ETV特集▽将棋名人 羽生善治/伝説のチェスチャンピオン ガルリ・カスパロフ 2015.03.28


チェス。
それは知性の試金石。
そのチャンピオンは世界一の頭脳として称賛を集めます。
去年11月。
チェス界を代表する元世界チャンピオンが対局のため初来日を果たしました。
試合を始めて下さい。
ガルリ・カスパロフさん51歳。
10年前に引退するまで長きにわたり頂点に君臨した伝説のプレーヤーです。
対戦相手は将棋界の第一人者羽生善治名人。
タイトル獲得数はだんとつのナンバーワン。
26歳で史上初の7大タイトル独占を果たした圧倒的王者です。
チェスにおいても日本トップの実力を誇ります。
よろしくお願いします。
そして対決のあと更に夢の対談が実現。
将棋界の頂点に君臨し続ける羽生さんにとってチェス界の風雲児カスパロフさんは憧れの存在。
長年抱いてきた疑問を次々とぶつけました。
44歳となった今も若き挑戦者たちに立ちはだかる羽生さん。
絶頂期のさなか突然引退を宣言したカスパロフさんに尋ねたのはずばり天才の引き際について。
どう考えても…更に対談は人工知能の話まで。
実は18年前人工知能に世界チャンピオンとして初めて敗北したカスパロフさん。
そして複雑な将棋においても人工知能がプロを凌駕しようとしている今。
負けました。
人は日々進化する人工知能とどのようにつきあっていけばいいのか。
天才を生み出すヒントから私たちの未来まで。
東西2人の天才が縦横無尽に語り尽くしました。
カスパロフさんは今回ネット動画配信会社が主催するイベントのゲストとして招かれました。
プロ棋士とコンピューターソフトが戦う電王戦。
その目玉のイベントとして羽生名人とチェスで対決したのです。
実は羽生さんはチェスでも日本人トップの腕前。
世界的チェスプレーヤーに勝利するなどその実力は折り紙付きです。
それでは試合を始めて下さい。
今回の対局は2番勝負。
第1局。
先手のカスパロフさんは開始早々羽生さんの意表をつきました。
カスパロフさんが選んだ初手は右端のナイトという駒を動かす一手でした。
通常チェスでは初手で中央にポーンという駒を進ませるのがセオリーです。
羽生さんがチェスの定跡に通じていると見てセオリーを外し過去の前例が通用しにくい力勝負を挑む作戦に出たのです。
カスパロフさんのねらいは的中。
序盤から羽生さんが対応を誤りポーンという将棋の歩にあたる駒を取られてしまいます。
このリードをそのまま守りきり第1局はカスパロフさんの完勝となりました。
第2局始めて下さい。
そして2局目。
先手の羽生さんが序盤から積極的に動きます。
攻める羽生さん。
じっと耐えながら反撃の機会をうかがうカスパロフさん。
中盤羽生名人はカスパロフさんの守りの要斜めに動くビショップにねらいをつけました。
この駒を取られては困ると考えたカスパロフさんはビショップを逃がします。
羽生名人がそれを追いかけては元に戻るという同じ手順が繰り返されました。
こう着状態です。
ここでビショップをもう一度逃がせばカスパロフさんは引き分けに持ち込む事ができます。
誰もがこのまま引き分けになるかと思ったその瞬間…。
カスパロフさんは引き分けをよしとせず縦横に動くルークという別の駒を展開。
羽生さんのキングに襲いかかる姿勢を示しました。
その数手後。
羽生さんは攻撃を警戒し過ぎるあまりこのルークを交換。
しかしそれが自分の攻撃力を落とす結果となり投了に追い込まれました。
意表をつく攻撃で肉を切らせて骨を断つ。
元世界チャンピオンの実力を見せつけた圧巻の2連勝でした。
そして対局後。
よろしくお願いします。
どうぞ。
羽生さんはカスパロフさんとの対談を心待ちにしていました。
一方のカスパロフさんも羽生さんとは初対面ながらかねてからその強さに尊敬の念を抱いていました。
私はあなたの本を持っているんですよ。
「羽生の頭脳」を読んで将棋の事を勉強しているんです。
7手詰めならどうにか解けます。
将棋は守りがとても複雑なので実際に対局するのは無理ですが攻める事だけを考えればいい詰め将棋なら結構できるんですよ。
カスパロフさんは将棋とチェス両方をやってみて共通点とか違うところとかはどのように感じられてますか?羽生さんに将棋について語るような大それた事はできません。
もちろん将棋のルールや将棋がたどってきた歴史については知っていますが私にとって将棋の大部分は未知の世界です。
チェスと将棋が似ているところがかえって混乱してしまうんです。
例えば桂馬の動きです。
桂馬はナイトと違って前だけに進み横には動けませんよね。
時々分からなくなってしまうんです。
なるほど。
私は結構チェスをやってる時に高い位置にいったら将棋をやってる時の習慣で安全になると思う事があるんですけどもチェスをやっている時は高い位置にいくとむしろ危険になる事が多いんでそこが非常に混乱するところです。
将棋とチェス。
共に相手の王様を攻略するというゲームですが駒の動きに大きな違いがあります。
例えば将棋では桂馬にあたるナイト。
桂馬が前にしか進めないのに対し前後左右に同じ動きができます。
更に攻めや守りの要である金や銀が一手で1マスしか動けないのに対し同じようにキングの横にあるクイーンは縦横斜めにどれだけでも進む事ができます。
チェスの特徴はこのダイナミックで強力な駒の動き。
近世ヨーロッパの戦争では大砲を使った砲撃戦が主流だった事が影響しているとも言われています。
一方将棋の駒は動きは小さいものの取った相手の駒を自分の駒として使えるというチェスにはない大きな特徴があります。
日本では多くの武将が捕虜を自分の部下として再雇用し戦いを有利に進めようとしたため将棋の駒も再利用できるようになったという説もあります。
将棋の世界っていうのはですね400年前に江戸時代の頃は茶道とか華道とかというような家元制度があって伝統的な文化の一つとして日本の中で育ってきているんです。
チェスの場合はそれぞれの国でもちろん文化の一つであるとは思うんですけれどもどのような位置づけになっているんでしょうか?チェスや将棋の歴史はまるでたくさんの枝を広げて成長していく木のようなものです。
人類の文明の広がりに伴った壮大な物語といってもいいと思います。
文献が残っていないので定かではありませんが一説によるとこれらのゲームはインドで発明されたそうです。
そしてそれは一方は東へ一方は西へ全世界に広がっていきました。
伝わった土地土地で人々の世界観や戦争の形態そして社会制度が変わっていくのに伴ってチェスも徐々に変化していきました。
もともとチェスと将棋はつながっていたのです。
タイのマークルックはアラブのシャトランジのルールに少し手を加えたものである事が分かります。
シャトランジはチェスの原型に近いものです。
15世紀末から16世紀初頭にチェスはスペインで現在のルールに近い形に改良されました。
当時のヨーロッパは非常に活気ある大航海時代。
それがチェスをダイナミックに変えたのです。
例えばヨーロッパ人が作ったクイーンはとてもパワフルで将棋の竜よりも強力です。
しかも成らなくても最初からね。
つまりチェスも将棋も社会の鏡なんです。
伝わりながらその土地の気質を取り込んでいったのです。
日本では伝統的に前言を撤回する事が潔しとされません。
それを反映して将棋の駒の多くが後戻りしないのではないでしょうか。
こうした文化とチェスや将棋のつながりはとても面白いと思います。
カスパロフさんは1963年当時のソビエト連邦南部の都市バクーで生まれました。
10歳で元世界チャンピオンのミハイル・ボトヴィニクにその才能を見いだされ英才教育を受けてめきめきと頭角を現しました。
今でも語りぐさとなっているのが21歳で当時のチャンピオンアナトリー・カルポフに挑戦したチャンピオンマッチです。
先に6勝した方が勝ちというルールで行われたこの対局。
17局連続で引き分けが続くなど5か月たっても決着がつかないため異例の仕切り直しが行われる長期戦になりました。
(拍手)カスパロフさんはこの死闘を制し史上最年少の22歳でチャンピオンになったのです。
カスパロフさんは定跡にとらわれない独創性豊かな戦略とダイナミックで攻撃的な指し回しで15年もの長きにわたりタイトルを保持し続けました。
その持ち味は羽生さんとの対局でも現れました。
それが第2局。
引き分けを選べる局面であえて勝つか負けるかの勝負に出た一手。
羽生さんはその大胆な決断にカスパロフさんの神髄を感じたと言います。
「左側が新人王の羽生五段です」。
誰もが予想だにしない攻撃で局面を打開する。
これは若き日の羽生名人のおはこでもありました。
「羽生マジック」とも呼ばれるこの鮮やかな攻撃。
これを武器に23歳で名人のタイトルを獲得。
その2年後最大のライバル谷川浩司王将を下し将棋界初の7大タイトル独占を達成しました。
「投了です。
夢の7冠達成。
羽生名人竜王7冠王」。
頂点を極めた羽生さん。
このころから脳科学研究への協力や哲学者との対談など将棋以外の活動を過密な対局の合間を縫って盛んに行うようになりました。
更に「決断力」や「大局観」といった将棋で培われた能力を解き明かすビジネスマン向けの本も次々と執筆。
将棋ファン以外にも注目される存在となりました。
更に活動の幅を広げようと挑戦したのがチェスでした。
この時トップの座にいたのがカスパロフさん。
斬新な手を繰り出すそのスタイルに大いに刺激を受けました。
つまりチェスの場合はなかなかこう…駒を捨てて攻撃するっていうケースは非常に少ないわけです。
歩を1個ポーンを1個捨てるのでもかなり大きな決断という事なんですけれどもカスパロフさんの場合は結構そういうサクリファイスというんですけどもナイトとかビショップとか結構大きい駒を切って捨てて例えば詰まして勝つとかポジションのいい方を取るとかというようなそういうスタイルなので。
かなりそういう意味ではスタイル的には個人的にはかなり将棋的なプレーヤーというか。
そういう意味で非常にやっぱり影響というか勉強というかそういう事になった存在ですね。
カスパロフさんはチェスの世界でたくさんの新しい新手というか定跡の画期的な手を指されてますけれどもそれはどういうようなプロセスで生まれているんでしょうか?インスピレーションのようなものがあってやってるんでしょうか?それともやっぱり深い分析みたいなものから生まれてるんでしょうか?私は常々チェスを指す事は何か新しい事を生み出すチャンスだと思っています。
つまりただゲームに勝つという目標だけでなくチェスに対する常識を変えるような何かを生み出したいと思っています。
ですから私はどの局面でも初めて見たような気持ちで臨みます。
なぜならチェスはもちろん将棋でも同じですがそこに限界はないんです。
そうすれば何かを見つける事ができるんです。
それを信じていつも新しいアイデアを探しています。
例えばチェスの人はすごい膨大な量の棋譜を覚えているというところがあると思うんですけれどもそれはどんなふうにして覚えてるものなんでしょうか?説明するのは難しいかもしれませんが。
記憶力というのは極めて個人的な能力です。
ですからそれについて何か役に立つアドバイスをするというのは難しいですね。
私は初めからゲームを記憶するのが得意でした。
私を育ててくれたコーチのミハイル・ボトヴィニクは自分にはそんな記憶力はないとやきもちを焼いていました。
でも記憶力は役に立ちますがそれだけでチェスが強くなるというわけではありません。
私の前のチャンピオンのカルポフにしても記憶力はそれほどでもありませんでした。
私は記憶力はある方でしたがそれが私の実力の全てではありません。
現にチェスプレーヤーの中には私以上の驚異的な記憶力を持つプレーヤーもいますがそれでトッププレーヤーになれるほど甘い世界ではありません。
それで将棋とチェスをやっていて共通点みたいなものも結構あるのかなというような事思ったりもしたんですが。
チェスでも将棋でも例えば相手のキングを詰ませる時にはパターンがあります。
私を育ててくれたコーチのミハイル・ボトヴィニクは名プレーヤーとスーパー名プレーヤーを分ける大きな特徴があると言ってました。
それはいかに多くのパターンを認識できるかという事です。
パターンの違いが分かるという事は局面の優劣を瞬時に把握できるという事です。
いちいち読まなくてもいいんです。
将棋も同じでしょ?一流のプレーヤーは一目見たらこういう場合はここがポイントだと分かりますよね?どういうふうに指せばいいのかまでははっきりと分からなくてもどこがポイントなのかは何となく分かるものですよね。
チェスと将棋でパターンの形は違います。
でも勝つためにパターン認識が重要なのは同じ。
そこが大きな共通点だと思います。
それで例えば将棋もチェスも同じだと思うんですけれども例えば一つの局面を見た時にたくさんの要素を考えると思うんです。
たくさんの要素が判断する要素がある中で最終的には一つの決断をするっていうそのプロセスをしてると思うんです。
そうそれがポイントなんですよ。
ほとんどの場合チェスではキングの安全が最優先事項です。
でもいつもそうとはかぎりません。
他にもっと優先すべき事がある場合もあります。
私はそういう局面では常識を捨て去って臨機応変に考えるようにしていました。
私の強みである独創性豊かな棋風はそういった中から生まれたのです。
私はダイナミックなプレーヤーと言われてるんですよ。
カルポフよりもね。
ハッハッハッハ…。
それが私の持ち味なんです。
私はこの局面だったら駒を犠牲にしてでもスピードをとるというふうに柔軟に考える事を心掛けていました。
つまり駒の損得キングに迫るスピード駒の働きをいつもてんびんにかけるのです。
将棋でも同じかどうかは分かりません。
将棋では取った駒を使えるので駒の価値の感覚がチェスとは違うからです。
でも少々違いはあっても駒の損得キングに迫るスピード駒の働きといった要素があるのは同じです。
これらをてんびんにかけなくてはなりません。
同じ駒でも違う場所にあれば駒の価値は変わります。
ですからチャンピオンの強さとはオレンジとバナナとリンゴのように違うものの中から今何を一番重視すべきか見抜く能力なのです。
なるほど。
こちらからも質問したいのですが。
はいはい。
チェスの世界では昔と今を比べると明らかにゲームが進化しています。
新しい世代が生み出した新しい戦略が古い戦略を塗り替えていってるんです。
将棋でも同じような進化はあったのですか?それとも昔からあまり変わっていないのですか?え〜と例えば50年前の棋譜と今の棋譜は全く違います。
多分チェスの世界と大きく違うところはオープニングのところで50年前の棋譜だったら明らかに今の棋譜とは違うというところがいくつかあります。
それで理由はいくつかあるんですけれども将棋の方にもいわゆる棋譜のデータベースみたいなものが出てきてその分析が容易にできるようになったというところがあります。
かつて将棋界では「新手一生」と言われ一つの新戦法を編み出せばトップリーグでも長く活躍する事ができました。
しかし最近はコンピューターの飛躍的な進歩によって棋譜のデータベースを使った研究が盛んになり「新手一勝でしかない」と言われる状況に。
更に藤井システムやゴキゲン中飛車などこれまでの常識を覆す戦術が次々と登場するようにもなりました。
将棋の世界は非常に伝統的な世界なので指し方としてもこういうやり方がいいんだっていうのをずっと長い間守られてきたという面が非常に強かったんです。
ただ実はそれが新しいアイデアとか発想を妨げる事になっててなかなか初めて見た時には非常に違和感があるあるいは形としては良くないようなその作戦みたいなものがここ15年20年ぐらいたくさん出てきてそれが最新の流行形になったりして大きな技術的な革新が起こったという事があります。
ゲームが進化し続けているかぎりアイデアに限界というものはありません。
ですから将棋もまだ進化の途中にあるというのはとてもすばらしい事です。
将棋とチェス。
東西の天才が繰り広げる本音の対談。
話題は羽生さんが長年抱いてきた疑問へと展開します。
羽生さんは1970年生まれ。
小学校1年生で将棋を覚えました。
そして小学校2年生の時に地元の将棋クラブに入り独学で腕を磨きました。
(取材者)「今一番なりたいものは何ですか?」。
15歳史上3人目となる中学生でプロ入り。
師匠は名棋士として知られる二上達也九段です。
しかし将棋を教えてもらった事はありません。
「全て自分で学んでいく」それが将棋界の伝統でした。
一方のカスパロフさん。
10歳で才能を見いだされ優秀なコーチに囲まれた環境で腕を磨きました。
ソ連ではこうした英才教育のシステムが根を下ろしライバルであるカルポフをはじめ数々の名プレーヤーを輩出していました。
その伝統は今も引き継がれています。
膨大な情報が瞬時に飛び交う21世紀。
「俺の背中を見て学べ」といったこれまでの職人的なやり方で未来の天才は育つのだろうか。
羽生さんが長年抱いていた疑問です。
将棋の世界とチェスの世界で育っていくというか強くなっていくプロセスで一つ大きな違いがあってそれがそのコーチがいるかいないかという違いなんです。
将棋の世界にはいわゆる師匠という存在はいてもコーチという存在はいないんです。
そういうのはチェスの世界から見た場合は不自然な感じには思われますか?やっぱりそのコーチというのは強くなっていくためには必要不可欠なものだというふうに思われますか?私は子供たちのためにはコーチは絶対にいた方がいいと思います。
呼び方は師匠でもコーチでもかまいませんが子供たちに任せきりにするのではなくまずチェスや将棋の面白さを体験させるそういう人がいる事が大事なんです。
優秀なコーチは才能ある子供たちの中に眠る創造性を目覚めさせます。
子供たちを強くなりたいという気持ちにさせるんです。
技術を教えるだけがコーチの役割ではありません。
今の子供たちは励まして前に進ませる事が大事です。
優秀なプレーヤーの裏にはそれと同じ数の優秀なコーチがいると言っても過言ではないでしょう。
ああなるほど。
例えばカスパロフさんはたくさんの若い人を見ると思うんですけれども例えばそういう人のゲームを見たりしてその才能を感じるとかそういう事ってやはり分かるものなんですか?例えば10歳ぐらいの子供のゲームとかを見た時に何かこの子はすごく強くなりそうだとかそういう事は分かるものなんでしょうか?1ゲーム見るだけでも才能があるかどうか分かるものです。
才能を発見するのは案外簡単です。
しかしその子が将来成功できるかは別問題です。
なぜなら10歳くらいまでの子供たちの中には才能のある子供がたくさんいるからです。
むしろ問題なのはそこからどう進歩していくかなのです。
そこには性格など多くの要素が絡みます。
しかも何が本当に重要なのかもまだよく分かっていません。
ですのでチェスの才能を伸ばしていける要素があるのかそれともないのか…。
それを判断するには時間がかかります。
誰もが優秀なチェスプレーヤーになれればすばらしいですがそれにはさまざまな条件が関わるのです。
それは先天的な持って生まれた才能のようなものだというふうに思われますか?才能があるかどうかと成功できるかどうかはまた別の問題です。
才能が必要ないとまでは言いません。
でもいくら才能があっても…ですから私は努力できる事も才能の一つだと思います。
いやむしろ…ああなるほど。
努力の方が才能よりも重要な要素になると。
例えばそのチェスの世界には非常に若くてティーンエージで才能のある人がたくさん生まれてくると思うんですけれどもそういう人が更にチャンピオンとかを目指して強くなっていく時にいわゆるチェスだけ一生懸命練習しているっていう方法が総合的に一番ベストな方法というふうに思われますか?それともいろいろ他の事も知ったり勉強したりする事とかがそれがプラスになったりとかそういう事はあると思われますか?例えば何でもいいですけれども何か演劇を見るのでもいいですし本を読むのでもいいですし何か違う事をやるのでもいいですしそういう事とかが役に立つとかそういう事はあると思われますか?私の場合人生を楽しむ事は常にチェスよりも大きなものでした。
ですからいつも何か他の事にも挑戦すべきだと思っていました。
一方でチェスだけに集中する若いプレーヤーも大勢います。
それが彼らにとって成功への道ならばそれも一つの方法です。
私が批判する事もないでしょう。
しかし私はさまざまな経験を積む方が人生の助けになると信じています。
自分の場合もですねもちろん全部が全部将棋のあれに合わせてやるというやり方は恐らく一番いいやり方ではないんじゃないかなとは思ってるんですけど。
技術的な事というよりも例えばメンタルの面での切り替え方とかあるいはそれこそ集中の上げたり下げたりとかあるいは考え方としての幅を広げるとかそういうところでいろんな事を知ってるという事が役に立つという事は確かにあるんじゃないかなとは思ってます。
ええ。
今回51歳で初来日を果たしたカスパロフさん。
引退は10年前の事でした。
2005年3月。
国際的なチェス大会で見事優勝を飾ったその日カスパロフさんは突如引退を発表し世界を驚かせました。
引退後カスパロフさんが進んだのはなんとロシアの政治の世界。
民主的な政権の樹立や自由で安全な社会の実現を訴えデモを行うなど精力的に活動。
2008年には野党の代表として大統領戦にも出馬しました。
今回羽生さんがカスパロフさんにどうしても聞きたかった事。
それは「天才の引き際」でした。
どう考えてもまだまだ普通にいくらでもトッププレーヤーとして活躍されると思っていたのでそういうところでそういうその大きな決断をされたというのは何かあるんでしょうか?私からすると信じられない事…。
あの日突然引退を決めたわけではありません。
前々から何歳で引退しようと決めていたわけでもありません。
少しずつ考えが固まり引退すると決めたのです。
先ほどもお話ししたように私がチェスをする中で大事にしていたのは常に新しい戦略や視点を生み出していく事でした。
しかし引退を決断した頃私はそうしたチャレンジに昔ほど情熱を感じられなくなっていました。
私は引退した時点で恐らく世界ランキング1位の世界最高のプレーヤーだったと思います。
つまり私は大きな業績を残しキャリアを傷つける事なく引退する事ができたのです。
「彼はすごいプレーヤーだったのに今では…」なんて言われる事もないわけです。
だから新しい人生に踏み出す良い引き際だったと思います。
ああなるほど。
それはやはり何ていうかそういう引退をされたという決断をされたんで何ていうかリラックスできるというかちょっと解放されたというかそのような感覚みたいなものもあったという事でしょうか?リラックスしているとは言いませんが確かにチェスをしていたころのようなプレッシャーはないですね。
もちろん別のプレッシャーはありますが。
人間はいつでも何らかのプレッシャーに囲まれているものです。
私は特にその才能があるようです。
とにかく私はチェスをやめて前に進む事にしました。
今はチェスとは違うプレッシャーを感じながらチェスで培った創造力を違う世界で生かしています。
私はその事に満足しています。
今年45歳になる羽生名人。
おととしの王座戦では当時25歳の中村六段。
そして去年の同じく王座戦では24歳の豊島七段の挑戦を受けました。
「50秒1234…」。
「何か手が震えたというか…」。
「50秒12…」。
「投了になりましたね」。
どちらも3勝2敗。
土壇場で挑戦者を退けたものの20代の若手棋士らの追い上げも激しくなってきました。
例えばその…肉体を使うスポーツの世界ですと大体20代がピークっていう事が多いと思うんです。
でその頭を使う競技の場合というのは年齢的な加齢みたいなものはどんなふうに思われますか?例えばチェスの世界でもスミスロフとかコルチノイのように60代とか70代になってもずっと続けられてる方もいると思いますけれどもその年代的なものとそのパフォーマンスみたいなものはどういう相関関係があるというふうに思われますか?20世紀には35歳から40歳がチェスのプレーヤーとしての円熟期能力が最も出せる年齢だったと思います。
でもチェスの世界ではその年齢がどんどん若くなってきています。
19世紀にはシュタイニッツやラスカーなど年配のチャンピオンがいました。
ボトヴィニクは52歳までタイトルを持っていました。
そして29歳でタイトルを獲得したフィッシャーが登場しカルポフは24歳私は22歳現チャンピオンのマグヌスも22歳でタイトルを取りました。
これは止められない時代の流れだと思います。
試合前の戦術分析は以前よりも大変になっていますし試合には集中力も必要です。
ですから今30代に入ったプレーヤーがトップレベルの大会で勝ち抜くのは難しいのが現状です。
私と戦っていたかつてのトッププレーヤーたち。
現在44歳のアーナンドや40歳前のクラムニクも少しずつ衰え始めています。
ですから残念な事ですがチェスでは今一番能力を発揮できるのは20代半ばでしょうね。
体力もあるし十分成熟もしている。
これが時代の流れなのではないかと思います。
逆に羽生さんは年を取るにつれて衰えたと感じる事はないんですか?ええとインタビューを受けた時に結構よく聞かれる質問が「例えば20代の時の自分と40代の時の自分と対戦したらどうなりますか」というような事を聞かれる事がよくあるんです。
もちろんそれは仮定の話なんでよく分からないんですけれどもただひとつ言える事は例えば将棋っていう事に対して現在の方がより深く理解してるとは思っています。
ただ実際その試合とかゲームとかになると結果はどうなるか分からない。
で20代の若い時の持っている強さそれはその反射的なものなのかもしれないですし計算的な能力なのかもしれませんし。
それはやはり年が上がるとやっぱり変わってくるところはあると思っているので衰えた部分をいかにして経験して積み重ねてきた事あるいはその先ほどちょっとカスパロフさんが話もされていたかもしれませんけれどもパッと一瞬で見た時にその局面の何ていうんでしょうか全体像をつかむというか鍵となるところを見つけるとかそういう感覚的な能力を磨いていくという事が上達というか強くなっていくというためには大事なのかなと。
ただまあ上達してるかどうかは分からないですけれどもでも少なくとも上達したいという気持ちは持ってやっています。
若い棋士は怖くないですか?同世代の棋士と比べてどうですか?え〜と…将棋の世界は私と同じぐらいの世代でかなり強い人たちがたくさんいて結構それの中で戦うのもかなり大変な状況というのはあるんですけれどもでもそれと同時に最近は20代で強い人も出てきているので両方とも大変になっているという事が現状としてはあります。
ただ若い人が出てくるのは自然な事であるとは思っているのでそれにうまく上手に対応できたらいいなと思ってます。
15年間チェス界のトップに君臨したカスパロフさん。
その絶頂期の1997年IBMの「ディープブルー」と対戦。
チェスのチャンピオンとして初めて人工知能に屈し全世界に衝撃を与えました。
そして今将棋の世界でも人工知能がプロ棋士に迫りつつあります。
現在行われているプロ棋士と将棋ソフト5対5の団体戦。
去年おととしと2年連続で棋士が負け越しを喫しています。
負けました。
しかしカスパロフさんは会見で「人間の方が人工知能よりまだ力は上ではないか」と答えました。
人類が完全にコンピューターに負けてしまう日はまだまだ先の事だと思います。
人間が心身ともに最高の日にコンピューターに勝てるかどうかそれを基準にしなければなりません。
もし1勝でもできればまだ人間の方が勝っているという事です。
なぜなら人間はさまざまなものから影響を受けるのでベストの力を出せるか分かりませんがコンピューターは常にベストの状態だからです。
今や人工知能の発達はチェスや将棋にとどまりません。
行き先を入力すれば目的地に運んでくれる自動運転車や検査結果を入力するだけで診断を補助してくれる医療システム。
しかしその一方でロボット兵器なども登場しSFの世界が現実になろうとしています。
30年後には人類を超えると言われる人工知能。
世界の名だたる科学者や起業家が人工知能の発達への警鐘を打ち鳴らす中2人の天才は未来をどう捉えているのでしょうか。
これから先未来にそういうものが進歩していった時に技術的にどういうような事が起こるとかあるいはその社会とかその人間に対してどのような影響を与えるかと思われますか?人工知能の問題はもはやSFの話ではありません。
この大きな難題と向き合う必要があると思います。
しかし私は人工知能の発達を前向きに捉えています。
人類を脅かすものではなく我々にとって便利な存在になると信じています。
そのためにも私は今チェスや将棋のコンピューター対決の経験を活用する事が重要になると思っています。
これによって人間とコンピューターの考え方の違いが明らかになりつつあります。
それだけではありません。
協力し合う方法を編み出す事もできます。
現にチェスや将棋では既に人間と機械が協力する事も行われています。
これらの経験が生きる日がきっと来るはずです。
そして例えば宇宙に進出するといった大きな挑戦をするという場合機械をパートナーにする事は人類が次の一歩に進むために絶対に必要になる事だと思います。
なるほど。
そうですね。
まあ私も例えばテクノロジーの進歩というのは基本的に止められないものだというふうには思っています。
もちろんそれでもですねやっぱり人間的なセンスであったり感覚みたいなものが必要とされる状況とか分野とか世界というのはあり続けていくだろうなとも思ってます。
でまたただその同時にですね人間の考えている事アイデア発想あるいは何かそれに対する評価とかそういう中でどこか死角というか盲点というか考えていない部分というものが必ずやはりどこかにあって。
それがコンピューターのようなものが一つの可能性として指し示すという事も出てくると思ってます。
でまたそのコンピューターがいろいろそこから生み出されているまあ計算だったりアイデアみたいなものに対してそれに対して人がどういうようなものを判断を下すかあるいは新しいアイデアを使うか。
あるいはどれを取ってどれを捨てるかというようなそういう事を総合的に求められているという事も時代に来ているのかなというふうにも思ってます。
そうです。
機械に判断を任せ人間はその機械を改良していけばいいというような単純な問題ではありません。
既に機械の計算力は人間を超えています。
しかしどれだけ機械が発達してもその機械の判断に人間の洞察力が加わる事でその判断はより正確になるはずです。
あとまたもう一つ私ちょっと思っているのは例えばコンピューター的なものの評価とか判断でこっちの方が60%こっちの方が40%というふうな仮に評価が出た時に恐らく人の行動になるとそれが99人と1人とかあるいは100人と0人という事になってしまう事もあるのかなと思ってるんです。
それはちょっと何ていうかある種危険な事だとも思っているのでそういう時に人間的な柔軟性であったりユニークさであったりそういう事もやっぱり大事になってくるのかなとも思ってます。
そのとおりです。
もし機械が200手先でチェックメートだと計算したのなら200手先でチェックメートになるでしょう。
しかし60対40だとまだ分かりません。
機械はきっちり計算できる場面には強いですが60対40は不確実です。
そういった場合には人間の経験や直感の方が優れています。
うんええええ。
60対40だと機械はお手上げです。
機械は60%の方が正しいと判断するでしょう。
しかし本当は40%の方がより重要かもしれません。
この40%が鍵を握っているかもしれない事を理解するのが人間なのです。
うんなるほど。
そうですね。
いや本当にそのとおりだと思いますはい。
チェスや将棋の歴史に始まり教育から人間の未来にまで及んだ今回の対談。
その最後に天才と呼ばれる2人が勝ち続ける秘けつを語りました。
私は努力しかないと信じています。
それだけです。
なるほど。
コツがあればいいのですがありません。
あ〜なるほど。
成功の秘けつは努力なのです。
そうですね。
う〜ん…。
まああの将棋の世界もやっぱりプロの人たちは同じように一生懸命努力していてでまあその中で毎回毎回対局をしていくという事なのでそれはそんなに大きな差は絶対生まれないと思っているので。
何か対談の最後にすごい地味な感じになってしまって申し訳ないんですけどでもそういうもののような気は確かにします。
OK!Seeyou.Goodluck.Thankyou.Thankyouverymuch.いや何か今日はいい一日でした。
あっそうですか。
2015/03/28(土) 00:00〜01:00
NHKEテレ1大阪
ETV特集▽将棋名人 羽生善治/伝説のチェスチャンピオン ガルリ・カスパロフ[字][再]

タイトル獲得数歴代1位、天才棋士羽生善治。15年間トップを守り続けた元チェス世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフ。東西の天才二人が初対談、すべてを語り尽くした。

詳細情報
番組内容
優勝回数・タイトル獲得数、歴代1位を誇る将棋界の天才、羽生善治名人。そして、15年間トップの座を守り続けた、伝説の元チェス世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフ。去年11月、二人がチェスで対決。さらに対局後、スペシャル対談が実現した。天才の育て方とは?天才の引き際とは?そして、かつてカスパロフさんが歴史的敗北を喫して以来、急速に発達し、将棋でも棋士に迫ろうとする人工知能は我々の社会をどう変えるのか?
出演者
【ゲスト】名人、四冠…羽生善治,元チェス世界チャンピオン…ガルリ・カスパロフ,【声】玄田哲章,【語り】山田敦子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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