自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2015年03月19日 (木) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のない、ウチのクロちゃんです。


   【 遺産 】
    
 母方の直樹オジさんが死んだ。
 高校で物理学を教えていたそうだが、そういう学問にはまったく興味のない私はオジさんから教えてもらったことがない。

 一度、家に来た時、母から「一香は赤点の常習だから勉強を教えてやってくれない?」と言われていたが「物理なんて知らなくても生活に困らないよ」と言って逃げた。

 ずっと独身だったが、生活は慎ましやかで、勤め先の学校と隣町で借りていたマンションを往復するだけの生活だった。
「あいつのマンションには行ったことがないが、そんな生活をしてたんなら預貯金とかが、かなりあったんじゃないか?」
 喪主をした智蔵オジさんはそんな期待をしていたが、調べてみると貯金はわずかで保険もなし。結局家族葬の費用も親族が協力して出すことになった。
 
「あの子のことだから、どこかのNGOにでも寄付してたんだろう。私達はとんだ貧乏クジだったわね」なんてお母さんは苦笑いした。
 その言い方はちょっとひどいなと思いつつ、駆り出されて最後の遺品整理をしていると机の中から不思議なノートが見つかった。
 そこには・・・

 ○○naoki○○@○○○.ne.jp というパソコンメールと共に、「最近は息切れがひどい。万一の事があっても僕には何もないが、愛する甥や姪にはこれを残そう。ただしこれが気に入ればだが・・・」と、書いてあった。そしてその下には謎の目録が・・・。
 
 和樹には「世界に一つのフランク・ミステリーⅡ」「レイム・レイムのバギー・ストーン」
一香には「紅玉のキャシー・ザ・ディーバ」「ディアマンテのエノーラ=ウィンストン」
 
 これはいったい何だろう? 家に帰ってお母さんに相談すると、初七日の法要で来ていた智蔵オジさんの目の色が変わった。
「フランクミューラーのWミステリーだ!」
 なんでもそれは、めちゃくちゃ高い腕時計なのだそうだ。

「あいつは昔から勉強ができるけどバカだと思っていたが、なかなかどうして粋なことをするじゃないか」
「すると、一香に譲るというこれも・・・」
「ああ、紅玉とはルビーのことだし、ディアマンテとはダイヤのことだろう」
「だとすると、ウィンストンとは世界的に有名なハリー・ウィンストン!」

「これはしっかり法要を行わなくてはね」
 智蔵オジさんとお母さんはなにやら興奮していたが、私はどうにも腑に落ちなかった。
 
 目立ちたがりで、車も中古のレクサスに乗る智蔵オジさんや、エルメス風・バーキンを愛するお母さんと違って、直樹オジさんはブランドにはまったく関心が無かったはず。

 好きな女性ができて、その人の趣味で買うのならともかく、自分のためにフランクミューラーの腕時計なんて買うだろうか? 
(インターネットで調べてみるとWミステリーは中古ですら数百万円もするのだ)

 お母さん達は、直樹オジさんのマンションに押しかけ、契約が切れる日まで、部屋の中を物色したが床の隙間や箱の中、CDケースや古いファミコンカセットの箱からも、お宝らしきものは見つからなかった。

 しまいにはお互いに「本当はもう見つけたのに隠していないか」とまで言い出したので、私は「それはきっと、もう無いんだよ。直樹オジさんは保険に入ってなかったようだから、高額な医療費を出すために使ったに違いないよ」と出まかせを言って二人を止めた。

「そうかも知れないな。あいつは勉強はできたけどバカだったから自分が病気になるとは思わず、保険にも入っていなかったんだろう」
 智蔵オジさんは、どこかのアヒルが聞いたら喜ぶような事を言って溜息をついた。

「でも直樹は癌じゃなくて、太りすぎての心筋梗塞だと聞いたけど・・・」
 お母さんはなおも納得できないようだったが、元々期待していたお宝でもなかったのであきらめた。

 それにしても直樹オジさんが、私と和君に残そうとしてくれたものは何だったんだろう。
 お宝なんていらないが、私は小さい頃に直樹オジさんから頭をなでられた事を思い出し、その残してくれた物を見つけられないでいる事をすまなく思った。

 ところがある日、その謎がすんなり解けたのだ。

 いつものように大学から通勤電車で家に帰る途中、ふと衝撃的な会話が聞こえてきたのだった。
「この頃、エノーラウィンストンを見かけないね」
「その事で言えば、世界に一つのフランクミステリーも消えたそうな」
 見ると、同じ大学に通う学生のようだった。

 話したこともない人達だったが、私は思い切って声をかけた。
「そ、そのエノーラウィンストンとは何ですか?」
 横にいた女子大生から急に大きな声で尋ねられたので、見るからにオタクっぽい大学生達は驚いたようだが、なんとか取り直して教えてくれた。
「ゲ、ゲームの中のキャラです。エノーラは“惑星ディアマンテ”の、フランクは“世界に一つの聖域”の中で活躍するスーパー・プレイヤーです」

 聞けば、フランク・ミステリーとエノーラ=ウィンストンとはオンラインゲームのスーパーヒーロー、ヒロインでゲームの中では神のような存在だったのだが、このところ姿を見せなくなったのだそうだ。

 課金制のゲームで無料でも遊べるが、他の人から名を知られる様なヒーローやヒロインになろうとすると、かなりの資金をつぎ込まなければならない。まして他のプレイヤーから神のように崇められるスーパースターになるには数百万円は投じなければならないだろうということだった。

 と、すると直樹オジさんが私達に残してくれた物とはゲームの中のキャラ?

 私がオタク達に全てを話すと、彼らは「なるほど。エノーラが消えたわけが良く分かりました」と言い、最後に「もし、二代目エノーラを継がれるのでしたら、何ヶ月か別のキャラで練習してから参戦してやってください。エノーラはみんなのあこがれの存在ですから」と、言って深々とお辞儀した。

 直樹オジさんの人生っていったい・・・。
『あいつは、小さい頃から勉強はできたけどバカだったからなあ』という智蔵オジさんの声が頭の中で響いた。


        ( おしまい )
 
 
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2015年03月04日 (水) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のない、ウチのめっちゃ君、もんちゃんです。


   【 恐怖のコラレオーネ 】
    
 
 どんなに安全運転を試みても、周りの環境がそうさせてくれない場合がある。あるいは、いかに法を遵守しようとしてもそれを許してくれない人もいる。

 制限速度40キロの道を、きっちりと法廷速度を守って走行しているのに周りが50キロ近いスピードで走っているために、クラクションを鳴らされたり、怒鳴られたりしたような経験はないだろうか。

 踏み切りでは一時停止して安全確認をしなければならないのに、こちらがそれをした為、あやうく追突されそうになったことはないだろうか。

 バカが付くほど律儀な私は、これまで幾度もそんな目に会ってきた。
 だが、今は・・・、

「おらおらおらおら! オバハン何をチンタラ走っとるんじゃ!」
 コンパーチブル(オープンカー)に乗って後ろから走って来た、やんちゃな若造がクラクションを連発して私を威嚇した。

 そう言ってもこちらは定められた速度で走っているだけだ。
 道も狭くて追い越し禁止の区間では、路肩に寄せて先に行かすわけにも行かない。

 仕方が無いので完全無視してそのまま車を走らせていると、交差点の信号で止まった時にスパナを手に、私の方にやって来た。

「なめとんか、コラ!」スパナで私の車の窓ガラスを割ろうとした若造の手が急に止まった。
「ヤバイ。コラレオーネや!」
 慌てて逃げていったが、もう遅い。あとできっちり慰謝料を搾り取られるだろう。
 
 私の車が女性向けの軽自動車であった為、なめていたのだろうが、こっちはコラレオーネに入会済みだ。コラレオーネ・ファミリーを怒らせたらどうなるのかは彼らなりに、昨今のニュースで、よく勉強しているのだろう。

 とはいえコラレオーネに入っていたから危うく難を逃れたものの、入会前の私だったら、ペコペコして彼らにお小遣いを渡し、許してもらっていたかもしれない。

 むこうが悪かろうと、暴力の前では人間は弱い。日本のようにしっかりした国であっても警察がいつも近くにいてくれるわけではない。

 私はホッと息をついて再び車を走らせた。

 そうだ、このことはスマホで書かなくては・・・。

 コラレオーネは、そういった広報活動を喜ぶのだ。私は缶ビールを片手にスマホブログを打ち出した。しかし、これが対向車線を走っていたパトカーに見つかってしまった。

 パトカーはサイレンを鳴らしながらUターンし、「その車、止まりなさい!」と命令した。

 すぐに止まらなければと焦ったが、車は運悪く大きな交差点に差し掛かっている。

 コラレオーネには法律遵守・優先順位の誓いというものがあって、この場合、交差点の中では止められず、横切ってからも駐車している車がある場合は安全な場所まで走る。二重駐車は厳禁だ。結局、100メートルほどの場所に駐車できるスペースがあった。

 パトカーが私の前に回りこんで止まり、警察官が一人出てきて、
「なぜ、逃げようとしたの? 車から降りなさい!」と怒鳴った。

 私が訳を話そうと車の窓を開けると、車内を覗き込んだ警察官が「アッ」と声を出した。
「コラレオーネ! そうでしたか。こんな車・・・失礼。軽自動車に乗っている人がコラレオーネに入っているとは分からなかったものですから」
 そういい残してパトカーに戻っていった。
 
 確かに先程のやんちゃな若造も今の警官も、入会金200万円、年会費150万円もかかるコラレオーネに軽自動車に乗っている私が入っているとは思わなかったのだろう。
 だが、入る価値は十分にあるのだ。

 アメリカに本社があるコラレオーネは自動運転システムだ。しかし只の自動運転装置ではなく、保険や全てのセキュリティーをかねたトータル安全システムなのだ。

 この会社は自動運転車が事故を起こした時、その責任は誰が取るのかが議論された際に生まれたもので、発展途上国では警察さえ信用できないという中、徹底した映像記録装置と当事国政府に対しても厳格に争うという強硬姿勢で全世界に顧客を増やしていった。

 それでも車をハンドルなしのコックピットに改造する初期投資はともかく、年会費150万円は庶民には高いと思われるだろうが、さにあらず・・・。
 
 私のスマホが点滅し、『二週間前に接触事故を起こした人から慰謝料16万円が入金されました』と出た。こういうのが今年の初めから30件ばかりある。

 入会してから今までに慰謝料として入金された額は1000万円をくだらないだろう。

 絶対に道交法遵守。人間みな対等で、後ろから怖い黒塗りの車が来ても偉い人が来ても、緊急自動車がサイレンを鳴らして、道を譲ることを求めない限り、何があっても堂々と走る。この方針が貫かれたコラチレーネシステムを装着しているだけで、毎週必ず数回、慰謝料が入るのだから驚きだ。今まで弱い立場の人はどれだけ我慢を強いられてきたのだろう。

 その時、車に軽い衝撃があって後ろから怒鳴り声がした。一旦停止の表示のある場所なので車が自動的に止まっただけなのに、かってに徐行するだろうと勘違いした人が追突したようだ。中から、坊主刈りの怖そうな人が出てきて、
「コッラー、なにかってに止まっとんじゃ」などと訳の分からないことを言った。

 が、この車を覗き込んだ途端、顔色が変わった。

「コ、コラレオーネやんけ。今の録画しとったやろ、俺の車のナンバーとか消せ!」

 そんなことを言われても、車に搭載された7つのカメラ映像は常時、ニューヨークとジュネーブ、東京のサーバーに記録され、こちらからはどうすることもできない。

 トラブルが瞬時に解決しないとみれば、本部からすぐに警察に連絡が入り、それと同時に街中を巡回している警備員も駆けつける。その間に暴力行為があれば従来の日本では考えられない高額の慰謝料が加害者に請求され、たびたびニュースになっている。

 さらに車を降りた後でもスマホの緊急ボタンで位置を調べ、駆けつけてくれるのだ。
 コラレオーネは、そのための弁護団やネゴシエーターも抱えている。これは、従来の日本にはなかったセキュリティーシステムといえる。

 私が「映像は常時、本部のサーバーに記録されるので、こちらからは消せないんです」と、説明し、さらに、長引くと監視用のヘリコプターが飛んできて、その費用も加算請求されるようですと補足すると、坊主頭は急に泣きそうな表情になって、「えらい貧乏神に引っかかってしもたわ。畜生!」と言いながら自分の車に引き返していった。
 
 残念ながらコラレオーネシステムを貧乏神扱いしたことでも加算請求されることだろう。
 なにせコラレオーネは本業(自動運転システム)での儲けより、被害者に代行して慰謝料を請求し、その手数料(50パーセント)によって儲ける方が数倍多い会社なのだから。

 コラレオーネ自動運転システムに入会した者はファミリーと呼ばれる。まるでマフィアのような名前だが、ある意味そんな性格なのかもしれない。そういえば・・・、


 私が帰宅すると、ちょうど近所の主婦が集まってスーパーの買い物袋をさげたまま、何やら楽しそうに話をしていた。

 町会費は誰が集めてるのかを聞きたかった私が、車を降りて近づくと、クモの子を散らすように逃げ出したのだ。私がコラチオーネに入っていることをよく思っていないのだ。

 なんだか私は、本当にマフィアの一員になったかのような気がした。

            ( おしまい )

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2015年02月27日 (金) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないクロちゃんとチビポンです。


     【 プログラマー 】(再録) 

 
 プログラミングは囲碁や将棋と似ている。
 定石をしっかり身につけておけば、後は経験と発想力が物を言うのだ。
 学生時代、就職の時期になってもリクルート・スーツやエントリーシートに馴染めなかった俺は、気がつけばフリーのプログラマーになっていた。

 依頼主の企業の求めに応じたオブジェクト(プログラムのパーツ)をC言語で完成させ、送信する。それだけの仕事だ。
 そのオブジェクトがゲームの一部なのか産業用に使われるかは知る由もないし関心もない。
 そういう仕事だから人との会話も少なく、コンビニに行く以外は部屋に引きこもりの生活となった。

「ずいぶん不健康ね。たまには海にでも行きましょう」と、ゲームの中の彼女は誘ってくれるが現実に誘ってくれる者などいない。

 これではいけないと思い立ち、フェイスブックに登録して似たような境遇の人を探してみると、
「ハーイ、トシキ。私はエリー。あなたと同じフリーランスのプログラマーよ」
「こっちはプルミエ。フランスで同じような生活をしているよ」
 と、瞬く間に二人の友人ができた。

 実際には会った事もないのにフェイスブックやEメールを通して互いにアイデアを出しあったり情報を交換したりする内に、エリーがおいしい仕事を持ってきた。

「2、3時間で完成できるオブジェクト1本につき1000ドルだって」
「そりゃすごい」
「しかもプログラマー一人にそれぞれ秘書が付くらしいわ」
「ほんとかよ」
 俺は美人秘書を従えたスタープログラマーになった自分を想像した。

「だけど一つ条件があって、秘密保持の為に会社の用意した場所でプログラミングするんだって」
「秘密保持ってのは怪しいな」とプルミエ。
「で、どこなんだ?」俺は一応聞いてみた。
「カリブ海のコテージ。世界有数のリゾートで仕事しませんかって誘われたのよ。でも一人じゃ怖いから、あなた達も一緒ならばって条件を出したの」
 
 暖かいカリブ海で巨額の報酬をもらいながらリゾート気分で仕事をし、美人秘書まで付いてくる。
 多少胡散臭い話だが俺はエリーの話に乗ることにした。
 このまま一生、誰とも付き合わずに部屋の中で過ごすより、ちょっぴり冒険をしてみたい。
 そんな気持ちが不安を駆逐したのだろう。俺が引き受けるとプルミエもこの誘いに乗った。

 が・・・、

 予想と現実はだいぶ異なっていた。

「君が日本から来たトシキ君か? 私が君担当の秘書、ミゲール・ゴンザレスだ」
 アンティル諸島にある小さな空港を降りるとプロレスラーのような巨漢が握手を求めてきた。

 その上、仕事場となるコテージは点在する数百の小島に別れていて、プログラマー同士顔を合わすこともできないとあっては、リゾートどころか監視付きの島流しという感じだった。

「ひどい環境だな。そっちは無事かい?」
 俺がエリーとプルミエに連絡するとすぐに彼らから返事が帰ってきた。
「なんとか無事よ。でもこれじゃあ一緒にディナーもできないわね」
「まあ、場所がカリブというだけで、僕らにとっては今までと全く変わらないってことさ。早いとこ仕事を終えてみんなでクルージングを楽しもうよ」
 俺達はコテージで缶詰になりながら依頼されたオブジェクトを次々と作り上げていった。

 依頼主が正直に支払ってくれるとは限らないが、俺達は一ヶ月足らずで数百万円を稼ぎだした。
 これだけあれば、セント・ルシアの高級ホテルで三人一緒に数ヶ月は楽しめるだろう。
 そこで、「そろそろ止めないか?」とみんなに打診すると、エリー達も同意見のようだった。

 ところが、そのことに企業側が難色を示したのだ。
 契約では最低1ヶ月とあるのだが、秘書のミゲールは「プロジェクトが完了していないからダメだ」と突っぱねるではないか。
 仕方がないので俺達はもう1週間だけ、働くことにした。

 その夜、いつものようにフェイスブックで連絡を取り合っていると、プルミエが気になる事を言い出した。
「なあ、僕らの仕事はオブジェクトを作るだけでプログラムの全体像は見えないんだが、三人のオブジェクトで推測するとこれは無人兵器の制御プログラムじゃないか?」
「そういえば私が以前ハッキングしたミサイルの制御プログラムもこんなコードが使われていたわ」
「だとすれば深入りしないうちに辞めたほうがよさそうだ」

 俺は秘書のミゲールに、やはり辞めさせて欲しいと告げることにした。
 だが、隣のコテージにいるはずのミゲールは不在で、買い出し用のクルーザーもない。

「もしかして、そっちの秘書もいなくなったんじゃないか?」
 焦った俺がエリーにEメールで尋ねると、やはり彼女の秘書も消えていると言う。
 しかもPCで雇い主に連絡すればエラーしか出なくなっていた。
 その時プルミエから緊急メールが来た。

「大変だ! 僕が最後に作ったオブジェクトの座標はどうやらトシキのいる島らしい」
「私が打ち込んだ座標はプルミエの島らしいわ」

 とすると、これが意味するものは・・・。

 あわてて空を仰ぐと雲の切れ間からミサイルがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

「詰まれたな・・・」俺はポツンとつぶやいた。
 
    ( プログラマー おしまい )



     【 プログラマー2 茶化し屋 】 

 ※・・・この話はフィクションであり、ここに登場する人物や団体等は存在しません。

「まだチェックメイトじゃないわ。二人とも早く海に飛び込みなさい!」
 パソコンからエリーの声がした。

 企業側は、外部連絡を禁止していたが、エリーは緊急用にP2P(ピアツーピア)という技術を使って、スカイプと同じ機能を自分達のパソコンに組みこんでいたのだ。

 俺達を狙った、短距離弾道ミサイルは上昇時はそれほど早くなく、落下時の速度は早い。もし俺が空を見上げた時、すでにミサイルが落ちてくる時であれば海に飛び込む間もなく死んでいただろう。

 とにかく俺は水深3メートル程の地点から炎に覆われる水面を眺めることができた。
 息を最大限に止めて浮き上がってくると、島にあった作業用のコテージは跡形もなくなっていた。

 俺達を雇っていた企業は軍事機密を知ったプログラマーを殺そうとしたのだ。
となると、国に帰って保護を求めねばならないがカリブの島から帰るのは新幹線で東京から大阪に帰るというような簡単なことではない。
さてこれからどうしたらいいだろう? 俺は波間に漂う流木に掴りながら途方に暮れた。

 ここはもう一度、島に戻って何ができるのかを考えよう。そう思って泳ぎだした時、遠くの方からモーターボートが近づいて来るのが見えた。ボートを運転しているのは見知らぬ若い女性。もしかしたら敵かもしれないが、この状態では運を天に任せるしかなかった。

「大変な目にあったわね」と、その見知らぬ女性が笑い、「エリーよ。はじめまして」そう言って、手を差し出した。見ると後部座席に傷ついた年配の男がいて、ぐったりしていた。これがたぶん、もう一人の仲間・プルミエだろう。


「私達が連中の仕事に感づいたので、開発中の商品(小型弾道ミサイル)テストを兼ねて、発射してきたのよ。夕べから動きがあったので、私は監視役の秘書が使うこのボートのエンジン・プラグに工作しておいたの。秘書は明け方に予備のジェットスキーで逃げたみたい」
「驚いたな。君はCIAか」と冗談を言うとエリーは「かもね」と言って笑った。

 彼女の正体が、工作員だったのかどうかはともかくとして、俺達はセント・ルシアにあるアメリカ領事館に助けを求め、帰国することができた。

 俺達を抹殺しようとした軍事企業についてはアメリカ政府が調査を開始することになったそうだ。恐ろしい目にあった賠償金などは貰えない可能性が高いが、それまでに貰っていた給料は返さなくても良いということなので当面の生活は大丈夫だった。


 エリーやプルミエとの友情は、その後も続き、俺達は時々香港やマカオで待ち合わせて食事をした。その際、「また別の仕事をみんなで一緒にやりたいね」と言ったら、「あるわよ」とエリーが答えた。

 プルミエが、「そりゃありがたいが、前回のような目にあうのはもうこりごりだよ」と苦笑いすると、エリーは「そうね。じゃ、自宅でできる映画の演出のような仕事はどうかしら」とスマートフォンにある仕事情報を見せた。

 なんでも人権を守るNGOからの依頼だそうで、中央アジアにある某国政府のホームページ等に侵入し、重々しい音楽と共に流れる、独裁者の偉業映像を加工して少し早回しに……、映画のエンドロールで流れる様なずっこけNGの映像もCGで制作してコミカルに演出した上、音楽もスチャラカ調に変更。日本でいえばドリフのコントっぽくするのだとか。

 目的は独裁者の権威を失墜させ国民の離反を招かせること。世界はただの道化者としか捉えていないことを本人に分からせることだそうな。

 以前の俺ならば、そんな危ない仕事は引き受けなかったと思うが、弾道ミサイルに命を狙われた今では、なんとも思わなかった。酒の勢いもあって「面白い!」と、即座に引き受けてしまったのだ。

 とはいえ、俺達プログラマーに回されてくるのは断片的で、映画監督や演出家のような華々しい仕事ではなかった。
 報奨金だけは、他の依頼よりも多かったものの全体像も分からず、ファイアーウォールを破ってハッキングを繰り返し、指定の箇所に指定のオブジェクトを貼り付けるだけという、単調な下請け作業だったのだ。
 その上、地域を表すコードも中南米からアフリカ、中東と幅広く、この人権団体がどんな独裁者もしくは団体を相手にしているのかさえ教えてもらえなかった。

 俺はエリーに連絡し、この仕事を降りることにした。
 彼女もまた同じように思っていたそうで、「潮時かもね。私にこの仕事を紹介したNGOの幹部もどこかに拉致されたようだし」と言い、プルミエもまた同意した。

 もしかすると、この仕事も辞められないのではないかとふと不安に思ったが、それは杞憂で、俺達はなんの問題もなくジャワ島でバカンスを楽しむことができた。
「カリブはもうこりごりだものね」エリーがそう言って笑った。

 だが、そんな時ですらパソコンを離せないのがプログラマーの性分で、トロピカル・フルーツを食べながらユーチューブを見ていたプルミエが、急に顔を強張らせ「トシキ、ちょっとこれを見ろ」とある映像を見せたのだ。

 それは最近、爆発的な再生数になっている映像で、南米を拠点とするゲリラ集団のプロモーションビデオをコミカルに加工したものだった。使っている音楽などから俺たちが製作したものと推測できた。内容はといえば・・・、

 若者たちを募るシーンでは全員がインド映画風に踊りだし、最後はマイケルジャクソンのスリラー調に。銃を撃てば上から洗濯物が落ちてきて、怒ったオバサンにどつかれ、政府軍兵士を処刑しようとしたら、その兵士はカンフーの達人で、全員がボコボコに。鼻血を出しながらも全員がかっこよく整列したと思ったら隊長のズボンのバンドが切れ、女物のパンツを履いていたことが分かるというコメディに仕上がっていた。

 コメントの書き込みでは「大笑いした」とか「こいつはもう人前に出れないな」とかあり、大いに盛り上がっていた一方、この映像はかなりの恨みを買ったようで「これを作ったやつは世界中どこにいても絶対見つけ出して処刑してやる!」というような物騒なコメントもあった。

「こいつらを茶化していたのか。でも僕たちの正体までは分かるわけがないよね」
「ああ、俺達は断片的な加工をしただけの下請けなんだから関係ないよ」
 プルミエと俺が、そう言ってお互いに納得した矢先、真剣な表情で検索していたエリーが「これを見て!」と大声を上げた。

 見ると、それはゲリラ集団のまだ加工されていないホームページで、WANTED! Dead or alive(生死を問わず)と書かれたサイトの中にアメリカの大統領や政府軍の将軍にまじって、プルミエやエリーや、日本人TOSHIKI、100万ドルと書かれた記述があった。

             ( 茶化し屋 おしまい )

  
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2015年02月12日 (木) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないシマポン・パパとママです。


   【 おじいさんの見た青空 】

    
「ええか真人、空の色は黒やない。青なんや。いつかお前に、ほんまもんの空を見せたる」
「爺ちゃん、いつかていつや?」
「台風が来た時や。台風がこの町の真上を通ったら空がぽっかり開く。そん時だけ、ワシが子供の頃に見た、ほんまもんの青い空が出るんや」
 祖父は、台風が通るのをずっと待っていたが、台風なんて一つも来なかった。


「おはようございます。皆さん、もうお目覚めでしょうか? こちらはラジオ・チカツ飛鳥。『7時ヤンケ! 起きんかい』のお時間です。2085年4月7日。現在のお天気は大曇り。今朝も古市第2スタジオから八島友子がお送りしております」
 枕元に置いたタイマー式ラジオから元気な女性アナウンサーの声が聞こえてきた。

「今朝の気温はマイナス9度。4月に入ってだいぶ暖かくなってきましたね。もうすぐ石川の氷も解けて流れ出すことでしょう」
 アホかい。どこが暖かいんじゃ! 俺はつっこみを入れながらベッドから起き上がると、分厚いチャンチャンコを羽織ってトイレに入った。
 その時、重要な知らせがあった。

「さて皆さん、まずは耳寄り情報から。なんと本日、臨時配給があるそうです!」
 俺はすぐにベッド脇に戻ると、ラジオのボリュームを上げた。
 平日は工場勤めなので土日の配給は欠かせないのだ。

「場所は羽曳野公設市場で、米と醤油、それからな~んと日本産カカオで作ったチョコレートの配給まであるそうですよ。南大阪、Bの10番から12番までの地区にお住まいの方が対象で、それぞれ米は1キロにつき引換券3枚で5キロまで。醤油は各家庭一本限定で、同じく券2枚必要です。チョコレートは嗜好品扱いのため、1個につき券7枚が必要です。時間は9時から・・・」
 それだけ聞くと、俺は子供部屋で寝ている娘の真美を起こしにかかった。

 学校に送った後、ただちに公設市場に向かわないと配給品がなくなるだろう。
 真美は、「土曜日やし、まだ早いからもう少し……」などと呑気なことを言っていたが、「お前が楽しみにしとったドーム見学、今日やなかったんか~」と耳元で囁くと、
「せやった!」と言ってとび起きた。
 
 大阪ドームには来るべき復活の日に備え、造幣局の庭から選別された7種類の桜の苗が盆栽サイズではなく、標準サイズで育てられている。ちょうど花も咲き、見事だとラジオで言っていた。

拝観制限があって、学童でもない限り入れないのは残念だ。
祖父の時代に、放送されていたテレビでもあればニュースで観れただろうが仕方がない。テレビはデジタル化が災いして全く映らなくなり、かといってもう一度アナログ化したり全世帯を有線化するには採算が取れない媒体となっていた。ここは娘がデジカメに撮って来るであろう写真でガマンするとしよう。

 真美と共に乾パンにお茶という簡単な朝食を取り、ゴーグルにマスクをつけてガレージに出ると、昨日から充電していた車は発進OKを示す緑のランプを点灯させていた。

 時刻は7時30分。今日も視界が悪く、ヘッドライトを灯火しても歩行者や対向車の接近には十分注意しないといけない。
 自転車並みの速度でゆっくり走ったので学校に到着したのは8時前になっていた。

「真美ちゃん、待ってたよ。遅いようなので心配していました」
 引率の高野先生が、駐車場まで出迎えに来てくれていた。社会見学用マイクロバスには、すでに真美を除く5年生児童16人全員が乗っているようだった。

「すんません。えらい遅れまして」俺は謝った。
「いえいえ、そうじゃないんですよ。実は夕方から吹雪になりそうなので、少し出発を早めたんです。中川さんにも電話をかけたんですが、通じにくくて。こちらの連絡ミスですので気になさらないでください」

 そういえばウチのあたりは基地局に遠く、天候によってはアナログでもつながりにくい時もある。
俺は高野先生に「よろしくお願いします」と言って真美を送り出し公設市場に向かった。


 70年程前、世界には80億もの人がいて、飛行機が飛び交い、交易も盛んだった。
その頃の日本は今の10倍を越す1億2千万人も住んでいたが、誰も飢えなかった。
こうした時代の映像は図書館の資料室にある映画やドキュメンタリーで簡単に観る事ができるが、とにかく空が怖いほど青かったようだ。亡くなった祖父が、空は青かったのだと言っても子供の頃の俺は信じなかったが、学校で教えられて衝撃を受けたものだ。

その頃は、平均気温も15度を超えていて、今では地下にあるLED農場でしか育たない穀物や野菜が平原で育てられていたという。大気もチリで濁っておらず、デジタル化された通信も使え、人々はマスクなしでも生活ができたようだ。

「青い空て、きしょくワル」
 真美も学校で習った時はそう言っていたが、それが本来の色のようだ。青がいいのか黒がいいかはともかくとして、平原で作物が豊富に実り、気候も暖かいとは、祖父の時代の日本は天国のような場所だったのだろう。


 そんなことを考えながら公設市場に到着すると、すでに長蛇の列ができていた。
「お、中川さん。こっちや、こっちや」
辻向かいの山田さんが、俺を見つけて手を振った。奥さんは別の行列に並んでいるとかで、山田さんは米担当だそうだ。

「ウチは子供が多いよって大変や。おまけに、あんなポスターがベタベタ貼られとるんで、肩身が狭いわ」
 そう言って笑った。
 確かに市場のあちこちに『正しい家族計画。子供は一人まで。二人以上は許可が必要です』と、書かれたポスターが貼られている。
 それなのに山田さんはお互いが子連れで再婚したため、4人も子供がいるのだ。
「配給は子供が多うても同じやから、ミミズ食うてるねん」
 そう言われると、少し米を融通しないわけにはいかなかった。
 
 昔、食料が豊富にあった頃には逆に少子化対策が取られていたそうだ。
 それがアメリカのイエローストーン火山が噴火して以来、何もかも変わってしまった。

 8700年前、九州の殆どに火砕流をもたらしたと言われる阿蘇山のカルデラ噴火を上回ること実に300倍! スーパー・ボルケーノが人類を襲ったのだ。

 当初、「ソドムの国アメリカは神から天罰を受けた」などと喧伝していた人々も、地球をすっぽりと覆った火山性噴出物によって、闇が自身の頭上に迫ると恐れおののき、自分たちは信仰心を忘れない善良な者たちですと、ひたすら祈りをささげるしかなかった。
 
 地球のあらゆる場所で、示し合わせたかのように、大小さまざまな休火山が目を覚まし、空は黒い霧で満たされた。まるで他人事のような、学者の言葉を借りれば21世紀の初頭、から火山の活動期に入ったとの事だが、これはまさしく人類存亡の危機だった。
 
 太陽が遮られることにより、全ての作物が育たなくなった上、気温が下がって川も井戸も氷に閉ざされたことにより、飲み水も得られなくなった。農産品の輸出国でさえ自国の民を食わせることができず、人々は牧場の牛馬はおろか、森に住む獣はたとえネズミでも食べ、海の魚も網にかかるものは稚魚まで食べたが、80億の人口はとても養えなかった。

世界がこのような状態であれば、元々食料自給率の低かった日本が無事でいられるはずもない。江戸時代の天明・大飢饉ですら、はるかにましと思える飢饉となれば大地震の度に世界で民度の高さを賞賛されていた日本国民も本能に抗えず、己と家族のために修羅の道に堕ちた。

食料を巡る争いが全世界規模で起きたことで、最初の1年で人口は激減、さらに3年で噴火前の8分の1になった。その頃には国家として機能している地域はごくわずかになり、混乱は2085年の時点でも続いている。ただ日本においては最初の10数年間、無政府状態に陥ったものの、以後は平静さを取り戻している。

 
「火山灰土壌での実験野菜が入荷されたそうやで! 引換券2枚やそうや」
 米の配給を終えて帰ろうとした時、誰かが大声で叫んだ。
皮肉なことに火山の多い日本では地熱を利用した実験農場が人々を助けている。
温泉が使え、地熱発電によるLED照明で太陽が照らなくても、発泡ウレタンハウスの中で作物を育てられるからだ。
使える土地が僅かでも1000万人程に減った今の人口なら、なんとか支えられるのだ。

「しもた。チョコレートで、券みんな使てしもたわ」
 山田さんの奥さんが頭を抱えて悲痛な叫びをあげた。
「アホかい! おんどりゃ、ちっとは考えて行動せい」
「久しぶりに、チョコが欲しいて言うたんはあんたの方やないか!」
 夫婦喧嘩を始めた山田さんをその場に残し、俺は野菜の配給所に走った。

 結局、公設市場では何度も列に並んだために、そこを出る時には昼近くになっていた。
 俺は残った引換券の中から1枚を使って雑炊で腹を満たし、予定していた道明寺ホームセンターに向かった。

 ここで調達するのは畑の土20リットル。これは火山灰の下から掘り出した良質なものだ。
それと、小型の風力発電キット&植物生育用のLED照明。これらを使って、家の地下に作ったグリーンルームでネギやイモを育てるのだ。

 無論、地元大阪電力が泉南の石炭発電所と生駒の風力発電所から電気を供給してくれているが料金が高く、これを作物用の24時間ヒーターや照明にあてることには抵抗があった。
 設置さえすれば無料で電気を得られる風力発電キットは、地下にグリーンハウスを作ることを決めた時から計画していたものだ。
 うまく育てば、フリマで他の食べ物と交換できるかもしれない。

 買ってきたキットを家に持ち帰った俺は急いで組み立てを開始した。工程がわずか4つしかない単純なキットはすぐに組みあがったが、設置まではする時間がなさそうだった。
 3時までには学校に戻らないと、待ちぼうけを食らわされた娘の機嫌が悪くなるだろう。

 ガレージに出ると、すでにチラホラと雪が舞っていた。まもなく道路は黒い雪で覆われるに違いない。
地表ではそれ程ではないものの、上空は風が強いのか、犬の遠吠えのような不気味な音を発している。その時、少しだけ足元が明るくなった気がして、空を見上げると黒い雲の一部が裂け、ほんの一瞬、青い空が覗いた。

「あれが、お爺さんの見た青空だ!」
 俺はこの感動を真美に伝えようと、学校に着くや否や車に乗り込んできた娘に話そうとしたが、彼女の「遅い!」の一言で出鼻をくじかれてしまった。

 とはいえ、真美は機嫌が悪いわけではなく、ドームで観た桜がよほど気に入ったようで、「あんな綺麗なもんが、この世界にあるとは知らんかった」と、終始興奮気味だった。

「ドームにおった先生の話やと、世界の火山活動も終わりに近づいてるんやて。いつか空も青うなって日本中で桜が観れるようになるそうや!」
「いつかて、いつやねん?」
 俺は思わず真美にそう尋ねた。
「知らんがな。たぶんだいぶ先や」
 娘はそう言いながらデジカメで撮ってきた写真を見せてくれた。

 運転中なので、チラリと画面を見ただけだが、確かにそれは俺たちが住む灰色の世界には存在しない、色彩あふれるものだった。

 『いつか』が、俺の生きているうちにやって来るかは分からないが、もしかしたら真美の孫たちは、真美が「青い空て、キショク悪!」と言ったように「昔は空が黒かったやなんて、キショク悪!」と言うようになるかも知れない。

 そんなことを思いながら、今日の戦利品であるチョコレートをひとかけら、娘に手渡した。


     ( おしまい )

 
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2015年02月04日 (水) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないウチのシマポンママです。


   【 鬼次郎金融7 アルバイト 】

    
 株式投資は人生を豊かにする手段の一つだが、生活費全てを株に頼ってはいけない。

 こうした投資活動にはリスクが伴うし、第一それだけでは味気ない。やはり人間は、人と交わってお金を稼ぐことでこそ、幸せを感じられるのではないだろうか? 

 だが残念ながら、この俺・鬼野次郎は普通の仕事をすることができない。

 真由美の体は一日の大半を、彼女自身が使っているので、別人格である俺が掌握できる時間は彼女が危機に陥った時や、レム睡眠時のわずかな間に限られているためだ。
 

「そういう事ならお任せっす。あねさんが仕事してみたいと言われるなら、ウチの店はいつでも大歓迎! 短時間でもOKですし真由美さんが出て来ても不安のないようにフォローするっす」

 事情を良く知っている栄子が、『少し仕事を体験してみたい』という俺の願いを快く引き受けてくれた。

 掃除や調理などの細かい仕事は苦手だが、従業員にからむ酔っ払いを蹴り出したり、倉庫からビールケースを運ぶくらいならできるだろう。

 と、考えていたのだが、栄子が与えてくれた仕事は裏方ではなかった。

「こ、これを着ろっていうのか?」

 それは栄子達が経営するガールズ・バーの制服で、今流行の集団女性歌手が着るような、女子高生風のミニだった。

 ガールズ・バーの仕事なのに当たり前じゃないかと奇異に思われるかもしれないが、裏方以外は思いもよらなかったのだから仕方がない。

 確かに中学や高校時代には、真由美に変わってセーラー服も着ていたが、もっちゃりした垢抜けしないもので、膝から上が出ることもなかった。その上、最近では部屋の中でステテコにクレープシャツ、もしくはラクダの上下で通していたので、こんなものを着てカウンターに立つのは、人前でトップレスになるより勇気がいることだった。

「あねさん、ファイトっす!」「いてまえ、鬼次郎さん!」「きばってくれんね」

 栄子と鈴木(従業員その1)、香田(従業員その2)が応援してくれた。

 身長170センチあるスレンダーな美人で、もっと大人っぽい服装の方が似合いそうな栄子や、『夜露四苦』とか『喧嘩上等』と刺繍の入った、レディースの戦闘服がピッタリきそうな鈴木や香田までが、どうにか店の制服を着こなしてがんばっているのだ。ここまでくれば敵前逃亡などできなかった。

俺は「お、おう!」と気合を入れて一挙に着替えた。

    
 気がつくと私は大きな鏡のある事務室に座り込んでいて、AKBっぽい服を着た女の人達に取り囲まれていた。よく見ると誰もが怒った表情で私を睨んでいる。

 そのうちの一人は私も知っている栄子さんだった。

 この人は高校の頃、不良グループを率いて私に絡み、鬼次郎に倒されてからは、あいつの友達になった。

 とすると、突然私が鬼次郎を押しのけて現れたので怒っているのだろうか。あわてて立ち上がり、とりあえず「ごめんなさい」と謝ろうとした時、自分も彼女らと同じ服を着ていることに気づいた。

「あ、あれ?」

 どうみても鬼次郎の趣味ではない服に一瞬戸惑った。

「あなた、真由美さんね」

 栄子さんが、自身の制服についたホコリを払いのけながら静かな口調で言った。

「あねさん、逃げはったか・・・」

 関西弁の女性が溜息をついた。

 経緯を尋ねると・・・、

① 鬼次郎が自分も仕事を実体験してみたいと言い出したので、ならばと栄子さんが、自分の店(ガールズ・バー)で働くように勧めた。

② 鬼次郎はどうやら裏方を想定していたようで、つなぎの作業服で現われたが、制服を着てカウンターに立つのだと言われて当惑。

③ それでも説得され制服に着替えたところ、意外にもすごく可愛いので、栄子さんが調子に乗ってカチューシャを頭に乗っけようとすると、突然蹴りを入れて逃亡した(つまり私を引っ張り出した)ということらしい。

「要すっに、いつっちゃとは逆のパターンたいね」

 九州弁の女性が腕を組みながらポツンと呟いた。

 どうやら私が怒られているわけではなさそうなので、「鬼次郎がご迷惑をおかけしました」と頭を下げ、やつの着てきたつなぎに(こんなもので電車に乗ってくるなんて)着替えて帰ろうと制服を脱ぎかけると・・・、

「ちょっと待って。真由美さん、今日はウチで働いていってちょうだい」と止められた。

 そうはいっても「気の弱い私にガールズ・バーの店員なんて勤まるはずがないじゃないですか」と言うと「だからいいのよ」という返事が返ってきた。


「君はいったい自分をどんな人間だと思ってるんだ?」

 先日、庵本寺短期大学の校医・安倍が俺にそう尋ねた。

「だから、真由美の別人格であり、彼女のナイトだ。それともあんたはまだ俺が悪霊だと思ってるのかい?」

「そうじゃない。君が想定する君自身だ。君は真由美さんが14歳の時に誕生したから6歳だというわけじゃないだろう? では何歳だ? 真由美さんと同じ20歳か?」

「そうだな。35歳というところか」

「なるほど。では君の性別は?」

「舎弟は俺のことをあねさんと呼ぶ。真由美と二心同体だから当然だろう」

「君自身はどう考えている? 家の中ではステテコ姿でいるようだが・・・」

「別人格に性別なんてあるかよ」

 俺は答えたが、実は年と共に真由美との趣味の違いが鮮明になってきていた。

「君自身は気づいていないようだが、ステテコ姿は君が思い描く人物像を体現しているんだ。真由美さんが買ってくる今時の女子大生ファッションへの拒否反応でもある」

 安倍はそんなふうに俺の心理を分析した。その時はバカなと思ったが、案外そうなのかもしれない。だから栄子の店の制服は着るのが嫌だったのかも・・・。


「ねえ、どうしたの急にフラっとしちゃって。手にキスをしたら感じちゃった?」

 ハッと気がつくと、俺はガールズ・バーのカウンター内におり、例の制服を着て酔客の相手をさせられていた。目の前に太った中年男が座り、俺の左手を取って顔をスリスリしているではないか。

「お願いだから、メルアドの交換しようよ~」

 あまりのキショク悪さに思わず右こぶしを握ったが、その手を鈴木にがっちりと抱きかかえられてしまった。

「鬼次郎さんやね? この人は、お客さんや、お客さんや!」

 見渡せば店内には他にも数人の客がおり、各々スタッフが付いていた。

 元々は俺が蒔いた種だが、今回だけは真由美に助けてもらおうという考えが甘かった。

 彼女なら仕事を断って逃げるか、嫌々でも何とか勤まるのではないか踏んだのだが、どうやら断れなくて、接客中に中年男の攻撃に会い、耐えかねて逃げたようだ。

「ダメですよ。牧さん、新人を困らしちゃ。あねさん、暴力は禁止っす」

 栄子がうまく救出してくれた。

 それにしても、これはキツイ。俺は真由美に「すまない」と呟きながら再び逃げた。

    
 おそらく10分程しか経ってないだろう。私はまたガールズ・バーのカウンター内に呼び戻された。私の驚いたような表情を見て、

「鬼次郎さん、また逃げはりましたか」

 と、関西弁の人(鈴木というらしい)があきれたように首を振った。

 先程の嫌な中年男性は栄子さんが引き受けてくれていたので、私は新しく店に入ってきたお客さんを接待することにしたのだが、そのお客さんというのが・・・、

「鬼次郎さんが、ここで仕事をするというので、先生から様子を見に行けって言われたんですよ」

 安倍先生の助手、高橋さんだった。

「裏方って言ってたのに、カウンターに出てるじゃないですか」

 どうやら高橋さんは、私を鬼次郎と勘違いしているようだ。

 そればかりではない。続いて入ってきた団体客は鬼次郎がエリア内履修している大学の金融学で知り合った学生達だった。

「やあ、佐倉さんが社会勉強のためアルバイト先のガールズ・バーに来いって言うから、みんなで来たよ~」

 なんで鬼次郎はこんな所にみんなを呼んだんだろう?

 私はパニックを起こして過呼吸状態に陥った。


 うまく真由美とタッチできたと思った俺だったが、またまた呼び出されてしまった。

 しかもカウンター越しに、ズラリと知り合いが並んでいるではないか。

 これは、栄子の店の裏方に雇ってもらったと思った俺が、感謝の意味も込め、スマホメールでかき集めた客だが、まさかこんな格好で晒し者になるとは思わなかった。

 強引に真由美とタッチしても無駄なようなので、「鬼次郎さん、逃げたらイカンばい」と叫ぶ香田の声を聞きながら、事務所に逃亡した。

 背後から「あねさん、クビっす」と大笑いする栄子の声が聞こえてきた。


    ( おしまい )


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