過剰な病気CMに業界団体が「待った!」

 薬や化粧品などには、効能や効果を誇大に広告できない決まりがある(医薬品医療機器法第十章)。さらに、医師が処方する医療用医薬品は、一般向けの広告も厳しく制限されている。薬局で買える市販薬のように、テレビCMを流したり、新聞や雑誌に広告を掲載したりすることはできないのだ。

 でも「見たことがある」と感じる人は多いだろう。それは、製薬会社が疾患啓発広告を頻繁に発信しているためで、近年も、神経障害性疼痛とうつうや逆流性食道炎、レビー小体型認知症などを扱ったテレビCMが盛んに放送されてきた。こうした中、業界団体が2015年1月、会員各社に向けて「やり方によっては、禁止される広告に該当する恐れがあります」などと注意を促す通知を送ったので、経緯や内容を紹介してみたい。

 処方箋医薬品を広告できない製薬会社は、その薬を使う病気を「宣伝」(疾患喧伝けんでん)することで、医療機関を受診する患者を増やし、自社の薬の売り上げを伸ばそうとする。テレビCMをきっかけに自分の病気に気づく患者もいるなど、疾患啓発広告にはプラス面もある。だが、視聴者や読者に誤った印象を与えたり、過剰診断・過剰投薬のきっかけになったりするマイナス面もある。特に、過去の啓発キャンペーンでうつ病患者が不自然なほど急増した前歴があり、過剰診断を招きやすい精神疾患の広告には要注意だ。

 2014年初め、私は塩野義製薬と日本イーライリリーが展開した「うつの痛み」キャンペーンに疑問を投げかける記事を繰り返し書いた。2013年秋から頻繁に流れていたテレビCMをご記憶の方は多いだろう。陰鬱いんうつな映像と共に、暗い調子のナレーションが「うつは、どこが辛くなるでしょう。様々なところです。あまり知られていませんが、うつ病になると心の症状だけでなく、頭の痛みや肩の痛みといった体の症状があらわれることもあります」などと訴えた。

 これを自宅で見た私は疑問を抱き、学会理事長など複数の著名な精神科医に感想を聞いた。すると「あれは行き過ぎ」「また過剰診断を招く」「こころのかぜキャンペーンの反省がまるで生きていない」といった疑問の声が次々と上がったため、取材を進めた。


自作自演だった「うつの痛み」キャンペーン

 このテレビCMには「見ると気分が悪くなる」などの苦情も寄せられたようだが、一番の問題は、頭痛や肩の痛みをうつ病の主症状であるかのように説明し、関連するインターネットサイトに掲載した精神科や心療内科への受診を呼びかけたことだった。

 うつ病の国際的な診断基準(DSM―5など)は、体の痛みをうつ病の主症状とは位置づけていない。SSRIなどの抗うつ薬で体の痛みが軽減する例はあるものの、頭痛や肩の痛みに悩む人はあまりにも多く、うつ病の典型的症状というよりも、中高年の典型的症状と言ったほうがしっくりくる。ところが、体の痛みがあればうつ病を疑え、という趣旨のCMを真に受けると、ひどい頭痛や肩こりのせいで元気が出ない人まで、「うつ病」の疑いをかけられてしまう。

 この製薬会社が販売する抗うつ薬は、「うつ病、うつ状態」に加え、「糖尿病性神経障害に伴う疼痛とうつう」に処方できる。痛み治療薬としてこの薬を使えるのは、通常は糖尿病患者だけだが、もし、痛みに悩む人がテレビCMの影響で憂鬱ゆううつ感などを口にし、「うつ病、うつ状態」となれば、この薬をすぐに処方できるのだ。

 さらに取材を進めると、別の深刻な問題も浮かび上がってきた。

 この疾患啓発広告で、製薬会社が診断基準にもない「うつの痛み」をアピールするための根拠としたのは、実は、自らが作った広報組織によるインターネット調査だった。うつ病患者663人と医師456人の回答をもとに、「患者の68・6%が、体の痛みがうつ病の回復を妨げると感じている」などとする報告をまとめ、このデータを高知大学の准教授らに提供した。准教授らがデータを論文化すると、元は自社が関与した調査であるにもかかわらず、これを伏せて啓発広告の権威づけに利用した。

 「自作自演」とも言える手法だが、塩野義製薬広報部は私の取材に「通常行われている方法の範囲内」と答えた。だが、こんな手法が「通常」ならば、製薬会社の疾患啓発広告はすべて信じられなくなってしまう。

 過剰になりつつある疾患啓発広告に、製薬各社で作る日本製薬工業協会は危機感を抱き、2015年1月6日、会員各社に「テレビや新聞等のメディアを利用した情報発信活動いわゆる疾患啓発広告とタイアップ記事(広告)について」と題した通知を送った。疾患啓発広告の注意点を挙げ、好ましくない例を具体的に示して自制を求めた。一般の視聴者、読者も知っておくべき内容なので、以下に要約を記しておこう。


製薬協が示した「好ましくない表現」

いわゆる疾患啓発広告についての注意点

特定の医薬品の広告と解釈されないよう、広告内容は、疾患の説明を原則とする。また、疾患に対する対処法は公平かつバランスよく提示し、必要な場合は医師または医療関係者への相談を促す内容を盛り込むことができる。

 好ましくない表現の一例 「くすりで治せるようになりました」

病気の診断は、症状だけで決まるものではなく、検査等を含めて医師が総合的にすべきものと考える事から、その症状等が確実に病気であるかのような印象を与える表現はしないこと。

 好ましくない表現の一例 「このような症状は○○疾患です」

疾患のリスクを説明する際には、たとえ医学的に正しい内容であっても表現に細心の注意を払い、特定の疾患や症状が必ず発症・発現するような誤解を防ぐこと。

 好ましくない表現の一例 「放置すると慢性化します、または重症化し死に至る恐れがあります」

過度な期待を与える可能性があるので、医療機関で治療を受ければ必ず治るような印象を与える表現はしないこと。

 好ましくない表現の一例 「治療前後の過度な期待効果を視覚的・聴覚的に示すこと」



 日本製薬工業協会には以前から、疾患啓発広告に関して「内容が不十分で誤解を招く」「患者や広く国民に対して不安をあおっている」「企業名が記載されていないが、実態としては特定の医療用医薬品の広告ではないか」などの意見や疑問の声が寄せられていたという。この通達を重く受け止めるべきなのは、製薬会社だけではない。北里大学精神科教授の宮岡等さんは「専門家や有名人が登場する疾患啓発広告も、広告と割り切って見られるようにする工夫が必要だ。この機会にマスメディアと広告のあり方も検討する必要がある」と話す。

 医薬品の不適正使用問題に詳しい精神科医の斉尾武郎さんは、疾患啓発広告のあり方について次のように語る。

 「製薬会社がわざわざ『病気』の情報を世間に広めようとするのは、『わが社の(高価な)新薬を使えば、この病気を防いだり、治したりできますよ』というメッセージを社会に伝えたいから。製薬会社が広めようとしている『病気』が、本当に世間が知っておくべき病気ならば問題は起きない。そうした『病気』が本当に新薬で救われるというのであれば、疾患啓発は良いことだと思う。しかし、現実には、疾患啓発キャンペーンに持ち出される『病気』はしばしば、誰でも感じるような、病気とも言えないような身体の些細ささいな不調であったり、人間の通常の老化現象であったり、治療のための薬が重い副作用を持つものだったりする。製薬会社は、有名人を使って疾患啓発キャンペーンを展開するが、わざわざ高い広告費を払ってまで広めなければならないほど重要な『病気』なのだろうか。そうしたものは、本来は政府の広報や学校の保健教育、ひいては家庭で養生の知恵として、知っておくべきことのはず。製薬会社がおためごかしに宣伝するべき筋合いのものではない」

佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。神戸新聞社の社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、静岡支局と甲府支局を経て2003年から医療部。取材活動の傍ら、日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会等の学会や、大学などで「患者のための医療」や「精神医療」などをテーマに講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)、『精神保健福祉白書』(中央法規出版)など。

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2015年2月3日 読売新聞)

佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」   一覧はこちら

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