2007年08月17日
りんぐ (バイク夜話)
彼に言わせると、僕は「一般人」とは付き合っていないそうだ。
彼とは、さっきまで電話で長話をしていたバイク屋の友人である。
彼の勤め先は、そこいらじゃ、チョットは名の知れたバイク屋だ。
雑誌にも何度も紹介されているし、HPもある。
レースもやってるし、カスタムスクーターだって展示してる。
OFF車だって売ってるし、エンジンもチューニングしてる。
ツーリングイベントだって盛り沢山な、そりゃあ繁盛するぜってな、バイク屋だ。
少し大きな街には、これに当てはまるバイク屋があるだろうが、
店の規模や技術力が今夜の話題ではない。
そんな店で働く彼が
「お前に、世の中ってのを教えてやる。」
と、僕の所に電話してきたのだ。
彼は酔っていた。 しかし、僕は黙って話を聞くことにした。
ある日、一人の男が「調子が悪い」といって、1台のバイクを持ってきた。
(正確に言うと、ここまで乗ってきた)
聞くと、ずいぶん前から調子が悪いらしい。
エンジンをかけてみると、確かに「カチャカチャ・・・」と音がする。
男は、「前の店では、(費用が)いくら掛っても構わないなら、修理する。」と言われ、
冷たくあしらわれたそうだ。
10年以上前のバイクだし、一部だけが破損しているのではなく、
多くの部品が少しずつ摩耗なり損傷して、この音が出ているとも思える。
前の店の担当者は「中途半端に直して」後でグダグダ言われるくらいなら、
キチンと直して送り出したいという気持ちもあったのだろう。
そう説明し、
「真剣に考えているからこそ、しかめっ面にもなったんで、それが冷たく見えたんじゃないですか?」
彼は、客の気持も考えながら前に見たという店の担当者のフォローも行った。
「いや違うんですよ。」
男は、それから約40分近く前の店の悪口を言いはじめた。
「初めて店に入った瞬間から・・・」 「いい歳して茶髪にしてる従業員は・・・」
「だいたい、あんな店に直す技量があったのか・・・・」 「あとで聞いたら、けっこう評判が・・・」
バイク屋に何年も勤めていると、こーゆー客は少なくない。
前の店の愚痴を聞いてあげるのも、営業の1つだ。
「ふんふん。。。なるほど・・・。 それは御苦労様でした。」
彼は経験豊富な大人のメカニックだ。
僕のように、嫌なことをスグ顔に出すタイプではない。
客の愚痴は、嫌な顔せず、キチンと最後まで聞いたと思う。
「では、修理の件ですが、音を聞いただけじゃ何所が破損しているかが解りません。
分解・点検ともなると、それだけで費用が掛ります。」
「お客様、ご予算はいか程でいらっしゃいますか?」
「できるだけ安く。」
ここからが、彼の苦悩の始まりだ。
「あぁ・・・」
彼は、すぐに判った。
( さっきの話は、これを言うためのプロローグだ・・・・)
「では、ある程度の予算内で済ませる・・・という事で、どのくらいマデなら出すことが出来ますでしょうか?」
『 できるだけ安く 』
( 出たよ。 こっちが聞いてることに、自分の考えてる事しか言わない。)
「では、部品代・修理費込みで、6万円以内でしたら・・・・」
『 高い 』
( おい! 何が壊れてるかも解らないのに! しかも、この範囲内でやろうって提案なのに、
即答かよ!)
「では、どの程度なら可能なのでしょうか?」 彼は再び聞いてみた。
『 5千円くらい 』
( うそだろ~ ) 彼は戸惑いを隠せなかったと思う。
その態度を男は見逃さなかったのだ。
『俺は何も悪くない。 悪くないのに勝手に壊れたんだ。だから、金なんか出したくない。間違ってないだろ?』
『あんた、このメーカーの看板上げてるんだから、俺ら客にとってはメーカーと一緒だよ!』
『メーカーが悪いのに、なんで客の俺らが金払うんだ?』
『でもさ、少しは使い方も悪かったと思うよ。だから、これくらいは出すって言ってるのに、なんだよアンタの態度は!』
男は、連休で賑わう店内で急に大声で文句を言いはじめた。
さも、この店が悪いかのような口ぶりで。 とうぜん、周辺の客から笑みが消えた。。。。
「しかしですね、お客様・・・」
『直せよ!
俺が直してほしいって、言ってるんだ。 直ってから金の話は聞くよ。』
「でも、5千円ってのは・・・」
『直ってから聞くって言ってるでしょ? 何度も同じこと言わせるなよ!』
(あ~あ、へんな客が寄り付いてしまった・・・・ )
その後、男は「帰りの足が無い」とか言って、自宅の近くまで送らせた。
終業後のミーティングにて、
店では「たぶん、ここいらに現れた新手のクレーマーだろう・・・」という事で、対応会議が始まった。
そう、バイク業界ではよく聞かれる事で、
不具合が出た車両を何とか「文句だけでタダで修理しようとする輩」の事を、
狂ったクレーマーという意味で、「クレージー・クレーマー」とも呼ばれている。
そして、そんな奴はたいてい始めの店から情報が回り、周囲の店から総スカンを食らうのだ。
どの業界にも、こんなクレージークレーマーが居て、その担当者とのやり取りが、よくテレビでも話題になっているが、ことバイク業界は話がややこしい。
なぜなら4輪でいうところの「ディーラー」にあたる、「メーカー直営店」が存在しないからだ。
修理・窓口に至っても、すべて「町のバイク屋さん」が行うのが、バイク業界。
その上が、販売会社の地区営業所となる。
国内4メーカーはどこも一緒だが、バイクを作っているのは川崎重工業だったり、ヤマハ発動機だったりするわけだが、この会社は作っているだけで直接お客様へ売ってはいない。
売っているのは「販売会社」
川重に対して、カワサキモータースジャパン。
ヤマ発に対して、ヤマハ発動機販売という会社が行っている。
いわゆる子会社というか、別会社なのだ。
しかも、広い地区に対して1営業所となるので、よほどのことがない限り、バイク屋の店員がこの営業所を訪れることも殆どない。(年に数回あるかないかの講習会くらいなものだ。)
販売店契約をしていないバイク屋なら、全くと言っていいほどメーカーには付き合いが無いのだ。
そこにきて、『このバイク売ってるなら、客にとってはメーカーと一緒。』なんてクレームを言っている。
なんとも困った輩なのだ。
とはいえ、確かに不具合が出ていることは間違いない。
一応、情報収集を・・・という事で、地区のメーカー担当者に電話をしたところ・・・
「あ!そのトラブルって・・・・もしかして、●●ってひと?」
「先週も本社の客相(お客様相談窓口)に電話掛けて「メーカーで直せ!」って言ってきた人だよ。」
「しかも、ナンバーディスプレーでモニタリングしてるのに、偽名で。」
担当者は既に知っていた。 やっぱり有名人だ。
やれやれ・・・という事で、「じゃあ何でウチの店に、ソイツの事教えてくれなかったの?」
〔スイマセン!実はその前の店から、対応を断ったと連絡来たのが、いまさっきなんですよ~〕
〔なんとか、対応してやってくれませんか~〕
「おいおい・・・」
そこで、もう1度対応会議が始まった。 問題は「いくら掛けて直す」かだ。
相手はすでに「5000円」という金額を言っている。「金の話は、直ってから聞く。」と言ってるが、
それ以上の金額を請求しても払う気はないだろう。
店が自腹で修理して帰ってもらうか・・・・
メーカーへ対応品を出してもらうよう交渉してみるか・・・・
いずれにしろ、店側に負担はかかるわけだ。
彼は店想いだ。
自分が受けたとはいえ店に負担は掛けたくない。
彼の提案で、「5000円以内で治る方法で、何とかする。」という事になった。
彼は経験豊富なメカニックだ。
経験上あの音は「カムチェーン・テンショナー周辺」であると踏んだ彼は、
テンショナーを外し、ホールからチェーンまでの距離を測定し、チェーンが伸びているのを発見した。
距離はそんなに走っていないのに、なぜ交換が必要なくらい伸びてしまったのか???
答えは、チェーンホールから匂ってくるオイルの臭いでわかった。
「オイル交換をしていない。」
しかし、レベルゲージで見ると、中央付近にある。 通常なら下限以下になっているはずなのに・・・
何度も言うが、彼は経験豊富なメカニックだ。
「たぶん、オイル交換しないで、安物オイルを継ぎ足しで済ませていたんだろう。」
潤滑油に負担の掛る空冷4発エンジン。
オイル交換なしで継ぎ足しでいたら、レベルはあってもオイル成分が変わってしまって、潤滑としての役目を果たさなくなっているのだ。
だから、部品に負担が掛り、各部の摩耗・損傷が早まったのだと。
彼の推測は正しかったのだと思う。
しかし、ここでオイル交換してしまうと、カムチェーン周辺の部品代が出ない。
もともと5000円で買えるかどうかも怪しい部品だ。
彼は決断した。 「オイル交換に予算を掛け、テンショナーは修理をしよう。」
本来、テンショナーはスプリングの反力を持って押し力を保っているので、
壊れていたら「要・交換」が正しいのだが、相手側のチェーンも伸びてしまっているため、
新品を交換しても届くかどうかも定かではない。
当然、センターカムチェーンのエンジンなら、カムチェーン交換は、= エンジン分解となる。
そんな予算は、出る宛てが無い・・・・
それら、全てをひっくるめて、彼はテンショナーの修理を行うことにしたのだ。
全部伸びてもチェーンを押すように、テンショナーの先に厚めのワッシャーを溶接し、スプリングの反力を増長するようこちらにもワッシャーを積んだ。
そして墨汁のようにシャバシャバで、真っ黒なオイルを新品に交換した。
音は、以前と比べると遥かに静かになった。
彼は経験豊富で、なおかつ優秀なメカニックだったのだ。
ガスケット類も合わせると、オイル代と部品代でピッタリ5000円。
整備費・修理費は、涙をのんで「サービス」とした。 彼は出来る限りのことをした。 店も頑張った。
そこで、あの男だ。
開口1番
「俺、今日5000円しか持ってきてないけど、幾らで直ったの?」
でた~!!!店の判断は正しかったのだ。やっぱりこの男は、5000円以上払う気なんか無い。
そこで彼は、修理の内容と「5000円」という請求書を渡した。
男は、すこし驚いたような顔をしたが、
「ああそう、良かったね。」
と、訳のわからないセリフを吐いて、
とりあえず文句も無く、その店から去った。
「やったー!!!!」
店のオーナーも彼も、大事に至らず不幸を克服した。
古い「ナイロンジャンパーを着た悪魔」は去ったのだ。
全ては、終わったかのように思えた。
数時間後この店の兄弟店(店の名前が違うが、社長同士が従兄弟どうし)から電話が入る。
「□□クン・・・●●っていう奴、知ってる? 」
「!」 あの男だ。
「さっきウチの店来て
『前の店でテキトーな修理されたから、キチンと直して欲しい。』
って、言われたけど、聞いたらお前んトコだろ。 怪しいから追い返したよ。」
追い返したというのは内輪話で、2,3話を聞いて、一発でクレーマーだと解り、
「ウチは技術が無いんで~」と言って、丁重にお断りしたのだった。
その店のオーナーは、彼より遙かに経験豊富だった。
「高けりゃ高いと文句を言い、安けりゃキチンとしていないと文句を言う。」
クレーマーとはそういうものだ。
店をやってたら、こーゆー目にもたまに遭遇する。 苦いけど経験だ。
これでもう終わりだ。
2度とアイツに関わることは無いだろう・・・。 来ても、上手いこと言って追い返そう。
彼はそう誓った。
・・・が、 話はそれだけでは終わらない。。。。
数日後、その店から随分離れた地区にある、前から御付き合いのある「自転車屋さん」から電話が入る。
聞くと、客はなんでも、バイク屋が信用できなくて、自転車屋さんに来たんだとか。
自転車屋の店主は、「今は忙しい。とりあえず預かって見る。」
といって帰らせたのだそうだ。
「名前は聞いていないけど、エンジンからカチャカチャ音がするっていうだけど、俺らじゃねえ・・・・」
「ここいらじゃ、エンジン修理できるのアンタん所が一番でしょ?」
「お金は、直ってから聞くって言いうし、キチンと直して欲しいってんだけど・・・・どうだい?」
この電話を受けたのが自分で良かったと、彼は思った。
「おじさん・・・もしかして、エンジンの▲▲のところに、ピンクのマーキングあるかい?」
彼は経験豊富なメカニックだ。
修理したあとに後日「中古車」として店に回ってこないよう、判る所に小さくマーキングしておいたのだ。
「え?・・・・・ あ・あるよ!」
彼は事情を言い、この仕事を断った。 無論、自転車屋主人が他の店に頼むことも無かったはずだ。
もしかしたら、今もその男は「自分の主張を聞いてくれる相手」を探しているのかもしれない。
すぐに牙を剥く、その相手を。
「な~?ひでえ話だろ? 」
彼はビールを呑みながら電話していたので、ここまで話したら随分酔いも回っていた。
「レースやってる連中って、自分で整備したり、ある程度コーゾーとか理解してる連中が多いんだろ?
俺が味わった気持ち・・・・お前にはワカンネーだろうなぁ・・・」
彼は普段から、エンジンやフレームに傷防止のテープやチューブを巻いて整備を行っている。
ましてガソリンタンクなど、腫れものを触るかのような慎重さだ。
よくできたバイク屋なら当たり前の事かもしれないが、彼はそれらを「我が子でも抱くように」扱う。
彼は、本当に優秀で経験豊富なメカニックなのだ。
「巡り巡って、また俺んトコに戻ってきたんだぜ! キモいよな~?」
「こーゆーの、なんて言うんだ? あ輪廻転生か。」
彼はかなり酔いが回っていたので、僕は 「それは輪廻転生じゃないよ」 と指摘しなかった。
「もー2度と会いたくないし、見たくないね。判る?なわかる??」
「そうだね。そうだね。」
僕に話して、気分もスッキリしたんだろう。 この夏季連休でお客の数も相当なもんだったろう。
気力・体力、へとへとになっても、誰かに話したかったんだろうと思った。
「あ・携帯鳴ったから、電話切るな。」といって、ぼくは会話を止めた。 もちろん嘘だ。
アナログな彼は、今だに自宅から通常電話でかけてくる。
そんな彼を早く休ませたかったのだ。
明日もまた暑い。
多くの客が彼の整備を待ち望んで、店を訪れるだろう。
だが、もう2度とそんな男が現れない事を祈るばかりだ。
あなたの街にも居ますか? クレージークレーマー
え? まさか・・・・ 貴方・・・・
Posted by #441 at 03:18│Comments(0)
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