プロフィール~ワシントン時代の思い出~
2011年01月03日 (月)ワシントンに赴任したのは43歳の時でした。正直、言葉には苦労しました。岡山局4年、東京政治部16年という勤務経験で、典型的なドメスティック記者。大学時代もスポーツばかりで、英語に触るのは大学受験の時以来という始末です。会社も無謀な人事をやるものだなと半ば呆れたものです。
赴任当初はほとんど聞き取りができず、ひたすら落ち込みました。いろんな記者会見や、演説などを聴いても皆目わからないので、スタッフに、とってきたテープをすべて「字起こし」してもらい、それを辞書と首っ引きで読解し、原稿にしていくというやり方。日本で同じ取材をするのであれば、この10分の1の労力で済むはずだと歯がゆい思いをしました。
しかし、仕事とは行き着くところは人間関係なのだなあと感じます。語学力で大いに劣る僕ではありますが、日本人、アメリカ人を問わず、優秀なスタッフに恵まれ、徐々に取材のツボをつかめるようになりました。
支局スタッフのかなりが、アメリカでジャーナリストを目指す若者です。彼らは、いくつかのメディアを転々とし、キャリアチェンジを繰り返しながら力をつけていくのが一般的です。彼らにすれば、いきなりABCテレビやワシントン・ポスト紙で主要な取材を任されることは無理というものですが、NHKのような海外メディアでは、重用されます。つまり、海外メディアとはいえ一定の信頼があり、取材対象に食い込みやすいNHKのようなところは、彼らの格好の修行の場ともなるのです。そんな若者たちを僕は信頼し、彼らも慕ってくれるようになりました。
僕自身、彼らの手を借りて、ずいぶんいろいろな取材経験を積むことができました。ホワイトハウスに食い込んだあるアメリカ人スタッフの努力で、当時のブッシュ大統領に単独インタビューをしたこともあります。テキサスの気さくなお父さんという印象で、握手した手のごつかったことを覚えています。
そして、一番の取材の思い出と言えば、やはりオバマ大統領の誕生でしょうか。2009年1月の就任式。厳寒の中、初の黒人大統領誕生の瞬間に立ち会おうと、何十万という人が、まだ夜も明けぬうちから、就任式会場の連邦議会前広場に集結していく光景は、今も目に焼き付いています。
支局長として、歴史的な大統領選挙の取材指揮をとり、感動の就任式を目の当たりにしました。充実感とともに4年を過ごしたワシントンを去る時は、不覚にも涙があふれました。お世話になった支局の仲間も、涙で見送ってくれました。生涯、忘れられない思い出です。
投稿者:大越健介 | 投稿時間:09:08