観光サイトなどで、あまり語られない部分についてご紹介します。
広義の浜松まつりとは
「浜松まつり」は複数の会場で様々な催しが行われるイベントです。中でも、各町による大凧による合戦や豪華絢爛な屋台の引き回し、迫力のある練りが有名かと思います。他にも、ミスコンがあったり、伝統芸能の披露や吹奏楽のパレードなど行われているようです。
と、後半伝聞なのは後述します。
狭義の浜松まつりとは
浜松市内で「浜松まつり」に参加しているという方は、各町(自治会)が主催しているおまつりに参加している方がほとんどだと思います。
子供が生まれた家が施主となり、初凧と呼ばれる大凧を各町の青年が中心となり揚げたり、大凧の糸を絡め引きあって糸の斬り合いを行う糸きり合戦をしたり豪華絢爛な屋台の引き回したり、町中を練り歩いたりします。
実際、おまつりに参加していると、日中は凧を揚げ、夜は屋台を引き回したり、練り歩いたしほぼ一日参加している町の行事に追われます。そのため、他のイベントを見る余裕はなく、ミスコンや吹奏楽のパレードを筆者は見たことが無いです。
浜松凧
浜松の凧は正方形で真ん中から尾骨が出ているのが特徴です。合戦に耐えうるように、骨組みは細かく、頑丈に作られています。凧の絵は各町固有の図案が用いられます。
現在、170町以上参加しており、参加している町の数だけ図案があります。
大きさの単位は「帖」を用います。1帖は美濃紙12枚という大きさで、大体1平米程度の大きさになります。浜松まつりでは2?10帖までの大きさの凧が多く用いられます。
凧を揚げるのには直径5mm程度の麻糸を用います。各町の人間によって継ぎ目が判らないくらい綺麗に継がれます。糸が格納される装置は糸枠と呼ばれ、ここに1000m以上の糸が巻かれていることが多いです。
浜松Ruby会議は浜松まつりの準備が本格的に始まる頃なので、遠州灘の方に南下すると、大凧が空を舞うのを見ることができる可能性が高いと思います。
また、遠州灘海浜公園にある浜松まつり会館付近で凧を揚げている人も多くいます。
豪華絢爛な屋台
浜松まつりに用いられる旧市内の屋台はすべて第二次大戦後に再建されています。戦前の各町の多くも立派な屋台を所有していましたがそのほとんどが戦災にあいました。現在引き回されている旧市内の屋台はすべて戦後に再建されたもので、再建された屋台は50数台に登ります。
これらの屋台は、「再建」という表現をしていますが、ほとんどの屋台は戦前と同じものを直したわけではなく、戦前以上の素晴らしい屋台を新たに作り出しています。
浜松の屋台で特に特徴的な屋台は以下の3台です。
1. 屋台の構造 ... 伊場町(東伊場町) 1962年
- 二層入母屋軒唐破風、側面に千鳥破風の妻飾りと軒唐破風、桁下二手先組の非常に重厚感がある屋台。
- http://takoken.hamazo.tv/e3510333.html
2. 屋台の彫刻 ... 野口町 1963年
- 高欄(橋の欄干のような部位)部分を取り払い、すべて彫刻で飾った屋台。
- http://takoken.hamazo.tv/e4032245.html
3. 屋台の装飾 ... 八幡町 1963年
- 初めて完全塗装が施され、金箔を使用して仕上げられた浜松で唯一の総漆塗りの屋台。
- http://takoken.hamazo.tv/e3666309.html
youtubeで探すと、他町の屋台を含め多数の動画が見つかります。
図案文化としての浜松まつり
浜松まつりは独自の図案に満ちています。凧の図案は、先に述べたように参加町の数だけ独自にあります。凧を見てどこの町か当てあうのは楽しいです。
凧の図案に用いられる書体も、浜松特有の毛筆体が用いられることが多いです。この書体は、空高く凧が上がっても判別できるように、工夫されています。
各町は、他にも法被の図案、提灯の図案、旗の図案も独自に持っていることが多いです。特に、凧の図案と法被の図案が全く違う町も多くあり法被の図案を見て町を特定できる人はなかなかいません。
参考文献
- 「凧 浜松の凧 遠州の凧 日本の凧」 浜松市博物館(2006)
- 「動 粋 静 浜松まつり」山田有一(2007)
- 「松江町の屋台」中村善太 編著(2009)
- 「八幡町屋台50周年記念誌」稲葉直久 編著(2013)
- 「浜松凧揚祭研究会」
書いた人: langur