こんにちは 雨
昨夜、ここに書いたものを手直しして、サイトにアップした。『
大野思想研究所』是非どうぞ。まとめて読める。これ、時間がかかった。まだ1/3ほどしかできてないけども。
社会主義が資本主義に劣る、という話が大好評。
資本主義の未来はばら色
そもそも資本主義とは?
18世紀のドイツで、民間企業を活用するのが、資本主義のはじまり、とされる。しかし今や資本主義はもっと洗練された。現在は、何が資本主義の定義か?
資本主義の反対は社会主義だ。社会主義とは中央集権の計画主義だ。純粋な社会主義では民間企業がない。
よって、その逆が資本主義だから、民間企業を取り入れるのが資本主義、もしくは、国家が一つの統制社会でないものが資本主義となる。
社会主義が社会組織が一つの国、資本主義は内部に複数の社会組織をもつ国と定義できる。
この資本主義を制度でみると、個人・グループ活動の自由がある国といえる。そのため無数の自由な活動主体がその国にはある。社会主義は、それがない国と定義できる。
資本主義というとき、『資本』という言葉にこだわってはその本当の姿を認識できない。そこが大事である。資本ばかり論じ、その制度の本義を見落としていけない。
経済面はどうなるか?
資本主義だけが貨幣経済をもつ、と思われている。しかし、社会主義でも貨幣経済にできる。よって、それは資本主義特有ではない。
貨幣経済がない資本主義は成り立つか?
社会主義では貨幣なしの配給制度はあった。よって、資本主義でも原則さえ守れば、貨幣なしもありえる。資本主義は貨幣がなくても成立する。もともと民間の自由活動の制度があるのが資本主義だからだ。貨幣は、流通の手段である。貨幣制度は、古来からあり、資本主義がなくても成立してきた。
また貨幣制度は、その名から資本主義を支える要件と思われがち。だが、資本主義とは、純粋には、組織形態をさす。個人や企業の自由活動さえ、その制度要件さえ認められたら、それはその経済がうまくいこうが、悪かろうが、資本主義である。よって、貨幣制度がないそれもありえる。
貨幣制度が破綻するかいくら議論しても、資本主義の成否に結びつかない。それは民間の活動を停止するか、国有化すべきどうか、という話でないからだ。
経済体制に資本主義と社会主義のほかに何があるか?
部族社会の経済はある。マルクス主義で原始共産制と呼ばれるもので、所有がまだあいまいな状況だ。これは大きな社会では、所有を区別するから、成り立たない。この体制は、家族みたいな小さなグループで起こらないから、社会や国、人類を考える時には、必要ない。
国がすべての人民の親となると、北朝鮮のように親が何もかも独占する。こういうのを先進国で行う発想は、家族主義や部族社会を国家にもちこむことで、幼稚である。
というわけで、経済には大きく、資本主義と社会主義しかない。原始共産制は論外である。そして、社会主義に貨幣なしの制度があるから、同じく資本主義においても、貨幣なしの制度がありえる。ここが大切。
現在、貨幣制度に陰りが見えている。よって、このまま推移すると、資本主義から貨幣制度が取り除かれてゆくのではないだろうか。それは社会主義ではなく、あいかわらず資本主義である。その社会は一極集中でもなく、統制されることもなく、個人や企業が自由に活動するからだ。これが、資本主義の未来である。
経済学者諸君。貨幣経済なしの資本主義社会を描いたらどうだろうか? その未来がバラ色であることを証明しよう。
発達心理 解説7 この理論では今後何が起きるか?
段階 期間 組織形態 流行 社会現象
↑6, 2010-30 個人制 コラボ、プロジェクト型 個人・資本家 Facebook、格差解消、個の確立
↑5, 90-2010 集団制 分社体制 グループ 地域主義 EU、経済圏
↑4, 70-90 官僚制(専門) 専門家 官僚ブーム
↑3, 50-70 分権 事業部制 自治 民族主義
↑2, 30-50 集権 権力志向 独裁国家
↑1, 1910-30 創業期
現在は6段階目の個人制組織の段階だ。個人を保護する社会保障が整う。そして、個人の自由活動は、現在は地域主義ほどの範囲に及ぶ。地域文化圏を個人が意識する。
今後、何が起きるだろう。
個人の流動性の拡大、その受け皿も大規模化
IS(イスラム過激グループ)を見る。世界中から戦闘的な個人が、中規模国家ほどの支配地域をもつISへ集まる。現在は、コラボレーション(こじんが集まって仕事をする。)の規模が、中規模国並に広がっている時期だ。ISはその時流の典型といえる。
今後、この自由な個人の流動性はますます高まる。より人の移動が加速される。個人の自由意志、(ボランティア)で集まる組織も、より規模が大きくなる。
個人は自分に向いた職業を求めて、世界中の国々、企業へと流れる。それが加速される。その受け皿も、より大きな規模となるだろう。
この個人の流動性が高まるにつれて、自由のない国はその統制力が弱まるだろう。共産中国、北朝鮮、ベトナム、キューバはその自由な流動圧力に耐えられなくなり、崩壊する。
社会的自己の範囲も拡大
この期間は、個人が社会的な自己を確立することが求められる。2014年までは国家規模の社会におけるアィデンテティを確立するため、民族主義的だった。今後は国家を超えて、中華、キリスト教、イスラムなど文化圏のアイデンテティを自覚する。そんな行動が予想できる。
文化的な共同意識は高まる。それは多国間の協調につながる。アジアでは、2014年は韓国、日本、中共はいがみあい、露骨に民族主義的だった。が、これから2015年にかけては、国際協調主義が強まる。
問題は、国際主義の過激思想が台頭することだ。一つは共産主義。ギリシアは左翼政権が暴れている。中国も東アジアには融和的でも、その他では外交を悪化させるだろう。国際的なイスラム過激主義も強まるだろう。この間は、国際主義に規律が生じる期間でもあるため、それを期待するしかない。
個人保障制度の拡充
人権の保護は、大方整った。言論,信教、結社などの自由はさらに侵害されなくなる。しかし、経済的な保障は十分ではない。格差という問題は大事となっている。だが、給料は国が改善できない。結局は、ベーシックインカムを整えるしかない。それが2030年までに一部先進国で採用されるだろう。非摘出子?、父親が認知しない子も、今後は国が存在を認めてゆくことになるだろう。
この段階の特徴からいえることは以上だ。個人制の段階は、社会期の最終にあるため、次のテーマ『空間』に向かって、社会期の決算みたいなことも起きる。
社会期の末期の現象
社会イデオロギーの時代でなくなると、過激な社会イデオロギーによって成立しているものは、つぶれてゆく。
社会制度は、この期間に、標準化される。すると非標準的なものは、姿を消す。共産国は、過激な社会思想だ。その力によって支えられている国は、社会思想そのものに影響力がなくなると、統制力がなくなり、壊滅する。共産国だけではなく、共産党もなくなる。自由国家は、正しいものだから、なくなりはしない。
今日は時間がなくなったから以上である。
段階6で今後起きることを記した。
本日の被害
朝から、唇に二箇所以上の傷がある。寝起きで鼻水が大量に出た。これもやられた症状。鼻から2-3cmのプラスチックの糸が出てきた。布団の周りにはそんなものは落ちてない。ブラシの毛だと思う。
室内は、白い粉塵がかなり舞っていた。これは見える。窓を開けた。音声送信は、『そうやな』とこれを書きている最中に聞こえる。お風呂で、頭が滅入る。北側から強い電波が当たったよう。最近、隣近所のアカ基地からは強い電波は出てない。二週間くらいそうなる。かわりに、道路をはさんで北側から強い電波が飛んでくるようになった。