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The Flipper's Guitar
"Dr. Head's World Tower"(ヘッド博士の世界塔)
1991

このアルバムはたぶん90年代もっとも問題となった作品である。
このアルバムの中の無断サンプリングの嵐は、現在なら即訴えられているだろう。
しかし、そのような問題から、このアルバムは問題作なのではない。
たしかにそういう理由でも問題作には違いないが、このアルバムが問題作たる所以はもっと別のところにある気が、ぼくにはするのだ。

フリッパーズ・ギターは、ファースト・アルバムで高らかに「10代=イノセンスの終わり」を宣言した。
パーフリはイノセンスがあらかじめ喪われた地平から音楽を始めたのだ。
しかし、このアルバム、『ヘッド博士の世界塔』では、彼らはふたたびイノセンスを取り戻そうと試みた。
その象徴的なものが、最初の曲「ドルフィン・ソング」のイントロと、最後の曲「世界塔よ永遠に」のアウトロで登場する、ビーチ・ボーイズの "God Only Knows" であると思う。
『ペット・サウンズ』というアルバムは、ブライアン・ウィルソンの「イノセンスの喪失」に対する恐れ、嘆き(この「嘆き」をもっともよく表す『ペット・サウンズ』の曲が "Caroline, No" だ) を軸に作られている。
『ペット・サウンズ』によって、喪われるイノセンスをなんとか持ちつづけようとブライアン・ウィルソンはあがきつづけた。
『ペット・サウンズ』はたしかに完成したけれども、つづくアルバムとなるはずだった『スマイル』をブライアンは完成できなかった。
その理由は、彼のドラッグの多用やそれによって悪化していった精神異常の結果だとされている。
"God Only Knows" だけでなく、『スマイル』に収められるはずだった "Heroes and Villains" や "Good Vibrations" のサンプリングも用いた『ヘッド博士の世界塔』は、 幻となった『スマイル』を現代によみがえらせるために作られたアルバムであると言える。
ブライアンは『スマイル』を評して、「神に捧げるティーンエイジ・シンフォニー」とよく言っていたが、 イノセンスのあらかじめ喪われた地点から出発しながら(それは、フリッパーズが進んでそこから出発したというよりも、80年代という時代から出てきたものだと思う)、 フリッパーズはふたたびイノセンスを獲得しようと試みた。
それは、90年代に『スマイル』を作ることで、あの60年代をよみがえらせるという一種無謀な試みでもあった。
そういう点において、このアルバムは「問題作」たりうるのだ。
このアルバムに、今までの彼らのアルバムになく60年代の音楽の引用(ビーチ・ボーイズを筆頭に、バッファロー・スプリングフィールド、モンキーズなど)が多いことは注目に値する。
しかし、60年代をよみがえらせるといっても、そのままの形でよみがえらせることができるわけではもちろんない。
そこで彼らが選んだ手段が「サンプリング」という手法だったのだろう。
60年代の音楽をサンプリングしながら、それを別の地点、つまり90年代へ置き換えること。
このアルバムに、いつになくまさにここ一、二年(つまり1990年前後)の音楽(プライマル・スクリーム、マイ・ブラディ・ヴァレンタインなど)が登場するのも、そういう意味でとても効果的だった。
そして、ポップでいじわるな彼ら二人のいたずらは、見事に成功したようにぼくには思える。

このアルバムは、サンプリングの時代としての「90年代」の幕開けを飾る作品であったし、その象徴でもあったし、そして、それをやりつくしてしまったのかもしれない。
邦楽は、このアルバムから90年代の隆盛を極めたかもしれないが、だれ一人としてフリッパーズよりも先には進めなかったのだ。

ほんとのこと知りたいだけなのに、夏休みはもう終わり


1・Dolphin Song/ドルフィン・ソング

このアルバムを初めて聴いたときには度胆を抜かれましたね。なんせ、いきなり "God Only Knows" のイントロのサンプリングから始まってますからね。
こんなのがありなのか? と思いました。
そのあとも次から次へと、よくもまあ…、というくらいに出てくるサンプリング。
それで、この曲を構築できてしまうのは、ありがちな言いかたかも知れませんが、ほんとにすごい。
ある意味名曲でしょう。いや、名曲です。
『ヘッド博士』のアルバム・コンセプトを、サウンドで、あるいは歌詞で説明している作品。
冒頭のあまりに大胆不敵なビーチ・ボーイズの "God Only Knows" のイントロ、フレンチ・ホルンのサンプリング(しかも無断で)から、 モンキーズの "Head" 収録の名作、"Porpoise Song" を思わせる曲調、歌詞、 そしてふたたびビーチ・ボーイズの "Heroes and Villains" の未発表部分のコーラスのサンプリング(ということは、この部分はブートレグからのサンプリング?)、 それをバッファロー・スプリングフィールドの、サウンド・コラージュのような大作、"Broken Arrow" からのサンプリングへつなぐ。
そして最後にはふたたび "God Only Knows" と "Heroes and Villains" を引用して終了。

こんなに引用の嵐の曲は、あとにも先にも聴いたことがない。
それを完璧につなぐ能力、才能。
そこにさらにオリジナリティを盛り込める技量。
さすが、やっぱりパーフリは編集の時代、サンプリングの時代だった90年代を切り開いたアーティストですね。

2・Groove Tube/グルーヴ・チューブ

この曲は歌詞がなんかエッチな気がする。説明しろといわれても困りますが。
アルバムの中でいちばんマンチェっぽい雰囲気を湛えた曲。
そのためだかどうなのか、この曲の(というかこのアルバムの)PVはかなりサイケ。
目がチカチカします。かっこいいけど。かっこよすぎて。
この曲にも入ってるけれど、このアルバムに入っている話し声とかをどこからサンプリングしてるのか、 全部特定できたらまじにすごいと思います。
ぼくはモンキーズ主演の映画 "Head" からいくつか持ってきてる、ということくらいしかわからないです。

3・Aquamarine/アクアマリン

91年にはものすごいアルバムが山ほど出ている。プライマルの "Screamaderica"、ニルヴァーナの "Nevermind"、パール・ジャムの "Ten"、 R.E.M.の "Out of Time"、ダイナソーJrの "Green Mind"、そしてマイ・ブラディ・ヴァレンタイン "Loveless"(もちろん、『ヘッド博士』も)。
マイブラが与えた影響は計り知れないものがあるけれど、この曲はパーフリがもろにマイブラの影響をかぶって作ったであろう曲。
ギターの音処理とか、美しくも退廃的なメロディとか、まさにそうでしょう。

4・Going Zero/ゴーイング・ゼロ

これは人気の高い曲。
なぜだろう。理由を考えるに、「午前三時のオプ」の系譜を継ぐ曲だから?といえるかもしれない。
威勢のいい曲だけれど、前の二枚のアルバムに比べて、なんとなく空元気というか、不自然というか、そんな感じを受けてしまう。
たぶん計算づくでそこらへんはやってるんでしょうが。
だからこの曲がそんなに人気があるのがやや不思議。

5・(Spend Bubble Hour in Your)Sleep Machine/スリープ・マシーン

このアルバムの中ではやや地味めの曲。
出だしの「Good Vibrations !」という掛け声は全然ビーチ・ボーイズ風ではなく、どちらかというと、プライマルの "Movin' on up" とかを思い起こさせる。
ゆっくりで、少し焦点の定まらない曲。
一曲で見たら、たぶんあまりよくない曲なんだろうけれど、このアルバムの流れだととても自然に聴ける、どころか他の曲を引き立てているところはさすが!

6・Winnie-the-Pooh Mugcup Collection
     /ウィニー・ザ・プー・マグカップ・コレクション

ディストーションをかなりかけたギター、レズリー・スピーカーを通したような小山田圭吾の歪ませた声、と、 従来のパーフリのイメージを相当裏切る曲(といっても、このアルバムの曲はそんなのばっかだが)。
しかし人気の高い曲。ぼくも好きです。
「ウィニー・ザ・プー」とは、言うまでもなくあのくまのプーさんのことです。
この曲からアルバムは一気に盛り上がって行きます。

7・The Quizmaster/奈落のクイズマスター

長めの曲の多いこのアルバムの中でも、二番目に長い作品。
「アクアマリン」がマイブラからの影響がかなり濃い作品なら、この曲は、プライマル・スクリームの影響を受けた作品。
途中に「Loaded, Loaded」という歌詞が出てくるように、直接にはプライマルの "Loaded" という作品にとても似ている。
やけっぱちな空元気をどこか感じさせるような曲が多いこのアルバムの中で、やや陰鬱な曲調。しかしなぜか人をわくわくさせる作品。
ほんとうにとても不思議な雰囲気を持った曲。
この曲のPVはかっこいい。すばらしい。傑作。たぶんビートルズの映画"Magical Mystery Tour"を下敷きにしているビデオ。
PV中でほんのちょっとだけ二人の演奏シーン(? バスの上でギターを弾いてる)が映りますが、小山田圭吾はフェンダー・コロナド12弦、小沢健二はグレッチ・テネシアン(←いつものやつ)を弾いています。
フェンダー・コロナド12弦がフリッパーズのPVで出てくるのは、これが唯一。

8・Blue Shinin' Quick Star/星の彼方へ

前の曲からつづきで聴くと、すさまじい高揚感をもたらす作品。名曲。
かなり好きな曲。もしかしたらパーフリの中でいちばん好きかも知れない。
イントロの静謐なギターのアルペジオから、ストーン・ローゼスの "Elephant Stone" のリズム・トラックを用いたドラム、最後の部分の盛り上がりまですばらしい。
まあ、このアルバムのほかの意味深な曲に比べると、かなり軽めの曲なのかもしれないけれど。
たぶん、『ヘッド博士』のなかでいちばん「ネオアコ」っぽい曲でしょう。
でも歌詞はやっぱり他の曲と同じように難解、複雑。
ポップさが大好き。
それですごく美しくて、泣けそうになってくる作品。
この曲のPVもかなりサイケデリックです。小山田氏は、ギターを弾かないで歌っています。珍しい。小沢健二も、いつものグレッチ・テネシアンではなく、ギブソン・レスポール(おそらくゴールドトップ)を弾いています。

9・The World Tower/世界塔よ永遠に

10分以上に及ぶ大作。実にさまざまな音楽がコラージュのように登場しては消えてゆく。
この曲のクルクル変化する曲調が、このアルバムの中でもっとも直接『スマイル』を感じさせる部分かもしれない。
途中の静かになるところはビーチ・ボーイズの "Good Vibrations" の中間部分をサンプリング。

曲調が変化しつづけるので、10分もあるように思えない。飽きることのない傑作。
歌詞は、最後の曲ということもあり、とても意味深い。
最後に逆回転の "God Only Knows" が流れ、なぞのピアノの挿入曲が流れてエンディング。


 →The Flipper's Guitar "Three Cheers for Our Side"