隠れ家生活が2年近く続いた1944年の春。
アンネたちを取り巻く状況は悪化していました。
逮捕されたら最後どのような目に遭うのか隠れ家の住人たちにもうすうす分かっていました。
「じっさい自分でも不思議なのは私がいまだに理想のすべてを捨て去ってはいないという事実です」。
絶望する事なく厳しい現実に立ち向かっていたアンネ。
そこには「言葉の力」が働いていたのではないかと小川洋子さんは考えています。
最終回は隠れ家生活の終わりとアンネにとって日記を書き続ける事の意味が何であったのかに迫ります。
(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…さあ前回はアンネとペーターの短い青春のお話でしたけれどもあっという間に日記の終わりに近づいてまいりました。
日記が終わるという事はそういう事ですからねちょっと悲しい回ですね。
そうですね。
引き続き指南役は作家の小川洋子さんです。
よろしくお願いいたします。
もう隠れ家生活も2年近くになっているんですね。
そうですね。
だんだん生活の状態は悪くなる一方で隠れ家の中で食べる食料もどんどん劣悪になりますし使ってるものも古くなる。
心もすさんできますねみんな。
疲弊していく中でしかしまあアンネはね日記を書いている間だけは喜びをキティーと分かち合っていたという時間を過ごしています。
空襲も激しくなり状況が悪化する中一つのニュースがもたらされます。
連合軍がナチス占領下にあるフランスに上陸する。
このニュースは隠れ家のみんなに興奮を与えました。
オランダの解放も近いかもしれない。
秋にはまた学校へ行けるようになるだろうか。
そんな希望をアンネは抱きます。
ある日隠れ家に大量のイチゴが届けられ住人総出でイチゴジャム作りが行われました。
「ペーターとうちのおとうさんファン・ダーンのおじさんが階段をあわただしくあがりおりしてそれらを運びにかかります。
アンネお湯を持ってきなさい。
マルゴーバケツをとっておいで。
みんな用意はいいか?なんだか胃袋がきゅっと締めつけられるように感じながらキッチンへ行ってみるとそこは超満員。
ミープにベップクレイマンさんヤンおとうさんペーター。
隠れ家の住人とその補給部隊とが入りまじり総出でわいわいがやがやしかも真っ昼間に!」。
ささやかな喜びの時。
アンネたちが密告により逮捕されるのはこのあと1か月にも満たないうちの事でした。
イチゴジャムのシーンは満島ひかりさんの生き生きとした読み方のリズムも手伝ってすごく明るいシーンですね。
そうなんですこの何か人々のね入り交じってる声とかお鍋がぶつかる音とかねジャムの甘い匂いとかそういうものがこうありありと浮かんでくるような場面で隠れ家の中にもねこんな楽しい一日もあったんだなあって救われるような思いがしますし。
こういう時代だから全体的にセピアがかってる色を想像したりするシーンももちろんいっぱいあるんだけどここだけはイチゴの赤さみたいなものをものすごく頭に浮かべられますね。
しかも群衆を描くという難しい事をやっているんですよ。
割と狭い所に入れ代わり立ち代わり人がリズムよく動いてる感じが。
朗読の中にも出てきましたけれど…。
…という表現がほんとに心に刺さるといいますかアンネこんな状況でもまだ信じる事をやめないんだという。
それだけ彼女が両親から愛され支援者の人たちの支えを受けてペーターとの恋もありいろんな周囲の人たちの愛情に支えられたからこそ……という気持ちだったんじゃないでしょうか。
まあ僕らはこのあと来る皮肉な結果を知ってますけどこの時の彼女たちというのはどんななんですか?ええ日記を読みますとねかなり希望を持っていたようですね。
連合軍が上陸してくる刻々とその戦況をラジオで聴いて壁に貼った地図にピンを刺してるんですね。
もうすぐそこまで…。
ここまで来た。
長い隠れ家生活ですからねやっぱり後ろを振り返るより未来の希望を支えにしないとやっていけないという事もあったと思いますけれど。
もう少しだもう少しだと思いながら2年ひとつきで突然終わりを迎えてしまいます。
最後の日記は逮捕の3日前に書かれています。
そこには自分の中にいる「二人のアンネ」についての考察がありました。
表に出ているアンネは快活で軽薄な道化。
でもその裏には深みのある繊細なもう一人のアンネがいる。
「きっとそうなれるはずなんです。
」運命の8月4日。
この朝ユダヤ人たちが隠れ住んでいるという匿名の密告電話がゲシュタポに入りました。
そして8人は連れ去られていったのです。
みんながいなくなったあとミープたちはそっと隠れ家に入りアンネが書いていた日記を拾い集めました。
日記帳では収まりきらずさまざまな紙切れに書かれていた大切な「アンネの日記」を。
密告というのは当時よくあった事なんですか?そうですねユダヤ人を密告しますとねお金や食べ物をもらえたという事でその少しの報酬のために密告する人もいたという事で戦後この隠れ家の住人たちを密告したのは誰かという事をかなり徹底的に調べているんですけれど結局は分からなかったんですね。
つまり当時はそれがとってもありふれた事だったからなんです。
あちこちでそういう事があって。
そんな中で危険を冒して支援者のミープさんがうちの中に入って「アンネの日記」を持って守るんですね。
持って出てきて。
これが何かねまた劇的な奇跡的な事ですが当時はユダヤ人たちが連行されますとね指定業者がやって来て財産を没収すると。
ですからその業者が来る前にミープさんが隠れ家に入りましてもし見つかれば逮捕される危険もある中その短い時間の中でとっさに床に散らばってた日記を拾い集めるんですね。
ミープさんにお会いした時に……と聞かざるをえないですよね。
そうしますとね「そんなに深く考えたわけじゃない。
むしろ考えずに起こしたアクションだった」とおっしゃるんですね。
ただまあ隠れ家の人たちのすぐそばにいて…「戻ってきた時にまた書く喜びをアンネに戻してあげたいとそういう気持ちだったんです」とおっしゃっておられました。
彼女はその拾い集めた紙の束で手がいっぱいだったにもかかわらず洗面所を通り抜ける時にまたこれもとっさにフックにかかっていたアンネの化粧ケープもパッととっさに取って隠れ家を出るんですね。
これがまた不思議でねアンネがとってもおしゃれでいつも髪をきれいに縦ロールになるように巻いてたという話がお友達の証言に残っていますけれどその彼女が大切にしていた髪を象徴する化粧ケープをねミープさんはナチスの手から救い出してるんですね。
ですからこれアンネの魂そのものである…精神と体と両方をこの時点でミープさんは救い出してるんじゃないかなと私は思いました。
まあ他に何があったのか分からないけど高価なものもあったかもしれないし。
だけどこれなんですね。
もう命を懸けてつきあった彼女だからこそね本当に人間にとって価値があるものは何なのかという事をこの非常事態の中で正しく判断する事ができた。
そういうミープさんがいたからこそこうしてね「アンネの日記」を私たちが受け継ぐ事ができたわけですね。
さあその後のアンネたちは一体どうなったのでしょうか。
ご覧頂きましょう。
隠れ家の8人はオランダの収容所を経てアウシュビッツに送られました。
アンネとマルゴーは更にその秋ドイツ北部のベルゲン=ベルゼン収容所に移送されます。
飢えと渇きと寒さの中で2人ともチフスにかかりアンネは幻覚にさいなまれ毛布一枚でいたといわれます。
マルゴーが冬の終わりに亡くなると数日後アンネも後を追うように息絶えました。
たった15年の生涯でした。
それから間もなく収容所はイギリス軍によって解放されます。
ペーターもデュッセルさんもファン・ダーン夫妻もエーディトも…。
皆各地の収容所で亡くなりました。
生還できたのはオットーただ一人でした。
ナチスが行ったホロコーストの犠牲者は600万人といわれています。
これが人が創作した小説だったらあまりにも救いのないあまりにも悲しい終わり方なんですけど現実ですからね。
そうですね。
最初オランダの収容所にヴェステルボルクという収容所に収容されてそこからアウシュビッツへ移送されるわけですがそれがオランダからアウシュビッツへの最後の列車だったんですね。
最後の列車に乗せられてしまって。
しかしそうやって「あともう少しだったのに」「あともう少し時間があれば」「もしこうなっていれば」という…アウシュビッツへ到着しますとみんな服や靴や眼鏡や身につけてるものを全部取られて名前も奪われて番号が付けられるというふうに…その時ねアンネの気持ちがどうだっただろうかと。
残念ながら収容所ではアンネは「ものを書く」という自由を奪われてしまったわけですので彼女がそこで何を感じていたかという事はもう私たち知るすべがないんですよね。
この日記がこれ以上一字も前へ進まないっていう事がこの空白が私たちに大きなものを訴えかけてきますよね。
それでも…それでも何かを見つけてたかもしれないし。
何かそんな気もします。
そうあってほしいというここまでお話聞いて思い入れがある自分からするとそうあってほしいと思うしそんなに甘いもんじゃないのかなとも思うし。
彼女の事ですからねきっとこの究極の死のにおいに満ちた場所の中でも彼女なりの何か意味あるものを見ていた感じていたと本当におっしゃるとおり信じたいですよね。
小川さんはあのアウシュビッツにも足を運ばれてるんですね。
そうですね。
その時いろんな展示物がありましてねユダヤ人たちから収奪したトランクの山とか靴の山眼鏡の山というのが膨大に保管されているんですけど中でもこの髪の毛ですね。
収容者はみんな頭をまずそられるんですけれどその髪の毛が保管されている部屋というのがありましてねちょっと非現実的なそれまでの現実の価値観では解釈できない。
私は人間の髪の毛をあんなに大量に1か所で見たのは初めてですけれどそれを見た時にミープさんの化粧ケープの事を思い出してアンネ・フランクの縦ロールの髪の毛の事を思い出してああアンネは本当に人一倍髪を大事にしていた子だから髪にバリカンをあてられた時どんな気持ちだったかなあというふうにやっぱりアンネの事を思い出すわけですね。
そうするとこうただのばく大な髪だっていってたじろいで思考が停止しちゃうんじゃなくてあっこの中にアンネの髪の毛もあるかなあと思ったりアンネと同じような気持ちで髪の毛を刈られていった人1足す1足す1の集まりがここにあるんだなというふうに…一つの髪の毛の山ではなくて何百万人の髪だという。
ええ。
ニュースなんかでも本当に震災で亡くなった方何千人何万人っていう数字でどうしても伝えたり耳から聞いたりする事がある。
このホロコースト犠牲者600万人というふうに…。
600万人の虐殺が1回あったという感じがしちゃうんですよね。
そうじゃないんだよなっていう。
…という事をちょっと何かぼやかしてしまうところは反省しなきゃいけないですね。
そうですねあまりにも数が大きくなると何かそこで考えが止まってしまってそこから先に進めないんですけどこの「アンネの日記」があるおかげで……というふうに考える事ができるのならばね彼女がホロコーストのシンボルとなっている意味もあるんだなと。
彼女は死んでからもなお重要な役割をこうやって果たしているんだなと思いますね。
そうですね文章を書く才能以外は普通の普通の女の子ですもんね。
その普通の女の子が普通の男の子が普通のおじさんがおばさんが死んだんだなというのはやっぱり思えますもんね。
これがあるおかげで思えますもんね。
「アンネの日記」は残っているけど他の人の日記はこうやって出版されたものはないのかもしれませんけどあったかもしれないですよね。
書かなくても生活はあるわけですからね。
そうなんですよね。
ですから結局誰の所にも届かないままにこの宙をさまよってる死者の声というのにこの世界は満ちあふれてるんだなと思うんですよね。
ですから時にはそういう誰にも届けられなかった死者たちのそういう声なき声に耳を澄ませる。
生き残った者がね声にならない声に耳を澄ますという事が生き残った者に課せられた義務でしょうね。
「書いていさえすればなにもかも忘れる事ができます。
悲しみは消え新たな勇気が湧いてきます」。
また重たい言葉を残してますね。
ここまで本当に日記を読んできてこんなに意義のある自分の中をつまびらかにしていくそういう言葉を残せたのは本当に奇跡的だと思うんですけどこれは何なんでしょうか。
小川さんどんなふうに思われますか?そもそも言葉にそういう力があったという事だと思うんですね。
その力をアンネがちゃんと使ったといいますかね。
現実のね厳しいあまりに受け入れ難い現実をでもどうしても受け入れなくちゃならない時にこの非常に耐え難い苦しみというのが言葉にする前は頭の上にのっかってる感じなんですよね。
災難として降りかかってくるわけですね。
それを一生懸命日記に書くキティーに聞いてもらう事によってその降りかかってきた…一生懸命押し潰されそうになってるその現実を言葉にして自分の足元に置き直す。
ゼロにする事はできないんですけれど位置を変えるという事を彼女はやったのかな。
それ以外に人間がこんな苦しみをどうにかして受け入れる方法って他にはないような気がしますね。
位置を変える。
何かここでずっと苦しい思いを抱えてるだけじゃなくてそれをあえて自分の足元に生きてく足元に下ろしてくという。
14歳のアンネがね…やっぱり言葉とか書くという事が一人の人間をこんなふうな形で救う事ができるんだなというふうに思います。
私たち今インターネットとかあとメールとかいろいろな道具で書いてる事は書いてますけどでも本当に内面に向かって自分の内面に向かって書いている事があるかなと思うとちょっと…。
そもそも文章を書くってとても手間がかかる事ですしねほんとはめんどくさい事なんですよね。
アンネには時間がありましたので本当にじっくり文章を書く。
まあでも現代のみんなは忙しいですし便利な道具も使えばねとりあえず何か発信できるしつながり合える。
そういう孤独を恐れずにね揺るぎない自分というものを獲得するためにはそういう面倒な事を通らないと…避けては通れませんよね。
生涯自分とはつきあっていかなくちゃいけないんですからね。
4回にわたって「アンネの日記」を読み解いてまいりましたが本当に究極の状況の中で奇跡的な偶然が重なって今この文学が私たちの手元に来たという事が分かりましたが伊集院さんいかがでしたか?アンネの才能に敬意を表して僕の最終的な結論は…アンネはこういう時代じゃなくてもこういうひどい環境にいなくてもすごいものを書いたと思いたい。
だからやっぱり平和な時に生きてほしかったし生き抜いてほしかったしそれでこれよりもっとすごいものを書いたかもしれないと思う事で自分はもっと努力しようと思ったり。
「死んでからもなお生き続ける事」という彼女の残した言葉はああ書きつけた言葉は書いた本人より長生きするんだなという事ですね。
文学は死んでからも生き残るという事を「アンネの日記」は伝えてくれていて私個人はねそういう文学に関わる仕事をしているのですごい誇らしい気持ちになります。
本当にいろんな事を考えさせられました。
小川さん本当にどうも4回ありがとうございました。
(テーマ音楽)2015/03/25(水) 23:00〜23:25
NHKEテレ1大阪
100分de名著 アンネの日記[終] 第4回「希望を抱きながら」[解][字]
日記を通して自分とは何者かを冷静に見つめ続けるアンネ。しかしついに隠れ家の全員が捕らえられる日がやってくる。生きる希望を失わなかったアンネの最期の日々を語る。
詳細情報
番組内容
日記を通して自分とは何者かを冷静に見つめ続けるアンネ。隠れ家生活は悪化の一途をたどっていたが、待ち望んでいたノルマンディ上陸作戦が始まる。人々は驚喜するが、その2か月後、ついに全員が捕らえられてしまう。その直前の日記には「理想の自分になりたい」という願いが書き込まれていた。アンネは収容所でチフスにより死亡した。享年15歳。第4回は、生きる希望を失わなかった人々の姿と、アンネの成長、その最期を語る。
出演者
【ゲスト】芥川賞作家…小川洋子,【司会】伊集院光,武内陶子,【朗読】満島ひかり,【語り】好本惠
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
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日本語(解説)
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