「子供に向精神薬処方増」のなぜ?
1月13日の朝刊社会面で、「子供に向精神薬処方増」のニュースを書いた。臨床現場では以前から指摘されていた傾向が、初の全国調査で確かめられたのだ。いささか硬い内容になるが、子どもへの投薬を考える上で重要なデータが多く含まれているので、今回は調査結果を詳しく紹介してみたい。
調査を行ったのは、医療経済研究機構研究員の奥村泰之さん、神奈川県立こども医療センター児童思春期精神科医師の藤田純一さん、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部室長の松本俊彦さん。
2002年~2010年の外来患者(18歳以下)の診療報酬明細書と調剤報酬明細書の一部、計23万3399件をもとに、1000人あたりの向精神薬の処方件数などを算出し、統計解析で年齢層ごとの処方件数の経年変化などを比較した。
2002年~2004年と2008年~2010年を比較すると、13歳~18歳では、注意欠如・多動症に使うADHD治療薬が2・49倍、統合失調症などに使う抗精神病薬が1・43倍、抗うつ薬が1・31倍と増加した。2008年~2010年の同年代の人口1000人あたりの処方件数は、抗不安薬・睡眠薬が4・8件、抗精神病薬が3・9件、抗うつ薬が3件、気分安定薬が3件だった。
小学生(6歳~12歳)への向精神薬処方も増え、2002年~2004年と2008年~2010年の比較では、ADHD治療薬が1・84倍、抗精神病薬が1・58倍となった。依存性のあるベンゾジアゼピン系薬剤を中心とする抗不安薬・睡眠薬は、この年代では0・67倍と減少した。同年代の人口1000人あたりの処方件数は、気分安定薬が3・6件、ADHD治療薬が1・5件、抗精神病薬が1・2件、抗うつ薬が1・2件だった。件数は少ないが、0歳から5歳の幼児に対しても、抗精神病薬などの処方が確認された。
処方件数増加の背景について、調査報告書は、受診者数の増加(厚生労働省の患者調査では、未成年の精神疾患受診者数は2002年に9万5000人、2008年は14万8000人)や、思春期外来の増加(2001年は523施設、2009年は1746施設)、ADHD治療薬など新薬の承認、などの影響を挙げている。
適応外処方と多剤併用の問題も浮上
果たして診断や投薬は適切に行われているのだろうか。過剰診断や誤診、不適切投薬の症例はないのか。診療報酬明細書などを基にした今回の統計調査では、個々の状況が分からず、処方が適正か否かの判断はできない。だが、疑問点はいくつも浮かび上がる。特に、処方件数が増えている向精神薬の多くが、子どもに対しては「適応外」であることは認識しておく必要がある。
現在使われているADHD治療薬は、子どもに対する臨床試験を行って適応(6歳以上)を得ているが、抗精神病薬や抗うつ薬、抗不安薬・睡眠薬などは、子どもを対象とした大規模な臨床試験が日本では行われておらず、有効性や安全性の確認が十分ではない。このような向精神薬の添付文書(薬の説明書。インターネットで簡単に読める)には、子ども(小児)への投与について、「安全性は確立していない」「使用経験がない」などの記述があるので、関心のある方は確認していただきたい
子どもへの薬の適応外処方は、向精神薬以外にも行われることが多く、すぐに「悪」と決めつけることはできない。本物の薬か偽の薬を、ランダムにグループ分けした子どもたちに飲ませ、効果を比較する臨床試験への抵抗感が日本では根強く、実施しにくい事情もある。大切な子どもたちを、薬の「実験」に巻き込みたくないのだ。しかし一方で、成長期の脳に作用する向精神薬が、「安全性は確立していない」「使用経験がない」とされながらも、実際には使用が拡大している。子どもたちを守りたいがゆえに、子どもたちを未知のリスクにさらす。そんな矛盾した状況が生じているのだ。
子どもに対する臨床試験が行われなければ、副作用の種類や発生頻度は分からず、市販後の副作用調査も徹底されないなど、被害を組織的に防ぐ手立てが乏しくなってしまう。さらに、深刻な問題が起こった時の救済策も、適応外処方の場合は不十分になりかねず、善意で処方した医師が責任を問われる可能性もある。このような状況で、誰が得をするというのだろうか。
この調査でもう一つ注目したいのが、一人の子どもに異なる向精神薬を複数処方する例が多いという指摘だ。向精神薬が、他の種類の向精神薬と併用される割合は、気分安定薬で93%、抗うつ薬で77%、抗不安薬・睡眠薬で62%、抗精神病薬で61%に上った。言い方を変えると、例えば抗精神病薬を処方される子どもの61%は、抗不安薬・睡眠薬や抗うつ薬など、他の種類の向精神薬も併用処方されている、ということになる。
調査報告書は「この数値は欧米と比べて著しく高い」と指摘し、欧米での未成年への向精神薬併用処方割合について、米国19%、オランダ9%、ドイツ6%という数字を示した。医療提供体制の違いや調査対象の等質性などの点から、この結果だけで「安易に『わが国では、向精神薬の不適切な多剤併用処方の割合が異様に高い』と結論づけるのには慎重であるべき」と注意を求めたが、「今後、わが国の多剤併用処方の割合が欧米よりも高くなる理由について、検討していく必要がある」とした。
当然の指摘だろう。日本では以前から、成人患者に対して抗精神病薬を何種類も使う多剤大量処方が続き、国際的にも問題視されてきた。ベンゾジアゼピン系薬剤を漫然と長期間処方され、常用量依存に苦しむ人も多い。カウンセリング技術の未熟さや診療時間の短さ、マンパワーの少なさなど様々な事情から、薬に過度に頼る医師が多いのだ。そして更に、過剰な処方が子どもたちにも及んでいるとすれば、早急に歯止めをかけなければならない。
日本の子どもへの多剤併用処方や適応外処方は、どのような根拠で、どのような必要に迫られて行われているのか。処方医や患者、家族を対象とした詳細な実態調査が求められている。
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佐藤光展(さとう・みつのぶ) 読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。神戸新聞社の社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、静岡支局と甲府支局を経て2003年から医療部。取材活動の傍ら、日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会等の学会や、大学などで「患者のための医療」や「精神医療」などをテーマに講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)、『精神保健福祉白書』(中央法規出版)など。 |
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(2015年1月20日 読売新聞)
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