2011/12/13(火) 20:57:57 [「博士の独り言」記事より]

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平成20年5月10日付メモより重稿
これこそ国連に真に問われるべき
特定国の人権問題 (第1回)

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従軍慰安婦問題への対処要請 国連人権理の対日審査で-北朝鮮など
  【ジュネーブ9日時事】 国連人権理事会は9日、日本の人権保護状況を検証する作業部会を開いた。会合では、北朝鮮、韓国、フランス、オランダが旧日本軍による戦時中の従軍慰安婦の問題を提起し、日本政府に誠実な対応を求めた。これに対し日本政府は、「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金、2007年に解散)を通じて元慰安婦への支援を行ったことなどを説明、理解を求めた。時事通信 平成20年5月10日記事より参照のため引用/写真は。「ハンギョレ21 1999年 05月 06日 第256号」
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フランスまで加わる

 ご存知のことと思う。国連人権員会(5月9日)で、「北朝鮮、韓国、フランス、オランダ」(表題)が、『旧日本軍による戦時中の従軍慰安婦の問題を提起し、日本政府に誠実な対応を求めた』(同)とのことだ。賠償請求を前提とした、これまでの対日毀損の経緯から、南北朝鮮、およびオランダについては、こうした動きに執拗に出てくるであろう事は拝察に難くない。だが、フランスまでがこれに加わったとなれば異様である。欧州における、特定国の絶えざる対日毀損のキャンペーンの“成果”と指摘すべきか。何ら、これといった対応を示してこなかった外務省の“成果”と謂うべきか。

 あくまで事の次第が「事実」であり、日本に『誠実な対応(謝罪と賠償)』を示す事由が、客観的、且つ公正に証明できるのではあれば、率直に応じるべきであろう。だが、それらが提起国自身の「史実隠し」を兼ねた、いわば「一石二鳥」と指摘すべき策動であるとすれば、むしろ、日本は反駁(はんばく)に出るべきだ。その後の朝鮮戦争で、ベトナム戦争で、どのような「人権」蹂躙が展開されたことか。あえて国連に問うとすれば、それらの暴虐の数々であろう。その系譜が、今も姿形を変えて、とりわけ南北朝鮮に繰り広げられていることは論を待たない。小稿に、「性的奴隷」逆証明の資料として、その一端を掲載させていただく。
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韓国軍のベトナム戦争参戦

 有志ブログの多くがあつかわれて来た事柄と思う。真実に取り組み、英邁な論及を尽くす諸氏に敬意を捧げ、小ブログからも小稿を呈する。読者からお知らせいただいたこともあり、小稿では、ベトナム戦争における韓国軍の行為について触れる。

 好き嫌いの感情次元の問題ではなく。特定国の侵蝕を許せば許すほど、日本社会は秩序と国益を喪失し、国民生活も危うくなる。その教訓の一端を、ベトナム戦争、およびその戦後の事例に観ることができる。

 韓国軍のベトナム戦争参戦は昭和39年(1964年)に始まっていた。当初は、医療支援団や教官等、約270名をサイゴンの南のプンタウに派遣。翌1965年2月に、米軍が北爆を開始、次いで米海兵隊が3月にダナンに上陸。それに続き、10月から、韓国軍は1万数千名を派兵して本格的に参戦した。

 以後、1965年から73年までの間、韓国軍の戦闘部隊約30万名がベトナム戦争に参戦。この過程で、韓国軍は戦死者4960余名、負傷者10余万名を記録。一方、韓国軍が殺傷したベトナム人は4万1450名(公式統計のみ)に上る、と表題記事は伝えている。

 韓国軍の派兵は、米軍に次いで多かった。その理由は、「派兵規模」に応じた「補助金と対米移民枠」を得られたからであった。いわば、韓国にとっては、あからさまな国益を兼ねた参戦であり、しかし、その残虐ぶりは、後に自国のジャーナリズムが報じるようになり、「住民虐殺」と「韓越混血児(ライタイハン)」が問題として問われることになった。
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女性たちを強姦した後、殺害

 あくまで韓国メディア(ハンギョレ21 1999年 05月 06日 第256)の記事であり、同メディアの性質を考慮すれば鵜呑みにはできない。だが、その後の多数の韓国人による現地混血児の存在が確認されており、その要因として考え得る「強姦」について、当時の情報が少ない中で、しかし、参考にして差し支えない記事と判断し小稿に紹介する。同記事には、『韓国軍は残酷な大量虐殺を行ったため、南ベトナム民族解放戦線(NLF)さえ、できるだけ直接的な交戦は避けようとした程だったと伝えられる』と、特に、掃討作戦の様子を記しており、韓国軍の残虐行為を次のように概略している。

(以下、引用)

 このような捜索掃討作戦は、一次的にじゅうたん爆撃等で作戦地域を公開して、 韓国軍等の地上軍が現場に投入されて村に残っている住民たちを即決処分した後、家を燃やしてブルドーザー等で村全体を押し潰す方式で展開した。生存者の韓国軍に関する証言で共通な点は、 無差別機関銃乱射、 大量殺戮、 妊産婦、 女性に対する強姦殺害、 家屋への放火などだ。生存者の証言を土台に韓国軍の良民虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通した類型が現れる。

-住民たち(大部分が女性と老人、 子供たち)を一ケ所に集めた後、あるいはいくつのグループにまとめて、機関銃を乱射して抹殺する。

-住民たちを一戸に追い詰めて銃を乱射した後、家と一緒に死亡者も生存者も全部燃やす。

-子供の頭を割ったり首をはね、 脚を切ったり四肢を切断して火にほうり込む。

-女性を強姦した後、殺害して、 妊産婦の腹を胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す。

-住民たちを村のトンネルに追い詰めて毒ガスを浴びせて窒息死させる。

 韓国軍の大量虐殺が強行された所では、子供たちの口にキャンディやケーキが含まされていた。老人たちの口にはタバコが咥えられていた場合が多かった。恐らく、村人を安心させながら一ケ所に集めるための手段だったようだ.

(以上、引用)

 以上、ごく一端ではあるが、韓国の雑誌「ハンギョレ21」誌の記者が「自ら取材し、掲載した」とされる和訳記事から一部を紹介する。
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韓国の謝罪も補償も無し

 ベトナム戦争の「混血児問題」として知られている事実の中に、上述の「韓越混血児」がある。ベトナム戦争に参戦時に、韓国軍兵士や軍属の韓国民間人が「強姦」「非管理売春」「現地妻の保有」などにより、多くの混血児が生まれ、戦後に放置された問題である。

 『現地妻との間に生まれた混血児の数は、2004年9月18日付の釜山日報の記事によれば、5千~3万人と推定されている』(Wikipedia) 。また。『現時点では、韓国政府から被害者や混血児に対する謝罪や補償は行われていないが、最近、韓国人(父親)が認知しない場合でも、写真など客観的に関係を立証する資料があれば国籍を付与する法案を積極的に検討する事にした』と(同)ある。実施ではなく「検討」である。

 「謝罪と補償」。その見方にもよるが、速やかにそれらを実行する日本政府の対応とは雲泥の差がある。また、金大中氏(当時・大統領)が訪越(1998年)した折に、戦争当時に、ベトナム人に苦痛を与えたことに対して謝罪した、と伝えられ、その折に、『ベトナムのチャン・ドク・ルオン大統領は、両国は未来志向的に関係を構築していかなければならない」と述べ過去には関心を示さなかった』(同)とあるが、韓国は、直後に謝罪を撤回している。

 韓国にとっては、日本に対する“加害責任”を問い続ける立場から、金大中氏の「謝罪」は外交カード維持のためのポーズではないか、と認識されている。ゆえに、混血児を産んたベトナム女性は、韓国からは補償をまったく受けていない。自国民が犯した罪の謝罪と補償を果たさない韓国。このような国家が、日本に対して“従軍”慰安婦の難題を、しかも虚構をもとに延々と突きつけ、補償せよという資格は無いのである。
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韓国軍の従軍慰安婦

 韓国軍には従軍慰安婦が存在していた。その多くの資料を読者からご指摘いただいているので、紹介する。

 先ず、韓国語で書かれた「韓国軍の特殊慰安婦は事実上の公娼 」(仮訳)と題する記事は、論旨が混沌としているが、韓国独自の従軍慰安婦が存在していたことを記している。。朝鮮戦争当時(1951~54年)、云く、『韓国軍が 1951年頃から 1954年まで 「特殊慰安婦」という名前で、固定式あるいは移動式の慰安婦制度を取り入れて運用したのは、否認することができない歴史的事実である』と。

 また云く、『特殊慰安婦実績統計表は、 1952年度に 4ヶ所で編成された慰安婦 89人が年間 20万4560人の兵士を 慰安したと記録している。 慰安婦 1人が一日平均 6~7人の将兵を慰安した。 またチェ名臣・チァギュホン・ギムフィオなど予備役将軍たちも朝鮮戦争期間に経験した慰安婦制度に対して 「言いたくない軍部の恥部だが事実だと証言している』とある。

 何故、事細かに記録が残っているかといえば、韓国が「公娼」と認めていたからである。この点が、「日本軍を真似た」と記述しているが、実質的に、日本軍兵士が相手にした、高給を貰う「私娼」とは異なる。つまり、韓国の「特殊慰安婦」こそが真の「従軍慰安婦」であった。同記事の写真をご覧いただきたい。

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捕らえられた北朝鮮の看護婦2名(OhMyNews 2002年2月26日)

 写真のキャプチャには、「朝鮮戦争期間に韓国軍と米軍が逮捕した人民軍看護婦 2人。当時逮捕した北朝鮮の婦女子がレイプされるなど、強制で 慰安婦になった」と。なるほど、「強制性」「性奴隷」の淵源は韓国にこそあったのである。
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自国の「恥」を日本へ転嫁

 同記事には、さらに、『1950年当時医科大学生だった李何某(73) さん(2002年の記事当時の年齢)は、拉致、または強要によって軍隊慰安婦になる所だった。また、他の事で、6月25日当時、ソウルに残り、(北朝鮮の)人民軍に協力したかどで、(韓)国軍に逮捕されたこの李さんは他の女医大生 3人と一緒に引き渡され、部隊の将校 4人の「割当」になった。 この李さんは幸い、自分を可愛想に思ってくれた一将校の助けで釈放されたが、他の 3人はあの時以後二度と(姿が)見られなかった』と。

 北朝鮮(人民軍)の中から捕らえた婦女子のみならず、自国民の中からも女性を強制的に拉致、逮捕して娼婦にしていたのである。確かに「言いたくない軍部の恥部」であろう。言いたくない代わりに、自国の「行為」と「恥」を日本に転嫁し、「罪」の言い逃れを図っているのである。

 恥知らずといえば、韓国は実に恥知らずである。学者の端くれであるから、「真実」か「虚構」かで筆者は物事を判別する。そして、自らの声で小稿を報告している。かの中国共産党と侮日策動のクラスタを形成し、編み出したかの「虚構」の数々は、たとえ一時的には隆盛を見せても、ここで、「真実」をもとにした日本の良識の反撃に遭えば崩壊する運命にある。先人英霊に汚名を着せたまま、子々孫々にこの日本国を渡すわけにはいかない。
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【筆者記】

 以上、短稿ながら、韓国軍の暴虐と同国に端緒を置く「従軍慰安婦」について、先稿をもとに紹介する。ここで、書簡活動再開である。書簡は地道だが、しかし、誰人にも与えられた「意見送付」の有効な方法の1つである。されば、国連に対しても累々とした証明資料を同封の上で書簡を書く。どこかの国の事務総長のことだ、あるいは、握りつぶす可能性もあるのかもしれない。その備えとして、海外の第三者機関と一部のメディアに写しを同時に送付しておく。これをまた、有志のみなさまと共有しておく。今後の書簡活動は、このように在りたいと考えている。書簡の数が増えそうだ、ご協力、応援をお願いする。短稿にて。
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 以上、平成20年5月10日付メモより重稿
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■ 関連記事と資料:

平成23年5月4日 見抜くべき「亜」の国害
平成23年4月23日 (第一部)
日本の新たな夜明け

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□ 平成22年11月21日 訪問勉強会 特亜および露西亜の真実
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意見資料: 
平成23年6月29日加筆 強制連行を「事実」だと誤解していませんか?
平成23年6月27日加筆 区別を「差別」だと誤解してはいませんか? 
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■ 参考記事: 「強制連行」の虚構
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■ 「博士の独り言」付記:

▼ ここ一両年、意見書「非公開」の事由について
意見書資料「橋下徹氏宛」 2011/12/08 
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【筆者追記】         

汚辱の転嫁に対し、国会、外務省が反駁を

 以上、意見書参考のため、3年前のメモの重稿にて失礼します。4年前の、さる国の対日「謝罪要求決議案」には、「日本軍は第二次大戦中に若い女性たちを強制的に性奴隷にした」等々、事実とは異なる筋違いな内容が記されていました。性奴隷は存在せず。まして、特定国が騒ぐ、“従軍”慰安婦は言葉としてが存在せず、その実体は無かった。存在していたのは、世界各地の見られる戦争下における軍人に対する売春であり、それに従事した婦女と、それを生業(なりわい)とした業者でした。

 それに従事した婦女を「慰安婦」といえば、そう呼べるのかもしれない。しかし、そこに“従軍”を冠すれば、その本質、意味がまったく異なる。メディ「亜」報道の中には、この慰安婦と“従軍”慰安婦とをすり替えるかの報道、意図的な宣伝が氾濫しているようですが、本質的な論点を意図的に外した、誤認識への誘導操作と認識して差し支えありません。原義に立ち返った“従軍”の検証、真実をもとにした議論こそ、公的なメディアが全うすべき使命であるが、この点の区別が明確になされていません。

 ゆえに、業者らが慰安婦を募集し、売り込んで来た軍人に対する商的行為の事実と、“従軍”慰安婦の虚構とは、本質がまったく異なるので、事柄の明確な峻別が必要である。南朝鮮など、特定国の政府とメディア、およびそれに追従する国内の一部メディアまでが、執拗なほどに、日本兵士の買春のケースのみを採り上げ、しかも針小棒大に喧伝し、および一部の例外的な事件をもとに、あたかも“従軍”慰安婦の虚構が真実であったかのように報じて来ました。

 このような意図的な偽証を“歴史認識”に組み込み、内外に激しく喧伝し、日本に対して“認識を正せ”と強要する特定国の行為は、もはや国家犯罪と指摘せざるを得ません。上記のようなメモを、後の意見書の作成と呈示、書簡添付の資料作成のための参考とできるよう、積年の間重ねてまいりました。消失したものが他550点ほどあり、地道に復刻を続けつつ、日本の民間防衛を願う一環として、ここへ来ての、対日毀損に対する正面からの新たな反駁に役立たせていただこうと考え、ロックオンの準備を進めています。応援をお願いします。
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日本は毅然とあれ! 
             

20110502003         
敷島の桜花(筆者)
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20100310008 

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フランスが関わる件
フランスと聞いて気になる事がありました。フランスで毎年開催されているジャパンエキスポというものをご存知でしょうか?
ここ数年韓国が無理やり参加してはねつ造歴史を押し付け、kーpopを流しジャパンエキスポをアジアエキスポに改名しろと圧力をかけるのだそうです。これらは韓国の国策です。
韓国、日本、フランスを繋ぐものといえば朝鮮王朝儀軌です。あれが朝鮮半島の真実の歴史を記したものであれば、ねつ造歴史を押し付けたい韓国からすれば何が何でも取り返し、葬り去りたいモノに違いないのではないでしょうか?
韓国は日本の歴史をコピーしようとしているならフランスに目を付けるのも全て繋がっているように思います。

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