2015-03-28
興津由佳にみる「SHIROBAKO」のキャラクター描写
万策尽きず、最終話も無事放映された『SHIROBAKO』。めでたしめでたし。そんな最終話で嬉しかったのは「興津さん」と皆から呼ばれている武蔵野アニメーションの総務・興津由佳が大活躍したことだ。
彩り豊かな本作の女性陣にあって個人的に一番注目していた興津さん。「残業をしない主義」「昔は制作だったらしい」など設定は散りばめられていたが、クリティカルなパーツを見せないキャラクターで、そこに興味の沸く“隙”があった。まず取り上げたいのは、興津さんのデスク周り。クールビューティな外見と事務的ではっきりとした言動は、シンプルで実用性重視の配置を想像させる。しかしよく観察してみると、ファンシーな小物が目を惹くチャーミングなデスク。「意外と可愛い一面がある」設定がデスク周りから伺えるのだ。
ハート型のマウスパッドや花柄レースのコースターなど、こだわりの感じられる品がずらっと並ぶ。とりわけ目を惹くデスク右上に鎮座する(久川綾さんの声で喋りそうな)茶色のぬいぐるみ。このぬいぐるみはなかなかの曲者で、興津さんの性格や立ち位置を表しているものとして使われるほか、時には演出上のフックになり得る。
たとえばこんなレイアウトの場面だ。机の主が映っていなくても、ぬいぐるみを入れることでその存在感や定位置にいてくれる安心感をそれとなく醸しだしている。そしてぬいぐるみを入れ込んだカットの後に興津さんにカメラを振れば、その印象はより強くなる。主人の代理も果たすこのぬいぐるみは、一度意識しだすとかなりの頻度で画面に入っていることに気付く。あまりによくいるものだから、隠れた『SHIROBAKO』のマスコットキャラクターだったのではないかと思いたくなるくらいだ。また、そこから思考を飛躍させ「先代ミムジー&ロロ」、そういう想像で遊んでみるのも面白い。個人的な思い入れでずっと飾ってあるものがいつの間にか会社に鎮座する看板キャラクターとして定着していく……数年後の武蔵野アニメーションには、何故だかファッションドールと熊のぬいぐるみが目立つところ飾ってあるのかもしれない。
興津さんの話題に戻ろう。ふとした描写からも「意外な一面」は読み取れる。
『えくそだすっ!』が完成した第12話、社長の丸川正人から「みんなでパァーっとやってくるといいよ」と言われた際、グッと両手を前に出して恥ずかしげにしていた。それにケーキ屋に転職した本田豊が顔を出せば談笑に付き合う「意外と人付き合いがいい一面」も持っている。最終話がそうであったように、いざというときは“制作魂”がよみがえるのか助け舟を出し、愛車のハンドルを握るとたちまち“音速の貴婦人”と化す。ここまで来ればもう意外でもなんでもなく「やっぱりそうだった」と思わせてくれた。これらは小出しの設定を積み重ねた結果できあがったもの。
本作のキャラクター描写の特徴はここだ。最初に土台となる大きなイメージを提示し(興津さんの場合は鉄面皮、スマートなど)、徐々にポイントとなる「意外な一面」や癖といった詳細な内面の性格付けをしていき、最後にはイメージと内面の刷り合わせが完成する。これは水島努監督が『ガールズ&パンツァー』などでみせた世界観を作るやり方と似ている。大きなフィクションの入れ物を用意し、小さなリアリティ(生活感ある芝居、小物設定など)で細部を補強していく。だから世界観で嘘を付いても戦闘シーンやドラマに臨場感があるわけだ。キャラクター作りも同じなのかもしれない。模範的・基礎的なキャラクターの作り方にみえて、急ぎすぎず、絶妙のタイミングで設定を加えていくその手つきはなかなかほかではみられない。最終話の打ち上げであれだけのキャラクターが登場しても混乱を招かず、見分けがついたのは設定の積み重ねが生んだ成果だろう。基本にしてある種の“奥義”だ。
最終話に関連して、「これは」と唸った描写がある。
愛車のアルファロメオ・ジュリエッタ(このチョイスもいい)で颯爽と登場し、オンエアテープを受け取った指に注目。爪に赤いマニキュアがみえる。打ち上げのために塗ってあったとみるのが妥当だろう。つまり、かなり楽しみにしていたのだと察せられる。勝手知ったる懐かしの道を気持ち良さそうに快走していたのは、華やかにドレスアップして参加する打ち上げが控えていることも理由にあったのではないか。もしかしたら、打ち上げやお祭りごとが好きな性格なのかも……という風に、マニキュア描写ひとつから様々な推測が成り立つ。
また、興津さんの属性は「メイド」に近いなと思うのだ。
事務的な言動や第20話で披露した“タップ弾き”、スポーツカーを乗りこなす万能のイメージはアニメ・漫画的なメイドと類似性がある(会社での役割はメイドというより家令や執事)。ただしそこには様式的な目線も多分に含まれているはずで、近いとはいえ大まかなグループ分けレベルの話。たしかなのはメイド的と思えるフィクションを混ぜ込んでも、世界観やキャラクターが破綻しないよう取り計らっていること。その塩梅の見極めは実に玄人。総務という役職の土台がしっかりしているから、揺るがない。
興津さんは、いわば「意外性が意外でなくなるまで」をバランス良く体現したキャラクターだ。そういう目でふたたび最初から観ると『SHIROBAKO』屈指の“ギャップ萌え”を味わえる。お試しあれ。
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