怖い話・恐怖体験談を集めてみた

怖い話、恐怖体験、不思議な体験などをネット上から集めてジャンル別にまとめたサイトです。

自慢じゃないが、私は憑かれやすい。
霊感なんかは殆どないので、自覚症状がなくて恐ろしい。
子供の頃はよく行方不明になって、次の日に田んぼの真ん中でケタケタ笑ってるのを発見されたとか、しょっちゅうでした。
今でも、体調悪かったり気ぃ抜くと寄って来ます。
そんな感じの話。

鳴門の方に用事があって、遠出してた日の帰り。
道路情報聞いてたら、何でも高速の方で事故があって大渋滞との事なので、旧道を通って帰る事にした。

長い距離ながら、県道なためか対向車は殆ど無い。
頭上を仰ぐと『○○峠○○市まで40km』の標識。
以前立っていた標識には、『首狩り峠』と書かれていた道だ。
数年前に、市長が「縁起が悪いから」と勝手に名前を変えたが、今でも『首狩り峠』の通称で呼ばれている。

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たいした話じゃないかもしれないけどこれ実話。

今から16~17年くらい前の話なんだけど、当時、週末の夜とかになると知人の家に集まって、みんなでゲームしたりとかして夜通しでよく遊んでました。

その日も週末になったので知人の家へ遊びに行くと、もう他の知人達は来ていて、いつも通りゲームやったり喋ったりしながら過ごしてました。
その日は昼間仕事だったので、若干疲れていた自分は眠くなってしまい、知人達を横目に、座ったままうつらうつらとしてしまいました。

完全に眠ってしまったワケではなくて、うっすらと意識があったので、知人達の会話が聞こえてました。
暫くしてから目を覚ました自分は、うっすらと聞こえていた知人達の話題に加わろうと思い、その話題を知人達に振ってみました。

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※このお話には「おばけなんてないさ(前編)」の続きです。

上京の時のようには、大学生活は上手くいかなかった。
まず、一番問題になったのが、実家の熟練中居の息子さんと同期入学だったこと。
自分もうちで働くつもりでいたらしくてさ。
本人、悪気はないんだろけど、学内で僕を「坊ちゃん」なんていうもんだから、ばればれ。
噂が広まってくと、そこから色々崩れてった。

一番空気悪くなったのが部内。
燃え尽きてないままに里帰りしたから、当然部活は軽音楽部に入ってた。
ロックが音楽の中で最高峰。
生き様もロックが最高っていう割に、ビジュアル系な三年、四年のバンドがいたんだ。
これに目をつけられちゃってね・・・。

何かというと、「苦労も知らずに音楽やってるやつはカスだ」みたいな扱い。
貧しさから音楽性は育つとか言う・・・。

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※このお話には「おばけなんてないさ(後編)」があります。

長い話になるよ。
まとめようと思っても、なんか言い足りないくらいでさ。

頭良くなくて、デブなやつがいたとするでしょ。
そいつがもし、小学生で大人が驚くほど歌が上手だったらどう育つと思う?

一つの例だけど。
僕の場合、歌を拠り所にして、歌に人生賭けたいと思うほどの大人に育った。
高卒で母と取引をして上京、上京に反対してる伯父を母にとめてもらって、実家の支援なしで突っ走ったよ。
高校時代からバイトして溜めた、三十万ぽっち握りしめてね。
不動産屋で実家に連絡とられると、伯父が出たら連れ戻したいなんて言われたりして。

それでもどうにか、事情を説明して母と連絡とってもらってさ。
で、実家の支援が受けられないから、どんな問題があってもいいから、安い部屋をって頼み込んで。
カプセルホテルで三週間くらい過ごして、ようやく見つけたのが、すさまじいアパートだった。

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私が30年程前に聞いた話です。

ある会社員が昭和40年代半ば、仕事でフィリピンの首都マニラのあるホテルに泊まった時、ホテルの部屋をノックする音が聞こえてドアの前まで来たものの、時計を見れば深夜の0時半。

常識的に考えればホテルのボーイでもよほどの事がない限りこんな時間にノックするなんて考えられないし、それにこのホテルには知り合いはおろか会社の同僚も宿泊していないはず。

恐る恐るドアを開けたらなんと一人の警官が立っていて、笑顔でカタコトの日本語で「コンバンワ、コレヤスクシトキマス。カイマセンカ?」と言ってホルスターからなんと拳銃を取り出すではないですか。

その人はその場で凍りつき、目の前の警官が自分の拳銃を買ってくれとお願いに来た事の意味を理解したのですが、その人は偽警官と疑って丁重に断りドアを閉めたという事でした。

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