1つは、事案発生当時西部航空警戒管制団司令だった津曲氏が、自衛隊退職後の2010年、航空自衛隊連合幹部会の機関誌『翼』2010年6月号紙面上において、4ページに渡って書いた記事。
もう一つは、『フライデー』2012年2月3日号紙面上にジャーナリストの大清水友明氏が書いた記事です。
上記で書いた情報は、この二つをまとめたもの(主には『翼』の記事)です。
なお、2つめの『フライデー』記事は、以下のリンクでネット上で見る事ができます。
「日本が「10万人超の大量脱北者」に侵略される日 恐怖のシミュレーション」
『翼』は、国会図書館に行けば見る事ができます。
この事件は、上記『フライデー』記事にもあるとおり、内閣危機管理室などの危機管理関係者にとって、貴重なモデル・ケースとなりました。
その結果、2008年2月5日(日付まで同じ日!)には、国民保護訓練が、次のような想定で実施されています。
離島(鹿児島県薩摩川内市下甑島)において、国籍不明のテログループの襲撃により死傷者が発生。その後、テログループは島内の山中に逃走、潜伏する事案が発生する。鹿児島県における図上訓練の概要
この事案における、文官統制の問題は、冒頭にもリンクを貼ったTHE PAGEの記事「「文民」統制の危機? 「文官」統制はなぜ廃止されるのか」をご覧下さい。
そして、防衛省がかかえるもう一つの大きな問題は、防衛問題に詳しい方や勘の鋭い方なら分かるかも知れませんが、防衛庁と警察庁の縄張り争いと、警察庁が防衛庁内局内に多数の出向者を送り込んでいたことです。(コレに関しては、旧内務省出身者が、できたばかりの防衛庁・自衛隊を統制下に置こうとした歴史的経緯が関係しています)
この問題は、まだ完全に解消されたとは言えませんが、当時と比べれば相当改善されており、今では防衛省生え抜きの内局プロパーが、防衛省内で力を持つようになっています。
逆に、その事によって防衛省と警察庁の綱引きも起きているようですが、当時と比べたら、非常に健全な綱引きと言えるでしょう。
当時の異常さは、事案の数ヶ月後、空幕が発した文書に現れています。
少々長いですが、当時の国民保護の状況が良く分かる文書であるため、上記の『翼』記事より引用します。
「集団不法入国者事案に関する部隊等の行動についての基本的考え方について」驚くべきは、役場職員ですら駆り出される捜索に、官庁間協力が行われる場合であっても、自衛隊員が直接にでるべきではなく、離島への警察官の輸送や宿泊・給食支援に止めるべきだとしている点です。
本事案は、警察力が不足し、緊急時に島民が頼りにしているのは自衛隊の部隊のみであるという特殊な環境下に生起したものである。しかしながら、本事案は、住民等の行方不明者の捜索等災害派遣に該当するものではなく、容疑者の捜索という本来は警察の行うべき業務に対する協力であった。本事案対処に関わる自衛隊における法的根拠は存在しない。また、法令改正及び特例措置の設定等に関わる検討についても短期間に進展する可能性は少ない。
(1)部隊として実施可能な事項
ア 基地警備の強化
基地警備を強化し不審者の発見に努めるとともに、地元機関に連絡員を派遣し情報収集に当たる。
イ 官庁間協力
官庁間協力依頼がなされ事務次官通達により官庁間協力が適用された場合は、協力依頼事項(輸送、宿泊及び給食支援等)について協力する。
(2)部隊として実施すべきでない事項
不法入国者の捜索は、本来、警察の行うべき業務であり、航空自衛隊の任務ではない。また、野外訓練、災害派遣及び基地警備のための調査研究等を名目にして不法入国者の捜索協力を行うことについても、現時点で明確な法的根拠はないため、独自の判断で実施すべきでない。
この下甑事案は、単なる出稼ぎ希望の不法入国者だったから良かったものの、もし武装難民や工作員だったら……
なお、この事案の原因が、文官統制にあったとすることに異論のある人もいるかもしれません。
しかし、もし文官統制の問題でなかったとすれば、制服自衛官の暴走だったはずです。
であれば、当然、野外行動を命じた自衛隊関係者は、懲戒処分を受けてしかるべきですし、その後の昇進など、もっての他でしょう。
しかし、野外訓練を指示したと告白している津曲将補は、その後、第27代の航空幕僚長にまでなっていますし、津曲将補から報告を受け、野外訓練を黙認していた鈴木空将は、その後補給本部長にまでなっています。
つまり、むしろこの時の行動が、評価さえされているのです。
この事案は、防衛族議員の久間氏から、中谷防衛大臣にも詳しく語られたでしょう。
今回の法改正に、非常に大きな影響を及ぼしたはずです。
ここからはオマケですが、この事案は、恐らく、映画にもなった麻生幾氏の小説『宣戦布告』にも影響を与えています。
『宣戦布告』は、韓国への潜水艦侵入事件「江陵浸透事件」をモデルとして、下甑事案の直前、『文藝春秋』1997年1月号に発表された短編をベースとして、書かれました。
初版発行は、下甑事案の1年後、1998年3月25日です。
小説の中でも書かれている法律や情報伝達態勢の不備、それに防衛庁と警察庁の縄張り争いなどは、この下甑事案で、まさに現実となっていたものです。
小説と違っていたのは、上陸したのがただの出稼ぎ目的不法入国者だった点です。
と言う訳で、この下甑事案は、私もいずれノンフィクションとして書くことも考えていました。
ですが、原因の一つだった文官統制は廃止されましたし、もう一つの警察官僚による内局への関与も相当改善されています。
なので、ノンフィクションを書く意義は、以前より少なくなってしまいました。
おまけに、私はノンフィクションを書いた事がないので、取材のやり方等を含め不慣れなので、多分あまり良いものが書けないと思われます。
そのためTHE PAGEにも書きましたし、このブログ記事も書きました。
今でも面白い話ではあると思います。
どなたか、ノンフィクションライターの方、空自上層部、内局、警察関係、自治体関係等、もっと深く取材して、書く気はありませんか?
手伝いならやります。
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