「カミソリ」と恐れられつつ「非戦」を唱え続けたのが、故後藤田正晴(ごとうだまさはる)氏だ。政界引退後も存在感があった。1997年、満50歳になった日本国憲法に本紙への寄稿で触れ、「よくぞ育ってきた」との感慨を記している▼改憲を党是とする自民党にあって性急な議論を戒めた。「おれたちが生きている間はあかんよ」。先の戦争を記憶する人々が多く健在な中で、平和主義を貫く9条を変えれば日本はアジアで孤立する、と。「加害者の立場の経験」から出る重い言葉だった▼9条改正が近隣諸国から冷静に受け止めてもらえるようになるのは2010年あたり。最低限、そこまで待て――。後藤田氏はそう説いた。氏は05年に亡くなり、目安とした年からも5年が過ぎた▼さしものカミソリも、すべてお見通しとはいかなかったようだ。記憶は世代を超えて継承される。歴史認識で中国、韓国との溝はなお深く、改憲への警戒感も根強い。いま存命なら何を語るだろう▼歴代内閣が従ってきた9条の解釈を、安倍内閣は昨年変えた。他国が攻撃された時に日本が反撃する集団的自衛権は行使できない、としてきたのを、できると反転させた。この新解釈に基づく安保法制の枠組みに与党がおととい合意した▼自衛隊の海外活動を大幅に広げるという。危うすぎる選択だ。後藤田氏は憲法解釈の変更にも反対だった。内閣が自由に変えられるものではない、と。出発点である解釈変更について、粘り強く非を鳴らし続けていく必要がある。
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