バスケットボールの神様と呼ばれるマイケル・ジョーダンは、大きな舞台であればあるほど驚異的なパフォーマンスを発揮し、NBAの歴史に残る名プレイを数多く残しました。
得点王10回、年間最多得点11回、NBA最高にあたる平均得点30.12点を誇り、90年代にシカゴ・ブルズを6度も優勝に導いています。年間MVPを5度も獲得し、NBAファイナルMVPを6度受賞。オリンピックではアメリカ代表の一員として2度も金メダルを獲得。
今回紹介するのは、INCOME DIARYに掲載された、彼が残した言葉に現れている精神的な強さの裏付けのようなもの。背中を押される力強い言葉ばかりです。
01.
「ゲームを信じろ」
「ゲームに誠実でいろ。そうすればゲームだって君に誠実でいてくれる。ゲームで近道をしようとすれば、ゲームだって君をショートカットしようとする。その代わり努力をすれば、必ず報われるんだ」
マイケル・ジョーダンは自分がゲームに入れた「想い」の分だけゲームから得るものがあるといつも信じていました。
人生というゲームを完全に信頼せずに、「不公平だ」「八百長だ」なんて思ってしまったら、自分の持ってる全てをぶつけようっていうモチベーションが生まれなくなってしまいます。そんな態度では、始めっから負けたも同然と言えるのかもしれません。
それが人生であれ、ビジネスやバスケットボールであれ、込めた想いの分だけ得ることができるということを、彼は言い続けていたのかもしれません。
「努力をすれば報われる。人生に近道はない」
02.
「基礎が大事なんだ」
「シュートを1日8時間練習することはできる。でもテクニックが間違っていたら、どんなに頑張っても、間違ったシュートの仕方が上達するだけだ。基礎を体に染み込ませれば、やること全てのレベルが上がる」
バスケットボールと同じで、人生にも基礎が一番大切なのかもしれません。一旦基礎を体に染み込ませ、それ以上のものを築き上げていくためのしっかりした土台をつくる。
彼はいつもこう警告していました。
「基礎から離れてしまったら、土台が崩れ落ちてしまう。ゲームでも、学校の課題でも、仕事でも、とにかくやること全てにおいてだ」
03.
「両親から学べ」
世界屈指のNBAプレーヤーがまだ小さかった頃、彼にとってのヒーローは、当時有名有名だったスター選手というわけではありませんでした。
「僕にとってのヒーローは今も昔も両親だ。他の誰も僕のヒーローとしては想像がつかない」
もしかしたら両親に対する尊敬と熱意の思いが、彼の人生をあらわしている「鍵」なのかもしれません。
04.
「毎日練習しろ」
「毎日ただ適当に汗をかくためだけに1日3時間練習してるわけじゃない」
初めて高校のバスケットチームのトライアルに参加した時、彼は代表選手には選ばれませんでした。大手スポーツメディア、ESPNのインタビューで当時どう感じたのかを彼自身が語っています。
「チームに入れなかったのは恥ずかしかったよ。代表チームの名簿が掲示板に貼られて、結構長い間そのままだったんだけど、僕の名前はそこになかった。すごく腹が立ったことも覚えている。だって本当は僕ほど上手くない選手の名前が名簿にあったんだ」
彼はその恥ずかしさと怒りを練習のモチベーションにしました。
「練習で疲れて、そろそろやめた方がいいかもしれないと思った時、いつも目を閉じてあの名簿を思い出した。僕の名前の書かれていない名簿がロッカーに貼られてる。そうすることで更に練習を続けることができた」
彼がキャリアの最後まで、誰よりも早くジムに着き、誰よりも遅くまで残っていたことは有名な話です。
05.
「学校は大事だ」
MBAドラフトに1年早く入ることにした彼は、ノース・カロライナ大学を退学することにしました。プロとしてのキャリアを、1984年に大学の学位なしで始めたんです。
しかしNBAでの早々の成功とは裏腹に、1986年には学位を得るため、ノース・カロライナ大学へと戻っています。
06.
「人の言うことに惑わされるな」
「すべて言う通りにして、みんなを満足させるのはとても大変なことだ。みんなが僕がやるべきことや、やるべきじゃないことについて言ってくる、でもそれを全部満足させることなんてできやしない」
ルーキーとしてすでに大きな注目を浴びていたこともあり、スポーツマガジンは彼がNBA入りしてからたった1ヶ月で「新しいスター」との文字と一緒に表紙へと採用。
注目が急速に集まったことで、ベテランNBA選手とマイケル・ジョーダンとの関係は悪化しました。ベテラン選手たちはオールスターゲーム中、彼にボールを回さずに「フリーズアウト」させたんです。
それでも彼は動じませんでした。レギュラーシーズンに入ると、驚異的なパフォーマンスを発揮し続け、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを狙ってひたすらプレイしました。人の言うことに惑わされずに突き進むべきだと行動で示したんですね。
07.
「失敗をどう扱うかを知れ」
「失敗すると、もっと努力しようという気持ちになる」
今やバスケットボールの神様と呼ばれる彼も、常に勝ち組だったわけではありません。
NBAのプレイオフに初めて参加した時、彼のチーム(シカゴ・ブルズ)は1ラウンド目でノックアウトされてしまいました。それからの2年間、ボストン・ケルティックスに負け続け、3年連続でデトロイト・ピストンズにも負け続けました。
反対に失敗しか知らなかったんです。でも、負けたゲームが彼の闘志に火をつけました。
「だれでもみんな、なにか失敗するんだ。でもそこで努力しないなんて、僕は許せない。いままでのキャリアで9,000回以上もシュートをはずしてきた。300近くの試合で負けた。ゲームのウィニングショットを任されて、何度も外してきた。僕は何度も何度も人生で失敗を繰り返してきてる。だから僕は成功するんだ」
誰でも失敗すると諦めたくなってしまうもの。でも、彼はその反対でした。失敗というものを、もっと努力するための燃料だと思い始めること、それが大切なのかも知れません。
08.
「恐れは幻想だ」
「不安が障害になることはわかるけれど、僕にとってはそれは単なる幻想だ」
恐れは自分だけが作り出しているもの。成功しないかもしれないという不安は、失敗するかもしれないという恐れ。それを捨てることができたなら、もっと積極的になって与えられた機会を存分に生きることができるのではないでしょうか。
09.
「とにかくやる!」
「それが起こればいいな、そうなればいいのに、と思う人もいる。でも、それを実際にやる人もいる」
3つのタイプの人がいる。彼は実際にやるタイプの人でした。あなたはどちらのタイプでしょう?
10.
「1人じゃできない」
「チームとして考え、チームとして成功しようとすれば、賞賛は自然とついてくる。ゲームには才能で勝つものだけど、チャンピオンになるにはチームワークとインテリジェンスがいるんだ」
80年代、彼はたくさんの驚異的なプレイでショウを受賞しましたが、チャンピオンにはなれませんでした。チームメイトの助けがあるまで、チームで勝つには至らなかったんです。
11.
「優秀さは言わずとも見える」
シカゴ・ブルズの全盛期は、試合会場がホームであれアウェイであれいつでもチケットが売り切れになりました。でも人々をスタジアムへと導いたのはマーケティングではなく、彼の卓越したパフォーマンスと、それを広めたチームメイト達のおかげでした。
「ゲーム自体を自分のプロモーションやマーケティングのように考えるんだ」
12.
「シュートが入ると思え」
「そうなると思わないと、本当にそうなったりはしない」
ビッグショットのコツを持っていなかったら、彼は伝説となることはなかったかもしれません。
彼には、重要なゲームの最後の数秒でボールが回ってくることがyくありました。こういう大事な瞬間、彼にとってはボールがリングをくぐらないんじゃないかとハラハラすることなんて、なかったのだとか。
「この大きなショットをはずしたらどうしようなんて考えたこともないよ。どうなるかっていう結果を考える時、いつもネガティブなことしか考えないからね」
13.
「変わるべき時には変わる」
1993年10月6日に彼の引退という決断はスポーツの歴史の中でも最もショッキングなものでした。3回連続でチャンピオンになっていたようなキャリアの途中で辞めるだなんて、だれにも予測できないものでしたが、辞めた理由は実際とてもシンプルなものでした。
「ただ変わらないといけなかったんだ。僕は毎日の同じアクティビティや日課に飽き飽きしてしまって、以前みたいな気持ちを持つことがもうできなくって疲れてしまったんだ。 ほかにも関係していたことはあったよ。父の死や野球をプレイする機会、僕自身の変化を加えたいという願望。今振り返ってみても、あのときの決断は今まで見えなかったことが見えるようになるには完璧なタイミングだったと思う。僕にとってなにが大事なのか見えるように、ゲームから得たあの興奮をまた感じれるように」
その後、野球選手に転向までした彼は、メジャーリーグまで行くことはありませんでしたが、なにかを変えないとだめだという頭の中で響いた声に従うことは大切だったようです。1995年にはリフレッシュしてNBAに戻り、早々さらに3つのチャンピオンシップを勝ち取ることにないました。
14.
「マーケティングはシンプルに」
1995年3月18日、マイケル・ジョーダンはシンプルに書かれた「I’m back」という文字とともに引退から戻ってきました。
メディアの注目を集めるにはたった2つのワードで十分でした。彼がシカゴ・ブルズに戻ってから最初のゲームでは、NBAシーズンゲームの過去2年間で最も高い視聴率をマーク。
一番効果的になにかを知らせる方法は、言いたいことを一番前に出してしまうことなのかもしれません。
15.
「チームに最高を求めろ」
マイケル・ジョーダンはチームメートの頑張り具合にイラつくことが度々あったようでした。格下のチームだったワシントン・ウィザーズとプレイしていた頃、彼のキャリアの最後の方では特にそうだったようです。
ジョーダンの高校のコーチの1人だったフィレッド・リンチ氏は、10代の頃もチームに求めるものが多かった彼の様子を思い出してこう語りました。
「彼はいつもチームメートに突っかかっていたよ。そこは変わってないね。彼と同じくらい本気でプレイすることを、いつもチームに望んでいたよ」
他の人に最高を求めることは、力を引き出すための手助けになります。
16.
「感情をコントロールしろ」
「心とは、偉大さと良さを分け隔てるものだ」
1991年にNBAチャンピオンになった時、マイケル・ジョーダンは子どものように泣きじゃくりました。1996年にチャンピオンになった時もまた泣きました。どれだけゲームに気持ちを注いできたのかがわかる行動でした。
感情をむき出しにすることは通常弱さにも例えられますが、彼にとっては大きな強さの源でした。彼は心の躍動をコントロールしながらも、そのエネルギーを最大限に使うことのできる貴重な能力をもっていたのです。
17.
「自分のやることを愛せ」
「それが人生最後のゲームだと思ってプレイすることが愛だ!」
彼はバスケットボールを愛するあまり、一度バスケットボールを妻と呼んだことがあります。(「バスケットボールには誠実さと責任が必要だし、そのかわりに僕に達成感の心の平穏を与えてくれるんだ」と語りました。)
仕事に愛を持って取り組むとき、あなたのパフォーマンスは輝くのかもしれません。
18.
「ビジネスをゲームだと思え」
「ただやるんだ。楽しんで。ゲームを楽しむんだ」
ここでいう「ゲーム」は、バスケットボールの試合のことではなく、実際にビジネスとしてのゲームについてアドバイスをしています。ビジネスがつまらないのは、やり方が間違っているだけ。仕事を楽しいモノにすればするほど、より多くのエネルギーと熱意を仕事に注ぎ込めると彼は語っています。
19.
「過去は忘れろ」
「一度決断を下したら、もうそれについては考えない」
ジョーダンはたくさんのタフな決断をしてきましたが、そこに沈み込んでしまうことはありませんでした。過去のことを心配する必要はなく、戻ってくることはないのですから。
20.
「未来は無視しろ」
「こうしたらどうなる、と考えちゃダメだ。チャンピオンシップはどこどこが勝つんだとか考え始めたら、集中力を失ったも同然」
バスケットボールではいつもおこること。大きく先手を踏み出して、過剰な自信のせいで最後の数秒でゲームに負ける。彼らの間違いは、目の前のゲームに集中するかわりに、勝った後のお祝いについて考えてしまうこと。
未来のシナリオを考えても集中できなくなるだけ。想像した通りにことが行くわけじゃない。だから集中力を目の前の一瞬に使った方がいい。
21.
「今を受け入れろ」
「一瞬のために、一瞬を生きるんだ」
あなたが経験した一瞬一瞬がここにあります。人生をより大切に生きるためには、マイケル・ジョーダンが実際にそう生きてきたように、今この瞬間を全力で生きることが重要なのではないでしょうか。
Top Photo :Cliff
Licensed material used with permission by INCOME DIARY