世界経済評論IMPACT
- ■FTAAPとAIIB――習近平の「アジア太平洋の夢」は叶うか? 西口 清勝(立命館大学経済学部教授)
- 2014.12.08
2012年11月に中国共産党総書記に就任した時、習近平が語ったのは「中国の夢」であった。「私は中華民族の偉大な復興の実現こそまさに中華民族の近代における最も偉大な中国の夢であると考える」と彼は力説したと言う(天児慧「中国はどこへゆく」、『ワセダアジアレビュー』No.16)。それから2年後の2014年11月、APEC北京サミットを取り仕切った習近平は「アジア太平洋の夢」について語った。「中国の発展はアジア太平洋と世界に多大な機会と利益をもたらす。中国は地域各国と手を携えてアジア太平洋の素晴らしい夢を実現することを望んでいる」と強調した(『人民網』2014年11月10日付け)。
習近平は、「アジア太平洋の夢」を実現するために2つの重要な提案、すなわち、(1)FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の実現と(2)AIIB(アジアインフラ投資銀行)の設立、を行っている。そこで小文では、習近平のこの2つの提案について検討し、彼の言う「アジア太平洋の夢」が実現するのかどうか考察してみたい。
「APEC北京サミット宣言」には、FTAAPを可能な限り早期に実現することが謳われている。実は、中国の当初案では2025年までにFTAAPを実現するとなっていたが、米国の反対で「可能な限り早期に」という表現に決着したという。しかし、中国の提案の狙いは明らかであろう。米国がTPPを梃子にしてアジア太平洋における貿易・投資の自由化ルールや経済秩序の構築を主導しようとしているのに対して、肝心のTPP交渉が難航を極めているのを尻目に、TPP非加盟国である中国がFTAAPを実現してそれを主導しようというのである。そのために、韓国やオーストラリアとのFTA交渉を妥結させ、またAPEC非加盟のメコン諸国(カンボジア、ラオスおよびミャンマー)等を招待して対話会議を設定する、等々中国中心の経済圏構想を実現するための布石を着々と打っているのである。
AIIBの設立そのものはAPEC北京サミットの議題ではなかったものの、「包括的な連結性とインフラ開発の強化」が主要議題として挙げられていたことを見落としてはなるまい。アジアを中心として巨額なインフラ需要がある――ADB(2009), Infrastructure for Seamless Asia, Manila、によれば2010―2020年間のアジアのインフラ需要は約8兆ドル―にも拘わらず既存の国際金融機関ではそれに応えるのに不十分であることを衝く形で、アメリカ主導の現在の国際金融体制に挑戦するのが中国の狙いであると見られている。その背景には、世界第2の経済大国になったにも拘わらず、既存の国際金融機関において中国が占める出資比率が低く抑えられ従って発言権が小さいことに対する反発がある。
それでは、習近平の「アジア太平洋の夢」は叶うのか。管見だが、私見を述べてみたい。
FTAAPの実現に関しては、米国主導のTPPとASEAN主導で中国支持のRCEPの2つがそれに繋がるスキームと考えられている。また、FTAAPは2010年のAPEC横浜サミットで提起されたようにAPEC共同体を構築する土台と見做されている。ところで、シンガポールに在るAPEC事務局のHPでの説明(“What is Asia-Pacific Cooperation?)からも明らかなように、APECとは条約上の義務もなければ決定事項に関しても拘束力のない緩やかな組織であるに過ぎない。たとえAPECでFTAAPの実現が決まっても加盟国・地域は何ら強制されることがないのである。この点は米国も承知の上であり、TPPには集中して取り組むがそれをFTAAPに繋げることは事実上棚上げにしている。中国もまたこうした事情を弁えていないはずがない。こう考えると、鍵を握るのはやはりTPPとRCEPであり、両者の帰趨によってアジア太平洋地域における経済協力や経済圏構築の主導権が決着することになろう。中国がそれを主導したいというのは「本音」だが、そのためにFTAAPを前面に掲げているのは「建前」と見た方が良いように筆者には思われる。
AIIBに関しては、習近平によって昨年11月に提案されて以来これまでに多くの賛否両論の見解が出されてきている。AIIBを設立する中国の意図がどうであれ、アジアのインフラ需要に応えようという提案は多くの途上国から歓迎されている事実は直視すべきであるというのが筆者の基本的な立場である。また、既存の国際金融機構―IMFや世界銀行―の改組の必要もこれまで何度も叫ばれてきている。現在の国際金融体制を批判し挑戦する動きが出てきても不思議ではない、無論その内容は精査すべきだが。そこで問題となるのが、中国が「新興援助国」(Emerging Donor)としてこれまでに行ってきた援助―例えば、内政不干渉の名の下に人権や民主化を軽視し腐敗と汚職の温床となっている、資源の乱開発や環境を破壊し社会的責任を放棄している、等々―に対する国際社会の厳しい批判があることである。AIIBによるインフラ投資を通じて経済関係が深化して中国中心の経済圏の構築に貢献できても、国際社会の批判に応えなければ反発は避けられず「悪夢」にさえなるだろう。