NHK高校講座 日本史「近世の学問と文化」 2015.03.26


天下を武によって統一しようとした信長は京都の本能寺で襲われ自害した。
歴史に対する憧れと深い知識を持ったアイドルの養成所。
それが日本史研究の殿堂高橋歴史女学館である。
歴史は暗記するものではなく推理するもの。
館長の高橋です。
今日は「近世の学問と文化」。
文化といえばこれまで平安時代の文化と室町時代の文化を習いましたね。
どんな事を覚えますか?みんなは。
平安時代は貴族が国風文化を発達させました。
私は十二単を着ました。
室町時代は将軍足利義満や義政が今に通じる日本的な文化を発達させました。
みんなよく覚えていますね。
では江戸時代の文化はどんなだったんでしょうか。
それでは今回学ぶべき重要ポイントを見てみよう。
今回の時代は…江戸幕府による平和が長く続いたこの時代かつてないほどに学問と文化が発達しました。
そこにはどんな特徴があったのでしょうか。
今回押さえるべき「三つの要」は…江戸時代発展していった学問と文化を見ます。
まず初めにみんなに見てもらいたいものがあります。
こちらです。
これは「江戸三幅対」という江戸時代18世紀末ごろの浮世絵です。
描かれているのは相撲の力士。
芸者の女性歌舞伎役者です。
江戸では庶民の娯楽として歌舞伎相撲芸者の人気が高かったんですよ。
そこでいわば江戸のスターたちの姿が浮世絵に描かれているんですね。
実際にスターを目の当たりにする事ができなくても浮世絵を通してその存在を身近に感じる事ができた訳です。
館長。
それって今とよく似てますね。
ああ。
浮世絵がテレビとかグラビアで…。
スターは…。
早く私もスターになりたいです。
(一同の笑い声)まあそのための歴史女学館ですからね。
江戸の人々は人気のスターに憧れそれに応えるように浮世絵が次々と描かれていきました。
それでは「三つの要」に沿って見ていこう。
その一。
浮世絵とは現実の世の中を題材に庶民の風俗を描いた絵の事をいいます。
ふと振り返ったポーズを巧みに捉えた「見返り美人図」。
このように浮世絵は初めは絵筆を使って描く肉筆画でした。
ポッピンというガラス製の楽器を吹くこの美人画は江戸時代中後期の浮世絵。
この時代人々は流行の浮世絵を買い求めました。
多くの人々の求めに応えるためには同じ浮世絵をたくさん作らなければなりません。
その方法は版画でした。
色も一色刷りから錦絵と呼ばれる多色刷りに発展していきました。
まず絵師が墨で絵を描きどこにどんな色をつけるか決めます。
描き上がった絵は彫師の元へ。
彫師は絵を板に貼り輪郭の線を残して彫ります。
色をのせる部分は別の板に彫ります。
緑や赤など塗る色ごとに板を分けます。
次は摺師の出番です。
決められた色の絵の具を板につけ紙を置いて色を刷り込みます。
ずれないようにぴたりと重ねて刷るのが摺師の技でした。
こうして人気の浮世絵は大量に生み出されていったのです。
この絵の作者は…美人画の名手として知られました。
歌麿は上半身を大きく描く大首絵という手法を用い女性の美しさを表現しました。
個性豊かに役者絵を大首絵の手法で描いた東洲斎写楽。
奇抜な構図で富士山を描いた…作者は…歌川広重は「東海道五十三次」などの風景画を叙情的に描きました。
これらの風景画は民衆の旅への関心と結び付いて人気を得ました。
この時代の文化の特徴はその担い手が庶民にまで広がった事なんですね。
更に学問が重視されこれも庶民に広く普及しました。
みんな和算って聞いた事ありますか?わさん?わさん?和算というのはですね…庶民への学問の普及という意味では和算っていうのもその一つでした。
こちらを見て下さい。
これ!え〜?これはですね江戸時代末期に考えられた和算の問題です。
それぞれの辺が3対4対5の直角三角形の中に正方形や円がいくつかありますね。
小さな円の直径が現在の単位で1cmとした時大きな円の直径は何cmになるかという問題なんですよ。
何か頭が痛くなるような問題ですね。
しかもこの問題考えたのはなんと13歳の少年だったんですね。
(生徒たち)え〜!みんなこれ解けますか?絶対解けないです〜。
無理です。
難しい。
難しいですよね。
ではその答えはですね実は私にも分かりませ〜ん。
この問題を含め和算について調べてくれたのは?はい!私が調べてきました。
「要」その二。
どうぞ!
(向井地込山)どどん!はい!今日もやって来ました。
行ってきま〜す。
訪ねたのは…こんにちは。
こんにちは。
今日は和算について調べに来ました。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
一関は江戸時代に広まった和算が明治時代以降まで続いた地域です。
博物館には和算の歴史や書籍などが展示され和算の世界を知る事ができます。
人々はどうやって和算を学んだんですか?どんな人たちが習ってたんですか?そうなんですか。
結構難しそうですね。
(相馬)そうですね。
中学生高校生ぐらいの内容かな?ああ難しい。
和算が広まるきっかけとなったのが「塵劫記」と呼ばれる書籍です。
日常生活に関する身近な問題がいくつも書かれパズルやクイズのように解いていくこの本は全国的な大ベストセラーとなりました。
この時代の人々にとって数学は重要なものになりつつありました。
田畑の面積を求める計算。
商売に必要な計算。
土木工事の計算。
人々の生活に和算は欠かせないものになっていたのです。
次に訪ねたのは和算にゆかりのあるお寺です。
はい。
あちらにも同じようなものがあって図形が描いてあるんです。
あれですか?はい。
さんがく…。
絵馬が奉納されるほど庶民の間で学問熱が高まっていました。
右から4番目に直角三角形の図があります。
中に正方形があって円がいくつかありますね。
その下にこの問題を考えた人の名前が書いてあるんですが佐藤亀蔵と書いてます。
その右側に小さく「十三童」とあります。
これは13歳の少年が作ったという事になりますね。
え〜!じゃあ是非この問題にチャレンジしてみて下さい。
え〜…。
土保さん亀蔵君が作った問題に早速チャレンジです。
現在の数学で習う三平方の定理を使うと解けるという事ですが…。
ギブアップです。
では現在の数学の解き方で見てみましょう。
三角形の相似や三平方の定理を使って答えを求めます。
このように方程式を作って導き出した大きな円の直径は2cmでした。
問題を解く事はできても…それを13歳の少年がやったという事なので…へえ〜すごいですね。
亀蔵君参りました。
一関には全国の市町村で最も多い67の算額が今も残されています。
そこには学ぶ事そのものを楽しみとした人々の姿が見えてきます。
今回は和算を通して学問が地方の農村にまで広がっていた事が分かったんです。
それにしてもあの問題は難しかったです。
はい土保君ご苦労さまでした。
さて学問の大衆化もう一つは江戸時代中頃から普及した寺子屋というのがありますね。
寺子屋知ってる。
はいこちら見て下さい。
寺子屋。
これは寺子屋の様子が描かれた絵。
子供たちが学んでますよね。
学んでますね。
寺子屋は庶民の初等教育機関で読み書きそろばんなどの日常生活に役立つ教育が行われたんですね。
(生徒たち)へえ〜。
寺子屋の数どのぐらいあったと思われますか?え〜?50くらい?これ。
江戸時代末ごろの全国の寺子屋の数を示した地図です。
この赤で示す所これは500以上も寺子屋がありました。
(生徒たち)え〜。
江戸周辺だけではなく全国に広がっている事が分かりますね。
このように寺子屋は都市や農村に広く普及し…その結果封建社会では世界でも珍しいぐらい識字率というのが上がったんですよ。
(3人)へえ〜。
さて続いてこの時代の学問の特徴を別の角度から見てみよう。
「三つの要」その三。
江戸幕府は鎖国体制だったため西洋の学問や知識は長崎・出島のオランダ人を通じて学ばれていきました。
八代将軍徳川吉宗が漢訳洋書の輸入制限を緩め部下にオランダ語を学ばせた事から西洋の学問は蘭学として発達します。
江戸の医師前野良沢と杉田玄白はこのころ入ってきたオランダ語で書かれた医学書に衝撃を受けます。
杉田玄白は処刑された囚人の解剖を見てヨーロッパ医学の内容が極めて正確な事を知ったのです。
杉田玄白と前野良沢は仲間の医者たちと医学書の翻訳を始めました。
オランダ語と向き合う事3年半。
苦労の末ついに日本語訳が完成。
杉田玄白たちはこれを「解体新書」と名付け1774年に出版します。
これまで日本語になかった体の部分の名前も作っていきました。
この言葉もその一つです。
この「解体新書」によって日本の医学が大きく前進する事になったのです。
19世紀になると幕府も洋書の翻訳を開始して新知識の吸収に努めた事から江戸と長崎で始まった蘭学は全国各地に広まっていきます。
下総国現在の千葉県佐原の名主だった伊能忠敬は西洋の天文学や暦学を学び日本全国の測量を行いました。
1821年完成した日本初の全国地図は現在の地図と比べてもほとんど変わらないほど精度の高いものでした。
蘭学に始まる西洋の新しい学問はその後オランダ語のほか英語フランス語の書物も翻訳され発展していきます。
こうして蘭学は洋学と呼ばれるようになりましてね日本の近代化を推し進めていく基礎となっていくんですね。
我が女学館の特別講師佐伯先生です。
先生今日はどんなお話でしょうか。
今日は浮世絵の見方というか楽しみ方をご紹介したいと思います。
こちらをご覧下さい。
こちら東洲斎写楽という人が描いた「大谷鬼次の江戸兵衛」という浮世絵なんですけどもこの絵はにゅっと手を突き出してるんですけどもこれ何をしているところを描いたんだと思いますか?怒ってます。
怒ってますね。
(佐伯)確かにそういうふうにも見えますね。
歌舞伎の演技中とか。
鋭いですね。
確かにこれは歌舞伎の演技の最中のところを描いたといわれていてもう一枚の絵と並べてみるともっとよく分かるんです。
こちらをご覧下さい。
(生徒たち)おお〜。
(佐伯)こちらもう一枚の絵が「市川男女蔵の奴一平」という絵なんですけども歌舞伎の演目の一場面を描いたものとされているんです。
さてこうやって並べてみるとこれ一体どんな場面だと思いますか?
(3人)戦ってる。
戦ってますね。
(佐伯)実はこちらの市川男女蔵の奴一平が3百両のお金を届けている最中にこちらの江戸兵衛がそれを奪いに襲いかかるというそういう場面なんですね。
ですから奴一平はお金を守るために応戦しようとして刀を抜きかけているそういう場面を描いているんです。
このように歌舞伎の場面を想像すると一体このあとどんな事になっちゃうんだろうかというような感じで歌舞伎を見に行くとか…。
現在で言うとポスターですとかブロマイドですとかそういった役割を果たしたものといわれてるんですね。
実はこの2枚の絵については蔦屋重三郎という当時としては有名なプロデューサーがついていたといわれてるんですね。
ですからこのような浮世絵は上演前に作り始めていて上演の時にはもう売り出すそんな感じで作られていたといわれています。
という事は出し物を決める時にも蔦屋さんの意向っていうのは結構あったかもしれませんね。
そうですね。
そういう事を考えると結局今の時代と似たようなところがあってメディアは違いますけども…へえ〜。
本日はどうもありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。
これどうよ。
やってみる?一遍こんな格好。
これ。
奴なんてね。
刀をひゅっと抜いた抜いた瞬間だね。
悪役。
悪役は「金を出せ〜」と。
寺子屋では実用教育が行われ庶民の教育水準を高めた。
日本で独自に発達した和算も広く庶民に普及した。
西洋の新しい知識は蘭学として始まり実用の学問として医学や科学技術の分野が発達した。
2015/03/26(木) 14:40〜15:00
NHKEテレ1大阪
NHK高校講座 日本史「近世の学問と文化」[字]

日本の今は、誰が、どのように作り上げたのか? 日本史研究の殿堂、高橋歴史女学館がその謎に迫る。出演:高橋英樹・AKB48(向井地美音、土保瑞希、込山榛香)

詳細情報
番組内容
今回のテーマは江戸時代の学問と文化。この時代は、浮世絵に代表される文化や、和算をはじめとした実用的学問が、庶民層にまで普及した。また、人々の知的欲求が高まるにつれ、西洋の医学や天文学など、蘭学と呼ばれた西洋の学問が発展した。このように、学問や文化が庶民にまで広まり、発展した背景や原因は何だったのか。戦のない平和な時代が長く続いた江戸時代の、学問と文化の諸相を解説する。
出演者
【講師】高等学校教諭…佐伯英志,【出演】土保瑞希,向井地美音,込山榛香,【司会】高橋英樹,【語り】杉村理加

ジャンル :
趣味/教育 – 中学生・高校生
趣味/教育 – 大学生・受験
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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