2015年03月22日

演出の魔法を読み解く(後半)〜アニメ アイドルマスター シンデレラガールズ 10話考察

前半ではシナリオの仕掛けについて考察をしました。後半は絵コンテや演出を考察してみたいと思います。

1.エスタブリッシュメントカットからセリフをかぶせる
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エスタブリッシュメントカットというのは、シーンの冒頭に入れる状況説明のカットの事です。予告にも使われた竹下通りであることを示すこのカットが典型的です。本編ではカットされてましたが、予告では上にパンして尺を使っていました。このカットは長めにとって必要ならば間をあけて視聴者にシーンが変わった事を印象づけるのが定石です。が、逆にそれをしなければ視聴者を混乱させる事となります。

警察から事務所に電話が入ってきたシーンを見てみます。
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場所を示すエスタブリッシュメントカット。ここに新田さんの「え?!」というセリフが被ります。

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続いて電話。事務所内の描写ですがあえて電話のみにして視聴者に情報不足にしています。その上で緊迫感溢れた「あ、はい、少し待って下さい」とセリフが被る

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ようやく声の主である新田さんのカット。やはり緊迫感溢れた表情をセンターに据えたアップのカット。

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でようやく事務所内の様子が引きの画で説明されるという具合です。美嘉に電話がかかるときも同様

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「はぁ?!」と美佳の声

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「分かった。すぐ行くから」と苛立ちを感じる声。

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ようやく楽屋内部ですが、スマホをしまって立ち上がるという描写をすっ飛ばして美嘉が走って出て行く、といった具合。このように、状況説明をしつつセリフをかぶせて展開のテンポを上げ、視聴者に十分な理解をする時間を与えずに、緊迫感のあるセリフで視聴者を煽る。という事が随所で行われています。ストリングスによるBGMもサスペンス調です。

2.電話は受信側を描写する
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先の事務所で新田さんが電話を受けるシーンにしても、美嘉が電話を受けるシーンにしても、電話を受信する側が描写され、発信側の描写はオミットされます。展開のテンポを上げるためであるだけで無く、視聴者も情報の受け手に押し込めています。

3.電話の発信側を描写する時は話し中
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発信側が描写される時、相手は話し中です。登場人物の焦りやフラストレーションを視聴者は共有してしまう形になります。

4.電話中は横顔。
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映像において横顔というのは気をつけて扱うべきレイアウトです。被写体がこちらに向いていないため、視聴者はそれを観察的に見る傾向があると言われています。また、横顔の写ってない側に視聴者は想像をいたすとも言われています。「アニデレが横顔を使ったら用心せい」と舟木一伝斎も言っています。10話では情報が一方通行である事の暗喩として使われている節がありますが、正面の顔を避け、場合によっては電話で口元を隠すまでして情報を遮断し、視聴者に不安感を与える効果を上げているように思います

5.カメラを横切る通行人
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唯一発信側から電話が繋がった描写しているカットではあるのですが、その前を通行人が歩いて行きます。莉嘉の電話を受けているであろう美嘉の前にも通行人。情報が途切れ途切れである事の暗喩と共に、視聴者にフラストレーションを与えているように感じます。

・発端のカット割りについて
以上、他にも様々な仕掛けがあるかも知れません。このような巧みな演出が視聴者を混乱の渦に巻き込んでいくのですが、10話のコンテが巧妙なのはシナリオ上の弱点と考えられる、事件の発端を覆い隠しているという点です。騒動の発端となった、警察に呼び止められるシーンから見てみます。
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Pが警官に呼び止められるのは今までも何度かありました、その時はアイドル達が仲裁に入って警官の誤解を解きます。ですが今回そう遠くない位置にいるはずのきらりがいません。それ以前にPがアイドル達を呼ぶシーンさえありません。
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警官に呼び止められた直後の、きらり達のカットはこちら。きらり達はPが呼び止められた所から既に移動していることが分かります。つまりきらり達はPの異変に気づかずに移動してしまっているのです。
Pはアイドルに助けを求めず、きらり達はPの危機に気づかない。twitterのTLでこの矛盾を指摘されている方がおられ、そこを引きの絵で描写せずに、Pと凸レーションをカット割りで分断していると指摘されていました。
丁度実際きらりがどのくらい移動したのか、10話で各登場人物がどのように移動したのかを検証したすばらしい記事がありました。
アニメ シンデレラガールズ10話の移動経路を地図に落としてみる試み
こちらの記事を参考にしながら、この結節点にカットを追加すると恐らくこんな感じでしょうか。

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写真を撮っているPを警官が呼び止める。
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一方凸レーションはPに気づかずにショッピングを続行。カメラマンに呼び止められる。
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莉嘉がアイドルである事を明かして逃げ去る。みりあも莉嘉についていく。そんな2人の後をきらりが追う
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一方プロデューサー。警官と問答になり、きらり達の様子に気づかない。
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警官がPを連行しようとする。Pがきらり達に助けを呼ぼうとしたとき、既にその姿はなかった。
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と、ト書きに書いたように「Pが声をかけようとしたらきらり達は既に移動した後だった」というのがその矛盾を説明する妥当な状況ではないかと。

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その兆候はクレープ屋の前で既にありましたし、もしかしたら、シナリオには説明はあったかもしれません。ともあれ実際には説明のカットがありません。何故か。
まず一つはここで凸レーションがいなくなる描写をすると、視聴者は「迷子になったのは凸レーションの方」だという意識を形成するからではないかと考えます。視聴者側にそのような意識がなされれば「凸レーションを探しに行く」展開を想像させてしまいます。アニマス8話のあずささんが迷子になるのは、コメディタッチの展開も鑑みて正解でした。ですが先に説明したように、演出はサスペンスを指向していますし、前半でシナリオを分析したように、このシナリオはキャラクタ間の情報の偏在が胆です。そこで視聴者を意識を一つの方向に向けさせずに、混乱する状況にいきなり放り込むようなコンテを切ったのではと。
視聴者は登場人物と立っている状況はそう変わりが無いのに、行き違っている事実だけは分かるのでもどかしさだけが募っていく。私などはこの巧妙な演出に巻き込まれて「最悪Pが見つからなくても先に現場に行けば問題ない」という事に、きらりが言うまで気づきませんでした。
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ついでですが、Pもあの3人なら仕事を優先させる筈だと美嘉に言います。凸レーションも実際そのように動きます。Pと凸レーションを繋いでいるのは仕事です。が、Pの捜索を断念した時の年少組2人の暗い表情や、万一の為にもう一度行きそうな場所を探しますと言うPの言動から、Pとアイドル達には仕事以上の結びつきが生まれ始めているんだなと思いました。

そしてもう一つ。「迷子になったのは凸レーションだ」という事になれば、責任は彼女達にあるという誤った認識を視聴者に植え付けるかもしれません。今回の事態は本人が言っているようにP側にも責任があります。あの7話でさえ、未央とPは責任を分け合いました。エンディングで互いに頭を下げるシーンに繋げる為には、そこはぼかすべきなのです。
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アニデレは優しいファンタジー世界と言われます。Pと凸レーションは互いに謝罪しました。未央に一方的に責任を求めるなどいう事も、蘭子を厨二という一言で切って捨てるような事もありません。かな子の体型も許されてしまう世界です。許してあげて下さい。

ですがそんな世界のリアリティを支えているのは、世の中は白黒が付かない灰色の世界なんだというシビアな現実認識であると考えるのは飛躍しすぎでしょうか。なにせここは、良かれと思ってしたことがかえって徒になってしまう世界です。
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きらりも、Pを見つけに行こうと2人に言ったのは、まずは2人の不安を除いてあげる為であったと思います。きらりにそのような判断をさせたのは、アイドル達が自律して考え、行動できるようPがプロデュース方針を定めていたからでした。その判断自体は正しかった筈です。
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ですが正しい行動を取っていれば必ず報われる、アニデレはそういう世界では決してありません。ならば逆境を乗り越えるのも人のわざに寄るべきで、莉嘉とみりあの行動は、きらりとPが間違っていなかった事を証明をして、2人を救うこととなりました。
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具体的に制作側がどういった世界観を構築しているのかは実際には分かりません。が、なんらかの強固な世界観の存在と、シナリオ、演出そして作画とスタッフが世界観をしっかりと共有している事を感じた10話だったように思います。アニメの制作そのものがまず群像劇なのかもしれませんね。なのでかな子の体型についても世界観を共有するようにしてくださいお願いします。
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posted by tlo at 16:57| 日記