裁判員、1年後に突然「心の負担」…差し戻しなどきっかけ 経験者ネット調査
産経新聞 3月30日(月)7時55分配信
裁判員を務めてから1年以上経過した後に初めて「心の負担」を感じたり、負担が重くなったりするケースが複数あることが29日、「裁判員経験者ネットワーク」の調査で分かった。元最高裁判事や裁判員経験者らで作る同ネットワークは、昨年12月から裁判員の精神的負担に特化した初のアンケートを実施。判決から約20カ月後に新たな負担を感じた経験者もおり、長期的なケアの検討を求める声も上がっている。(滝口亜希)
「裁判員裁判をやり直すと聞いて、私たちのやったことは何だったのかと思った」。社会福祉士の松尾悦子さん(40)には今も納得できない思いが残る。
■反論できずストレス
仙台地裁で裁判員を務めたのは平成22年10月。強盗殺人罪などに問われた被告に強盗致死罪を適用、懲役15年を言い渡した。「裁判のルール通りにやろうと割り切っていたので心の負担は全くなかった」という。
だが、1審判決から約17カ月後の24年3月、最高裁決定で裁判員裁判がやり直しになることを知り、衝撃を受けた。「まさか、という思い」。最高裁が支持した仙台高裁判決は「1審は審理が尽くされていない」などと指摘して1審判決を破棄、審理を地裁に差し戻していた。
「『こんなに議論しました』と言いたくても守秘義務があるから根拠を言えない。反論できないのが非常にストレス」と松尾さん。「プロの裁判官が審理をやり直すなら仕方ないと思えるかもしれないが、また裁判員を集めるのは私たちの議論がリセットされると感じた」との思いもある。
やり直しの裁判員裁判は強盗殺人罪を適用し無期懲役としたが、2審は被害弁償などを考慮し懲役15年に減刑した。
松尾さんは「今回のように何らかのきっかけでショックを受けたときに『あなたはできることをやった』と声をかけてもらえれば、受け止め方も違ってくる。希望者にはせめて刑の確定まで裁判所などの継続的なフォローが必要」と話す。
■再審請求知り「複雑」
判決確定後に、心境が変化した経験者もいる。
22年7月に東京地裁で強盗致傷事件を担当した会社員、小田篤俊さん(44)は、判決から約20カ月ほどたったころ、被告が控訴、上告に続いて、再審請求まで申し立てていたことを知った。
懲役13年の求刑に対して、1審判決は懲役8年6月。「社会に復帰して更生してほしい」という思いも込めたつもりだった。法廷での様子から「何となく、被告も納得していると思っていた」という。
最終的に、被告は再審請求を取り下げて刑が確定したが「判決が相当不満だったのかと思うと複雑」と小田さん。1審後に刑務所見学などで受刑者の現状を知ったこともあり「あれで良かったのかな、と考えることが多くなった」という。
今回の調査では判決から20カ月以上たって負担を感じたとする回答も複数あった。小田さんは「心のケアを求める人には何らかの受け皿は必要」としている。
■長期的視点でケアを
最高裁は裁判員制度施行当初から裁判員や経験者向けに「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」を設置。提携先で5回まで無料カウンセリングが可能で医療機関の紹介も受けられる。
今年2月末までの窓口利用件数は290件。23年4月以降のメンタルヘルス相談をみると「話を聞いてほしい」「メンタル症状が出ている」の順に多く、医療機関紹介例は延べ5件あった。最高裁の担当者は「窓口は裁判員を務めてから何年経過しても利用できるので、気になることがあれば相談してほしい」と話す。
一方、調査を実施した同ネットワーク共同代表世話人の牧野茂弁護士は「審理直後だけでなく、長期的視野で心の負担のケアについて議論し、体制を整える必要がある」としている。
調査の問い合わせは牧野弁護士(電)03・3500・5323か同ネットワークホームページへ。調査結果は4月19日に青山学院大学(東京都渋谷区)でのシンポジウムで報告する。
最終更新:3月30日(月)10時5分
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