第50話 領主の館にて
しばらくすると、階段を降りてくる足音と鎧をガチャガチャ言わせながら、やはりというか、案の定、ヘルムートと呼ばれていた長髪の騎士が部下を連れてリキオーたちの入っている牢屋の前に立った。
「ふっ、やはり、盗賊ではないか。この大嘘つきめ。このヘルムート様が傭兵崩れの野盗などに遅れを取る筈がないわ」
騎士は居丈高に腕を組んでリキオーたちを断罪する。
「何を言ってるんだ? 俺たちが野盗だという証拠はなんだ」
「馬鹿め! お前たち如きに証拠も何もいらんわっ。この俺が決めたのならそれが正しいのだ」
完全に脳筋の論理である。まあ、こういった私設の騎士団にありがちな、権力を嵩にきた弱い者いじめなのだろう。リキオーとしては初めからヘルムートが関わっていたのなら、ろくな事にならないとは感じていたのは事実だ。
しかし、ボスが脳筋でも配下がコントロール出来ないものだろうか。リキオーたちが助けた馬車で少し話した若い部下は誠実そうだったが。
「おい、後ろの。ギュンターとか言ったか。お前さんもそれで納得なのか?」
「申し訳ありません。団長を諌められなかったのは私の不徳のいたすところでございます。しかし、団長が言うことを受け入れるのも手前どもの義務でありますゆえ」
ギュンターは含むところがあるのか、リキオーの問いかけに目を閉じて詫びるように頭を下げるが結局のところ、長いものに巻かれているだけだ。
「そうか、ではお前たちは敵だな。残念だよ」
リキオーはベンチから立ち上がると、すたすたと何の気負いもない調子で牢屋の目の粗い格子の前に立っているヘルムートの前に立つ。リキオーを睨みつける脳筋の野卑な笑いに、こちらも応酬しながら胸の前で九字を切るような動作で腕を振った。
ヒュン、ヒュン、と何かが飛び交うような音がしたと思うと、格子状の牢屋の枠がバラバラに切断されて、カランカラン、と鉄の棒が地面に落ちるシュールな音を響かせた。そこには人が通れるほどの大きさの穴が開いていた。リキオーは腰を落とし、両手を前に突き出す恰好をした。
「なっ!」
『インパクトォ!』
「何をッ、げふっ!」
ヘルムートは目の前で起きたことを理解する前に、踏み潰されたカエルのような声を絞り出して、背中側の牢屋の格子に体をめり込ませるように吹き飛ばされていた。
「なっ、隊長ッ! か、かかれっ……ぎゃうっ」
目の前であっさりと素手の相手に吹き飛ばされた傭兵団の団長に、げぇっ、と驚愕を顔に貼り付けた部下は殺気立って剣を抜く。
そこに風のような勢いで間合いを詰めたリキオーが襲い掛かる。インパクトの応酬を受けて複数の部下が一緒に吹っ飛ばされ、壁に激突して意識を刈り取られていた。
「あ、あなたは何者です? どうして素手で戦えるのですか!」
「敵に教える理由はないな。お前たちが俺たちを野盗だと思っているなら、力づくで出て行くまでだ。悪いが腹を立てているのでな。手加減はなしだ」
リキオーが何事もなかったかのように、スタスタと歩いて近寄ってくるのをギュンターはまるで化け物を見るかのような誰何の声を上げるが、リキオーに一蹴される。
「ぐふっ……」
彼が腰のものに手を触れた瞬間、瞬間移動のように懐に飛び込んできたリキオーの振りぬいた両手が鎧をつけた胸にそっと押し当てられた。
次の瞬間、ギュンターは「馬鹿な」とありえないものを見るようにリキオーを見開いた目で見つめながら、彼が纏っていた金属製の板金鎧が弾けて割れて、後ろに吹き飛びながら意識を失った。
「マスター」
「ちょっと、こいつら片付けてくるからハヤテと一緒に後から着いておいで」
「はい」
アネッテは優しく微笑んでリキオーを送り出した。ハヤテもわうっ、と吠えてしっぽをフリフリさせていた。
「と、捕らえろッ、少々、痛めつけても構わん!」
リキオーは細い階段を上がっていくと、彼を貫かんと槍の穂先が無数に繰り出されるのをアースガードで絡め取った。そのまま階上に出ると、狭い空間にいた兵士を奪いとった槍を振り回して一網打尽に吹き飛ばした。
「ぎゃうッ、ひ、退けっ、閉じ込め……な、なにぃ!」
リキオーの勢いに慌てて逃げ出して扉を閉めて閉じ込めようと画策するが、扉ごと吹き飛ばされて、撤退する。
とうとう屋敷中に警戒を知らせる笛が響いた。
「何事?」
「はっ、牢から脱走した賊が暴れているようでございます」
駆け込んできた執事に事態を訪ねるのはほっそりとした体つきながら威厳を湛えた美女だ。
「ヘルムートは?」
「それが賊に倒されたようで。部下も同様で、誰も手が付けられません」
「役立たずね」
美女はヘルムートを一顧だにせず切り捨てる。領主エグモントの第一夫人で、屋敷の実質的な主であるイライダである。
彼女はチラッ、と奥の部屋で寛いでいる客人に微笑むと、執事に何事かを命じて大きくて広い階段を振り返った。もし賊が頭を潰しに来るのならここを通るしかない。彼女は待っているだけで向こうから客はやってくるのだ。
リキオーは相変わらず無双を続けていた。
「撃てっ、うてうてッ、何故当たらない? 化け物か」
通路のあらゆるところから、もうメンツも何もかも振り捨てて矢であれ、槍であれリキオー目掛けて撃ちこんでくる。
矢は風が、槍は土がそれぞれ行く手を阻み、リキオーには届かない。彼の前に矢が到達すると勝手に軌道を変えてあらぬ方向に飛んでいってしまうのだ。そのせいで怪我人も増える一方だ。槍も同様でリキオーの前に展開する土壁に飲み込まれ、当たらないばかりかそのまま撃ち出されてくるので迂闊に近づくことも出来ない。
そして、さっきまでいた位置に狙いをつけようと構えると、もうそこにはおらず懐まで踏み込まれてドッカーン、と派手な音と共に兵士たちは吹き飛んでいた。
『フンッ、ボスがあれじゃあ、部下も酷いもんだ』
少しは統制の取れたまともな訓練がなされていてもおかしくないはずだが、トップを失ったせいか烏合の衆と化している雑兵を眺めていた。もうすっかり及び腰になっている彼らに人相の酷い顔つきで睨みつける。
もう屋敷の兵士たちには統率など存在せず、リキオーが脅しにダンッ! と足を踏み込むとワーッ、と大声を上げて逃げていった。
もう事実上、この屋敷の防衛力は存在しないと言っても過言ではないだろう。
兵士が使う狭い通路を抜けて、隠し扉のようなドアを抜けると、屋敷のおそらくはメインホールのレセプションルームと思われる広い場所に出て来た。
綺麗に掃除された静逸な空間で落ち着いた雰囲気が漂っている。広い階段の上がった先に一人、女性と思われるシルエットが佇んでいるのが見えた。
「お待ちください。私は領主エグモントの妻、イライダと申します。どうかお怒りを沈めては下さいませんか」
「怒りの矛先を収めるのは構わないが、どうしてこうなったのか説明を求めたい。こちらはあくまで善意からご令嬢を助け、切られていたメイドの一人の傷を癒やした。それが、ギルドに出向いてみれば犯罪者扱いだ。あなた達に見返りを求めたつもりもない。こんな仕打ちを受ける謂れはないはずだが?」
リキオーは領主の夫人だという美女を前に全く臆することもなく受け答えをしている。幾分、戦闘の高揚が残っているのかもしれない。
「本当ならあなたさまを歓待してお礼を申し上げなければならないところを、こんな仕様になってしまい申し訳ありません。ヘルムートのしたことは私どもの不始末、なんなりとご沙汰を申し付け下さい」
あくまで低姿勢な領主夫人の言葉に、リキオーも頷いた。
「分かった。こちらの要求はギルドに犯罪者指定の解除を求めること。それと金輪際、俺たちにそちらから関わることがないようにしてもらいたい。この二つだけだ」
「分かりました。そのように手配いたしますわ」
彼女は執事に頷く。領主夫人の傍らに控えていたローブを着た執事と思われる男が階段を降りてきてリキオーとアネッテの武器を渡し、一緒に謝礼の金も渡そうとするがリキオーはそれを拒否する。領主夫人に一礼してアネッテたちと合流すると正門から出て行った。
「どうでしたか? あの者は。あなたのお眼鏡に適いましたかしら」
「ああ、奴は俺が仕留める」
領主夫人が声を掛けた相手が開いたドアの先から姿を表した。領主夫人とリキオーの会話を聞いていたSランク冒険者パーティ、ガルム武闘団のリーダー、アルブレヒトが獰猛な顔で呟く。同じパーティの女性法術士が彼の言動に呆れ、賢者はやれやれといった顔で首を振っていた。
行き当たりばったり過ぎて自分でもちょっと辟易としないでもないですが。
もっとマシな展開を考えたい…。
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