すぐ食材を買いに行きたいと思います。
ありがとうございました。
(テーマ音楽)舌耕という言葉が昔からあります。
舌で耕すと書きます。
お百姓さんが田んぼや畑を耕して作物を作るように舌で耕す稼ぎの事です。
舌でどこを耕すのか。
人の心をです。
ひと言ひと言人々の心の中を耕して笑いと涙といえさまざまな感動の実りをもたらすのです。
時には生きる喜びさえも。
そういう言葉一筋の話芸をお百姓さんのあのコツコツとやる仕事になぞらえて舌耕といいました。
「日本の話芸」はそういう舌耕の名手をお招きします。
そしてその人の芸に触れた事がその時代を生きた喜びとなるようなそういう話芸の名人をあなたの心の中に宿して頂くために。
(出囃子)
(拍手)相変わらず古い話を聞いて頂きます。
まああの大阪で関西でこの浄瑠璃といいますと義太夫の事ですな。
東京の方では浄瑠璃といいましても清元やとか新内やとかいろいろございますが昔は随分はやったもんでしてあっちゃこっちにこの義太夫の稽古屋さんがありましてねそこでこう教えるんです。
さかいまあ有名な浄瑠璃なんか誰でも知ってた訳で歌舞伎と同じように。
でこう男女のコンビがようございますがあれ不思議に必ず女の方が上になりまんなあれ。
「新版歌祭文」なんかいうんでもねこう皆この女の方が上。
お染久松というようにな。
お半長右衛門やとかね。
梅川忠兵衛やとかな小春治兵衛とか皆上になりますわなあれ。
お染半九郎とかな大助・花子と…。
これは違いますな。
(笑い)あっこはこの逆になってるという力関係がそういう事になるんでございまっしゃろけど。
まあまあそんな時分の明治の初め頃のお話でございますが…。
「おい!何してんねん」。
「え?」。
「何をしてんねん」。
「立ってんねん」。
「立ってんのは分かってるわいな。
立って何してんねんちゅうねん」。
「立って…立ってんねん」。
「立って立ってんねんちゅうセリフがあるかいな。
一杯飲ましたろか」。
「酒かい」。
「当たり前やないかい。
一杯飲ましたろて酒に決まったるわ」。
「銭あんのんかいな」。
「銭はないわい」。
「待てお前いつでも持ってもおらんくせにな偉そうに言うてお前の顔の利く店ないか」。
「何を言うてんねん。
心配いらんねん。
向こうから酒樽が転こんできたんや」。
「ど…どこに?」。
「あそこ歩いてる人。
今小間物屋の前歩いてるやろ。
そうそう今紙屋の前。
なっ。
金物屋の前八百屋の前」。
「そない言うたら分からんがな」。
「向こう歩いてんのやさかいそない言わなしゃあない。
そうそう。
今八百屋の前で誰かと立ち話してるやろ。
あの人お前知らんかちゅうねん」。
「知らんな」。
「この辺に住んでてあの人知らなんだらおめえ大阪に住んでてお城知らんのんと一緒やで」。
「ああお城に住んでる人かいな」。
「不思議な事考えなお前な。
それぐらい有名やちゅうねん。
お前どうらんの幸助ちゅう言葉聞いた事ないかい」。
「ああどうらんの幸助ちゅうの聞いてるで。
それがあのおっさんか?」。
「そうや」。
「どっかで見たような気がする」。
「見たはずや。
この横町の割木屋の親父やがな」。
「あああの割木屋のおやっさんがどうらんの幸助かい。
ふ〜ん…何でそんな有名なんや」。
「あの親父は偉い親父やで。
まだ人間が頭にちょんまげを載せてた時分にな丹波の篠山からおうこの先に天保銭2枚ぶら下げて大阪へ出てきたんや。
たったそれだけの元手でな。
銭になる事なら何でもして始末してコツコツコツコツと金をためてやで今ではあんだけの店。
なっ。
丁稚の2人も使うような一家の主になったんや」。
「偉いもんやな」。
「偉いもんや。
けどまあそれだけ金ためて一生懸命働いたおやっさんやさかいな楽しみちゅうものが何にもないのあれ」。
「何にもないの?」。
「何にもないな。
茶屋酒なんか飲んだ事もないで。
芸者という紗は夏着るのんか冬着るのんか。
舞妓という粉は一升なんぼすんねん。
太鼓持ちちゅう餅は焼いて食うたらうまいんかちゅう親父や」。
「えらいおやっさんやなあれ」。
「そらお前芝居や浄瑠璃なんか見た事も聞いた事もあらへんで。
寄席行ってはなし家があんなアホな事言うて銭を取ってるちゅう事を聞いたら殺しかねんちゅう親父やであれは」。
「えらいおやっさんやな」。
「勝負事なんかいっぺんもした事ない。
何にもそういう遊び事は知らんねん」。
「はあ〜だけど世の中に何の楽しみもなかったら生きてても何の楽しみもないやろな」。
「もうそんなややこしい物の言いをしないなお前。
ところがあの親父には一つだけ道楽がある」。
「どんな道楽や」。
「喧嘩や」。
「悪い道楽やなおい。
喧嘩するんやったらまだ茶屋酒の方がマシやで」。
「違うがな。
喧嘩なんかせえへん。
喧嘩の仲裁をするねやな」。
「喧嘩の仲裁が道楽になるか」。
「それが道楽になんのやな。
人が喧嘩してるやろそこへパッと飛び込んで『待った!お前らこのわしを誰や知ってるか』とこう言うねん。
相手が『割木屋のおやっさんでんな』と言うたらおさまりやな。
『ようわしを知っててくれてうれしいやっちゃ。
この喧嘩わしに任すか』『任します』つったら『ついてこい』て小料理屋へ連れていってな一杯飲ましてわ〜っとこうなっ。
『仲良うせえよ〜!』仲直りさして『幡随院長兵衛は俺でござい』これがあの親父の道楽やがな」。
「けったいな道楽やなおい」。
「だからお前とわしとここで相対喧嘩しよう」。
「相対喧嘩て何や?」。
「偽物の喧嘩するねやな。
めったにようほっとかへん。
パッと飛び込んできよるわい。
『おいお前らわしを誰や知ってるか』『割木屋のおやっさんでんな』ちゅうたらええねや。
『うれしいやっちゃ。
この喧嘩わしに任すか』『任します』ちゅうたら『こっち来い』つって小料理屋へ連れていって2人でわ〜っと飲めるちゅうねんて」。
「そううまい事いきゃええで。
お前。
こっちは一生懸命喧嘩してるわ知ら〜ん顔して行かれてしもたらあとどうなんねんこれお前」。
「そんな事ないねやて。
ようほっとけへん。
こないだやみな犬の喧嘩の仲裁したんやさかい」。
「犬の喧嘩!?」。
「そこの金物屋の黒犬がやなどっかの野良とこう…喧嘩しとってん。
かみ合いを。
親父がパッと飛び込みよったな。
『待った!お前らわしを誰や知ってるか』とこない言うたんや」。
「ほな犬が『割木屋のおやっさんでんな』言うたかい」。
「犬がそんな事言うかいな。
『ワンワンワ〜ン』言うてるがな。
『ワンワンワンちゅうとこみたら知ってるな。
この喧嘩わしに任すか』『ワンワンワン』『ワンワンワンちゅうとこみたら任すな』って勝手に勘定つけやがって。
『どうせお前ら食い物の事やろ』言うて煮売屋へ行って生節をぎょうさん買うてきて『さあ食え!』犬のこっちゃがなごちそうが来たら喧嘩忘れて食べてるやないかい。
食うだけ食うたらまた喧嘩や。
『まだ足らんか!』てまた煮売屋へ行って生節をバ〜ッ。
食うてしもたらまた喧嘩や。
『まだ足らんか!』もう生節ないようになってもうてもうブリでもアジでも何でも持ってきてバ〜ッ。
犬の喧嘩と5〜6ぺん往復しよってん煮売屋とをな。
しまいに犬の腹が膨れてもう喧嘩どころか『ウ〜ン』言うてしもたら『仲良うせえよお前ら!幡随院長兵衛は俺でござい』」。
「ほんに変わった親父やな」。
「お前とわしとが喧嘩してたらなめったにようほっとかへんねんさかい。
やろ」。
「相対喧嘩てどんな事すんのやろ」。
「手っとり早いのは一番早いのはぶつかるのやな。
いきなりド〜ンとわしに行き当たれ。
なっ。
『こら!向こう見て歩け!』ちゅうたらわしが一つボンとどつくさかいなお前を」。
「そらまあ酒飲ましてもらうんやさかい一つぐらいは辛抱するけどな。
どっちどつく?」。
「そんなもんその時の都合で分かるかい」。
「なるべくならなあの…こっち側どついてや。
ここにでんぼが出来たんねや」。
「そんな手荒い事せえへんわい。
とにかくボ〜ンとどつくさかいお前はそやなそっちはちょっと生たれてる方がええな。
『お互いさまやおまへんか』とこう言え。
『お互いさんもくそもあるかい』て向こうずねバ〜ンと蹴り上げるさかいな」。
「痛そうなとこばっかりやなお前。
ぼんやりやってや」。
「ぼんやりやるがな。
バ〜ンと…。
『口で…口で言うたかて分かるやおまへんか』『手ぇかけへんでもよろしい』『口もくそもあるかい!』あばらの3枚目バ〜ン!」。
「おお…やめるわ。
急所やでそれは」。
「ほんまに使へんがな。
わしがこう手ぇ持ってたらお前あおむけにドワ〜ッとひっくり返ったらええのやな。
こけぇ。
わしが足持ってズ〜ッと引きずっていてそこの小便タゴへ放り込んで上から石をバンバンバンバンバンバン」。
「やめさしてもらう。
そないまでしてわしは酒飲みたい事ないのやさかい。
なにもそないまでして…」。
「そこまでいけへんけどそれぐらいの勢いでやらなんだら向こうが信用せえへんさかい言うてんねん。
歩きだした歩きだした。
はいはいボンと来いボンと来い」。
「え?…もういいか?」。
「隠れんぼみたいな事言うて…。
ボンと来い!」。
「あのおっさんが気の毒…」。
「そんな事言うてたらあけへん。
行き当たれ!ドンと。
こら!何で行きやがった!何で行き当たりやがったんじゃい!」。
「何でてお前が来い言うさかい」。
「そんな事言うたらあけへんやないか!」。
「あけ…そんな一つちゅう約束」。
「何が一つ…」。
「こら!言うたってんやないかい。
ここどついたらあかんて言うてんねん。
でんぼの上まともにどつきやがって。
それ見てみ。
潰れてしもうたわ。
お前もう。
本気か?本気ならお前らに負けへん」。
「アホ力出したらいかん!うわっ…ちょ…目ぇ指が入る」。
「指が入る…くそガキいてもうたらおのれら!」。
「このガキ…アホいてまえるもんならいてみい!さあ殺せ〜!」。
どうやら喧嘩がほんまもんになってきた。
これが耳へ入ったさかいたまりまへんな。
「待った待った!待たんかい!おい!お前らわしを誰や知ってるか」。
「おっあんた割木屋のおやっさんでんな」。
「ん?知っててくれてたとはうれしいやっちゃな。
こっちの男お前もわしを誰や知ってるか」。
「あんた割木屋のおやっさんでんな」。
「おお2人ともわしの顔知ってるところを見たらこの辺のやっちゃな。
どや?この喧嘩わしに任すか?」。
「そらもうおやっさんあんたみたいな人に入ってもうたら喜んでお任せ致します」。
「そうか。
こっちの男お前もわしに任すか?」。
「そらもう任す事になってまんねや」。
「なってまんねやとはどういう訳や。
任すんやな?よし。
ならちょっと黙ってわしについてこい」。
「えらいすっくりいったな」。
「うまい事いった。
こういくとは思わんかった」。
「こら。
そう仲良う話をすなお前ら。
仲裁もせん先にそう仲良うしゃべられたら頼りのうていかんわ。
黙ってついてこいほんまに。
邪魔するで」。
「あっお越しやす」。
「2階の部屋空いてるか?」。
「へえ。
どうぞお上がりを」。
「ここへ上がれ」。
「おやっさんなかなかこれええ座敷でやんな」。
「何を抜かしとんねん。
こっちへ座れ。
お前そこへ座れ。
あああの〜銚子を1本と杯を1つだけ用意しといて。
それであとはまたあとの事でいっぺん下へ下りてて。
ちょっと話があるさかい下へ下りててもらいたい」。
(せきばらい)「さて今日はわしのような者が仲へ入ったにもかかわらず気ぃよう喧嘩を任してもろうて礼を言います。
しかし仲裁をするとなったら初めからのいきさつを聞かんならんのや。
大体どういうところから喧嘩になったんかお前から先言え」。
「おやっさんそんな事はもうどうでもよろしいがな。
初めこの大きいもんでぐっといきまひょかな」。
「何を抜かしとんねんこの男は。
あの親父に任したけども訳も何にも聞かずに無理やり仲直りさせられたてな事を言われたらわしも顔に関わるさかい言うてんねん。
とにかく喧嘩の事初めからの事ずっと言え」。
「もうおやっさんあんたに任したんだっさかいなとにかくそんな事はもうどうでもよろしい」。
「任した任したちゅうたかて訳も何にも聞かんと…。
ははあ言い渋ってるところを見るとこの喧嘩はわれが悪いな。
よしこっちのやつに聞こう。
おいお前その初めからの事を言え」。
「へっ?」。
「どういうとっから喧嘩になったか初めからの事を言えっちゅうねん」。
「初めなわたい立ってたんでんねん。
ほなこいつが『何してんねん』言うさかい『立ってんねん』『立って何してんねん』言うさかい『立って立ってんねん』」。
「何を頼りない事抜かしてけつかんねん。
『立って立ってんねん』てな言いぐさがあるかい」。
「それで『一杯飲ましたろか』とこう言うさかいね『銭あんのんか?』『ない』。
いっつもそうでんねんこの男。
銭もないくせにな『一杯飲ましたろ』てな事言うてそれで当てが外れたらやな『わしの顔の利くとこ…』。
そんな事ばっか言いよりまんねん。
ほんで『今日は銭のうても飲める』ちゅうてな『向こうから酒樽が転こんできた』言うて」。
「アホ!何を言うてん…!」。
「お前は黙ってえっちゅうねん」。
「ほいで小間物屋の前や紙屋の前や八百屋の前やお城に住んでる人や…」。
「分からんがなお前の話は。
何を言いたい…」。
「おやっさんそいつアホ…」。
「ごちゃごちゃ抜かすな。
何かい?ほんならつまりお前ら酒が飲ますと言うて飲まさなんだとかそんなしょうもない事で喧嘩になったっちゅうのかい」。
「まあそうでんねん。
まあ酒が飲みたいさかい喧嘩せんなん事になったん」。
「情けないガキやで。
おい!ほんならもうお前ら大体が友達同士やろ。
ならわしに預けてこの喧嘩きれいに水に流すな?」。
「そら流さしてもらいます」。
「お前もいざこざないな?」。
「何にもあらしまへん」。
「よし。
ほんならな…お前の方が年上らしいな。
さあこれ受けえ。
それをぐっと空けえ」。
「へえ頂きます。
うん。
癖のないええ酒だんな」。
「そんな事はどうでもええねん。
こっちへ回せこっち」。
「そんな1杯飲んだだけでっしゃろないかいな。
せめて駆けつけ3杯…」。
「何を言うとん…!こっちへ回せっちゅうんじゃその杯を。
お前もそれをぐっと空けえ」。
「これはどないしたら?」。
「わしにもらおう。
お前ついでくれ。
…おっと。
ほんならこの喧嘩きれいに水に流して仲のええ友達同士に戻るんやぞ。
ええな?蒸し返すってな事があったら今度はわしが承知をせえへん。
これでこの喧嘩きれいに収まった。
ええな?もっといててやりたいがなわしがこんな所に座ってるとどこでまたどんな大きな喧嘩が起こってるや分からん。
出かけるよってあとは仲良く…」。
「ちょちょちょっ…!そら殺生やあんた。
あんだけの喧嘩を任してんのに酒が1本じゃそら…」。
「何を言ってる。
足らなんだら下へ言うてもろたらええやないか」。
「注文してもよろしか?小鉢物ちょっと2つ3つもろてもよろしやろかな?」。
「そんな事ぐらい構へん」。
「すんまへん。
帰りに土産…」。
「どこまで厚かましいんや!ええ加減に飲み食いせえよ。
酒食ろうてまた喧嘩しやがったら承知せんさかいな。
ほんまに。
あっあの連中のんないつものようにわしの方へ付けといてもらいたい。
それで何かちょっと2品3品見繕うて持ってったって。
去にしなになそやな…ちょっと鰻巻きでもこしらえて土産に持たしたってんか。
それでな…そうやそうやもしも酒食ろうて暴れるてな事があったらちょっと知らしてもらいたい。
じきに取り押さえに来るさかい。
頼んだぞ。
あ〜わしの顔もだいぶ売れるようになったな。
ふっと見るなり『あんた割木屋のおやっさんでんな』。
じきにこう言いよったんがうれしいな。
しかしまああれぐらいの喧嘩ではどうも収まらんな。
頼んのうていかんわい。
やっぱりドスの20〜30本も乱れ飛んでる所へバッと飛び込んで向こう傷の一つも受けてやな向こう傷のおやっさんとか三日月のおやっさんとか言われるようになりたいもんじゃい。
どうもこのごろ世間が不景気で喧嘩までが不景気になりやがったな」。
「おやっさん」。
「何じゃい?」。
「喧嘩探して歩いてんのかい?」。
「誰がそんなもん探して歩くかい」。
「向こうの辻にな若い者がぎょうさん集まってたで」。
「喧嘩か?」。
「いや何もしてへんけど銭やってさしたらどうや?」。
「あっち行けアホ!あんな事言うやつがおるさかいどんならんわい」。
ぼやきながら辻をこう曲がってやって参りますとそこにありましたのが浄瑠璃の稽古屋でございます。
踊りの稽古屋なんかはもう窓の所へ近所の人が集まって一生懸命見てるもんでございますがまあ浄瑠璃の方はそんなにぎょうさんはおりませんな。
「さあさ金丸さん今日から新しい本になったやさかいなしっかりやらなあきまへんで」。
「わてもこっちからお願いしてこんな『帯屋』をやらしてもらいまんね…」。
「『お半長右衛門』な。
あんたはな今まで一段と言いたいが一段どころかさわり一つまともにあがった事ないねやさかいな紙ならもう2枚もいたら『これ嫌やあれがやりたい』。
何でも人のやってるのがよう見えて『あれにするこれにする』てまともにいた事はないねやさかい。
今度はあんたの注文でまだ本当はちょっと荷が重いねやけどもこの『帯屋』をやる。
だからあんたしっかりやらなあきまへんで」。
「こらわてからこの『お半長』はなお願いしてまんねやさかい」。
「初めのとこ見てみなはれや。
『桂川連理柵』。
よろしいな?そこんところ文句見てなはれや。
『柳の馬場押小路シャン軒ィをォ並べし呉服店現金商い掛硯テン虎石町の西側に主は帯屋長右衛門井筒に帯の暖簾のォかけね如才も内儀のお絹気の取り苦しい姑にィ目をもらわじとォたすきがけェ』。
ちょっとそこやってみなはれ」。
「お師匠あんたはそらつらつら言えますけどな私はなかなかそうは…」。
「当たり前やがな。
初めからでけたら誰も稽古なんかせやしまへん。
『柳の馬場押小路』とそこんとこ」。
「『や…やや…柳の馬場押小路』」。
「読んでんのやそれは。
節をつけないけまへんしっかり」。
「『やや…柳柳…』」。
「おなかに力を入れてな力の籠もった声を出しまんねん。
『柳の馬場押小路』」。
「『や…やなぎの…』」。
「そんな嫌らしい声出さいでもええねんあんた。
普通の声でそれに力を入れて言いまんねん。
『柳の馬場押小路』」。
「『や…柳の馬場押しこかし』」。
「あんた今何を言いなはったん?あのな節がでけんのは許すけど文句間違えたら…。
本読んでやってなはんねん。
『押しこかし』てのはどこに…。
『柳の馬場押小路』。
書いてあるとおり言いなはんか」。
「お師匠わてここ嫌いだんねん」。
「また始まった。
今度はちょっとひどすぎるであんた。
いつもなら紙なら1枚半か2枚いたところであんたこれ嫌やとか何とか言うねん。
まだ1行もいてないところで。
これあんたの注文!」。
「わてがやりたいのはここやおまへん。
もっと先の方でやりたいとこおまんねん」。
「どんなとこがやりたい?」。
「嫁いじめするとこおまっしゃろ。
嫁いじめするところ。
ここここ!この辺この辺!『親じゃわやアい。
チェーあんまりじゃわいなあ』ここが好きだんねん」。
「けったいなとこが好きなんやなあんた。
『親じゃわやアい。
チェーあんまりじゃわいなあ』。
なるほど。
ちょっと浄瑠璃らしい聞こえまっしゃないか」。
「好きこそ物の上手なれ。
ここは人のん聞いて覚えてまんねん。
『親じゃわやアい。
チェーあんまりじゃわいなあ』」。
「もし珍しい浄瑠璃やってまっしゃないか」。
「そうそうここはいつも『三十三間堂』やとか『太十』やとか決まってまんねん。
『帯屋』は珍しい」。
「そうでんがな。
だけどこの帯屋の嫁いじめなここのところはむかつきまんな。
芝居で見てても…」。
「そうそうそう。
役者がやってる。
うそやと分かっててもむかむかして舞台上がってってどついたろかっちゅう気になりまっせこの嫁いじめのところは」。
通りかかったどうらんの幸助の耳に「嫁いじめ」ちゅう声がパッと入った。
「ちょっと尋ねますがな」。
「へえ」。
「この辺に嫁いじめがあるそうなな」。
「へい」。
「どこに?」。
「いやここでやってまんねん。
聞いてみなはれ」。
「親じゃわやアいチェーあんまりじゃわいな」。
「あ〜相当派手にやってるな。
あんさん方ご近所の人らしいが面白そうに窓からのぞき込むだけで中へ入って口をきいてやろうという人はおらんのか?」。
「何でやす?」。
「中へ入って仲裁の一つもしてやろうという親切心のある人はおらんのか?ちゅうてんねや」。
「いえこれあんた『お半長』でっせ」。
「『お半長』って何や?」。
「いや浄瑠璃でんがな」。
「浄瑠璃って何じゃい?」。
「難儀な人が来たなこれ」。
「わしゃなこういうもん見たらようほっとかん性分や。
ちょっとどきなはれ。
ごめんやす」。
「へいお越しやす」。
「ちょっとここの主さんにお目にかかりたいが。
いや私は通りがかりの者じゃがな。
ちょっと主さんに」。
「さようか。
お師匠はん何や主さんにお目にかかりたいいう人が見えてまっせ」。
「ああさようか。
金丸さんちょっと待ってておくれやっしゃ。
へえどちらさんでございますかいな」。
「あんたがここの主さんか」。
「さいでおます」。
「みっともないとは思わんのか?」。
(笑い)「何が?」。
「ご近所の笑い者になってまんねんであんたんところは。
え?ほんまにまあ昼日中…。
ちょっとここへなその今『親じゃわやアい』と言うてた人ちょっと出してもらおうか」。
「金丸さんあんたがおかしな声出すさかいこんな人が入ってきたんや。
ちょっとこっちおいなはれ。
この人でんねん」。
「見りゃまだ若そうな。
なら『チェーあんまりじゃわいな』ちゅうてた人出してもらおう」。
「この人でんねん」。
「え?」。
「この人でんねん」。
「ほな『親じゃわやアい』は?」。
「この人でんねん」。
「ほな一人で自分で言うて自分で返事してたんか?お前はアホか!」。
(笑い)「いやこれあんた浄瑠璃でっせ」。
「浄瑠璃って何じゃい?」。
「分からん人もいたな。
『お半長右衛門お半長』でんがな」。
「『お半長』って何じゃい?」。
「難儀やなこれ。
『お半長』知らな…。
あのね何もここの家がもめてる訳やおまへんねん。
これは京都でもめてまんねや。
京都のもめ事」。
「何?京都のもめ事をここでゴチャゴチャ言うてんのかいな。
暇なやつばっかりそろいやがって」。
「いやあんた何にもご存じないの?『お半長右衛門』知らんのかいなこの人。
いや大体な京都になあらまし言いますけどな柳の馬場押小路虎石町の西側ちゅう所に帯屋長右衛門ちゅううちがおまんねん。
でこの長右衛門さんは養子さんなんやけどそこの舅の半斎これがもう数珠を離した事がないという結構人なんやけどなこの後妻のおとせちゅうおばんがこれがなまあ半斎さんが…。
元おなごしさんやったいうんで手ぇつけたんであとへズルズルベッタリ入り込んでしもうた。
ところがこれに連れ子の儀兵衛ちゅうのがおりますねん。
この長右衛門も養子やさかいに何か落ち度を見つけてこいつを放り出して儀兵衛をここの跡継ぎにしたいちゅう腹がこのおとせのおばんにはありまんねや」。
「なるほど」。
「ところがこの長右衛門さんに一つ悪い事がでけたというのは近所に信濃屋ちゅううちのお半ちゅう娘はんがおりまんねや。
お伊勢参りの下向道石部の宿の出羽屋という宿屋へ泊まり合わした時にちょっとした間違いがあってなこのお半さんと長右衛門さんとがややこしい仲になってしもうた。
それをこのおとせが嗅ぎつけたもんやさかいたまらんがな。
それをひとつ荒だてて長右衛門を放り出そうちゅう事になった。
とここにお絹さんというてこれ長右衛門さんの嫁はんこれがもう日本一の貞女と言うてもええ人なんや。
これが夫の恥を外へ出そまい家ん中をまるう収めたい姑に恥もかかされへんしというんでいろいろと心を砕いてますのやが家ん中がゴジャゴジャともめると。
こういうこってんねや」。
「なるほど。
世間にようあるやっちゃうん。
まあわしゃこれから京都へ行ってそのもめ事裁いてきたろか」。
「な…」。
「そういう事を聞いたらわしはようほっとかん性分や。
これから京行てその帯屋のもめ事をわしが見事に裁いて帰ってきたろかとこない言うてんのや。
どや」。
「えらい事になってきましたね。
どないしまひょ」。
「そらお師匠はんひとつ行てもろたらどんなもんでっしゃろな」。
「行てもらいまひょうかな。
ほなあんさんえらいご苦労はんですけど京都の方行っとくなはれ」。
「わしゃこういう事聞いたらようほっとかん性分じゃ。
ちょっとその硯箱貸してくれ。
硯箱。
ちょっと書いとかないかん。
何や言うてたな京都の柳の馬場」。
「柳の馬場押小路虎石町の西側ちゅうとこで」。
「柳の馬場押小路虎石町の西側やな。
うん。
ほいで主は帯屋長右衛門。
ああ帯屋の長右衛門やな。
ほいでこの嫁はんがお絹さんちゅうのがこれが日本一の貞女か。
あ〜なるほどな。
ほいで舅が半斎。
でこの後妻がおとせちゅうのんか。
あ〜こいつが悪いばばあやな。
なるほど。
この長右衛門ちゅうのは年はいくっちゃい?」。
「40に近き身をもってと言いまっさかい38〜39でっしゃろうかな」。
「分別盛りやないかい。
でこのお半ちゅう娘はこれは年はいくつや?」。
「14でんねん」。
「14?またませくさって何を。
きょう日のおなごというものはほんまに。
よしほんならわしがこれを見事に裁いてなまたここへ知らしに来るさかいな」。
えらい勢いで家を出ていきましたがこのおっさん旧弊な人でその時分京都と大阪にはもう鉄道が敷けておりましたけどもあの石炭の臭いがかなんちゅうんでこのおっさん八軒屋へ行きまして夜船1晩かけて30石で伏見の浜へ着いた。
久しぶりの京都やちゅう訳で上がってまいりまして…。
「あ〜夜船も久しぶりやわい。
ちょっと尋ねますがな」。
「何どす?」「この京都に柳の馬場押小路ちゅうとこあるかい?」。
「へえおっせ。
押小路おっせ」。
「虎石町の西側ちゅうとこあるかい?」。
「へえ西側。
東側もおっせ」。
「余計な事言わいでもええ。
東側どうでもええ。
西側さえあったらええねん」。
「さよか」。
「そこに帯屋長右衛門ちゅううちがあんのあんた知らんか?」。
「ちょっと待っとくなはれ。
聞いたような文句やなこれ。
柳の馬場押小路虎石町の西側で主は帯屋長右衛門…。
アホか!そらあんた『お半長』でっしゃないかいな」。
「『お半長』や。
知ってるか?」。
「知ってますがなもう。
『お半長』みたいなもん子どもでも知ってまんがな」。
「子どもでも知ってるか!何でわしが今まで知らなんだ」。
えらい勢いで柳の馬場へやって参りますと明治の初めその辺に1軒帯屋さんがあったんやそうでございます。
災難なんはこのうちでんな。
「ここのうちと見たな。
ごめんやす」。
「お越しやす。
どうぞまあ。
お座布持って…」。
「いやいや構うて頂いては困ります。
私はなこちらさんへ帯を分けて頂きたいと思うて来たんやございませんので。
主さんに折り入って話があって出てまいりました」。
「それならなおさらの事。
どうぞお当てなしておくれやす」。
(せきばらい)「いやなかなかええお店でございますな」。
(せきばらい)「承りますとこちらさんは近頃ゴジャゴジャともめるそうなな」。
「何だすかいな。
いや私とこはもめてはおりませんけども」。
「いやいやあんたはここのご番頭さん。
あ〜。
主人の家の恥は明るみには出せません。
なかなか忠義なお方じゃ。
しかし私はなちょっと先申し上げておきますがこの中へ入って口をきいたさかいというて帯を1本もらおうの何か礼をしてもらう。
そんな事はこっから先もございません。
あくまで親切で来てます。
それは先ちょっと申し上げておきます。
まとりあえずここの主の長右衛門さんにちょっと出てもらいまひょうかな」。
「やっぱり間違うてますわ。
どうもおかしいと思うてました。
いえうちの主はな太兵衛と申しますんで長右衛門とは申しません」。
「隠さいでもよろしい。
私は皆調べ上げてみとるんや。
けどまあ長右衛門さんはちょっと出にくいかも分からん。
一つ悪いところがあるでな。
ならお内儀のお絹さん。
日本一の貞女やそうな。
この人にちょっとお絹さんにちょっとここへ出てもらいまひょうかな」。
「やっぱり間違うてますわ。
うちのお内儀はお絹とは申しません。
お花と申しますが」。
「またそういう事を。
そういちいちあんたの方で隠し事をするんならな私はなここの話をやめて信濃屋はんの方へ先行きまっせ。
信濃屋はんでわしがお半さんに会うたらちょっとこのうちに困る事がでけてもそりゃわしは知らんで」。
「ちょっと待っておくれやっしゃ。
どうも最前から話が何やおかしいような具合やと思うてましたが信濃屋のお半でここが長右衛門。
ひょっとしてあんたの言うてるのは『お半長右衛門』と違いますか?」。
「そや『お半長右衛門』…」。
「アハハアホな事言いなはんな。
真面目な顔してこの人。
『お半長右衛門』ならとうに桂川で心中しましたがな」。
「死んでもうたか!は〜。
汽車で来たらよかった」。
(拍手)2015/03/28(土) 04:30〜05:00
NHK総合1・神戸
桂米朝さんをしのぶ 日本の話芸・選 落語「どうらんの幸助」[解][字]
3月19日逝去された桂米朝さんを追悼して、米朝さんの名演をアンコール放送する。1992年11月27日放送回より「どうらんの幸助」をお届けする。
詳細情報
番組内容
【出演】桂米朝
出演者
【出演】桂米朝
ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 1/0+1/0モード(デュアルモノ)
日本語
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz
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