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【社説】

一票の不平等訴訟 甘すぎる司法の基準

 有権者が投じる一票に不平等がある。昨年末の衆院選は格差が最大二・一三倍だった。全国の高裁・支部で相次ぐ判決は、国会の裁量権に甘すぎないか。

 男性が「一票」なのに女性が「〇・五票」なら間違いなく違憲無効になる。仮に東京の有権者が「一票」で、大阪や名古屋の有権者が「〇・五票」ならばどうか。大阪の人も名古屋の人も声を上げて立腹するに違いない。

 住んでいる地域によって、こんな不平等が起きるのはおかしい−、それが訴訟の本質だ。昨年十二月の総選挙は宮城5区が「一票」なのに、東京1区は「〇・四七票」だった。原告が求めるのは、「一人一票」の選挙だ。

◆温存される「一人別枠」

 一票の不平等をめぐる訴訟は一九六二年に始まった。衆院選では七六年と八五年の二回、最高裁が「違憲」判決を出した。「違憲状態」の判決も四回あるが、訴訟は今でも繰り返されている。それは司法がイエローカードを突きつけても、政治の側がいつも小手先の選挙制度改革しか示さず、抜本策を怠っているからだ。

 それでも最高裁大法廷は選挙制度の“病根”のありかを具体的に示したことがある。二〇一一年のことだ。

 「速やかに一人別枠方式を廃止する必要がある」と異例の指摘をしたのだ。

 一人別枠方式とは、あらかじめ四十七都道府県に一議席ずつ配分する地方配慮の選挙制度である。現行の小選挙区比例代表並立制が導入された九四年には、この方式により激変緩和する意味があったが、もはや「立法当時の合理性は失われた」と最高裁は述べた。

 では、この司法判断に政治はどう向き合ったか。衆院選挙区画定審議会設置法から同方式を定めた部分を削除し、五つの小選挙区を削減する「〇増五減」をした。実は条文を削除しただけなので、同方式は実態として残る内容だ。

◆一人二票を許容する?

 この「〇増五減」は昨年の総選挙で初めて実施されたため、今回の訴訟はそれをどう評価するかで、各地の判断が分かれた。

 二十七日時点で、「合憲」としたのが四つの高裁、「違憲状態」としたのが九高裁・支部、「違憲」は福岡高裁の一つだ。全部で十七の判決が言い渡されるが、残りは四月中に出る予定だ。

 従来この訴訟は三段論法で考えてきた。(1)選挙区割りが憲法が求める投票価値の平等に反するか(2)反していても、是正のための合理的期間を経過しているか(3)憲法違反の場合、選挙をやり直す「無効」にすべきか−だ。

 「違憲状態」というのは、(1)の不平等を認めつつも、(2)の合理的期間、つまり国会の裁量権を重くみて、是正すべき期間はまだ経過していないという判断のことだ。

 注目すべきは、まず「違憲状態」とした仙台高裁秋田支部の判決だ。「定数削減の対象外の都道府県は一人別枠方式の旧区割りの定数をそのまま維持している」とし、“病根”がまだ残っていることを指摘した。

 そのうえで、二倍超の選挙区が十三あることについて、「二倍以上の格差は一人に二票を許容するに等しく、憲法の要求する一人一票の原則を実質的に破壊している」と表現した。

 「違憲」判決だった福岡高裁も「一人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されていない以上、それ自体、憲法の投票価値の平等の要求に反する」と述べた。

 かつ、合理的期間についても、一一年の最高裁大法廷の言い渡し日を起点とし、「約三年八カ月が経過している」とし違憲に導いた。明快な考え方と評価する。

 「合憲」とする東京高裁などの判断は一三年の最高裁大法廷判決を引用する。まず選挙制度のテーマは合意形成に困難が伴うことを前提としたうえで、「漸次的な見直しを重ねることも、国会の裁量にかかる現実的な選択として許容される」と述べた部分だ。

 ここに寄り掛かり、「〇増五減」の「区割りは大法廷判決に違反していない」と結論を導き出しているわけだ。

◆必要なのは抜本策だ

 小手先の改革であっても続けていれば、司法はその小さな努力を認めようという考え方とも読める。本当に政治に対し、それほど寛大であっていいのだろうか。国会の裁量権に甘すぎないか。

 衆院では有識者会議が選挙制度改革を検討中だ。どんな改革案であったとしても、限りなく一人一票の原則に忠実であるべきだ。衆院はその権能や解散制度などから考えても、的確に国民の意思が反映されることが求められる。必要なのは抜本策である。半世紀以上も訴訟が繰り返される「愚」から早く脱するべきである。

 

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