横内水源地のブナ植林は正しい?!
宮脇博士の「潜在自然植生図」
司会 青森市の「横内水源林ブナ植林問題」については、「青森市横内水源地ブナ植林問題の
経過」として「考える会」のホームページにまとめています。要約すると平成4年から、初め
は採草地、荒地から始まったブナ植林までは良かったが、やがてブナ10万本、15万本など
と植えることが目標になってしまいました。このため25年、30年たった二次林を伐っては
植林地を拡大。これは大変だという市民の声がだんだん大きくなって、「考える会」が設立さ
れました。
一方、問題化するにつれてマスコミ報道や新聞、インターネットの読者欄への投稿が相次ぎ、
これを受けて青森市は宮脇昭博士を招いてパネルディスカッションの開催に至りました。
これが一連の流れだと思います。
パネルディスカッション「横内水源地の水源保安林を考える」については、実際、お聴きにな
った人、またホームページで全文を読んだ人と、さまざまな感想をお持ちだと思います。私の
感じ方からしますと、宮脇博士の論調が「ブナ植林は間違いでない、それを支える樹種(二次
林)も大切にしなければならない」などといっているものの、あまりにもブナ、ブナを前面に
出したために、聴講した市民の考え方、見方が整理されないままになっているのではないでし
ょうか。これを広く青森市民に、あるいはブナ植林が全国的に広まっていることから、他地域
の関係者にも参考になるようにまとめてみる必要があるのではないかと思います。
皆さんは、それぞれ植物生態学から国有林に関わるさまざまな立場、それは造林育林もあれば
森林害虫の研究もある、あるいはナチュラリストとして自然界に入り込んで調査研究に打ちこ
んでいるとか、都市づくり、造園、建築面の専門家もいる。そういったことから、さまざまな
感想をお持ちだと思います。どしどしご意見を出していただきたいと思います。
最初に、宮脇博士はここは本来ブナ領域だから「ブナ植林は間違っていない」、正しいといっ
ているが、これはどういうことですか。
A パネルデスカッションの会場写真を見ると、正面スクリーンの左側に掛け軸のような2枚
の図が掲げられています。これは宮脇さんの50年間の集大成としての業績である「日本植生
誌・東北」(1987年)に付けられた東北地方の「潜在自然植生図」と「現存植生図」です。
宮脇さんは日本全国の植生研究者の協力を得て北海道から沖縄・小笠原まで日本列島を10ブ
ロックに分けて10巻の大著を完成させました。
私は東北地方の昆虫について、その分布や生態を調べていますが、昆虫の多くは植物に依存し
ています。したがってそこの植生の全体像が分かれば昆虫のほうも調べやすい。そこで参考文
献として大変、重宝してお世話になっています。

【2枚の植生図】
左が「潜在自然植生図」(宮脇、1987、以下同様)
で、下北半島を含む青森県の西半分の殆どが黄緑でブ
ナ主体の植生。東半の薄緑は「オオバクロモジ−ミズ
ナラ群集」、他。平野部の青色は「ハンノキ−ヤチダ
モ群集」が主体。
右が「現存植生図」で、八甲田山、岩木山、白神山地
に孤立しブナ主体の植生が残る。その他の山地部は、
ミズナラ主体の二次林とかスギ主体の植林地が占める。
●クリックして大きな画像でご覧下さい
「日本植生誌・東北」は東北各県を中心に26人の研究者とチームを組んで実地調査をし、こ
れに加えて635編の引用文献をもとにした文字通りの集大成ですね。
さっきの「現存植生図」は、その結果をもとに現在の植生はこうなっていますよと色分けして
分かりやすく説明しています。そして「潜在自然植生図」のほうはこれまでの情報をもとにこ
うですよ、といっているわけです。
青森市から八甲田山にかけての部分を拡大してみました。この黄緑のところが、潜在自然植生
がブナでこれが極相林だから、ここはブナ領域ですよという説明になるわけです。
ブナ植林を自信をもって正しかったと。
研究歴が50年ということをいっていました
が、このように重みをもって解説されると聴
衆には大変なインパクトになります。
【潜在自然植生図の部分拡大図】
上端中央が青森港で陸地部18が「ハルニレ、
エゾエノキ−ケヤキ群集」、19が「ハンノ
キ−ヤチダモ群集」、大きな部分を占める黄
緑の10が「チシマザサ−ブナ群団」、その
なかにアミーバ状に入り込んでいる17が
「タマブキ−ケヤキ、ヤマタイミンガサ−サ
ワグルミ群集」。標高が上がって右下の濃緑
色が「オオシラビソ、ヒメアスナロ−コメツ
ガ群落」、30が「コケモモ−ハイマツ群集」
35が「コメバツガザクラ−ミネズオウ群集」
の亜高山、高山帯の植生。●クリックして大きな画像でご覧下さい
司会 ブナという木の仲間は、世界の三っつの地域に分布域をもち大変な勢力をもっていまし
た。しかし、地球の悠久の歴史のなかでジワジワと追いつめられていきました。
「ブナ受難170万年の歴史」(参照、リンク)日本列島に分布するブナとイヌブナの場合は、
決定的な受難はずっと遅く明治の頃からということになるが、わずか100年という短い年月
で大きなダメージを被っています。地球の気温、これは温暖化ですが、大気の組成の変化など
と、人類の活動が一番の影響を与えていますが、そういうことを考えれば、「考える会」が提
言しているように横内水源地のブナ植樹には明らかに大きな無理があるのではないでしょうか。
B 私は植物生態学を研究していますが、青森市の平地付近でしたら、現時点の気候からは、
「極相林」はやはりブナ林だと思います。ただ、宮脇さんが熱っぽく語っていたブナ林に自然
状態で至るには、種子の供給源がないことなどから、非常に長い時間がかかると思います。お
そらく数百年のオーダーです。
現時点では、人間が定期的に伐採するという条件でミズナラ林が成立していますが、ミズナラ
は自然状態で何世代も繰り返して更新することは期待できません。自然でも山火事のようなも
のが必要になります。おっしゃるように、温暖化などで気候が変化することを考えると、より
ブナの少ない森林となってゆく可能性はありますが、それはあくまで予測シナリオで、明確に
は言えません。
司会 もちろんあくまでも予測でしかいえないと思います。ただ宮脇博士の研究以外にも多く
の人がブナ研究に取り組んできたわけですから、それらも関連づけて考えたほうがより現実的
でないでしょうか。私たちが周辺の自然保全に十分に気をつかったとしても、地球レベルで京
都議定書などの批准の経緯を見ても悲観的な要素があまりにも多いですね。ブナ林はどんどん
二次林に代わっていっている。宮脇博士が、その論法から極相林だからブナ植林は正しい、青
森の100m以上はブナが良いと。そしてその結果がでるのは100年、200年も先でその
証明は難しいとなれば、あまりにも非現実的で無責任ではないでしょうか。科学からすればそ
れまでだとはちょっと。この辺についても多方面からつめてみる必要があります。
ここで、ちょっと二次林という話が出てきましたが、これは非常に重要なことなのでブナの二
次林はありうるのか、この辺を話してくれませんか。ミズナラ中心の二次林はあとにします。
ブナ二次林とブナ林更新の難しさ
C まず二次林の定義ですが、「その土地に本来あった森林が、台風や山火事、または伐採
によって破壊され、その後、"自然"に再生した森林をいいます」。自然に再生しない、つまり
人が植えた場合は、人工林となります。自然に再生する二次林でも、大きく分けて、天然下種
と萌芽更新があります。またそれぞれには、その面積から皆伐、択伐、漸伐的なものに分けら
れます。
条件が良ければの話しですが八甲田の場合でも、谷地温泉下部のものは、薪炭材伐採から天然
下種、そして放牧に由来するブナ二次林であり、萱野茶屋上部のものは、薪炭材伐採から天然
下種、加えて萌芽更新の混合型になります。特に冬の積雪期に高い位置で伐採しそこから萌芽
したものは、「あがりこ」とよんでおります。
【あがりこの写真】
八甲田山猿倉付近のブナ二次林
司会 ブナ林そのものでも、二次林ができるのですね。
D 谷地温泉付近のブナ二次林ですが、私が初めて高校のクラブ活動でキャンプしながら十
和田湖を目指して歩いていったころ、それは昭和25年のことですが、そこは、まだ手の届く
ようなブナ幼樹のブッシュでした。ちょうど種子の豊作のタイミングに合って伐採が行われた
ようで、一斉に発芽して実生苗が育ったようです。それに当時は放牧の影響もあって草本やサ
サが牛に食べられたのかもしれません。普通、林内で発生したブナの実生は日照不足で自然淘
汰されて消える運命にあるのです。谷地付近のブナ二次林はとくに手入れ無しで育ったと思い
ますが見事なものです。ですが、一方では林内に光線が届かず林床植生が貧弱です。
C まったくその通りです。いまから半世紀前ですから、あの二次林はまだまだ小径木だった
のがですね。二次林の成功には、牛の放牧が大きく寄与しているといわれております。二つの
効果あるとされております。
ひとつは、牛によって地表が耕され発芽が容易になる。つぎに、天然更新の大敵であるササを
牛が食べてくれる。さらに、糞が土壌改良になっているふしがあります。
私が見てきた安比高原の二次林も牛馬の効果がつよかったとされております。原理主義者的自
然保護者は、いっさい人的自然の改変を拒絶しますが、多くの場合は人間と自然との共生がい
ろいろな環境でみることができます。
【ブナ二次林の写真】
司会 ブナというのはその地域一帯を広く鬱蒼と被っているのですが、したがって樹海という
表現もされていますね。圧倒的ボリュームをもっている。しかしみなさんの話に出てくるよう
に非常に気むずかしい樹種でもある。いま日本、世界が深刻な温暖化という問題を抱えていま
す。ブナ林そのものも、本州の高地や北海道に遺存的にしか残らないという説があります。
宮脇博士が、「ブナが正しい、ブナが良い」といっている以上、多くの市民はそうなのかと思
ってしまう。それがまた波及していく。宮脇理論というのは、私見ですが植物生態学の分野の
なかで一面からだけ追求したものではないでしょうか。もっともっと生物界全体、地質、地形、
気候などダイナミックな要素を絡めて検討していかないと誤った方向にいってしまいます。ブ
ナ林内でブナそのものの更新という点についてはいかがですか。
B 私自身は、ブナ林の更新などの研究をしてきましたし、実はブナはとても好きな樹なの
ですが、最近の「ブナでなくては」という論調にはとても違和感を感じています。確かに、ブ
ナ林が少なくなったのも事実ですし、そこにスギを植えて失敗したり、ブナ林を更新させよう
として失敗した場所がたくさんあるのは間違いないのです。したがってせっかくそだった樹木
を伐採してまでブナを植えるというのは、環境的にもよくないし、経済的にも損をしているの
ではないかと思います。
D ブナ林を歩いておりますと種子の豊凶の関係で、おびただしい実生の発芽を目撃する
こともあります。しかし、その多くは融雪直後にネズミ、渡り鳥(アトリ)の群によって食害
されます。食害されなかったものも、時間の経過と共に被圧枯死します。光線不足によるので
すが、稚樹は育たず絶滅の運命にあるようです。タイミングよく伐採するとそれなりに天然更
新もできるのでしょうが、近年の大量伐採は有用な針葉樹に樹種転換をするというのが目的だ
ったので、ブナの更新技術が充分に研究されないままだと思います。一部でブルドーザーによ
る林床のチシマザサを踏み潰して、天然下種更新も試みられたようですが結果は不明です。
ブナは低質広葉樹なのだ。これはむかしの利用技術が未熟なだけの話しですが、そのような烙
印を押されたブナ受難の時代が続いたのです。最近ではブナに代わって植栽されたが保育され
ることもなく、広大な面積の成績の良くないカラマツ林やスギ林が残されているのを見かけま
す。ブナ林はほとんど伐りつくされてしまいました。たまたま残っていたのが白神山地だった
ということです。まさに「世界自然遺産」です。
余談になりますが、1950年前後のことですが、某営林署の生産事業所に生産つまりブナ伐
採の目標がグラフ化されていました。現場ではチェンソ−がうなり、ブルド−ザ−が爆音をた
てて枝葉の付いたままのブナ大木を引きずり出していたのです。そのブル集材跡地はえぐれて
赤土の基盤がむき出しの状態でした。生産が冬山伐採で雪を利用した橇出しの時代では、林床
の痛みも少なく天然更新も容易だったと思います。しかしブル集材の時代になって、画一的に
基盤むき出しになった搬出路にまでスギが植えられたのですが、100%活着出来ずに枯死し
たのでした。間もなく林野特別会計は破綻し、現場営林署の統廃合、青森営林局の廃庁という
情けない現実を迎えなければならなかったのです。
一方では「ブナ信仰」がまかり通って、素性の知れない「ブナ植栽」が盲目的に各地で行われ
ているのです。青森市に至っては一般大衆をそそのかして立派な「ミズナラ林」を伐採してま
で「ブナ植栽」はよいことだと宣伝しているのです。
【戦後間もなくの集材作業など】
1.チェンソーが登場する前まではノコギリで伐採。
2.人力で材を集め、馬そりで運んだ。
3.ブルドーザーによる大がかりな集材。写真はスギ植林地の風景で、ブナにも多用された。
司会 その「ブナ信仰」とか、二次林としてこのあたりで代表的なミズナラ林については、
非常に大切なことですので、あとで詳しく議論したいと思います。どうでしょうか、ブナとい
うのは伐った場合の萌芽力とか、種子の豊凶とか、昆虫、菌類などとの微妙な関わり合いがあ
って、生態系のこの複雑な仕組みが長いあいだ人を近づけなかったと聞きますが。
B ブナの萌芽力については、あまりよくわかっていない、というべきなのかもしれません。
ミズナラやコナラは萌芽するときに地下部の貯蔵栄養分を使うことがわかっています。大木で
は、計られたことがありませんが、実際に実生や稚樹の根の量を測ってみると、ナラは地上部
の量に対してかなり大きな地下部を持っているのに対して、ブナは少ないということもわかっ
ています。したがって、おそらくブナの萌芽能力がないという性質は、直接的にはこれが原因
になっています。
なぜ、ナラは地下部が多く、ブナには地下部が少ないのか、については、ほんとうに推測しか
できません。個人的な考えですが、地下部にモノを貯めるというのは、地上部が何らかの理由
でなくなったときに萌芽できるので有利です。したがって、ナラのような萌芽能力の強い樹木
は、地上部がなくなるようなことが頻繁におこる場所で進化したのだろうと考えます。たとえ
ば、乾燥して山火事が多いとか、雪崩でしょっちゅう地上部がやられてしまうとかがこれです。
世界のナラとブナの分布を見ると、あきらかにナラのほうが乾燥した気候でおおく、ブナは年
中湿潤な気候におおいのです。
乾燥した地域というのは、日本の三陸海岸や関東地方のように山火事がおこります。現在の日
本は、かなり火事を防いでいますが、昔はかなりあったようです。したがって、乾燥して火事
の多いところはナラ、火事の起こりにくい雨の多いところでは、ブナということができるだろ
うと思います。日本海側の雪のおおいところでは、太平洋側で山火事の起こる2月から4月に
は、まだ雪があって、山火事にならない、という事情もあると思います。これは、私の考えで
す。
そのことを暗示するように、最近数万年の花粉分析では、日本海側に雪がたくさん降るような
気候のときに、ブナが多くなるという結果がでています。最終氷期から温暖化するときには、
対馬海流(暖流)が日本海に入るようになって、水蒸気をたくさん供給して雪を降らせます。
日本のブナはそれにともなって、1万2000年前頃から急速に分布を広げました。
遺伝子で調べてみると、日本海側のブナ林は青森から福井県あたりまで、とても近縁です。
ところが、太平洋側のブナは、各地のものがそれぞれユニークです。このことから、日本海側
では、氷期以降に急速にブナの分布北上したのに対して、太平洋側では、それぞれの地域でわ
ずかに氷期を生き延びたブナが核となってひろがったのではないかという説もあります。
ブナアオシャチホコのブナ林大規模食害
司会 花粉分析とか遺伝子調査などでそのようなことまでわかるのですね。こうしてみると
ブナというのは、人間などはあまりにもちっぽけで寄せ付けないような神秘的なものをもって
いる。多くの生物をとりこんだ生態系としても興味深いことがわかってきたようですね。
Dさんは昆虫とか菌類を調べた経験からはいかがでしょうか。ブナアオシャチホコとかクロカ
タビロオサムシ、冬虫夏草といったびっくりするような自然のしくみがあるときいていますが。
D ブナアオシャチホコは私の研究テーマの一つでした。ここ数年は見られていませんが、
八甲田山系や岩木山のブナ帯でこの蛾の幼虫に一面のブナの葉が食い尽くされ丸裸になってし
まいます。まだ緑の季節なのに初冬のように葉っぱがなくなってしまう現象です。これはブナ
アオシャチホコの大発生によるものでおおよその周期があります。むかし津軽半島一帯にも大
発生したことがあって見に行った事がありました。ヒバに混じって意外にブナの混交割合が多
いように感じました。
ブナアオシャチホコは、北海道の渡島半島でもやや周期的に大発生していました。何故かその
大発生が八甲田山系、岩木山、八幡平、北海道の間で完全に同調せずに数年のずれがあること
でした。
つぎにどうして周期的な発生かといいますと、ブナアオシャチホコの密度がだんだん多くなり、
爆発的な大発生の年になりますと、今度は、その幼虫を餌とするクロカタビロオサムシという
甲虫が異常に増えてくる現象が見られます。また疫病、サナギタケが発生して終息します。ブ
ナアオシャチホコが少なくなって餌としての蛾の幼虫がなくなると、今度はクロカタビロオサ
ムシが減ってしまうのです。このようにしてうまい具合に自然界のバランスがとられている。
ブナ植栽問題から脱線しましたが、私にとってはブナ林の想い出は「ブナアオシャチホコ」で
あり、ブナ伐採に伴う「昆虫相の変化」でした。
【ブナアオシャチホコ被害と成虫、幼虫】
1.晩秋の落葉時期を思わせる、ブナ林全山が丸裸にされたブナアオシャチホコの大規模食害。
2.1本のブナを見たときの食害状況。
3.ブナアオシャチホコの成虫。上♂、下♀(目盛りは1ミリ)。
4.ブナの幹に静止した成虫2匹。
5.ブナの葉を食べる幼虫。
6.ブナの葉を食いつくし根元で右往左往している餓死寸前の幼虫の群。
ブナヒメシンクイとブナ種子豊凶の関係
司会 成木になったブナの林を丸裸にしてしまうという話しでしたが、確かこれでブナが枯れ
てしまうということはなかったですね。このほかに昆虫の関わり合いとして、さきほど話があ
った下種によるブナの自然更新に関係しているのがありましたね。
E 私の研究テーマでした。ブナは何年かおきに豊作があります。このときの種子の数は地
面の1平方メートル当り500粒以上を数えます。一方の凶作では10粒以下と少ないのです。
その間は並作を繰り返しています。このブナの種子の豊凶には昆虫が関与しているのです。
ブナヒメシンクイという小さな蛾の仲間がブナの種子を食べるのです。この虫の加害率は非常
に高く、密度が高まれば、ほとんど健全な種子の生産は出来ません。この虫も種子がなければ
増えられません。もし、ブナが毎年大量の種子をつければ、この虫もさらに増えて、結局、健
全な種子は残らないのです。
ブナとしては健全な種子を多く残すために、豊凶の年を作っているようです。ブナ林の更新を
左右する種子の生産に影響を与えているのです。ですからブナを人工的に増やそうとしても苗
木の生産段階から大きな困難にぶつかってしまうのです。
【ブナヒメシンクイの虫害状況】
1.ブナヒメシンクイの成虫(生きた状態の背面、目盛りは1ミリ)。
2.成虫標本(上)と蛹(下)。
3.茶色に変色したものが加害を受けたブナ球果。
4.球果(殻斗)と種子(堅果)の幼虫が脱出した穴。
5.若齢幼虫による球果の加害状況。
6.ブナヒメシンクイに加害され成熟前に落下したブナ球果。(1990年6月20日)
司会 このような一連の食物連鎖のなかで、菌類も関係していると聞きますが。
D ときどき「日本産の冬虫夏草がある」という新聞広告の見出しを見ることがありますが、
これはブナの葉を食べるブナアオシャチホコに寄生するサナギタケの培養粉末です。「冬虫夏
草の会」の集会では粉末が小瓶1本5千円で売られていました。ブナアオシャチホコに発生した
サナギタケを焼酎に漬けると黄金色の酒が出来ます。効果の程は定かではありませんがブナ帯
の温泉土産にでもしたらと思ったこともありました。ブナを巡って「冬虫夏草」の話しまで妙
に繋がってしまいましたが研究余録というかさまざまな想い出があります。
【冬虫夏草サナギタケ】
1.ブナアオシャチホコの大発生のときは、地表の蛹からサナギタケ(冬虫夏草)が一面に生え
る。黄色がサナギタケ。
2.サナギタケを取り出してアップ。下がブナアオシャチホコの蛹。
3.サナギタケを焼酎に入れると黄金色の酒が!
ブナ植林を脅かすコウモリガ食害
司会 長い歴史のなかで、ブナ樹海は何ごとにも動じないような威厳を保っているが、そのな
かでは生態系のさまざまな構成員とのやりとりが繰り返されている。まったくの驚きですね。
害虫としてほかにも例がありませんか。
D 横内水源地には、これまで大量のブナが植栽されましたがコウモリガの被害が心配され
ますね。この蛾の種類は8種ほど知られていますが、樹木を食害するのは2種です。キマダラ
コウモリは7月から成虫が現れますが、コウモリガの方は9月から10月に羽化します。両種
が混在して飛んでいる可能性もあります、夏のキマダラコウモリは非休眠卵を生みます。秋の
コウモリガは休眠卵という違いがあります。孵化した幼虫はキマダラコウモリが腐食性で地上
の落枝などに穿孔していきますが、やがて地下部を加害します。コウモリガはソメイヨシノな
どが葉桜に変わるころ孵化して草食性、やがて草本の茎から木本に移動して加害します。横内
水源地でも被害は見られました。植栽木の幹廻りが5p程度になるまで充分危険性はあるでし
ょう。活着後の成長過程で被害が発生するのです。私は、ここへのブナ植栽にはこのような点
からも疑問を感じていますが、やってしまったことをプラス志向で解釈すると、ここに立派な
試験地が設定されたものと考え、後世にわたって広葉樹植栽の技術的な構築がなされることを
期待いたします。関係者にはよろしくお願いします。
新潟県の例ですが、コウモリガ、クワカミキリなどの被害が多発しているという報告例(約1
0年生のブナ植栽地で、コウモリガ被害木率は50%に達し・・・・。平成14年度「新潟県農林
水産業研究成果集U活用技術」)も見られます。かつてコウモリガの被害はスギの造林地で活
着後、樹高1m程度に成長した幼樹が被害を受けるので、よく調査したものでした。これも私
にとっては非常に懐かしい昆虫です。
【コウモリガの被害と成虫、幼虫】
1.成虫の標本写真。上キマダラコウモリ、下コウモリガ(目盛りは1ミリ)。
2.キマダラコウモリの成虫。
3.コウモリガの交尾。
4.木質部を食害するコウモリガ幼虫。
5.コウモリガ幼虫のアップ。
6.幹の内部にもぐって食害するコウモリガ幼虫の痕跡。
地球温暖化でブナ林は高地へ北へ
横内水源地のブナ植林は誤りだった!
A さきほど何度か温暖化などで気候が変化すると、植生にも大きく影響を与えるというこ
とでした。しかし、それは予測シナリオであるという話でした。また、低山地へのブナ単純林
づくりは相当の困難をともなうという事例がつぎつぎと紹介されました。ここまで科学的な知
識が積み重ねられてきたわけです。いま大きなテーマになっている横内水源林ですが、ここが
子々孫々の時代まで安定して美味しい水を恵んでほしいということを考えれば、仮に予測シナ
リオであったにしても、無視できないことがあまりにも多いことを知るべきです。
私は、地球温暖化がすべてに影響を与えることから、もっとも重大なことだと思います。この
前、地元紙にも大きく取り上げられていましたが、インターネットで検索しても関連した論文
がいくらでも出てきます。二つほど紹介しましょう。
○ブナ適地1割以下に、温暖化が進むと今世紀末(「東奥日報」記事、2004年9月26日)
○地球温暖化がブナ林とスギ人工林に与える影響の評価(論文)
共通している結論は、このままのペースで進めば100年から数百年後には、極相林として本
州などを被っていたブナ林は高山に追いやられてしまう。道南の黒松内が、ブナ分布のいまま
での北限でしたが、むしろそれから北がブナ林の中心になってしまうのです。横内水源地の海
抜が300mから400mの場所でのブナ植林は正しいとは、ずいぶん思い切った発言で、
「ブナ植林は誤りだった」とするのが賢明な判断ではないでしょうか。
司会 宮脇博士の「ブナ植林は正しい」からはじまって、皆さんがそれぞれ心血を注いで調査
研究をしてきたさまざまな事例を紹介していただきました。そして導かれたことは、少なくと
も海抜が低いところのブナ植林には否定的な見方ではなかったかということです。
つぎに宮崎博士がニセモノ呼ばわりした、青森市が大量伐採したミズナラ林に話題をうつしま
しょう。「考える会」の小関代表が、ミズナラ林の25年から30年たったリターの損失、そ
してミズナラ林などの多様性について強調しましたが、これについて宮脇博士はくどくどと反
論というか、非理屈と受け取れるような例を使いまくって多くの時間をさいていました。
今回の「考える会」の発足から、宮脇パネルデスカッションの開催、その場での会代表の反論
は、このミズナラの大量伐採から始まったものでした。そこでミズナラなどの二次林というこ
とになりますが、樹種はミズナラばかりではないと思います。横内水源地の場合はどのような
植物が含まれているのですか。
B 私からブナ植栽地の現況について話しましょう。これはパネルデスカッションが終わっ
てから6月に調査した結果で、青森市水道部の方にも報告した内容です。
ブナ植栽木の状況ですが、今年と平成14年に植栽したものについて。ブナの苗木が3年生と
2回床替えを経ていること、および仮植地と植栽地が至近距離にあることが好条件となり、活
着は比較的良好です。ただし、植栽時期が明らかに適期を逸していることから先端部の枯死が
みられ、植え付け位置の土壌を考慮せず画一的に植栽しているため、比較的新しい火山灰が多
く残っているところでは枯損が目だっており、当年の生長はほとんど期待できません。
平成14年植栽でも同様の傾向がみられます。比較的生長の良いブナ稚樹にはミツバアケビが
からみついて、今後の正常な生育は期待できないと思います。
ブナ以外の樹種については、つぎの通りです。
1.ミズナラ、ウワミズザクラ、ハウチハカエデなどが旺盛に萌芽しており、既にブナ苗木を
遙かに凌駕して生長をつづけています。ブナは年内の生長はほとんど期待できないので、その
差は更に拡大してブナの被圧は一層すすむものと考えられます。
2.作業道や植林地内の裸地では、ミズナラ、ウワミズザクラなど実生が多量に発生しており、
ここの自然回復力の強さをみせています。これに対して、当日の調査区域内では、ブナ稚樹の
発生は皆無でした。
3.14年植栽地で、オオバクロモジ、マルバマンサクなどの灌木の繁茂も著しく、ブナ植栽
木の被圧が著しい。また、伐り残されたミズナラなどの上木が樹冠を拡げ、林床の相対照度が
低下して将来さらに上木が生長して樹冠を拡げた場合、照度不足となって植栽したブナ苗木は、
枯損しないまでも水源林として期待した生長は望めないと思います。
これが現況のあらましで、伐られてしまっても旺盛に萌芽してきている樹種がミズナラ二次林
の主な構成樹種ということになります。
総論としていえることは、潜在自然植生というものを期待してブナ植栽を行うことは、地球温
暖化などの不測の条件も予想されることや、膨大な人手と経費を浪費することはあきらかです。
水源涵養林は、やはりその土地の自然力にゆだねるのが最善であろうというのが私の意見です。
【現況ブナ植栽地区の2004年6月】
【参考資料】現況ブナ植栽地区の2004年4月
ミズナラ二次林の優位性と生物多様性
司会 ミズナラ二次林というのは、そんな単純なものではなくて林床から中木、高木と多様な
植物の種類で構成されています。最近、話題になっている春先の芽だしの「春紅葉」、そして
オオヤマザクラが咲いて、秋には本物の紅葉などと、四季のうつろいも見事ですね。その主体
格がミズナラなんですね。
G そうです。何よりもミズナラは丈夫なんですよ。ブナより根の張りが良い。単純にいえ
ばこういうことでしょうか。さらに一本のブナとミズナラの、同じくらいの大きさの木では、
ミズナラの方が根が深くまであるということでしょうから、土壌の保水力勝負ではむしろミズ
ナラが有利といえるのではないでしょうか。
森歩きは私の楽しみの一つですが、今までたくさんのブナの根こそぎ風倒木を見てきました。
枝枯れから立ち枯れも普通です。ツキヨタケ、ブナハリタケなどが発生している。そして昆虫
とキツツキの穴だらけになるまで10年ほどしか掛からない、急激に腐朽するブナも数多く見か
けました。けれども、風で倒れたミズナラは見かけたことはありません。春から秋までせいぜ
い1週間に1回の森歩きですので、観察回数はたかが知れてるわけですが、ブナが浅根性であ
ることと、枝枯れが始まると急速に全体の枯れ込みにつながることを強く感じていました。
生きたままのミズナラに木材腐朽菌のマイタケが感染してキノコが発生するようになってから
でも、幹に腐朽が目に見えて分かるようになるまで、さらに30年を経過しているミズナラを
一本だけですが知っています。このようにミズナラは非常に丈夫な木だと思います。
ブナの腐れが早いのは、自然の循環には悪いことばかりでないのは承知していますが、わざわ
ざ植林、造林するのだったら、むしろミズナラを選んで欲しいと思うのは私だけでしょうか。
少なくとも低地の治山ではミズナラやコナラを選択して欲しいし、潮風の当たる場所ではカシ
ワを選択して欲しいと思うのです。
【浅根性と浅根性】『樹木根系図説』 苅住昇著
ブ ナ 浅根型/移植難易:難
ミズナラ 深根型/移植難易:中
C ブナは、明らかに浅根性です。ミズナラはブナに較べて深根性です。Gさんご指摘の
「ブナの根こそぎ風倒木」は、数多く見かけます。特に昨年の2003年は、台風13号の影
響でしょうか、その数はすこぶる多かった。モニタリング調査のお手伝いで、八甲田山中の道
無き道を歩きましたが至る所でブナ風倒木が見られました。
これは、カモシカ調査時の写真ですがここでもたくさん見ました。岩手大学の石井正典教授も、
はっきりと申しておりました。「ブナは、浅根性なので、森林水文学でいう保水力は悪い」と。
この前の市側との意見交換会で、市側擁護氏がブナ植栽を支持していましたが、「昔は海岸線
までブナがあった。やがて全てがブナ林となる。だから・・・・」というのが理由です。まったく
お門違いの三段論法ですが、水道部管理者は然りとばかり頷いておりました。新聞にも賛成者
がいたと書き込まれました。青森市では、このように訳の分からぬ通称指導者がわんさかいる
のです。権威ある肩書きで先頭に立ちブナ保水力優位を唱えます。教え込まれて市民は、また
近親者や知人に伝えます。それが世論になっていくとは空恐ろしいことです。
【ブナ風倒木の現状(2003年11月3日、黒森山)】
ブナは浅根性でミズナラは深根性
B 風倒という点から、ちょっと針葉樹とも比較してみましょう。ブナはスギよりは強いで
すね。
1991年の19号台風で、森吉山では1ヘクタールくらいでブナが根こそぎたおれましたが、
このような倒木は、ブナとしてはどちらかというと希で、通常はかなり大きな台風でも1ヘク
タールに数本というのが普通です。
森吉山や八甲田の根こそぎ倒れている場所というのは、土壌がポドソル化していたり、地下水
の水位が高い場所で、もともと根の入る土壌が浅かった場所が多いようです。土壌の深い場所
では、ブナはどちらかというと根こそぎではなく、幹が折れる形で倒れます。確かにナラの根
返りはあまり見ませんね。
宮脇博士の「ニセモノ呼ばわり」問題発言
司会 ブナとミズナラの強さということで、実例をもとに明らかにしていただきましたが、さ
きほどもちょっと触れた生物多様性についてお聞かせください。宮脇博士は、ここは極相林が
ブナだから、遷移している、あるいは途中相といいますか、これらをニセモノ呼ばわりしまし
た。そして生物の多様性についてもびっくりするような発言をしていました。どうも宮脇理論
からすれば、近年、国家戦略として掲げられている多様性の保全などは成立しないことになり
ますね。
G 宮脇教授の発言について、論旨の整合性のなさがすごく気になりました。まず教授は招
かれた佐々木市長への遠慮もあったと思うのですが、やはりブナ擁護論で話を始めたのでしょ
う。そしてパネラーとの話の成り行きでブナの純林が理想である立場のまま、いろいろな事に
触れられたので矛盾が出たのだとも解釈できます。
たしかに「現在はニセモノが横行」というフレーズは引っ掛かります。ミズナラ主体の雑木林
は、ニセモノなどではありません。十和田湖周辺がそうであるように、次第にブナ林に遷移す
るもので、遷移途中の相を我々は見ているのです。それをニセモノといわれればブナの極相も
ニセモノではないか、といいたくなります。「潜在植生」として最適なものは外来種である可
能性も、なきにしもあらずと。
【十和田湖をぐるりと囲む豊かな樹林】
司会 むかし「猿の惑星」という映画をみて、現世の人類のおろかさを痛いほど感じたわけで
すが、Gさんの「最適なものは外来種」という気持ちもよくわかります。私も二次林あるいは
雑木林が大好きで気の休まるところと思っているのですが、ミズナラ大好き人間として宮脇流
多様性についてもう少しいかがですか。
G まず、薪炭材としての利用のために遷移が止められているミズナラ主体の雑木林はニセ
モノの森か、といいたいのです。ノーです。生物多様性に富む水源林として、また環境保全林
として人類に最適の森です。人の介入がやめば100年単位の遷移によって本来のブナとかカ
エデ主体の極相林へと移行します。そうなっても生物多様性は若干貧弱になりますが、水源林
として環境保全林としてはふさわしいものです。つまりミズナラ伐採ブナ植樹などはとんでも
ない。しないほうが良いのです。
むしろ、現場で見て考える必要があるのは、雲谷下の斜面の藪の話です。土嚢が積んであると
いうことは、現状である時期には、表流水もあるほどの水の出る斜面だということだと思いま
す。そんな場所こそ樹種を問わず植林することによって、樹林の保水効果が力を発揮すること
でしょう。
生物多様性についてですが宮脇教授は、人の介入により多様になった生物相は認めないという
お立場のようです。たとえば牧草地を保全するためにする「野焼き」がなければ滅びてしまう
植生は滅びなさい。それから水田ですが、日本全土の水田の面積は相当なもので、日本の気候
風土にも相当の影響があるわけですが、この水田に依存する動植物相も滅んでよいのでしょう
か? 最近の水田は耕地改良により冬場の乾田化が進み、あるいは減反により放置されて不自
然なまま荒地となり、かつてのような動物たちの楽園状態からは次第に離れています。牧草地
も洋種の牧草の導入などにより生態系が変化していて、状況は深刻な問題のような気がするの
ですが。
ちょっと話が前後しますが、牧草地を維持するために毎年火入れをするから残る植生がありま
す。オキナグサなどですが、これは全国的に希少種になってしまいました。「たとえば火事が
あったときに、それを多様性とは言わないのであって、持続的に存続できる、人の手を加えな
くても持続できる、そういう生態系の中での多様性であって、『火事どろ的な多様性ではない
ということ』という発言などを聞くと、あの有名な燃やされることによって更新維持されてい
る、アメリカのイエローストンのロッジポールパインなどは滅びなさいということになります。
【シバ草原の多様な植生】
1.シバ草原に咲くオキナグサ。かつてはどこにでも見られたが、現在は希少種。
2.3アズマギク。
明らかになった「適地適木」の原則
司会 ニセモノが横行している、という言い回しでミズナラなど二次林やオキナグサなどが生
えるシバ草原の保全を否定している。これは大変な誤解を招くし、問題が大きいので、ここは
キチンと整理して一般にアピールする必要がありますね。
宮脇博士の話は、ずいぶん、あちこちに飛びました。Gさんがいったように何としても青森市
側を擁護しなければということからお気の毒にさえ感じました。けれども、「結局は現在のあ
る姿を植生図に表してやりなさいとか、規格林はだめですよ」とかいっている。市側がやった
のはブナの規格林でしょう。さまざまな言い回しを用いながら、結局は「適地適木を基本とし
なさい」といっているわけですね。
C そうです。「考える会」の主張は、最初から「適地適木」ということを基本においてき
ました。宮脇さんは現存植生図をつくりなさいと言っていますが、同じことをいっているので
す。
私たちは、ブナ植栽地の中でも特にアカマツ伐採跡地をブナ植栽地にしたことを問題視しまし
た。ところが、その理由がよく分からないとのメールが一般からも意外に多くありました。そ
の理由を考えてみましょう。二つの視点から考えることができます。単純化すれば次の通りで
アカマツとブナはその性質が両極にある木なのです。
1.適地適木:アカマツ・乾性、ブナ・適潤性
2.植物遷移:アカマツ・初期、ブナ・後期
つまりアカマツ林は、その土壌が乾いていて硬いことが多く、植物遷移が進み土壌が団粒構造
の柔らかくなった土を好むブナには適していないのです。加えて、アカマツは天然更新も植栽
にもよく馴染みますが、ブナの場合は、植栽の成績がよくないためその更新は、殆ど天然更新
に頼ってきました。これは先ほど詳しくのべた通りです。更新面の伐採法は、帯状択伐とか漸
伐とかで変わりますが、それも天然下種、つまり自然の状態で落下した種子に依存するという
ことに変わりありませんでした。それでも植栽が成功したかどうかは、ごく限られているよう
です。
【ミズナラ二次林をいろどる】
A 宮脇さんが何度も強調していた、規格林はダメだとか多層群落が好ましい、という意味
についても確認しておきたいと思います。要するにこれはミズナラでもカエデ類でもオオヤマ
ザクラでも大いに植えなさい。ということは、今それが現地にあるわけですから二次林を切っ
てはいけない、自然林を残すのが自然保護の原則なのだと。さまざまな樹種を混ぜて植えなさ
い、そして自然の競争に任せれば管理費も安く済むのだともいっている。
美化運動という観点からも話していました。花木としてヤマザクラとか、紅葉を楽しむという
ことからカエデ類を植えなさいとも。「ブナ植林は正しい」というのは適地を探してのことで、
それはごく一部の場所ですね。いま荒れ地になっているところには、そこに合った多様な樹種
を植える。繰り返しますが二次林になっているところは伐ってはダメですよ、と。
G その通りです。ただ私は、宮脇教授の「さまざまな樹種を混ぜて植えなさい・・・・管理費
が安く済む」というくだりについては、先生が指導していた「イオンの森」を見て疑問に思っ
ています。これは参考写真を用意していますのであとでいわせてください。
「現存植生図」作成で自然林植林の方向性を
司会 宮脇博士が今回の水源地の植林について、基本的な手続きといっている植生図はどのよ
うにつくるのですか。また、先般、「考える会」では現地で地質・土壌とかの勉強会を開きま
したが、そのことから何か提言のようなものがありましたら。
A 最初のほうで宮脇さんが現地視察でも会場でもかざしていた「潜在自然植生図」と「現
存植生図」を紹介しましたが、あとの「現存植生図」を、キチンとしたものを仕上げなさいと
いうことです。宮脇さんは、大ざっぱな図は1987年時点で作っています。横内水源地のと
ころは図のようになっています。これを、もっと詳しい地形図をもとに、沢筋、尾根、斜面、
方角などをじゅうぶん吟味しながら、空撮を見るのではなしに現地踏査して図に書き込みなさ
い、色分けしなさいということです。そうすると分かりややすい。急がば回れですね。
さきほどCさんが、アカマツとブナを例にして乾性とか適潤性とかいっていました。植物遷移
からみても、その初期なのか後期なのか一目瞭然にわかります。市側のいままでの全面ブナ
植栽は、こういうことをあまり考えないで、植えやすいところからやったということでしょう。
是非とも市のほうで実行して欲しいものです。
【現存植生図の部分拡大】
位置関係は、最初に掲げた「潜在自然植生図」と同じ。
右下の亜高山、高山帯は変わらない。横内水源地周辺
で、最も多いのは35の「クリ-ミズナラ群集」の二次
林と37の「スギ-ヒノキ植林」で、標高が高まると6
の「ヒメアオキ-ブナ、マルバマンサク-ブナ群集」。
二次林、植林地の合間にあるのは17「シロヤナギ、
タチヤナギ群集」、41「ノハナショウブ-ススキ、ア
ズマギク-シバ群集」、44「オオアワガエリ人工草地」
など。●クリックして大きな画像でご覧下さい
C 地質調査は地質学の専門家と会員が勉強会を兼ねて6月24日に行いました。報告書は
市側に提出していますが、そのなかから現地に植栽されたブナ苗木との関連について専門家の
意見をもとに説明します。
ブナ苗の活着と土質との関連ですが、枯れてしまった苗が集中していた部分で、苗を植えた深
さまで土を掘り上げてみました。乾けば浅黄橙色の砂粒大から粒径が数mmの軽石粒が多い土
質でした。素人目では乾燥しやすい土質で活着がよくないと思ったのですが、いかがなもので
しょうか。枯れ苗の周りと、活着が良い苗の周りを掘ってみて比べれば良かったと反省してい
ます。ただ、枯れ苗が集中していたところと炭焼き穴の周りをみた限りでは相関関係があるよ
うに見ています。
なお、炭焼き穴の底にも苗を植えつけていましたが、この穴を保存するのでなければ埋め立て
たうえで植え付けする、保存するならそこは避けたほうが良かったのではないかと見ています。
もしここが実験林にできるのであれば、すでに植えつけた場所の活着の度合いに応じて、何箇
所か土層を数10cmほど切り割って、ローム質層と腐植土層、軽石層などの厚さをしらべ、
また植え付け苗の植土底の深さの関係を研究したらどうか、とも指摘していました。
地質調査報告書
地質調査現況写真構成
横内水源地に「ブナ植林試験区」が実現
司会 12年間にわたって15万本のブナを植林してきたわけですが、今回、「考える会」の
提言をもとに「ブナ植林試験区」を設定して、その推移を検証することになりましたね。これ
は市としても一歩踏み込んで考えていこうという姿勢のあらわれだと思いますが。
D 私たちが要望したのは、試験区に植栽密度を数段階に処理したプロットを設定して、そ
こに植栽したものを継続的に観察していくということです。
具体的には4000本/ha、6000本/ha、12000本/haの植栽密度です。ボラン
テイアの方が植えたのは2000本/haでした。このことから分かることは、植栽密度をど
の程度にしたらより早くブナ林に誘導できるのかで、これを検証できればと思います。各地の
ブナ二次林を見ますと非常に本数密度が高いのが普通です。この試験区では、実際のデ−タ収
集は県の林業試験場が担当してくれるようです。
これに加えて市の方にお願いしたことは、宮脇さんが現地視察でもパネルデスカッションでも
発言していましたが、いままで植栽してきた植林地で下刈りを行う場合は、なぜ必要なのかを
まず考えてもらって、その実施区域や刈るときの高さなどについて当会と協議をしてほしいと
いうことです。とにかく無駄な金を使うことはやってほしくないのです。
C 9月1日に現地確認のために一帯を踏査してきました。6人の作業員が下刈りをしてい
ました。1週間前からやっているということでした。昨年まではブナ植栽地の全体で潔癖なく
らい丁寧に刈っていましたが、今年は下刈りを実施しない区域も設定していました。実施する
場合は坪刈り、これはブナ植栽木の周りだけ刈るのですが、それをやっていました。これは5
月18日の宮脇さんも参加した現地検討会での意見を取り入れたもので評価できると思います。
ただ、ブナの生育が見込めないところも画一的に坪刈りを実施していて、改善の必要を感じま
した。
それから、「ブナ密度植栽試験区」は、プロットごとに標柱がつけられ区域は明瞭でした。ま
た来年の植栽のための地ごしらえは実施されていませんでした。
司会 お疲れさまでした。青森市の横内水源地のブナ植栽地は、さまざまなことがありまし
たが、ひとつの望ましい方向に動きつつあるということは良かったと思います。
ここで、休憩をはさんで次のテーマに移りたいと思います。それは青森市がどうしてこのよう
な一方的なブナ規格林づくりを始めることになったのか、そしてこれは別に青森市に限ったこ
とではない、いま青森県内はもとより全国各地に誤った知識のもとに森づくりが進められてい
る。それらはほとんどが善意にもとづくものであるだけに問題点がおおきいわけです。善意の
自然破壊ですね。
この辺の是正をどうしたら良いのか、先般のパネルデスカションで、各パネラーの発言をなぞ
りながら意見を交換したと思います。
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