コラム:ロシアの「後継なき混沌」、プーチン氏不在で露呈
Masha Gessen
[17日 ロイター] - ロシアのプーチン大統領は今月、約10日間にわたって急に報道陣の前から姿を消した。その間、国内外のメディアでは、失脚説や死亡説から、ガールフレンドの出産に立ち会うためスイスを訪れているというものまで、さまざまな憶測が飛び交った。
この突然の沈黙とそれにまつわる憶測は、いくつかの点で示唆に富んでいる。
まず第1に、そして最も明白なのは、そもそも何ら驚くことではないということだ。クレムリンの内部で何が起きているかについて、われわれには知る由がない。プーチン大統領の「失踪」とそれに伴う情報の断絶は、クレムリン発の情報というのがプーチン大統領もしくは大統領報道官からの一方通行であることを何にも増して物語るものだ。
第2に、ロシアで政治ニュースになるのは、事実上1人しかいないということだ。プーチン大統領の不在がここまで不気味なのはそのためだ。テレビのニュース番組はまるで時間が止まったかのように見えた。ニュースが枯れて1週間がたった15日、ロシアのテレビ局は、クリミア併合から1年の特別番組を放送した。事前録画された同番組の中でプーチン大統領は、ウクライナ政変の際には軍事的にもさまざまな準備をしていたと自画自賛して見せた。
第3に、プーチン大統領は自らの沈黙により、誰に対しても説明責任を負っていないことを、これまで以上に明確に示した。独裁者は病欠を誰かに電話で伝える必要はない。核ボタンを手にする男が1週間ほど休んだからという理由で世界がヒステリックな反応を起こしたのだとすれば、それは世界にとってあまりに悪いことだ。プーチン大統領が姿を見せなかった理由を説明する理由はない。
クレムリンとは距離を置く一部メディアを含むロシア語報道機関にはもう1つ、露骨に言及を避けていることがある。それは、もしプーチン大統領が失脚もしくは死去した後に何が起きるかということだ。実際、プーチン大統領が出産に立ち会っているという憶測には乗らなかった、多少は信頼の置けるメディアでさえ、国民の最大の関心事である「プーチン後」の話題については、政府系メディアと大して変わらないほど言葉は少なかった。ここに、プーチン不在の10日間の最大の教訓がありそうだ。
プーチン大統領は、ロシア政府の意思決定プロセスを独占しただけでなく、国民から意思決定の能力も奪い取ったと言える。プーチン大統領は、「プーチン後」のロシアというアイデアさえ拒んでいる。プーチン氏が死ぬまで大統領の座に居続けようとしているのは明らかだが、それだけでなく、命が永遠に続くという信念に基づいて行動しているようだ。
プーチン氏はロシアの憲法を改正して大統領の任期を4年から6年に延ばした。1999年にロシア首相となった同氏は、2000年に大統領となり、2008年から2012年まで再び首相を務めた後、大統領職に再登板した。仮に次期大統領選挙に出馬・再選された場合には2024年まで在任することになる。プーチン氏が最初に政権の座に就いたのは、前任者のエリツィン氏が非民主的行動を取ったことが要因だったというのは、今となっては皮肉的だ。
プーチン氏はかつて、エリツィン氏に代わる若く現代的な指導者のように見えた。しかし実際には、その後の15年間でロシアを中世に引き戻した。国家と教会を1つの迫害機構の中に統合し、国民を「伝統的価値」に押し込めただけでなく、国家権力という何世紀も前の概念を復活させた。昔の専制君主のように、自身は不滅だと信じている。ロシアに後継者育成計画や緊急時対応計画、もしくは現実には何の計画もないのはこのためだ。メディアが「プーチン後」について口を閉ざす理由もここにある。
とはいえ、ロシアがこれと似たような状況にあったのは、100年も昔のことではない。スターリンが死去した後も、ロシアのニュースはしばらく途絶えた。米国の識者たちは当時、スターリンには自ら選んだ後継者がいるのか考えを巡らせていた。しかし、スターリンの没後数年のうちに、後継者育成の計画や手続きがなかったことは明白になった。ロシアには混乱が生じ、権力闘争が繰り返し繰り返し行われた。この限られた観点で言えば、歴史は悪くない教科書であろう。プーチン後のロシアがどうなるか、またはどうなるべきか、それを知る者は誰もいないと考えて差し支えないだろう。
*筆者はロシア系米国人ジャーナリストで、著書に「Words Will Break Cement: The Passion of Pussy Riot」や「The Man Without a Face: The Unlikely Rise of Vladimir Putin」などがある。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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