習者の問題点のひとつとして、コロケーションに対する認識不足を、数多くの著書の中で指摘しています。植田氏は、コロケーションの問題は、多くの学習者が、高校や大学受験対策のように、でる単やでる熟による詰め込み式学習に依存している所に原因があると述べています。その中でも印象的なのが、英検1級の語彙対策で、「過去問を解き、間違った箇所の単語を英和や和英辞典で引いて意味を覚える」やり方を「最も効率の悪いボキャビル」と主張しています。問題を解決する方法のひとつとして、英英辞典の活用を取り上げています。ロングマンやコウビルドは単語の意味が英語で書かれている上に、例文もきちんと載っているので、コロケーションを知る上では非常に効果があります。
英語教科書や学習指導要領に携わる人達の多くは、まず英語に対する認識に根本的な問題があります。そのため、英語力を広義的な範囲で定義できず、指導法にいたるまで全ての面で、完全につまずいているのが伺えます。
[返信]
英語に対する認識に根本的な問題があるという点、同感です。そもそも基礎文法に加えて何単語覚えるとどの水準をクリアでき,何が言え、何ができるようになるのかという問題意識がゼロです。つまり英語の姿をきちんと捉えようとしないまま、ことを進めてしまっています。また、コミュニケーションもそうで、コミュニケーションの定義を考えないまま、コミュニケーションには英語だと騒ぐので、どういう英語が必要かまで頭がまわらずに終わっています。