今回、「新モビリティビジョン」というタイトルで連載を持つことになりました松浦晋也です。

 「新」というからには旧がありまして、そちらはワイアードビジョン(現WIRED.jp)で、2008年から2011年にかけて掲載していました。現在はこちらで連載の全文を読むことができます。また、こちらの連載を大幅に改稿して新規書き下ろしを加えて、2012年8月には「のりもの進化論」(太田出版)という本を上梓しました。本連載と共に、読んでいただければと思います。

 さて、人間を移動する存在「ホモ・モーベンス」としてとらえたのは、建築家の故・黒川紀章氏でしたが、ごく少数の例外を除いて生まれてから死ぬまで、移動しないという人はいません。室内の移動から、世界を股に掛けた大旅行、場合によっては別の国への移住に至るまで、人間はその人生を通じて移動しつづけます。

 この“移動する”ということを、移動に関するさまざまなガジェット、徒歩から自転車、バイク、自動車などを通じて考えていこうというのが、この連載の趣旨です。どうかよろしくお願いします。

 早速、連載第1回を始めましょう。題材は「Ingress」というゲームです……。

(文/松浦 晋也=科学ジャーナリスト、ノンフィクション作家)

実はゲームにハマってしまった

 「Ingress」にハマってしまった。

 ご存知の方も多いだろうが、Ingressはグーグルの社内ベンチャーであるNiantic Labsが開発し、サービスを提供する拡張現実ゲームだ。細かいことを省略して大ざっぱに解説すると、青組と緑組という2つの陣営に分かれて行う陣取り合戦のゲームである。ただしその舞台は、コンピューター上の仮想空間ではなく、この現実の世界だ。

 必要な道具立ては衛星ナビ(GPS)機能付きのスマートフォンと、無料でダウンロードできるIngressのアプリ。起動すると、まず青か緑のどちらの陣営につくかを聞かれるので、選択する。するとナビ機能により近隣の地図が表示される。

 地図には、青ないしは緑に光輝くポイントが表示されており、現実の地図とは異なっている。このポイントを「ポータル」という。ソフトがポータルまでの道筋をナビゲートしてくれるので、現実のその場所に行くと、ゲーム上のポータルに働きかけることができるようになる。「ハック」というコマンドをポータルに対して使うと、ポータルを守るアイテムや、逆にポータルを攻撃するためのアイテムがもらえる。それを使って自分の色のポータルを守ったり、相手のポータルを攻撃して自分の陣営に取り込むことができるのだ。

編集部がある港区白金付近の「Ingress」画面例。雪の結晶のようなものが「ポータル」で、3つをつなぐと陣地が取れる
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 自分の陣営のポータルとポータルの間には、「リンク」という線を引くことができる。3つのポータルを三角につなぐと、その三角の内側は陣地として取ったことになる。青と緑を頂点に持つ三角形で囲んだ陣地の面積を競う、というのがゲームの概要だ。

 この他にも多彩な技や、色々な仕掛け、あるいは三角の陣地をつないで大きな絵を地図上に描くといった本来の陣取りとは違う遊び方など、色々と面白い点があるのだが、私が思うにIngressの一番の特徴は、「ポータルは、ユーザーがゲームマスターであるグーグルに申請して作っていく」という点だ。最初からグーグルが「ここは、ポータルね」と指定するのではなく、ユーザーが「ここをポータルにしてくれ」と要求し、グーグルが審査してOKすれば、ユーザーが新しいポータルを作れるのである。

 ただし、どこでもポータルを作れるというものではない。ポータルを申請するにあたっては、グーグルから協会や寺社仏閣、歴史的建築物や石碑、銅像や面白い看板などのモニュメント、地元の観光名所、駅、郵便局など公共施設などといった判断基準が公開されている(Candidate Portal criteria:基準の英文。日本語訳はこちら)。