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help RSS 大河ドラマ探訪214 「軍師官兵衛」13 石山本願寺推定地碑・本郷和人氏の「軍師とは何か」・占い師

<<   作成日時 : 2014/04/20 21:40   >>

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 写真は大阪城公園中に建つ石山本願寺推定地碑と説明掲示板を4月11日に撮ったものです。説明掲示板の中で、「石山本願寺跡の正確な位置や伽藍などはいまだ確認されていないが、現在の大阪城公園内にあたることは確実と考えられている」と記されていますし、顕如上人の肖像画の写真や、石山本願寺期の出土瓦の写真も掲載されています。「軍師官兵衛」でも、信長と石山本願寺との長年にわたる戦いが描かれています。
 さて、3月30日付の朝日新聞の「読書欄」に、本郷和人氏の「軍師とは何か」という文章が掲載されていますが、その中で、「日本には軍師なるものは存在しなかった」と指摘されています。
 すなわち、「そもそも軍師とは、たとえば漢の張良や蜀の諸葛亮の如く、基本的な属性は文官である。文官として、軍事を構成する3つの要素のうちの戦略(あとの2つは戦術と兵站)を担当し、軍を勝利に導くのが軍師である」と定義づけられています。
 もっとも、「軍師を『日本的な参謀』と広く定義して良いのなら、そうした人物を見いだすことはできる。その代表が、いま各所で話題の、黒田官兵衛である。彼は元来が武人だから、参謀役を務めながら、指揮官としても働くし。好例は関ヶ原戦時で、この時の官兵衛は優秀な軍司令官であった」と論じられています。
 川口素生氏の「戦国時代なるほど事典」(PHP文庫)の中に、「戦国時代の軍師とは占い師を指し示す言葉でした」、「占い師のことを、(時代や地域などによって違いはあるものの)多くの場合、軍配(ぐんぱい)、あるいは軍配者(軍敗者)と呼んでいたようです」と記されています。
 1月11日にNHKで放送された「歴史秘話ヒストリア 新春スペシャル 官兵衛『お宝』スゴロク」の中で、「軍配者とは現在の職業で表すと何?」という問題が出されていました。答えはむろん、「占い師」だったのですが、その番組では、占いと軍配者の関係を表す貴重な資料が紹介されていました。
 すなわち、家康の側近の酒井忠次所用の軍配に、小さな方位磁石が取り付けられていることが示されていましたし、その軍配の中央には干支が示されており、当時は時刻や方角を表すのに干支が使われていることも明らかにされていました(ちなみに、高校の古典の授業では、干支が表す時刻と方角を知っておくのは必須事項であり、問題としても出題されます)。これは縁起をかつぐものであり、縁起の良い時間と方角に戦いを仕掛けることが大変重要であり、占いの知識を生かして武将にアドバイスをすることが、軍配者の役目だったと説明されていました。

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