人間魚雷:回天搭乗員へ「今の平和報告」慰霊祭参加2人に
毎日新聞 2015年03月29日 12時00分
旧日本軍の特攻兵器、人間魚雷「回天」を搭載した「伊号第58潜水艦」の元乗組員や遺族らが28日、基地のあった山口県周南市の大津島を訪れ、慰霊祭を開いた。慰霊祭を始めた当初15人ほど参列していた元乗組員は戦後70年を迎え、京都市伏見区の中村松弥さん(89)と愛媛県松前(まさき)町の清積勲四郎(きよづみ・くんしろう)さん(86)の2人だけに。「回天の搭乗員たちのおかげで生かされてる。70年過ぎた今も平和であることを報告したい」と手を合わせた。
中村さんは19歳で志願して海兵団に入った。16歳の清積さんも中村さんと同じ伊58に配属された。回天を前線のグアムやフィリピン沖まで運ぶのが任務。終戦間近の45年7月、伊58は回天6基を乗せて出港した。中村さんは、艦長に代わって、回天に乗り込んだ搭乗員へ電話で指示を伝えていた。
「最後に言うことはないか」。発進直前の搭乗員に艦長は必ず聞いた。「長い間お世話になりました」。そう答える搭乗員の表情は分からなかった。中村さんは「気持ちまでしっかり伝えたい」と、大声で艦長に返した。この時、18〜23歳の搭乗員5人が出撃し帰らなかった。
中村さんは戦後、搭乗員の「最後の言葉」を思い出すようになった。「家族にも言いたかったやろうに」。55年ごろから、仕事が休める正月に大津島を1人で訪れるようになった。清積さんとは88年に再会。参列する元乗組員は年々減り、元乗組員は清積さんと2人になった。花が開き始めた桜の木の下で、清積さんと一緒に回天碑に祈りをささげた。【蒲原明佳】