聞き手・福田直之
2015年3月30日06時50分
■金融政策 私の視点
――日本銀行は2年前、政府から黒田東彦(はるひこ)総裁と岩田規久男副総裁を送り込まれ、抜本的な政策転換を迫られました。日銀は何を間違えたのでしょうか。
「日銀の政策が景気に悪い影響を与えたというリフレ派からすれば、それは間違った政策をとったからだ、となるのだろう。経済が低迷した根本には金融政策の他にもいろいろな要因があったのに、リフレ派の人々は日銀に責任があると言う。こうした意見を聞いてきた安倍晋三氏が首相になったことが大きい」
「日銀がまずかったのは、安倍氏に悪い印象を持たれてきたことだ。安倍氏は2000年のゼロ金利解除の時に、内閣官房副長官だった。福井俊彦総裁が量的緩和を終え、ゼロ金利を解除した時に官房長官。さらに金利を引き上げた時は首相だった。日銀は景気が悪くなれば政治から利下げを求められるから、景気が良い時に先回りで利上げを急いだのだろうが、批判を浴びることになった」
「日銀は政治との調整能力が期待できた内部の三重野康氏や福井氏を総裁に推してきたが、不幸なのは速水優氏と白川方明氏という内部でも意図しない総裁が出たことだ。速水総裁は日銀内部でも反対が強かったゼロ金利解除を自らの意思で通した。白川総裁は学者のような人で、専門家の良心から金融緩和の副作用を正直に語り、政治家から不評を買うなど、政治との調整もうまくいかなかった」
――インフレ時は政府から独立を保つべきだと言われてきましたが、デフレ時はむしろ政府との協調が重要になるとの見方もあります。政府と日銀の距離の取り方をどう見ていますか。
「政治家は景気を良くしようとバブルを引き起こす政策をとりがちだ。政府と日銀が進めている政策も意図的にバブルを作ろうとしている。バブルは短期で見ればいいが、崩壊した後の経済への影響は非常に大きい。バブルにつながる政策を防ぐという意味で、中央銀行の独立性はあった方がいい」
「リフレ派は『中銀の目的の独立性と手段の独立性は違う。達成方法は中銀に任せるが、目的は政府が決めるべきだ』と言う。ただ、実務が分かっている専門家が実現困難だと難色を示している物価目標を、目的の独立性はないからと言って押しつけるのは疑問だ。まるで野球で監督がバッターにホームランを打てとサインを出しているようなものだ」
――物価目標の追求を日銀法に書き込み、政策の信頼性を高めようとする声もリフレ派から出ています。
「現在、生涯をかけてリフレ政策を主張してきた岩田氏が副総裁で、2%の物価目標達成を実現するという黒田氏が総裁だ。首相は安倍氏。これ以上リフレ政策に対する信頼性を高める要素はない。再度日銀法を改正して、物価目標を追求させるようにする必要性がどこにあるのか」
「皮肉を言えば、岩田副総裁は2年で2%のインフレ目標が達成できないと、『最高の責任の取り方は辞職』と言っていた。今になって言い訳をして辞めないのは、むしろ政策の信頼性を損ねている。リフレ派は岩田副総裁に辞任を求めることが必要ではないか」
――任期が来た審議委員の後任に、現在の政策を支持している人やリフレ派が就く可能性があります。
「法律で決まっている制度なので仕方がない。さすがに中銀の独立性も人事までは及ばない。そういう人を選ぶ首相および、その人事に同意を与える与党を選んでいる国民の責任になる。リフレ派がなってもいいが、どちらかといえば発想が柔軟な人が望ましい」
――大規模な金融緩和をどう見ていますか。
「短期的には金融緩和で景気が良くなっているように見えるが、長期的に見れば危険性は大きいし、出口政策もリスクが高い。かつて米内光政元首相が対米開戦を巡って『ジリ貧を避けんとしてドカ貧にならないよう』と言ったと言われるが、日本経済を『ドカ貧』に陥らせる危険性がある」
「効果が出ているのは円安ぐらいだ。ただ、円安には輸入企業や家計が困る弊害がある。そもそも円安は近隣窮乏化政策で海外からの目も厳しい。これ以上円安を進めるのは政治的には難しい。リーマン・ショックのような危機がまた起きれば、各国は金融緩和を拡大するので、日本だけが通貨安に頼ることはできなくなる」
「株や土地などの資産価格が上がれば消費が増えて景気が良くなるという資産効果も言われるが、日銀が株価指数に連動する上場投資信託(ETF)や上場不動産投資信託(J―REIT)を購入して株価・地価を引き上げてバブルをつくるのは危険だ。格差をどうにかしなければならないと言われている時に一部上場企業や株主、土地保有者に補助金を渡すようなもので、異常な政策だ。市場メカニズムで決まる価格決定に介入し、完全な官製相場になってしまった」
――日銀はこの政策で、人々が物価が2%上がると考える世の中を2年程度で作ろうとしています。
「2年程度で2%を実現するのが無理なのは明らかだ。岩田副総裁は昔、市場に流し込むお金が増えると世の中で流通するお金の量が増えるので物価が上がると言っていた。だが、実際には世の中で流通するお金の量は増えていないし、物価も上がっていない。市場に流し込むお金の量を増やして物価目標を掲げれば、人々が予想する物価上昇率が上がって実際に物価が上がると言う。だが、実際は人々は現状の物価を見て将来の物価上昇率を予想するのだ」
「白川総裁が2013年3月の退任時の記者会見で『物価上昇2%、賃金上昇2%では生活は向上しない。円安だけで競争力が高まるわけではない』『市場に流し込むお金の量と物価の関係は断ち切れている』と言った。これらはすべて当たっている」
「リフレ派は政策がうまくいっていないのは消費増税のせいだと言うが、黒田総裁の就任前にすでに消費増税は決まっていたはずだ。芥川龍之介は『侏儒(しゅじゅ)の言葉』という本の中で、『言行一致の美名を得る為(ため)にはまづ自己弁護に長じなければならぬ』と書いている。リフレ派を見ているとまさに当てはまると思う」
――とはいえ円安・株高・賃上げと日本経済は沸いており、慎重な声はかき消され気味です。
「ジャーナリストの立花隆氏がかつて、田中角栄元首相が刑事被告人なのに自民党の最大派閥を率いて日本政治を牛耳っていた頃に、『日本の今の政治の異常さを冷静に考えた時、この時代を歴史として学ぶ時代の人から見ると理解を絶するほど異常に映るだろう』という趣旨のことを書いている。同時代に生きている人は異常なものを異常と感じないこともある。今の日本経済もそうだと思う」
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かみかわ・りゅうのしん 1976年生まれ。京大法卒、同大院法学研究科博士後期課程修了。2007年から大阪大学院法学研究科准教授。著書に『日本銀行と政治』。(聞き手・福田直之)
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