現役セックスワーカーによる性風俗業界のレポートとして話題になっている新書『風俗で働いたら人生変わったwww』(コア新書)は、従事する女性たちの貧困や不幸ばかりに特化されがちであったセックスワーク論に新たな視点を導入し、性風俗業界のイメージを更新した。その著者である水嶋かおりん氏、そして『最貧困女子』の著者でありルポライターの鈴木大介氏と共に、あらためてセックスワーカーの全体像を捉え直すと同時に、正しいセックスワーク論のあり方を模索する。(構成/岡堀浩太)
セックスを語れない場ではセックスワークも語れない
荻上 本日は現役風俗嬢であり風俗嬢講師の水嶋かおりんさんと、ルポライターの鈴木大介さんをお招きしての鼎談をお送りします。鼎談のきっかけとなったのは、今年の2月に水嶋さんが出された『風俗で働いたら人生変わったwww』という、なんとも素晴らしいタイトルの新書です(笑)。
2ちゃんねるのまとめサイトみたいなタイトルですが、中身は非常に充実しています。もちろん、まとめサイトもテーマによっては非常に良質ですし、特に初期は、専門的な業界の内部にいる方が「○○だけどなにか聞きたいことある?」と、人から寄せられた質問に答えていくことで業界内部の実態を伝えていく有用なスレもありました。
本書はまさに、性風俗業界内の状況のレポートを通じて性風俗業界のイメージを更新することに成功していますね。また「性風俗の実態について知りたければまずはこれを読め」というような一冊が出てきたという感じです。
セックスワークに関する言論は様々です。「女子大生がこんな仕事を!」的なコラムは山ほどある一方で、菜摘ひかるさんの著書をはじめ当事者がエッセイ調で書かれていているものもいくつかありますが、内側から業界を詳述するようなこの本を書いた狙いはどういったところだったんでしょう?
水嶋 私は売春を含むセックスワークに15歳から約15年以上にわたって関わり続けてきたんですが、たとえば「どうすれば上手に仕事をしていくことができるんだろう」といったようなことを、これまで常に自分自身で模索するしかなかったんですね。仕事をする上で何か分からないことや困ったことがあった時に、適切なサポートをしてくれる人間や道しるべとなるようなものが周囲に全くなかったんです。
たとえば風俗店の経営者やスタッフにしても、多くの場合「こうしてください」といったガイドラインのようなものを持っておらず、せいぜい「法令遵守でお願いします」といった程度の指示しか出せない。だから、まずは現役の風俗嬢にとって道しるべになるようなものを作ろう、というのが一つありました。
もう一つは、いま荻上さんが指摘されたように、これまでにも現場の人間が本を書くということは幾度となくあったんですが、やっぱり風俗嬢の子ってふわっとしていることが大事だったりもするので、その内容は論調の堅いものではなく、もっと柔らかいサブカル的なノリだったり、あるいは「こういうお客さんいるよね」的なあるあるネタであったりすることが多いんです。
性風俗というものをネタとして面白おかしく語ることは私も好きですし、全然ありなんですけど、一方で性風俗の業界が今どのようになっていて、どんな問題を抱えているのかといったことについては、当事者の中でそれを語っている人が現状で見当たらないんですね。特に2000年代後半以降は皆無に近かったりする。
この状況はやはり良くないと思っていて、というのも、このまま放っておくと性風俗の現場を社会全体が理解しないままに、あるいは当事者を置いてきぼりにする形で、性風俗について色々なところで色々なことが好き勝手に語られるようになってしまう。
もちろん、風俗を巡る語りが活性化すること自体は望ましいことではあるんですが、この業界には物凄いグラデーションがあるので、一筋縄に語ることは実はすごく難しいことであったりもします。そこで、そもそも「風俗嬢ってなにか」ってことと「性風俗が置かれている状況」というのを全体的に理解してもらうための入り口になるような本を作りたかったというのがありました。
ただ、執筆の過程において、あらためて性風俗について論じることの難しさを痛感しましたね。まず前提として、セックスを語れない場ではセックスワークについては語れないんですよ。二つの壁があるなぁと感じるようにもなっていて…。
荻上 なるほど。「セックスは語れてもセックスワークは語れない」といった状況もある。本の中では水嶋さんが、性について語り合う勉強会ですら排除されたという体験も書かれていましたが、分厚い扉が二枚、三枚とあるような感覚がある。
水嶋 そうですね。ただ、性風俗って非常に特殊な世界として見られがちですけど、実は社会の他の部分や産業とも密接に関わっているんです。動いているお金もすごく大きい。たとえばIT業界との関係で言えば、WEB広告においては性産業の広告媒体が非常に重要視されていたりする。つまり、WEBの世界でお金を得ているような人達の生活には、じつは性産業のお金が結構な割合で入ってるんです。
おそらく多くの方は自分の日常生活と切り離して性風俗の世界を捉えていて、だからこそ極端な議論になりがちなんだと思いますが、まず性風俗は社会の有機的な一部なんだということを理解して頂いた上、共存共栄の意識を持ってもらいたいというのもありました。
風俗嬢講習の現状
荻上 「道しるべがない」とありましたが、たとえば新人風俗嬢への「講習」イメージとして、店時の実務講習とか、「べからず集」みたいな禁止事項の伝達などがありますが、それ以外はほとんど機能していないということになりますか。
水嶋 基本は「やりながら覚えてください」だと思います。現在は入店時の実務講習も行わない店というのも多いです。店長さんやスタッフさんの中には講習にも関わらず本番をやってしまうみたいな、趣味講習みたいになってしまっていたりすることもあって、そうした理由から女の子たちが講習を嫌だなって思う時期があったんですね。
荻上 時期というのは、特にある年代においてそういうことが頻発したということですか。
水嶋 2000年代後半に風俗嬢人口が急激に拡大していく過程でそういう反発が増えていった印象です。そのため、今は女の子を獲得するために「講習は行わない」という方針のお店が増えています。ただ一番良いのは女性講師が講習を行ってくれることなんです。良いお店さんはすでにそういうスタッフを揃えていますね。
荻上 改善も行われていると。不快な講習を受けた割合などは知りたいですね。水嶋さんは風俗嬢講師もされています。講習の反応などはいかがですか?
水嶋 私は女性だけではなく、経営者側、スタッフ側の男性に対する講習も行っているのですが、まず男性は風俗嬢のサービスの細かい点についてイメージができないんですね。サービスの受け手側としておおまかなプレイの流れまではイメージができるんですが、サービスが実際にどんなところに気を配って行われているかっていうことをイメージできないので、女の子にどう伝えればいいかが分からない。
だからスタッフには、「どういったポイントが女の子たちには分からないのか」ということを伝えるようにしています。実際に男性スタッフの方に風俗嬢が素股プレイをする際にとっているようなポーズをとってもらい、実演的に教えていくんです。すると素股プレイ一つをとっても、たとえば膝の開き具合が分からないんだといった具合に、もっと講習を細分化する必要があるということに気付いてもらえるんですね。
荻上 なるほど。確かに男性側の目線だと、たとえば「こういう風にして舐めると気持ちいいよ」とか「こういう仕草をすれば可愛いよ」とかは説明できるけど、風俗経験のある女性が講師であれば、ちょっとした手の抜き方であるとか、現場における実用度の高いアドバイスを行えるということですよね。
水嶋 そうですね。あるいは、「なかなかイケないお客さんにはシックスナインが一番いいんだよ」とか。実は男性は一点に集中しすぎるとイキづらくなってしまうといったところがあり、そういう場合は気を何点かに散らすことでイキやすくなったりするんですが、当の男性自身がそういった自分たちの性質をあまり理解していないんです。
他にもソープであればマットプレイにおける体重移動のコツであったり、あるいはローションによる転倒などの事故の防ぎ方であったり、現場の知恵がなければ教えられないことというのが沢山あります。実際に、ソープランドではマットプレイに使用するローションでお客さんが転倒して救急車で運ばれるといった事故が稀に起こりますので、そうした時の対処法、応急処置の方法などについても教えたりしますね。
荻上 既に目から鱗です。現場には様々なニーズがあるんだと思いますが、しかし具体的にどんなニーズがあるのかということは、なかなか一般に可視化されづらい。ただ業界内においてはそういったものが徐々に可視化されつつあるということでしょうか?
水嶋 いまライト風俗の中で急成長している分野に回春マッサージというものがあるんですが、回春マッサージ店を運営している企業などは徹底してシステマティックになっている印象がありますね。
たとえば待機所のテーブル一つ一つにマニュアルブックが用意されていて、同時に講習映像が常に流れている。また女の子の割り振りもリピートの多い女の子になるべくフリーのお客さんをつけるなどして、顧客満足度の向上が図られているんですね。スタッフの研修や講習にも徹底していて、あるいは講師になるための講師研修などまである。組織として非常にしっかりとした仕組みになっているんです。
こうした企業は業績も好調であり、仕事としてきっちりすることが、女の子にとってもお客さんにとってもお店にとっても、プラスの効果を生むという現状ができ始めている気がします。
性の低価格化
荻上 なるほど。一方で、どの業界もそうですが、マクロレベルで起きている経済変動などの影響もありますよね。風俗業界での低価格化をお書きになっていましたが、僕がエコノミストの飯田泰之と継続調査している個人売春の市場では、出会い喫茶でも出会い系サイトでも、この一年で平均単価が下落していました。そんな中でも、「風俗よりも個人売春」を選ぶ人も一定数いる。
ただ、やはり2割くらいの女性は満足度が低く、「やむをえず」という自傷的な心情で売春を続けている。バランスが変化しているなと感じます。
水嶋 そうですね。風俗の低価格化については本にも書きましたが、これは単純に嬢の人口が増加したことによる供給過多というのが一つの原因としてはあると思います。
「現在において女性器に価値はない」といったことも本には書きましたが、性のデフレ化はとどまることを知らず、「股を開く」こと以上の付加価値をサービスの中に生み出していけない嬢にとっては非常につらい状況になっているのではないでしょうか。
荻上 サービスの価格を安くして薄利多売で利益を生むというお店が増えていく一方で、実は高級路線のお店も出てきています。こうした二極化状態についても水嶋さんは本に書かれていましたね。
水嶋 そうですね。本ではクオリティ型とクオンティティ型という形で経営方針を区別しましたが、それこそサンキューグループなどのクオンティティ型の格安店が増加する一方で、クローズドな環境でお客さんも嬢も選別し、高価格でサービスを提供するクオリティ型の高級店も出てきています。逆にそうした高級店では高価格化が進んでいるという状況もある。あるいは、海外市場に出ていくセックスワーカーの価格がここ数年でものすごく高くなりましたね。
荻上 二極化ということで言えば、もともとワリキリの市場も、ポジティブな格差上昇志向層と、ネガティブな貧困生存層の二極化があったのですが、ここしばらくは「上の部分」が入れ替わった、というか離脱したことで、平均価格が下がったような印象があります。僕ともまた違う取材を続けてこられた鈴木大介さんは、水嶋さんの本をよんでいかがでしたか。【次ページにつづく】