キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

電子書籍(Kindle)で読めるオススメ海外文学

ここのところ、これまで海外文学を読んだことがない人に海外文学を読んでもらう方法を模索していて、こんな記事を書いてきた。


「本を置く場所がないし持ち運びが重いから、電子書籍のリストが欲しい」というリクエストをもらったので、「電子書籍Kindle)で読めるオススメ海外文学」リストをつくってみた。

いわゆる名作と呼ばれる王道どころからKindle化する傾向にあるので、今回のリストは皆が知っているようなタイトルが多め。中でもわたしがおもしろいと思うものを重点的に選んだ。

チャールズ・ディケンズ『ピクウィック・クラブ』

ピクウィック・クラブ(上) (ちくま文庫)

ピクウィック・クラブ(上) (ちくま文庫)

まずはこれ。ポルトガルの国民的な憂鬱アイドル、ちょびひげペソア先生をして「「ピクウィック・クラブ』をすでに読んでいるというのは、私の人生の大悲劇のひとつだ(もはやそれを初めて読むことはできない)」と言わしめた伝説の作品。長らく絶版だったが、いつのまにかしれっとKindleで復刊していた。全3巻と長めだが、ユーモアと軽やかさが最高。

 

ハーマン・メルヴィル『白鯨』

白鯨 上 (岩波文庫)

白鯨 上 (岩波文庫)

全3巻。『ニンジャスレイヤー』が好きな人なら「クジラスレイヤー」こと『白鯨』もきっと好きになると思う。ためしにちょっとこいつを読んでみてほしい。

とくに八木訳はテンションの高さがずば抜けてかっ飛んでおり、かつて『白鯨』に飲まれて爆発四散した人でも、もしかしたら楽しめるのでは。ポエット!

エミリー・ブロンテ嵐が丘

嵐が丘(上) (光文社古典新訳文庫)

嵐が丘(上) (光文社古典新訳文庫)

嵐が丘

嵐が丘

男女のふりをした荒野が身勝手さと執着と欲望を振り乱して咆哮する、英国怪奇譚。ブリテン! 英国! 辺境! 荒野! ヒース! 天気悪い! 怪奇大好き! というハイテンションぶりが続くので、ロマンスと恋愛物語を求めると爆死する。恋は狂気の荒野なのだ。

ジェイン・オースティン高慢と偏見

高慢と偏見(上) (ちくま文庫)

高慢と偏見(上) (ちくま文庫)

英国ツンデレ最高峰。エミリー・ブロンテと並んで英国女性作家のトップを走るが、オースティンのほがらかで明るい人間の描き方と、ブロンテの狂気に満ちた人間の描き方はあまりにも異なっていてびっくりする。強烈さでいえば『嵐が丘』だが、読んで「楽しかった!」と思えるなら『高慢と偏見』。なお、英国ではいまだに女性陣がきゃっきゃしながら読む人気作品である。わかる、萌えるもん。

 

エドガー・アラン・ポー『黒猫/モルグ街の殺人』

黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)

黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)

最初に読んだときはずいぶんクラシックだなと思うけれど、後からじわじわとくるのがこの作家。表題作の「モルグ街の殺人」はほのぼのギャグだけど、「アッシャー家の崩壊」はすごい。

セルバンテスドン・キホーテ

「自分は特別だ」「自分は優れている」と思いたい人、自信が持てない人、自分の実力を知ってしまうのが怖くて動けない人すべてに読んでもらいたい劇薬小説。多くの人は容赦ない現実と向き合ったときに打ちのめされる。現実を受け入れるか、それとも逃げるか。だがわれらがドン・キホーテは妄想力が突き抜けていて、世界にたこ殴りにされながら、世界をたこ殴りにする夢を見る。世界に一騎打ちを臨んだひ弱なヒーローの結末を知りたくて、一気に最後まで読んだ。全6巻。

アゴタ・クリストフ悪童日記

悪童日記

悪童日記

浦沢直樹『Monster』を彷彿とさせる作品。戦争という狂乱を生き延びるために「心を殺す」ことを習得する双子の物語。心を殺した子供は怪物じみているが、そもそも怪物にならなければ生き延びられない、という選択をさせたのは戦争だ。ラスト数ページは背筋が凍る。ただ衝撃。

カフカ『変身』

変身・断食芸人 (岩波文庫)

変身・断食芸人 (岩波文庫)

主人公のグレゴール・ザムザはけっこうな社畜精神を持っていて、朝にめざめたら巨大な虫に変身していたのに「会社どうしよう」とか思っているあたり、日本人の心にぐっとささるのではないかと思う。りんごを投げられたら体にめりこむコメディシーンもあれば、扱いに困るけど表面上は優しくする家族など精神ホラーのシーンもあり、最後まで心を突き刺してくる作品。疎外される者、ずれこんだ者はこうやって優しく紳士的に排除されていくのだ。

アーネスト・ヘミングウェイ老人と海

老人と海 (光文社古典新訳文庫)

老人と海 (光文社古典新訳文庫)

「老人がマグロを船で追っている間中、ものすごい独り言をいう」と言ってしまえばそれだけの話なのだが、じゃあなぜそれだけの話がこれほどまでに読まれているかといえば、「世界という巨大な構築物にたったひとりの人間が勝負を挑む」という無謀な勇敢さが胸を打つからではないだろうか。わたしはどちらかといえば、ごはんと魚がおいしそうだなと思って読んでいた。

チェスタトン『木曜日だった男 一つの悪夢』

「地上にあるものはなぜお互い同士戦うのか?世界の中にあるちっぽけなものが、なぜ世界そのものと戦うのか?一匹の蝿が、なぜ全宇宙と戦わねばならないのか?」——チェスタトン『木曜日だった男』
「日曜日」という超人じみた男に抗おうとする曜日男たちの話だが、なんかもう最初から最後まで勝てる気がしない。「日曜日」とはなんなのか? を問い続ける作品。これを読んでいると「月曜日」よりも「日曜日」のほうが怖くなる。
『木曜日だった男 一つの悪夢』チェスタトン - キリキリソテーにうってつけの日

レフ・トルストイイワン・イリイチの死

「実録! 死ぬ人間の心理」を、死んだことがないトルストイがここまで書きあげたことがすさまじい。死は死ぬ人にとっては人生の一大事だが、生きている人にとっては徹底的に「他人事」なのだという、この溝をまざまざと無慈悲にさらしてくる。死ぬ前に読むべきと思っている、数少ない作品。

プルースト失われた時を求めて

恋、他者のために苦しむという奇妙な病にかかったことがある人をもれなく悶絶させてきた、すさまじい小説。全裸でこの美しい言葉の乱反射の前に立ち、蜂の巣にされるべし。

レーモン・ラディゲ『肉体の悪魔』

肉体の悪魔 (光文社古典新訳文庫)

肉体の悪魔 (光文社古典新訳文庫)

「恋愛は究極のエゴイズム」である。若い男性の自負心にもとづく臆病さやエゴイズム、言い訳、身勝手さが、氷のナイフのような鋭さをもって、ひやりと突きつけられる。ラディゲは19歳でこれを書いた。これほどの狂気と心の燃焼をうらやましくもあり、恐ろしくも思う。

サン=テグジュペリ『夜間飛行』

夜を飛び星に墜落した男、サン=テグジュペリが残した傑作。「光」の物語である。人は灯りを眺めることで他者の存在を知り、その遠さを知って己の孤独を知る。人を恋しく思うが、地上に混ざり切れない距離感と孤独がそこにはある。新潮文庫堀口大學訳(Kindle版は残念ながら出ていない)がとにかく素晴らしいので、こちらのKindle版で好きになった人はぜひ書籍の方でも。

アントン・チェーホフの作品

21世紀になった今も褪せずむしろその色彩を増す短編の王者、チェーホフチェーホフごっこをするときは「生きていかなければならないのよ!」と叫ぶとそれっぽくなるのでおすすめ。

「長すぎるとなかなか読めないので、良質な短編を少しずつ読みたい」という人におすすめ。なにか劇的なことが起こるわけではないが、じんわりと染みる作品、ユーモアのある作品はすこしずつ心に堆積していく。サバイバル精神をまったく持たない貴夫人が、容赦なくせまってくる現実にたいしてまったく対応できず、「どうしたらいいか分からないんだもの! 私は馬鹿なんだもの!」と嘆きながら金を浪費し続ける。読んでいて胃が痛くなるが、夫人はいい人なのでなおのことやるせない。わたしは身内にひとり、こういう人を知っていた。だから、なおのこと。嗚呼。

ヒョードルドストエフスキーの作品

さすがドスト、有名どころの作品はほとんどKindleで手に入れられる。

「あなたを生んだ大地にキスして、謝りなさい!」というソーニャのセリフは妹のお気に入りで、なにかしでかすと言われる。「罰」とは「罪悪感」を感じるがゆえに生まれるものであり、サイコパスは罪を感じないから罰もない。「良心とはなにか?」を突き詰めてくる哲学エンターテインメント。

地下室の手記 (光文社古典新訳文庫)

地下室の手記 (光文社古典新訳文庫)

「ああ、諸君、ぼくが自分を賢い人間とみなしているのは、ただただ、ぼくが生涯、何もはじめず、何もやりとげなかった、それだけの理由からかもしれないのである」——ドストエフスキー地下室の手記
自意識が強すぎるがゆえにバートルビーになっている人のための、厨二病バイブル。刺されてもだえるがよい。

罪と罰』は最初から殺人犯が分かっているが、『カラマーゾフの兄弟』では犯人が誰だかわからないので、推理小説として楽しめる。カラマーゾフ三兄弟はどの人も個性的だが、哲学イワンの独白はぶちぬきで数十ページも続くので、ど肝を抜かれる。

白痴1

白痴1

聖人なのか、馬鹿者か? 『イワンの馬鹿』にも連なる「清廉潔白の白痴」をめぐる物語。この世は欲望と自意識がうずまく魑魅魍魎の世界だが、そこに「無条件に善良な人間」が現れたらどうなるか。利用されて食いつぶされるのか、それとも周りの人間になにか影響を与えるのか?

カート・ヴォネガット・ジュニアの作品

ブラッドベリカート・ヴォネガット・ジュニアはどこかで必ず罹患する文学はしかのようなもので、一種の気恥ずかしさを感じながらも嫌いになれなんてしやしない。第二次世界大戦の大破壊を見てしまい、優しすぎるゆえに一生なおらない心のひびを

おなかをすかせた子供のために、顔のみならず全身を分割して分け与えようとするアンパンマンみたいな男の話。徹底した利他的な行いに人は愛を見るよりもむしろ恐怖を抱く。ヴォネガット作品の中ではいちばん衝撃だった。

スローターハウス5

スローターハウス5

第二次世界大戦という屠殺=スローターを見てしまった男が宇宙ぴこぴこする物語。繊細で優しい若者が圧倒的に無慈悲な屠殺現場を見てしまったら、心が壊れて宇宙ぴこぴこするしかない。戦争とは、人を殺すだけではなく生き延びた人の心をも殺す。

猫のゆりかご

猫のゆりかご

世界が絶滅するのなら、これぐらいくだらないどうしようもない理由のほうがいっそすがすがしい。
タイタンの妖女

タイタンの妖女

「借りちゃった テント、あ テント、あ テント、 借りちゃった テント!」とりあえずこれだけ言えれば帰ってよろしい。

ダグラス・アダムス「銀河ヒッチハイクガイド」シリーズ

英国ユーモア全開の、すがすがしいほどにくだらない最高のSF小説。「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」とGoogleで検索すると0.30秒で答えをはじき出してくる、元ネタ。地球がこっぱみじんになる理由もばかばかしく、その後も徹底してばかばかしい。生物学者リチャード・ドーキンスは著者の死にたいして「科学は友人を失い、文学は有名人を失い、マウンテンゴリラとクロサイは勇敢な擁護者を失った」という言葉を贈った。


ウィリアム・シェイクスピアの作品

さすがシェイクスピアKindle化が進んでいる。シェイクスピアといえば四大悲劇が有名だが、個人的にはツンデレ喜劇からまず読んでほしい。シェイクスピアは楽しい。

「あなたと結婚なんてごめんだわ」と悪口合戦をしながらもひかれる、元祖ツンデレカップルもの。恋愛に興味のない変わり者の男女が恋に落ちるまでのどきどきといったら!

わたしが最初に手にとったシェイクスピアであり、いまもなお最も好きな作品。ヨーロッパの森には幻想がつまっていて、妖精と魔法と恋がある。映画『いまを生きる』に本作が重要なシーンで出てくる。


「もっと落ちるかもしれん、「これがどん底」などといえるあいだはほんとうのどん底ではないのだ」——シェイクスピアリア王
苦言を呈してくれる人はどれほど貴重か、そのことを突き刺してくる作品。甘い言葉しかきかない人は会社にも友人にもいるけれど、やはり彼らはどこかでつまずいている。リア王は人生の最後の最後で、ようやく人生と向き合った。だが、あまりにも遅すぎた。

「やる、やってやる復讐を!」といってぐだぐだと言い訳を続けてやらない、だめ王子のうろうろ話。あまりにも人格が破綻しているので誰もがハムレットに惹かれ、その心を解明しようとして千万の言葉を吐き続けてきた。オフィーリアがかわいそうすぎて泣ける。

「お気をつけなさい、将軍、嫉妬というやつに。こいつは緑色の目をした怪物で、人の心を餌食とし、それをもてあそぶのです」——シェイクスピア『オセロー』
人間の感情のうち最も古いもののひとつは「嫉妬」だ、と書いたのは誰だったか。愛と表裏一体の嫉妬は、愛が強ければ強いほど制御不能な暴風雨となって人の心をけちらかす。

ギリシャ神話

西洋絵画やヨーロッパ文学で避けてはとおれないのが聖書、ギリシャ神話、ケルト神話である。『ギリシャ神話を知っていますか』を読んで「神々やばい」「エロい」と思ったあと、『完訳 ギリシャ神話』をリファレンスとして、ホメロスギリシャ悲劇を読んでみるとよい。

完訳 ギリシア・ローマ神話 上

完訳 ギリシア・ローマ神話 上

『テルマエ・ロマエ』の作者ヤマザキマリさんが表紙を書いているので、ぐっと親しみやすくなっているが、中身はギリシャ神話といえばこれ! という名ガイドブック。ギリシャ神話を網羅しているのでリファレンスとして持っておきたい。
ギリシア神話を知っていますか

ギリシア神話を知っていますか

ギリシャ神話を網羅こそしていないものの、飲み屋でおじさんが「ギリシャ神話ってさあ、おもしろいんだよ、下世話なんだもん」と語るような感じで、神々に親しみを持てる。
ホメロス オデュッセイア 上 (岩波文庫)

ホメロス オデュッセイア 上 (岩波文庫)

気まぐれな神々から無理ゲー試練を与えられた英雄が、20年越しの壮大なエクストリーム帰宅を果たす物語。英雄でなければ10回は死ぬところだが、英雄なのでちゃんと帰宅する。ジョイス『ユリシーズ』の元ネタともなっている。

ケルト神話

ケルト妖精物語 (ちくま文庫)

ケルト妖精物語 (ちくま文庫)

ケルトの薄明 (ちくま文庫)

ケルトの薄明 (ちくま文庫)

ゲームの多くに使われている妖精やドワーフなどは、ケルト神話がもとになっていることが多い。キリスト教以前のヨーロッパのいたるところに見られたケルト文化はいまはすっかり飲み込まれて消化され、なごりをとどめるだけだが、やはり多くの物語はここに帰ってくる。アイルランドの詩人イエイツは、ケルトの名残りが残る土地にうまれたためか、ケルト神話の作品を多く残している。

沼野充義『世界は文学でできている』

大御所のロシア文学の翻訳者、沼野先生がさまざまな言語の翻訳者や小説家を読んできて対話する講義録。文学の読み方について他の人の知見を得られるのがブックガイドや読書会のいいところであり、本書はその中でもかなりよい。この値段でこのおもしろさはすばらしい。

ウラジミール・ナボコフナボコフの文学講義』

美しい構造をこよなく愛するナボコフ先生の文学講義。彼の好みははっきりしており、「猥雑」なドストエフスキーセルバンテスは大嫌い。だが彼の読みは恐ろしく精緻で美学が徹底しており、学ぶところがとても多い。

米原万里『打ちのめされるようなすごい本』

「ロシア人よりも美しいロシア語を話す」と誉れ高い米原万里のブックガイド。古今東西のおもしろい本をたくさん紹介しているので、どんどんと読みたい本がたまっていってしょうがない。わたしは何回も、この本に打ちのめされた。

須賀敦子『遠い朝の本たち』

遠い朝の本たち (ちくま文庫)

遠い朝の本たち (ちくま文庫)

イタリア文学の翻訳者であり名エッセイストであった須賀敦子による書評。彼女の文章は水のように、静かで悲しみと諦めをたたえている。ハイテンションで突き抜ける米原万里とはまったく違うタイプだが、わたしはこのふたりがどうしようもなく好きなのだ。



Kindle化はどんどん進んでいるので、なかなか追いきれない。「こんなものが出ていたよ」というお知らせがあったら、Twitter(@0wl_man)やコメントで教えてください。

これまでにつくった海外文学リスト