母親への感謝と憎しみ

私は、親が小さい頃に離婚して以来、女手ひとつで育てられました。母親は、仕事がとてもよく出来る人で、一般家庭以上に裕福な暮らしをさせてもらいました。今まで、私の希望はほとんど叶えてくれました。
お金に困らない生活と引き換えに母親は、いつも夜遅くまで働き詰めで、私は、幼少時代、家族と過ごした記憶はほとんどありません。食卓でひとりで食べるような毎日が当たり前でした。
ふつうの家庭に育った人からは想像できないくらい、孤独な幼少時代でした。当時を思い出すだけで涙が出てきます……。
私は、何不自由のない生活を送らせてくれる母親に感謝すると同時に、母親がとても憎いです。
親不孝だと自分でもわかっているのですが、母親を冷たくあしらったり、暴言を吐いたりしてしまいます。幼少時代の孤独な小さな私がいつも私の中にいて、私に訴えかけてくるんです。
しょうがないでしょ、という母親の言い分もわかりますが、どうしても許せません……。これ以上、憎しみを抱えたまま生きたくありません。
どうしたら母親を許すことができるようになりますか? あるいは、どうしたら幼少時代の痛みを癒すことができますか? 教えてください。
(るな、女性、17歳、学生)

すごくむずかしい質問です。僕も困ってしまって、答えに窮します。あなたの気持ちもよくわかりますし、お母さんの気持ちもわかりますし、「こうしなさい」みたいなことは簡単に言えません。

ただあなたが知らなくてはならないのは、ものごとには必ず二つの面があるということです。あなたはそういう環境に置かれたことで、ずっと淋しく孤独な子供時代を送ってこなくてはならなかったし、お母さんをある意味で憎むようになりました。それは良くない面です。でもそのおかげで自立心は強くなったし、自分を冷静に見つめる能力は培われたはずです(あなたの文章からそのような傾向がはっきり感じ取れます)。それは良い面です。良い面も悪い面も、お母さんがあなたに与えたものです。良い面を伸ばし、悪い面を少なくしていくことが、これからのあなたの大事な仕事になります。良い面が伸びていけば、お母さんを憎む気持ちもだんだん消えていくかもしれません。そうなるといいですね。しっかり生きていってください。

村上春樹拝