憲法無効論に対する批判
「日本の根」は「今」の中にしか存在しない。
下は、ふだん、安倍政権を批判されている「保守」の方のツイートです。
日本国民の利益に反してでも、日米構造協議や、年次改革要望書や、アーミテージ・ナイレポートのようなアメリカの指示をそのままなぞる形で、日本の内政が行われてきた現状に関して、私がコメント欄で、
と述べたことに、この方は憤慨し強く批判されています。
この方は、日本国憲法が定めた「国民主権」は、皇室を解体するものだと考えていらっしゃるようです。
そして、明治体制を理想化し、天皇に主権があるとした明治憲法を復活させることが日本の再生の道だと考えておられるようです。
明治体制は、左翼の人たちがするように、全否定すべき時代では決してありません。
そこには日本人の手によるさまざまな達成があり、改善があり、美しい文化も花開いた時代です。
国際化と帝国主義の時代の波を、日本人が必死で乗り切ろうとした時代でもあります。
決して、「暗黒の時代」というレッテルを貼って片付けてよい時代ではないし、「縄文から現代に至る日本人の歩みの全体」の一部として、私たち日本人があるがままに受け止めていくべき時代であると思います。
しかし、明治体制が、まるで日本にとっての本来の、そして唯一のありかたであるかのように、そこに規範を求めたり、理想化するべきではありません。
なぜなら、イギリスの影響の下で、薩長が作った明治体制という時代は、日本の本来性が回復されるどころか、過去の歴史に照らしても、様々な伝統からの逸脱がみられるからです。
まず、天皇主権ですが、中国の皇帝と違い、日本書紀が編纂された律令制の時代ですら、天皇が直接政治に携わる「天皇親政」は、日本ではきわめて例外的でした。
政治に直接携わっていたのは平安時代には藤原氏ですし、平安時代末期以降は、武家政権に政治の権力は移譲されていきました。
明治体制下ですらも、明治19年の「機務六条」以降は、天皇親政の方針は放棄されました。
では、天皇が政治に携わらない、そのことによって、皇室は解体されたかといえば、話は逆であり、政治に直接携わらなかったからこそ、皇室は政治的な混乱に大きくは巻き込まれることなく、その権威は時代を超えて温存されていきました。
このように、政治権力から天皇を切り離した日本国憲法の象徴天皇制は、日本の伝統的な天皇のあり方にむしろ深く合致したものだと思います。
しかし、私は日本国憲法を、単に日本人が守るべき理想や規範として、これを維持すべきだと考えているのではありません。
「日本の根」は、「縄文から現在に至る日本人の歴史的歩みの総体」の中に探求されなくてはならない。
「縄文から現在に至る日本人の歴史的歩みの総体」が顕現する場所は、常に「今」である。
すると、「日本の根」は、「今」の日本の姿の中に探求されなくてはならない。
「縄文から現在に至る日本人の歴史的歩みの総体」としての「今」をあるがままに引き受けて、次の一歩を、前に向かって踏みだすこと、そのことしか私たちには許されていないのではないかと考えています。
@kazuki_channel
>>国民主権という日本国憲法の理念が毀損されていることに対して、明確に異議申し立てを行うことにあると思います。
(-"-)<ぴょんさん、見てー! 見てー! W●Fプ●ジェ●ト氏の残念な発言
http://t.co/e6PT3d8O3m
— 桜咲リンノスケ@安倍内閣が日本を滅ぼす (@RinnosukeOusaki) 2015, 3月 21 @kazuki_channel
>>国民主権という日本国憲法の理念が毀損されていることに対して、明確に異議申し立てを行うことにあると思います。
(-"-)<びっくりするわ。 普段、日本の伝統、文化を重視し【保守的発言】をしている人が、【天皇家解体目的】の国民主権を。。
— 桜咲リンノスケ@安倍内閣が日本を滅ぼす (@RinnosukeOusaki) 2015, 3月 21 日本国民の利益に反してでも、日米構造協議や、年次改革要望書や、アーミテージ・ナイレポートのようなアメリカの指示をそのままなぞる形で、日本の内政が行われてきた現状に関して、私がコメント欄で、
安倍政権(歴代政権)や外務省が、どんな意図のもとに、売国的な政策を進めていようと、国民の務めは、その「裏の意図」を詮索することにあるのではなく、国民主権という日本国憲法の理念が毀損されていることに対して、明確に異議申し立てを行うことにあると思います。
と述べたことに、この方は憤慨し強く批判されています。
この方は、日本国憲法が定めた「国民主権」は、皇室を解体するものだと考えていらっしゃるようです。
そして、明治体制を理想化し、天皇に主権があるとした明治憲法を復活させることが日本の再生の道だと考えておられるようです。
明治体制は、左翼の人たちがするように、全否定すべき時代では決してありません。
そこには日本人の手によるさまざまな達成があり、改善があり、美しい文化も花開いた時代です。
国際化と帝国主義の時代の波を、日本人が必死で乗り切ろうとした時代でもあります。
決して、「暗黒の時代」というレッテルを貼って片付けてよい時代ではないし、「縄文から現代に至る日本人の歩みの全体」の一部として、私たち日本人があるがままに受け止めていくべき時代であると思います。
しかし、明治体制が、まるで日本にとっての本来の、そして唯一のありかたであるかのように、そこに規範を求めたり、理想化するべきではありません。
なぜなら、イギリスの影響の下で、薩長が作った明治体制という時代は、日本の本来性が回復されるどころか、過去の歴史に照らしても、様々な伝統からの逸脱がみられるからです。
まず、天皇主権ですが、中国の皇帝と違い、日本書紀が編纂された律令制の時代ですら、天皇が直接政治に携わる「天皇親政」は、日本ではきわめて例外的でした。
政治に直接携わっていたのは平安時代には藤原氏ですし、平安時代末期以降は、武家政権に政治の権力は移譲されていきました。
明治体制下ですらも、明治19年の「機務六条」以降は、天皇親政の方針は放棄されました。
では、天皇が政治に携わらない、そのことによって、皇室は解体されたかといえば、話は逆であり、政治に直接携わらなかったからこそ、皇室は政治的な混乱に大きくは巻き込まれることなく、その権威は時代を超えて温存されていきました。
このように、政治権力から天皇を切り離した日本国憲法の象徴天皇制は、日本の伝統的な天皇のあり方にむしろ深く合致したものだと思います。
しかし、私は日本国憲法を、単に日本人が守るべき理想や規範として、これを維持すべきだと考えているのではありません。
「日本の根」は、「縄文から現在に至る日本人の歴史的歩みの総体」の中に探求されなくてはならない。
「縄文から現在に至る日本人の歴史的歩みの総体」が顕現する場所は、常に「今」である。
すると、「日本の根」は、「今」の日本の姿の中に探求されなくてはならない。
「縄文から現在に至る日本人の歴史的歩みの総体」としての「今」をあるがままに引き受けて、次の一歩を、前に向かって踏みだすこと、そのことしか私たちには許されていないのではないかと考えています。
とすると、律令制や明治体制のように、天神とその子孫が支配した時代のみが、神道にとって「本来的な時代」「理想とすべき時代」であったわけではなく、地祇たちが力をもった中世や近世も、さらには、国民が主権者とされた戦後体制下の現代も、神道にとっては、等しく「本来的な時代」であったはずです。
つまり、歴史の中から切り出されたある特定の時代だけが、神道にとっての「本来的な時代」「理想的な時代」なのではなく、「縄文から現代に至る日本人のすべての歴史的な歩みの総体」が、神道にとっては、そのあるがままの姿で「本来的な時代」であったと見なされなくてはならないのです。
このことを、右翼も左翼も、また、明治体制を理想化しがちな神社本庁ですらが、正しく理解していないがために、神社や神道に対して、まとはずれな批判がなされたり、また、まとはずれな崇敬が寄せられている気がしてなりません。
そのことのゆえに、神社が、自民党や安倍政権のような売国政権の勃興に加担したり、単なる「右翼」が愛国者を気取る手段として神社が利用されたり、「左翼」が「右翼」を嫌うあまり、日本の伝統の大切な一部であるはずの神社参拝までをも忌み嫌うという、ばかばかしい事象すら生み出しています。
(出典: WJFプロジェクト「グローバリズムと神道(23)」2015年2月13日)
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