トップページ特集インデックスWEB特集

WEB特集

風化を防ぐために体験伝える

3月6日 0時15分

後藤岳彦記者

東日本大震災の発生からまもなく4年になります。
災害公営住宅の整備など各地で復興の動きが進んでいます。
その一方、懸念されるのは時間の経過とともに震災への関心や被災地への思いが薄れていく「風化」です。
その「風化」を食い止めようと、被災した酪農家の男性がみずからの経験を語り続けています。
(ネット報道部・後藤岳彦記者)

今も続く避難生活

福島県伊達市の仮設住宅で妻と共に避難生活を続けている酪農家の長谷川健一さん(61)。
東京電力福島第一原子力発電所から北西およそ45キロの福島県飯舘村に住んでいましたが、4年前の原発事故で避難を余儀なくされました。

ニュース画像

事故の前、長谷川さんは、妻と両親、長男一家と次男の4世代8人で暮らしていました。
しかし、原発事故で生活は一変。
両親と長男一家、それに、次男とは離れて生活することになりました。
飼っていたおよそ50頭の牛は処分したり、よそに引き取ってもらったりすることになり、35年にわたって続けてきた酪農も休業に追い込まれました。

ニュース画像

ふるさとに戻れない

飯舘村は、現在も、全域に避難指示が出されていて、長谷川さんの家は日中は立ち入りできるものの宿泊はできない、「居住制限区域」に当たります。
村は、一部を除いて来年3月の避難指示解除を目指しています。
しかし、除染は遅れていて長谷川さんはじめ、村民の帰還の見通しは立っていません。

ニュース画像

友人が残したメッセージ

長谷川さんは事故の4か月後から原発事故の被害の経験を語る活動を続けています。
講演を始めたきっかけは、事故の3か月後に自殺した友人の酪農家が残したメッセージでした。
『原発さえなければ』。このことばで始まるメッセージ。
途中には、『酪農家は原発にまけないで頑張って下さい』とつづられていました。

ニュース画像

このメッセージを読んで「こんなこと絶対にあってはいけない。みんなに知らせなければいけない」と講演を始めたのでした。

みずから撮った写真で語る

先月中旬、長谷川さんは講演で北海道稚内市を訪れました。
講演では、▽原発事故のあとバスで避難する村民や▽除染で出た大量の土など、震災後に撮り続けたふるさとの写真を見せながら先行きが見えない不安など被災者でなければ分からない思いを伝えます。

ニュース画像

長谷川さんにとってつらい思い出の写真があります。
ロープでトラックへ引っ張られる牛。放射性物質の影響で村内からの出荷が制限され、愛情込めて育ててきた牛を処分せざるをえなくなり、長男が乗せようとしています。

ニュース画像

牛はなかなか動こうとはしなかったということで、長谷川さんは、「自分たちは悪いことをしていないのに、家族同然の牛を処分しなければいけなかったことがどれだけつらかったか」と当時を振り返りながら語っていました。

さらに、原発事故によって家族のつながりを奪われた苦しみについても切々と訴えました。
当時、長男が、ふるさとで酪農を継ぐことになっていましたが原発事故で断念。
帰還のめども立たないなか、長男は、仲間と共に、新たに別の場所で牧場を営むことにしたのです。
長谷川さんは牛舎の取り壊しを決め、「これからというときに一瞬で絆が引き裂かれた」と話しました。

ニュース画像

懸念される『風化』

講演のスケジュールが書き込まれた長谷川さんの手帳。
最初の2年は年100回のペースで講演に呼ばれ、これまでに250回を超えました。
しかし、去年あたりから変化を感じ始めたと言います。
この1年で講演の依頼は半数以下に減り、全くない週もあります。
時間の経過とともに震災への関心や被災地への思いが薄れてゆく「風化」を実感させられたというのです。

ニュース画像

講演に行った先では『除染が終わったら、すぐにふるさとに戻れるのですか』とか、『事故はもう収束していると思っていました』などと聞かれることもあったということで、「被災地の“今”が正確に伝わっていない。自分の役目は『風化』を食い止めることだ」と強く感じるようになりました。

86%が『風化』感じる

NHKが、ことし1月から先月にかけて行った被災者へのアンケート。
700人余りから寄せられた回答で、「風化を感じている」と答えた人は80%近くになりました。
被災3県の中でも特に福島県の方々が最も感じていて、実に86%にも上りました。

ニュース画像

「真剣に思ってくれる人がいる」

震災4年を間近に控えた先月末、東京で行われた講演。
長谷川さんは「放射性物質に汚染された飯舘村で何ができるのか分からない。若い人たちもいない。それでも、私たちは戻っていかなければならない。私たちに、『負けるな』、『頑張れ』。そんな声援を頂ければと思う」と訴えました。

ニュース画像

講演後に若い女性から声をかけられました。
女性は「時間がたつにつれて、福島県の方々が事故で困っている状況だということを思い出すことがほとんどなくなっていましたが、講演で思い出すきっかけを頂き、ありがとうございます」と伝えてきたのです。

ニュース画像

長谷川さんは「福島のことを真剣に考えてくれる人はまだいると感じた。私の話を、いろんな人に伝えていってくれればと思います。今こそ風化を防ぐために伝えていくべきときだと思う」と話しています。

ニュース画像

ふるさとへの思いをはせながら長谷川さんはこれからも伝え続けていく覚悟です。


→ 特集インデックスページへ

このページの先頭へ