京都・円山公園にあるしだれ桜。
美しくも巨大なその姿は京都でも指折りの名木として親しまれています。
闇の中であでやかに咲き誇る桜。
引き込まれそうになりますね。
明治時代来日したある外国人は日本の桜の美しさに驚きこんな言葉を残しています。
ようこそ「歴史秘話ヒストリア」へ。
今夜は日本の桜に秘められた意外な物語をお届けします。
先ほどご紹介した言葉は明治時代に日本を訪れたドイツ人医師ベルツが東京・向島で桜を見た時に述べたものです。
桜の下では女性たちがふだんよりずっと魅力的に見えると絶賛しています。
まさに桜効果ですね〜。
日本の女性を輝かせ人々をとりこにしてきた桜。
今日は日本人と桜の1,000年を超える物語です。
春日本を美しく彩ってくれる桜。
日本人が愛してやまない存在です。
それは1,200年前の平安時代も同じ。
思わず…興奮して…そして…平安の桜騒動をご覧下さい。
戦国時代の天下人豊臣秀吉が計画した花見です。
日本史上最大の花見にご招待します。
明治の初め次々と切り倒されていった桜。
文明開化で日本の桜は絶滅の危機を迎えます。
「貴重な桜を絶やしてはならない!」。
立ち上がった男たち。
桜に懸けた名もなき男たちのプロジェクトとは?桜に恋し桜に見守られてきた日本人。
日本の桜を巡る華やかな旅に出かけましょう。
京都有数の桜の名所東山です。
清水寺など歴史ある参道を桜が彩ります。
情緒あふれる町並みに舞い散る桜これぞ日本の美という感じですよね。
ところでこの東山清水寺のすぐ隣に不思議ないわれを持つ桜があるのをご存じでしょうか?それがこちら地主神社の境内に咲く地主桜です。
一見小ぶりで何の変哲もない桜実は日本人の桜好きに大きな影響を与えたとも言われています。
桜のお花見の原点を巡る物語をご覧下さい。
今からおよそ1,200年前京の都の誕生から間もない頃。
貴族の館で楽しそうに花見が行われています。
見ている花はもちろん桜…と思いきや梅。
このころ貴族の花見といえば桜よりもむしろ梅が一般的でした。
梅は中国大陸の唐で珍重されていた花です。
しかしある人物が現れた事で事態が一気に変化します。
平安京誕生から15年後に即位した若き帝嵯峨天皇です。
弘仁2年の春地主神社への行幸の折。
天皇はふと見たあるものに心を奪われ車を止めさせます。
それは境内に咲いていた桜。
う〜んなんと見事な。
たまに桜を見るのもいいもんだなあ。
満足した天皇は御所に向けて出発します。
しかししばらく行くと先ほどの桜が目について離れない。
桜の所へ引き返せ。
家来たち大慌てで牛車をUターン。
桜の所に戻ります。
う〜んやっぱりきれいだ。
桜って意外にいいかも。
満足して出発。
ところが…。
いやいやまだまだ見足りない。
もう一回見たい。
家来たちはまたまた大慌て。
急いで引き返します。
天皇はなんと都合3回も車を引き返させたと伝わっています。
嵯峨天皇を何度も引き返させた地主神社の桜。
この桜は一重と八重が同じ枝に咲くひときわ美しい桜でした。
桜の清楚な美しさに嵯峨天皇はすっかり心を奪われます。
桜にほれ込んだ嵯峨天皇が弘仁3年に開いたのが花宴。
記録上初めての公式な桜の花見となりました。
これがきっかけになったのか…平安時代の庭づくりのマニュアル「作庭記」。
桜が庭の必須アイテムになっています。
御所をはじめ貴族たちの館や天皇の離宮など都には桜がみるみる増えていきました。
京都有数の花見の名所東山もこのころ誕生したと考えられています。
都中に増えた桜のあまりの美しさのせいでしょうか春先になると思わぬ行動に出る人が続出します。
歌人として名高い…定家は御所の桜の美しさに取りつかれてしまいました。
ある明け方。
定家はなんと大胆にも警戒の厳しい御所に侵入。
そして桜の枝を折り家に持ち帰ってしまいました。
翌朝発覚して天皇から問いただされる騒ぎに。
一方役人…ある時御所内で桜を見かけた俊家。
あまりの美しさに神聖な場所にもかかわらず思わず歌を歌いだしてしまいます。
慌てて駆けつけたガードマン。
「御所で騒ぐとは何事」と止めるかと思いきや…この人も桜に魅了されて一緒に踊りだす始末。
天皇の后…ある時彰子は美しいと評判の奈良・興福寺の桜の事を聞きつけます。
「なんとしてもその桜が欲しい」。
直ちに家来を遣わし桜を根っこから引き抜いて都へ持ち帰ろうとします。
これに怒ったのが興福寺の僧侶たち。
「大切な桜は渡せぬ!」。
体を張って押しとどめる騒ぎに。
すわサクラ大戦勃発?なぜか人々を惑わせ正気を失わせてしまう桜。
王朝文学にも大きな影響を与えていきます。
平安時代を代表する小説「源氏物語」でも桜が重要なモチーフとして使われています。
光源氏が愛する美しきヒロイン…その美貌を男たちはこう褒めそやします。
女性への最高の褒め言葉として桜が使われているのです。
更に女流歌人の…絶世の美女と言われた小野小町は自分自身を桜に例えています。
平安の人々にとって欠かせないものとなった桜。
歌で詠まれる頻度も奈良時代に比べ急増。
ついに梅と逆転するようになりました。
桜は女性の美しさと結び付く事で日本人が愛してやまない存在になっていったんですね。
平安時代京都に次々と植えられていった桜。
その主な供給地となったのが奈良県の吉野。
いわゆる吉野の桜です。
春になると3万本もの桜が咲き誇り山全体が桜一色に染まります。
麓から頂上へと色を変えていく様子は古くから桜の聖地として人々を魅了してきました。
この吉野の里で人気なのがこちら。
こちらが桜茶でございます。
塩漬けにした桜の花びらを練り込んだ桜のようかん。
そして地元で桜茶と呼ばれる花びらを浮かべた桜湯です。
桜の甘い香りが楽しめます。
あほんとほんのり桜の香りがしてそんなにしょっぱくもなくてよかったね。
おいしい。
桜の持つ控えめでほのかな香りも日本人が桜好きになった理由の一つかもしれませんね。
空一面を埋め尽くすばかりに咲き誇る桜。
見事ですね〜。
京都市伏見区にある桜の名所醍醐寺です。
樹齢180年のしだれ桜など名木を一目見ようと毎年春には14万人もの花見客が訪れます。
今からおよそ400年前ここで日本史上最大のお花見が行われました。
花見をしたのは天下人…秀吉がこの醍醐の花見で植えた桜の数はなんと700本。
類を見ない規模でした。
こんな壮大な花見を計画した理由それは女性たちのため。
天下人が女性のためにプロデュースしたこん身の花見テーマパークにご案内します。
戦国乱世を制し…62歳の時自らの人生を振り返りこんな事を思います。
「天下人となるまで妻のおねや側室たちにも随分苦労をかけてきた。
なんとか女性たちをねぎらう手だてはないものか…」。
そこでアイデアマンの秀吉が思いついたのが…花見。
その場所として選んだのが居城にも近かった醍醐寺です。
花見専用の山をまるまる造りあげてしまいました。
しかもこの花見桜を見るだけでは終わらない型破りなものでした。
秀吉は部下に命じ茶屋など…醍醐寺をいわば花見のテーマパークに仕立て上げたのです。
花見には衣装も欠かせません。
側室や女中など合わせて1,300人の女性たちに1人3着ずつ着物を新調。
現代の金額で39億円もかかったとか!花見に先立ち秀吉には決めなくてはいけない事がありました。
花見に向かう側室たちの行列の順番です。
一つ間違うと側室たちの機嫌を損ねてしまいます。
側近の記録には秀吉が決めた女性たちの輿の順番が記されています。
一番はもちろん30年以上秀吉を支えてきた…二番目に誰を持ってくるかが問題でした。
つきあっていた長さでいくと…この時側室になってから15年ほど。
秀吉の大のお気に入りです。
しかしもう一人重要な側室がいました。
側室になったのは松の丸より後ですが後継者を産んだという功績は大きい。
秀吉は二番手に淀殿を選びました。
結局古参の…秀吉が決めた順番で女性たちの輿が出発。
醍醐寺に到着した女性たちの前に広がっていたのは今まで見た事がないほどの桜一色の世界。
秀吉は得意満面で桜の楽園と化した醍醐の山を案内していきます。
秀吉一行が休憩した場所が醍醐の山に残っています。
こちらが秀吉公が花見をされた茶屋の跡でございます。
秀吉一行がここから眺めた景色はどんなものだったのでしょうか?当時はこの場所に一面桜が植えられていました。
桜吹雪のかなたには五重塔をはじめとする醍醐寺の大伽藍。
絶景です。
続いて秀吉肝煎りの娯楽施設巡りが始まります。
まず女性たちを迎えたのが操り人形館。
ユニークな動きで女性たちを楽しませます。
そしてお風呂館。
桜をめでながら汗を流すゴージャスなひととき。
湯上がりには新しい着物にお召し替えです。
最後に用意したのが装飾品が取り放題のアクセサリーコーナーに食べ放題のスイーツコーナー。
さすが秀吉女性の心をわしづかみです。
大成功に終わろうとしていた秀吉の花見。
最後の宴が始まりました。
ところが記録によるとこの宴の席で思わぬ事が起こります。
輿の順番で三番手だった松の丸と二番手だった淀の間で杯を争う大げんかが起きたというのです。
女たちにとっては秀吉からもらう杯の順番は寵愛の証し。
女のプライドに懸けて決して譲れないものでした。
その杯はわらわの物!事の詳細は分かりませんが秀吉の差し出す杯をめぐり古参の松の丸と淀のどちらが先に受け取るかで対立が起こったと考えられます。
二人のけんかはエスカレートし見かねたおねたちが慌てて止めに入る大騒ぎに。
女たちを喜ばせるつもりが秀吉にとっては何とも後味の悪い結末に…。
日本史上最大の花見をもってすらままならない女心。
秀吉さんほんとに大変でしたね。
江戸時代になると武家や貴族だけでなく一般の人々も訪れる事ができる花見の名所が作られるようになりました。
その一つが…その後御殿山隅田川などにも桜が植えられ江戸っ子たちの間に花見の習慣が根づいていきました。
こちら鮮やかな赤色の珍しい桜関山という品種です。
まるで葉っぱのような緑色この花も御衣黄という桜です。
中国の絶世の美女を思わせるあでやかさが人気です。
まるでバラかカーネーションに見えるこの桜は菊桜という種類の一つです。
一口に桜といっても江戸の人たちが見ていた桜はこんなにもバラエティーに富んでいたんですね。
慶応4年260年続いた…この社会の大変革は日本の桜の運命をも大きく変える事になりました。
江戸が東京になり文明開化の波が押し寄せる中…洋館に変わっていきました。
その様子を見ていた当時の武士の記録です。
江戸の人が大切に育ててきた桜の貴重な品種も次々と切り倒され絶滅の危機に。
そんな中桜を救おうと立ち上がったのが明治の職人たちでした。
江戸伝統の桜を守り抜いた名もなき男たちのプロジェクトです。
物語は東京の郊外から始まります。
駒込に高木孫右衛門という植木職人がいました。
高木家は江戸時代から代々植木の手入れを手がけてきました。
町から次々と桜が消えていく様子を目にしていた高木は心を痛めます。
「江戸の桜がこのまま消えるのは惜しい!」。
高木は仕事の合間を縫い…桜は環境の変化に弱く移植して育てるのは現在でも難しい作業です。
高木は試行錯誤を重ねながら粘り強く取り組み自分の家の畑に桜を根づかせていきました。
高木が当時育てていた桜の一覧表です。
いつしか高木の畑は絶滅しかけていた貴重な江戸の桜の避難所となっていたのです。
この高木の桜にほれ込んだ男がいました。
荒川沿いにあった江北地区の清水謙吾です。
村の代表者だった…当時の荒川は度々氾濫を起こしており…江戸の桜の良さを見直してもらうきっかけになればと高木も清水の申し出を快く引き受けます。
翌年清水を中心とした…「おらが村を桜でいっぱいにしたい」。
計画を聞きつけ…その中でとりわけ熱心だったのが船津静作という村人です。
ただでさえ弱い桜。
それぞれ育ち方も異なる種類の桜を大量に堤防に根づかせていくのは一筋縄ではいかない試みでした。
桜については素人だった…東京・足立区の船津家に当時の記録が残されていました。
船津が長年荒川堤に植えた桜の様子を観察しまとめたノートです。
ノートには品種ごとにその生育状況が細かく書き込まれていて試行錯誤が繰り返されていた事が分かります。
春が来るごとに開花の状況を確認し根づく品種を増やしていった船津たち。
そして計画が始まってから24年後の明治43年。
春の訪れとともに船津たち村人が育ててきた荒川堤の桜が一斉に咲き誇ります。
ピンクや赤緑に黄色などさまざまな色の桜が立ち並ぶ様子はあたかも五色の雲がたなびくように見え桜並木はいつしか五色桜と言われるようになりました。
国内外から人が殺到。
この年には皇族も訪問するほど大反響を呼び起こしました。
その貴重さが認められ…絶滅寸前だった品種の保存が進みここから全国各地に広がっていきました。
そして荒川堤の桜はついに海を渡ります。
市内の中心部を流れるポトマック川の沿岸に咲き誇る3,750本の桜。
全米随一として知られるこの桜並木も実は…3人の名もなき男たちが守った江戸伝統の桜。
今も海外の人々に日本の桜の美しさを伝え続けています。
江戸の桜の絶滅を防いだ荒川堤の桜はその後悲劇的な運命をたどります。
戦況の悪化で物資が極端に不足する中…荒川堤のそばで生まれ育ち当時の事を鮮明に記憶している地元の人がいます。
小学校の頃桜並木のトンネルを通り通学していた高橋良平さんは…江戸の桜を守るという大きな役割を果たしながらも消えていった荒川堤の桜。
それから30年以上たった昭和56年思わぬ事からこの荒川堤の桜が復活する事になりました。
アメリカ・ワシントンの人々がかつて贈られた荒川堤の桜を枝分けし送り返してくれたのです。
現在足立区ではかつての桜並木を再現する取り組みが地元の人たちの協力のもと進められています。
桜に恋し桜と共に生きてきた日本人。
桜への思いを込めた歌を多くの人々が残しています。
最後にそんな秘話をどうぞ。
平安時代桜にほれ込み花見に明け暮れた歌人はこんな歌を詠んでいます。
またある歌人は募る恋心を桜に託しました。
地位や名誉など全てを捨てて桜の下に移り住んだ歌人もいました。
そして江戸時代の俳人がふるさとで詠んだ句。
喜び悲しみ別れ日本人のそばに寄り添い私たちを癒やしてきた桜。
桜はさまざまな思いをのせ今年もその美しい花を咲かせています。
2015/03/25(水) 22:00〜22:45
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア 名作選「桜の木に恋して〜日本人と桜の物語〜」[解][字]
春といえば桜。平安時代の一大桜ブームから、秀吉の日本史上最大の花見、そして文明開化で絶滅の危機にひんした古来の桜を守ろうと立ち上がった男たち。日本人と桜の物語。
詳細情報
番組内容
春といえば桜。古来、花見といえば梅という常識を打ち破った平安時代の一大桜ブーム。日本人が桜好きになった原点を探る。戦国時代、豊臣秀吉が行った日本史上最大の花見「醍醐の花見」。華やかな花見の席で繰り広げられた美女たちの壮絶なバトルとは?明治時代、文明開化の嵐が吹き荒れる中、江戸の貴重な桜も絶滅の危機に。日本の桜を守るために立ち上がった男たちの闘いとは?日本人と桜の深い関わりをオムニバスで描く。
出演者
【キャスター】渡邊あゆみ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
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